火国 大祭の樹跡
プラーミァの大祭初日。
七国の夏の大祭の幕を開ける最初の舞の為に、舞台に向かう私は、はっきり言って緊張していた。
現在、私は妊娠四か月。五か月目に入る所。
今までのドレスは着られなくなっているから、お母様が手配して、シュライフェ商会が仮縫い一発で仕上げてくれた特別のドレスを着ている。
純白のエンパイアライン。
胸元切り替えのドレスは、妊娠したお腹を目立たせない為のもの。
金糸銀糸の刺繍はあるけれど、前のドレスよりは少し軽めだ。
動きも緩やかなので、今回は少しでも大きく華やかに見せる為に、指先の指輪に白い長い布をつけてある。
左右両方。
上手く舞えば、白い布が新体操のリボンのようにくるくる回って綺麗に見える筈。
絡むと最悪になるけれど。
妊娠して『乙女』でなくなって最初の舞だし、お腹もふっくらしてきてスタイルも変わってきた。
前と同じ、若しくはそれ以上の舞ができるだろうか?
精霊神様達は、
「乙女かどうかなんて関係ないから」
「今の所はマリカか、それ以外かって感じだよな?」
「今までの実績があるのだから、もっと自信を持て」
と言って下さったけれど、一般の人達は純粋に技術や表現力を見るだろうから、逆に気が抜けない。
途中でコケたりすれば、お腹の子にも悪影響が出るかもしれないから、丁寧に。
そして誠実に踊ろうと思う。
馬車で神殿に向かい、精霊石と神官、司祭達にご挨拶。
その後、馬車で舞台に向かう形だ。
貴族街の正門が大きく開かれている。
年に一度の参賀の時のように、今回に限っては一般人の貴族街への出入り、王城前広場での観覧が許されているので、それはもう凄い人だかりだ。
観覧自由と言っても、前や全体が良く見える貴賓席は貴族やお金持ちのものなので、一般の人の席からは多分、私の姿なんて米粒くらいにしか見えないだろうけれど。
それでも見たいと思って貰えるのなら、全力で頑張ろうと思う。
神殿に行くと、ピュールが私を出迎えるようにやってきて、ぴょぴょーん、と肩に飛び乗った。
神官達は目を見開いているけれど、ノープロブレム。
気にしない。
そのまま優雅に挨拶をして、馬車に戻ると、肩から膝の上に飛び降りて、くるんと丸くなる。
可愛くて、癒されるなあ。
これがあのごついアーレリオス様だと思うと、ちょい複雑な気持ちもしないではないけれど、実際に可愛いのだから仕方ない。
とはいえ、そんな時間も長くは続かない。
あっという間に会場に着いてしまった。
カマラにエスコートして貰って、ゆっくりと舞台への道を進む。
ピュールは舞台の下で、狛犬のようにちょこんと座っていた。
今回は舞台に上がる前に、指定箇所に精霊神様から預かった楔石を埋めなければならないので、正面ではなく、裏から舞台に近づく。
指定箇所は、舞台後方。
跪き、祈りを捧げるフリをして石を埋めてから舞台に上がり、踊るのだ。
整えられた道には絨毯が敷かれてあり、足を取られる心配はない。
ゆっくり歩いていくと、舞台の一番よく見える所に貴賓席が設えてあって、王族の皆様が勢ぞろいでご覧になられているのが解った。
その中にガルディヤーン君はいないけれど、軽く視線を動かせば、そんなに遠くないアルケディウスの従者席にいるのが見えた。
頼んだ通り、リオンが見てくれているようだ。
弾んだ笑顔に期待が見える。
うん、頑張ろう。
私にとって産休前の最後の大仕事。
その始まりだ。
気合を入れていかないと。
ゆっくりと道を進み、薄い舞台の前で膝を付いた。
まずは精霊神様達に祈りを捧げて、石を埋める。
と思ったのだけれど、石は私が取り出し、地面に置いた時点でスーッと溶けるように消えて行った。
これでいいのかな?
