魔王城 保育参観準備
こうして、プラーミァから帰った私は早速、保育計画づくりに取り掛かった。
今日は大祭二日目。
保育参観は大祭が終わった翌日に、と決まったから、準備期間は二日しかない。
色々な準備を手配するとなれば、計画案づくりに専念できるのは今日だけだろう。
新しい遊具とか、本とかも用意しないと。
「また貴女は仕事を自分から抱え込む。
お兄様とお母様に良いように利用されたのではなくって?」
お母様はそう言ってため息をついたけど、
「そうかもしれませんが、新しい教育指針を作っておくのは必要な事ですし」
「そうね。私も当たり前のように思っていたけれど、子どもに痛みで罰を与えるのは、やる方もやられる方も傷になるだけですから」
と、王族の視点から色々と私にアドバイスを下さった。
特にプラーミァの教育方針とかについて知りたかったから助かる。
あと、皇王陛下とフリュッスカイトの元公主様にも聞いてみた。
それによると、各国で考え方やデビューの年齢に差はあるけれど、最低でも成人式の日までに王族としての礼儀作法や知識が身についていれば、怒られたり侮られたりすることは無さそうだった。
理想は七歳から十歳くらい。
王宮の表エリアに出て、後継者として立つ頃までに基礎知識を身に着ける。
そして王族として正式にデビューしてからは、実際に貴族などと渡り合いながら、より実践的なことを学んでいく。
「礼儀作法が、やはり一番の課題でしょうか?
王家の子ども達は、大人が遜ってくれますが、それに甘えて横暴に振る舞うようではいけませんので。
それから会話術。各領地の地理や特産、風土など。
加えて、七国や精霊の歴史などもおいおい。
フリュッスカイトは公子になるのに精霊古語が必須でしたが、各国はそこまでではありませんでしょうし。
予算などの確認には、さらに桁の多い計算能力も必要ですが、それはもう少し大人になってからでも」
フリュッスカイトは知恵の国。
公主様も教育には一家言おありだ。
で、公主様曰く、三歳であるのなら、自分の名前の読み書きができて、一桁の簡単な計算ができて、基本的な食事や対人マナーを覚えれば、フリュッスカイトでも上出来の部類だろうとのこと。
とりあえずガルディ君も、そこを目標にする。
ただ、できるようになれば、より良くすることを求められるし、さらに次の段階へ進むようにもなるので、教育に終わりはない。
「流石、フリュッスカイトですな。
ケントニスは少々甘やかして育てたこともあり、七歳になるまで計算はできませなんだ。
下や周囲への配慮も足らない所が多く……」
「いや、七歳で計算ができるなら十分ですよ。
大人や貴族だって、できない人がいるのに」
「小さい子、特に男の子は集中力が続きにくいですからね。
フリュッスカイトでも、真ん中の二人の教育には苦労致しました。
時間を細かく区切って、運動なども取り入れながら勉強させました」
流石、ナターティア様。
元四人の男児の『お母さん』。
子どものことを良く見ている。
長い時間、ダラダラとやらせても、小さい子には効果が少ない。
遊ぶ時には遊ぶ。
勉強する時には勉強する。
そうやってメリハリをつけるのは大事。
「双子は簡単な読み書きと、一桁から二桁始めくらいの足し算引き算は覚えたわね。
マリカがくれた積み木やトランプなどが好きだから」
「神の子ども達が使っている知育玩具は優秀ですからね。
私もフリュッスカイトで作り始め、孤児院などで使わせています。
嫁達にも薦めておりますわ」
「プラーミァは戦士国なので、五歳になったら騎士の勉強、訓練を始めるわね。
それまでに走ったり、ジャンプしたりができれば問題ない筈よ」
「三歳で読み書き計算を求められるのは大変ですね。
でも、ガルディ君ならきっとできそうです」
頭のいい子だし。
この時期、大事なのは、むしろ人の話を聞く事や待つ事、我慢する事、順番を守る事など、人間関係の基盤を作る事。
三つ子の魂百まで、って言葉もあるくらいだから。
それができないと、勉強も頭に入らない。
勉強やマナーを学ぶ意味を知ること。
そして、自分から学び、身に着けようという気持ちさえ育てられれば、きっと大丈夫だ。
そうして私は皆さんに添削して貰いながら、三歳の王族に対する教育課題と方針の叩き台や、保育計画を立てた。
海斗先生、クラージュさんにもアドバイスを受けたし、向こうの世界の真理香先生の記憶があるからかな。
そんなに苦も無く作ることができた。
うん。
通常の職務をこなしながら膨大な資料を作った、研究保育や研究授業とかに比べたら大したことは無い。
「随分と細かく計画しているのですね。
子どもを見る、ということは、こんなに深く考えて準備が必要な事ですか?」
「ただ遊ばせているだけ、とは違うので。
けっこう準備が必要なんです。
それに、子ども達の反応に合わせて対応も変えるので、一応作りましたけれど、実際には臨機応変で」
一枚仕上げた後は、大至急でガリ版印刷をお願いしておいた。
これで、見学される方にも、ねらいなどを確認しながら保育を見て頂けるだろう。
早くコピー機が欲しいけれど、今の技術では再現できるのはかなり先の話になりそうだ。
翌日には、ゲシュマック商会に頼んでおいた新品の文字積み木とトランプ、それからゴムボールが届く。
後は、文字のポスターも。
基本文字のお手本にもなるこのポスターは、私の自信作。
身近な単語の頭文字はこれ、というイラストも併記してある。
机の上に置いて見る用と、部屋に貼る用。
使い終わった後は、このままプレゼントする予定だ。
それから、七国の地図を元にして作ったパズルも。
これはラウル君や双子ちゃんに贈るつもりで用意していたものだけれど、先行して試してみようかと思う。
地理を覚えるのに役立つはずだ。
あと、子ども達に七国や精霊について教える為に作った絵本と、国会図書館から選んだ絵本も数冊用意する。
用意した荷物を纏め、確認し終わって、一息ついたタイミングを、多分見計らって。
「面倒をかけるな。マリカ」
「アーレリオス様!」
今まで姿を消していた精霊獣。
ピュールがぴょん、と私の肩に飛び乗ってきた。
「なんで今まで姿を見せて下さらなかったんですか?
