火国 小さく真摯な願い
私の皇女としての一日はけっこう早い。
魔王城で保育士をしていた頃よりはゆっくりさせて頂いているけれど、今日は儀式だからちょっと早起きしないと。
地の刻の始まり頃には起きて着替え。
軽い朝ごはんを用意して頂くことが多く、それを食べてから湯あみ。
そして着替えに身支度をして、指定された刻に儀式を行う。
大祭の舞は二の刻からと決まっているので、その一刻前には準備の為に会場入りする。
この世界には目覚まし付きの時計は無いけれど、地の刻――朝の五時、六時くらいには、体調が良ければ自然と身体が覚えていて目が覚める。
身体を伸ばし、起きようとしたその時、声がかけられた。
「マリカ様。おはようございます。少し宜しいでしょうか?」
「どうかしたの? セリーナ」
気が付けば枕元にはセリーナ。
ちょっと珍しくはある。
私の寝室にまでセリーナが入ってくるのは。
もちろん、私の女官長扱いのセリーナは寝室の鍵を与えられている。
寝坊した時とかに起こさないといけないからね。
「隣室に御足労頂けますでしょうか?」
「何? ホントにどうしたの?」
「小さなお客人がおいでになっておられまして」
「小さな客人?」
よく解らないまま、夜着の上に軽い上着を羽織って隣室、控えの間に足を運ぶ。
ここには舞衣装とか着替えとかが入った荷物が置いてある。
まだ段ボールとか無い時代だから、木箱が多い。
衣装はさらに布で包まれて入っているのだと聞いた。
旅行用トランクなどはまだない。
木材でできたアタッシュケースのような鞄はあるけれど、木箱とどっこいの重さなので、アクセサリーとかティアラとか貴重品を入れるのに使っている。
頻繁に旅をするのは、私以外には移動商人くらいだから需要は少なくても、いずれ相談してコロコロ付きの持ち運びに便利なものを作りたいとは思っているけれど。
と、そんなことを考えている隙に、同じく控えの間にいたカマラが軽く会釈をした後、指を唇に立て、反対側の手で木箱の一つを指し示す。
よく耳を澄ませてみると、くーすーぴー、と寝息が聞こえる。
規則正しく可愛らしいそれは、どうやら木箱の中から。
カマラを促し蓋を開けて貰うと、白い布包みが上下に揺れている。
この下に誰かいるのかな? と思いながら布包みを取り去れば、やはりそこには身体を丸くして、幸せそうに夢を見る子どもの姿があった。
この王宮に子どもは今、三人しかいないと聞いているし、この赤毛は間違いようがない。
ガルディヤーン君だ。
「男子禁制の王女の間までよく……。いえ、まだ小さいから王子妃の間でお母さんと一緒にお過ごしなのかしら?」
「解りません。ですがどちらにしても、入り口の戸は内側から閉められていたのです。
どこからお入りになったのでしょうか?」
「良く寝ている所を起こすのは可哀相ですが、話も聞かなくてはなりませんから。起こしましょうか?
そろそろフィリアトゥリス様達も目覚めて、ガルディ君の不在に気付く頃かもしれません。
カマラ。箱からガルディ君を出してくれる?」
「かしこまりました」
言葉通り、注意深く包みを取り去り、ガルディ君を優しく抱き上げるカマラ。
「むにゃ……かーさま」
「おはようございます。ガルディヤーン様。よく眠れましたか?」
私はカマラの肩口。
ガルディ君の顔の前に向かい、視線を合わせるように笑いかけた。
寝ぼけ眼のルビーが薄く開いて、私を映すと同時。
「! マリカおばさま! ここは?」
「まだ、プラーミァの王宮ですよ」
大きく開かれた。
焦りと驚愕を宿して。
「これから舞の準備なのです。
私の荷物に入り込んで、アルケディウスやエルトゥリアに渡りたかったのなら、少し早かったですね」
「どうしてわかるの?」
「それは、まあ、なんとなく」
子どもの行動パターンや思考は、なんとなくでも理解しているつもりだ。
特に怖いものなしの三~四歳児。
昨日のしょんぼりに加えて、お父様や兄王様譲りのプラーミァの行動力を考えれば、帰り際の直談判くらいはあると思ってた。
まさか、荷物に潜り込んで密入国を企てる、までは考えていなかったけれど。
「! とうさまや、かあさま、おじいさまにはないしょにして! おおおばあさまにも!」
「申し訳ないですが、そうはいきません。
きっと今頃、皆様目が覚めて、血眼でガルディヤーン様を探しているでしょうから」
「そんな……」
「それにガルディヤーン様がいなくなったことで、警備兵や乳母達が職務怠慢……ちゃんと仕事をしていなかった、と罰せられるかもしれません。
そうなってもいいと思いますか?」
「ダメ! ぜったい!」
私はふわりと、ガルディ君の頭に手を乗せる。
いい子だ。
ちゃんと周囲を思いやれる心を持っている。
「なら、お母様の所に戻って、ちゃんとお話をしましょう。言葉で伝えないと、相手に気持ちは通じませんよ」
「でも……」
「大祭の舞が終わったあと、私もお助けしますから」
ね? と私がガルディ君に笑いかけると、項垂れながら、ガルディ君は小さく首を縦に動かしてくれた。
「ガルディヤーン様は、大祭の舞はお母様と一緒にご覧になって下さる予定でしたか?」
「ううん。あばれたり、さわいだりするといけないから、へやでまっていなさい、って。
そんなことしないのに。……みたいのに」
「そうですか。じゃあ、私の舞をリオンと一緒に見て下さい。
静かに見る事、できますよね? 私、一生懸命に舞いますから」
「はい! 本当は、ずっとみたかったんです」
彼の返事を確認して、私はリオン直通の通信鏡を取り出し、起動させる。
「リオン、おはよう。朝早くゴメンね」
『どうかしたのか? まだエスコートに行くには早いだろう?』
「ちょっと、頼みたいことがあるの」
『頼み?』
手早く事情を説明し、了承を貰う。
『解った。今すぐ準備してそっちに向かう。門番には俺から話そう』
「お願い」
「カマラ。リオンに連絡をしたから、階段下にガルディ君を連れて行ってくれる?