土を掘り返さなければいけないから、手袋や布が汚れるかもと少し覚悟していたのだけれど。
どちらにしても石は無くなったから、そのまま段を上がり、舞台の上に。
そして跪き、胸に手を当てた。
こんなにたくさんの人がいるのに、シンと静まり返って、針の落ちる音もしない。
正真正銘の静寂の中で、リュートの一音が響き、舞が始まった。
七国共通の『神』に捧げる舞の音楽は、リュートだけで演奏されているけれど、華やかで力強い。
上手な人だと、まるでオーケストラに伴奏されているような気分になる。
神事を任されるくらいだから、この楽師さんも滑らかで、流れる水のように。
時に燃え盛る炎のように。
盛り上げてくれるので、それに合わせながら手を広げ、ステップを踏んだ。
雪のような白い布が、風を孕んで私と一緒に舞う。
こうして踊る時、いつも手本として頭に思い浮かべるのは、遠く幼い日。
アドラクィーレ様に見せて頂いた教授の舞だ。
色々とトラブルや行き違いがあって苦手だった第一王子妃が、こんなに美しく舞うのかと感動したことを、今も覚えている。
磨き上げられた動きというのは、人の心を奪う力がある。
武術然り、スポーツ然り。
舞もきっと同じで。
私はその為だけに日々を練習に費やしている訳ではないから、実際の所、そんなに上手という訳ではないと思う。
でも、一つ一つの動きに手を抜かず。
感情と思いを込めて、丁寧に。
それだけを心がけつつ、後は楽しんで音楽に身体を任せた。
妊娠中なので、ステップは少し緩やかに。
でも、その分、手足の動きは大きく。
布は地面になるべく付けない。
緩急を付けて。
腕の動きはなるべく止めず、空気を抱きしめるように、交差し、天に差し伸べ、人に向ける。
人と神は同じで、いつも共に有るのだと。
そんな思いが伝わればいいな、と思いながらフィナーレの回転に入る。
回転数は控えめ。
スピードも落としていた。
でも、その代わり軸ブレには細心の注意を払い、一瞬、一秒も留まることが無いよう、空に布と指先で放物線を描き続けた。
神々に力を捧げる舞なので、力はぎゅんぎゅんと吸い取られて行く。
いつもより多い感じだな。
そして、チラチラとこの周囲に舞っている光の粒子はなんだろう?
でも、舞と曲のラストスパートに、そんなことを長々と考えている余裕はない。
私は何回回ったか忘れた回転を閉じて、天に手を高く掲げたまま、膝を付く。
これで、ちょっと身体は休められる。
後は、締めるだけ。
舞台の中央で、フレアーのスカートが純白の朝顔のように広がる。
私は胸に手を当て、目を閉じた。
最後の挨拶。
胸に当てた手を前に大きく広げる。
感謝と繁栄を祈る終わりのポーズ。
リュートも最後の一音を奏でて、静かに閉じられた。
瞬間。
地面を揺らす様な万雷の拍手が、歓声と共に鳴り響く。
な、何事?
本来は神事だから、拍手や喝采は無いか、控えめにするのが基本なんだけれど、皆、もう凄い勢いで声まで上げている。
昨年までの舞の時も喜んでもらいはしたけれど、ここまでではなかっ……た!
舞が終わるまで、周囲の様子を見る余裕の欠片も無かった私は、そこで初めて気が付いたのだ。
リオンが、興奮したような眼で必死の拍手を贈るガルディ君を抱き上げながら、なんか言いたげな様子で私の後ろを指さしたから。
「(樹~~~~っ!)」
ちなみに私の心の悲鳴は、誤字ではない。
私の背後。
舞台の後ろに、樹が立っていたのだ。
バオバブの木のように大きな幻影の樹が、紅の光を、紅葉のように照らして。