大変だったんですよ。
大祭の『樹』の出現から、ガルディヤーン君の教育問題まで」
思わず、ぐちぐち文句を言いたくなったのだけれど。
「解っている。
だが、ガルディヤーンのことがあったからな。
『私』が出ると、問答無用で決定になるだろう?
奴らには、理不尽だと思いながらも『神』の命令だからと渋々飲み込むのではなく、自分の意志で考えを変えて欲しかったのだ」
そう言われると仕方がない。
確かにアーレリオス様が出て『命令』すれば、問題は一発で解決する。
表向き、誰も文句は言えない。
でも、しこりは残るだろう。
問題解決は人間達が自分で。
それはもう、ずっと前からの『精霊神』様達の子育て方針だから。
「楔石、でしたっけ。
石の術に関しては、あれで良かったんですか?
なんだかスゴイことになってましたけど」
「問題ない。ちゃんと根付いた。
樹の幻影は、お前の力が予想以上に強く、相性も良かった為、一時的に過剰増幅されて将来の姿と力を見せただけだ。
人間達が信仰と気力を捧げ続けて芽を育てていけば、数百年の後にはあれくらいに育つだろう。
いつか我々が消える日が来ても、支えになる筈だ」
「……まだ、消える事なんて考えないで下さい。
真理香先生の所に行くのは早いですよ」
私は肩口から精霊獣を降ろし、ぎゅうっ、と抱きしめる。
お父さんに抱き着いているようなものかもしれないけれど、かまわない。
「解っている。
こんなに早く追いかけては怒られるだろうし、まだまだ手のかかる子どもらを見捨ててはいけないからな」
「はい。お願いします」
どこか困ったような、でも優しい口調で応えるピュールのぬくもりを思う存分吸ってから、
「ありがとうございます。元気出ました」
「それなら良かった。
話し相手になりに来たかいもあったか」
私は気持ちを切り替えた。
いつまでも甘えモードではいられない。
明日は久しぶりに『保育士』をするのだ。
体調は万全に整えておかないと。
「そうだ。マリカ。一つ、アドバイスをしておく」
「なんですか?」
「ガルディヤーンは、身体能力も高いが、能力者としての資質。
こちらで言う所の魔術師特性もかなり高い。
天与の才で『精霊』や、周囲の気配などを読み取っているようだ。
目で見えているものもあるかもしれない」
「『能力』ですか?」
「おそらく、な。
現時点で言うなら、ベフェルティルングよりもガルディヤーンの方が、私の依り代となった時の負担も軽そうだ。
杖が戻れば、王族魔術師となれる可能性もある」
今までの不老不死世では、『神』が体内に加工して入れたナノマシンウイルスのおかげで、気力が吸い取られていた。
その為、『星』が与え、生来持っていた才能や特殊能力も使えなくなっていて、その分、使える子ども達に無色の『精霊』が集まっていたのだという。
ナノマシンウイルスは、基本的に自己増殖しない。
『星』が生み出すだけの存在だ。
生体に宿っている間は体内で維持され続け、子どもにも分けられるけれど、方向性を与えられないと長くは持たないので、物質や生体、自然物に入り込んで安定しようとする。
だから、不老不死世の子ども達は知らず知らずのうちに多めのナノマシンウイルスを持っていて、それが『能力』の基になっていたらしい。
「不老不死世が終わったから、全ての人間に無色の精霊が宿りやすくなり、一人一人が持つナノマシンウイルスの総量は増えるが、全体としては薄まっていく。
今後は、個々人にも解るほど、はっきりと異能力が芽生えることは少なくなるとの試算だ。
ただ、逆にナノマシンウイルスとの相性次第で、能力者に近い存在が、今後生まれる子どもや成人した者の中からも出ることはあるやもしれんが」
「能力者や魔術師なども増えるかもしれないってことですか?」
「力があっても、使い方を知らねば大したことはできないだろう。
運動能力があっても、身体を動かさぬ者が選手になれないようにな」
となると、ますます教育の重要性が増しそう。
精霊魔術の使い方などは厳選しないといけないね。
魔性は減っていくにしても、今度は人間の能力や精霊を使った犯罪などにも注意が必要かも。
「そういう意味で、ガルディヤーンは今後、周囲との齟齬などに苦しみそうだ。
自分が見ているものが、他の者には見えない為に落ち着かない、というのもある。
お前は理解して、できれば周囲との橋渡しになってやってくれ」
「解りました。
アドバイス、ありがとうございます」
「明日は、私もお前の保育を見せて貰う。
どうしてもの時は助けてやるから、お前の信じるとおりにやればいい」
話が終わった後、娘の寝室に居座るのは良くないと思ったのか、精霊獣はふいっと溶けるように姿を消したのだった。
私の保育方針は勿論、完全に正しいわけではない。
保育や教育における最適解は、一人一人違うものだし、同じ人物だって年齢や性質で異なる。
だからこそ、工夫して。
子ども達の様子を見て。
一緒に、より良い方法を探していく。
そんな考え方をこそ、私は伝えていきたいと思うのだ。
もうすぐ朝が来る。
緊張しかない、保育参観の朝が。