それからフィリアトゥリス様にもご連絡を。心配なさっておいででしょうから」
「解りました」
素早くカマラは動いてくれた。
「ガルディヤーン様。私はこれから奉納舞の準備があるのです。リオンを呼びましたから、外で一緒に待っていて下さいますか?
お母様には私がお話します。
リオンと私の奉納舞を見て、それからゆっくりとお父様やお母様とお話しましょう。
大丈夫です。お父様もお母様も、ちゃんと話せばガルディヤーン様のお気持ちは解って下さいますよ」
「はい。わかりました」
本当は、こういうのは良くない。
解っている。
ご両親やご家族の頭越しに、親戚待遇とはいえ、他人が子どもにどうこうするのは非常によろしくない。
子どもの子育てには、それぞれのご家庭の方針もあるのだから、頼まれない、もしくはよっぽどの虐待事案でない限り、他人が口出しするのは良くないのだ。
直ぐにお母様のところにお返しした方がいいんだろうけれど、そうするとちょっとした修羅場になることは目に見えている。
グランダルフィ王太子とかはそこまで怒らないかもしれないけれど、兄王様とか、めっちゃ怒りそう。
儀式の前のドタバタは避けたいと言えば、多分フィリアトゥリス様も待って下さるだろう。
どっちにも少しクールタイムを設けた方がいいと思うし。
「セリーナ。支度をお願いします」
お風呂に入り、身支度を整えて貰いながら考える。
ガルディ君がここに来られたのは、何らかの『能力』のおかげかな。
身軽とか、運動神経がいいとか。
リオンみたいな瞬間移動系かもしれない。
その辺の事実関係を確かめてから、ガルディのこれからのことを考えて、少しでも良い選択肢を探してあげたい。
私の瞼の裏に残っているのは、去年の夏に見たガルディ君の遊び姿。
跳ね飛ぶスーパーボールのような、やんちゃな男の子だったことを覚えている。
まだあれから半年も経っていないのに、思えば随分と『いい子』になっていた。
それは多分、プラーミァの教育の賜物。
新世紀の王になる者として期待され、ガルディ君は一生懸命それに応えようとしているのだろう。
本当に頑張り屋さんだと思う。
ただ、各国の教育方針に強く口出しする権利は私にはないけれど、少し可哀相だと感じる。
王族って、みんなこうなのだろうか?
そりゃあ、私も皇家で働くようになった時と、皇女になった時。
げんなりするくらいマナーを叩き込まれたけれど。
少なくともアルケディウスの双子ちゃんは、もう少し伸び伸びとしていたから気付かなかった。
二人は食事マナーのトレーニングや勉強も、そこまでガチガチではなくって、むしろ遊びや経験を通して色々な事を学んでいる。
お母様が、私のアドバイスを聞いて下さっている事もあるし、魔王城で他の子ども達と幼い頃から関わってきているのもあるかもしれない。
勿論、世継ぎの王子たるガルディ君と、第三皇子の子として臣下に下ることが決まっている双子ちゃんでは、立場もその他の期待度も違うけれど。
ふと、お腹に手を当てる。
私の子どもも、生まれてくれば多分ガルディ君と同じで、色々なことを期待されて育つことになる。
側にいられたら守ってあげられるけれど、立場上や他の要因から、それができなくなる可能性もある。
だから、ガルディ君が放っておけなくなったのかもしれない。
地位や力がある者、上に立つ存在には、常に責任と義務が付きまとう。
気軽に何でも好きな事ができるなんてことは、絶対にないのだ。
精霊神様達のように。
私達のように。
むしろ、上に行けば行くほど雁字搦めになる。
でも、自由はともかく、救いだって歓びだって、楽しみだってあってもいい筈だ。
今の、上に立ってしまった私だからこそ、尚更そう思う。
「マリカ様、ご用意はいいですか?」
「はい。今行きます」
カマラが迎えに来てくれた。
「フィリアトゥリス様はなんとおっしゃっていましたか?」
「ガルディヤーン様の行方不明に青ざめていらっしゃいましたが、マリカ様からの連絡で安堵されたようです。
儀式の後、話をしたいという伝言に了承して下さいました」
「それは良かった。では行きましょう」
歩き始めた私は、心のスイッチを切り替える。
「とりあえず今は、儀式に集中。それから、ちゃんとお話ししましょう。
ガルディ君の為にも、この国の為にも」
保育士モードから、皇女。
いや、精霊モードへと。




