火国 大祭前の話し合いと小さな侵入者
精霊神様達との会見の後、戻ったアイトリア宮の晩餐会。
「ほう……。『精霊神様』が直々にお力を下さり、護りの結界を高めて下さると?」
プラーミァの王家の皆さんが集まった中で、私は会見で指示されたことをご報告した。
「はい。なので、舞に入る前の手順を少し変えさせて下さい。
舞台に上がる前に、精霊神様から賜ったこの宝石を埋めたいのです」
賜った宝石は、兄王様にお話ししたら宝石箱を下さったので、今はそれをお借りして入れている。
大神殿に戻ったら、ちゃんとした箱を設えよう。
「解っている。今年は『精霊神』様の御指示で、アイトリア宮の前広場で祭りを行うことになったから、舞台も設えてあるし、その石を埋める場所も用意してある」
「準備万端ですね。もしかして解っていたんですか?」
「私は『精霊神様』からの御指示の通りにしただけだ。各国ともそうであろう。
そうでなくば。そしてマリカ。お前でなければ、そんなことは許さぬ。
あり得ぬとは解っているが、この大地に呪いをかけられる。毒を仕込まれる。そう考える者もいないではないからな」
ということは、精霊神様達は私が眠っている間から、この術の為の準備をしていたということなのかな?
宇宙での戦いの時にキュリッツオ様も、アーレリオス様も私の中に入ったりしていたから、対策の必要性を感じておられたのかもしれないし。
でも、私だから、か。
ありがたいような、複雑なような……。
「ベフェルティルング。マリカ。
そろそろ次の料理を運ばせてもいいかしら?」
「母上……、今、大事な話を」
「申し訳ありません。お願いいたします」
兄王様との会話に夢中になっている私を、軽く諫めるように王太后様が微笑む。
貴族の食事会は、話し合いや報告の場になるのは当たり前の事ではあるけれど、せっかくの料理が食べごろを失うのは私ももったいないと思う。
「前菜の漬物も酸味が効いて美味しかったですし、肉団子も一口大で食べやすかったです。
ココナッツミルクのドレッシングサラダも優しい味わいでした。
ビックリしたのはマンゴーのスープで。甘いのに爽やかで、微かにスパイシーで。
今はもう、私のレシピは元になっていても、完全にプラーミァ独特の料理になっていますね」
「お褒め頂いて嬉しいですわ。マリカ様の来訪から三年。
コリーヌを始めとする厨房の者達は色々な文献をあたり、古老の元にも足を運んで、プラーミァでしか食べられない料理を工夫しているようです」
ベースにハンバーグとか、フライとか、マリネとか、私が教えた料理の影はあるけれど、出て来る料理の殆どは、紛れもなくインド料理。
プラーミァの気候や風土に合わせているのが、凄いと思う。
「私の体験から、妊娠初期は酸味のあるものを少しずつ食べる方がつわりがおこりにくく、美味しく頂けると思いましたので、今回はスパイスの使用は控えめに。マリカ様の分は量も少なめにして、その代わり色々な種類を盛り合わせるようにしてみました」
「とてもありがたいことです。これは……リア、ですか?」
「ええ。国内の調査を行った商会が見つけ、二年前から栽培を始めました。去年は試験栽培でしたが、カレーと合わせると美味だという事が解り、大量生産に入りつつあるそうです。
プラーミァは温暖なので年二回の収穫が可能ですから、麦が育ちにくい南の救世主となっています」
メインの料理の一つとして出てきたのは、スパイス薫る炊き込みご飯。
向こうの世界のビリヤニみたい、というか、ほぼ同じだろう。
エルディランドのリア(米)とは違う長粒種のリアを、スープやスパイス、肉や野菜で炊き込んである。
インディカ米、あったんだ。
ピラフなどにすると確かに美味しいので、重要な輸出品目にできそうだ。
スパイスはふんだんに使って有るけれど、刺激は少なく、優しい味わい。
とっても美味しい。
「男性陣には刺激が薄いでしょうから、カレーも用意してありますが、マリカ様。匂いなどは大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。出産が済んだら私も食べたいですね」
さっき調査を行った、という話があったように、プラーミァは最初の私の訪問以降、国中の森林、原野などを徹底調査して、植物の調査に当たったそうだ。
その過程でゴムが見つかり、最初の訪問では見つけられなかった各種スパイスも発見された。
精霊古語の本には図鑑のようなものもあったらしく、今では数十種類のスパイスが料理に利用されているらしい。
貝のスパイス焼きは貝柱が太くて、噛みしめる程に味わい深く、蟹のほぐし身を薄焼きクレープで包んだ料理も甘みさえ感じて、お代わりしたくなるほどだった。
子牛のスパイス焼きは臭みもまったくなく、いくらでも食べられそう。
デザートは甘くて柔らかなバニラプディングにシフォンケーキ。
そして新鮮なトロピカルフルーツのアシェット。
幸せしかない味だった。
「本当に素晴らしい料理をありがとうございます。
フィリアトゥリス様。暫くつわりで苦しんでいたのですが、今日は完全に忘れて食事を楽しみました」
「それは何よりです。家族の食卓なのでガルディヤーンも同席させてしまいましたが、ご無礼ではありませんでしたか?」
「いいえ。カトラリーの使い方も、マナーも立派だと思いますよ。
がんばっていらっしゃるのですね」
「ほら、ガルディ。マリカ様がお褒め下さったぞ」
「ありがとうございます」
緊張しているというのもあるのかもしれないけれど、ガルディ君は最初の挨拶から食事まで、とてもしっかりしていると感じた。
カトラリーの使い方も、食事の仕方も丁寧。
このくらいの年頃の子だと、食事の途中で飽きたり、食べなかったりする子もいるのだけれど、席を立ったりもしない。
「プラーミァの王家では三歳から王族の一員として教育が始まるのです。
読み書きや武術もですが、礼儀作法、マナーは特に厳しく身に付けさせられます。
ガルディヤーンはなかなか筋がいいと思いますよ」
「まだまだではあるがな。本来なら正式なマナーを身に付けさせないうちは、王族と同じ食卓には付けぬ。今日はマリカが来るから特別だ」
「賓客がいる食事の時には特に、ご無礼があってはいけませんから。
マリカ様なら、多少の粗相があってもお許し下さるかと思い……」
「お気になさらないで下さい。私もガルディヤーン様と一緒に食事ができるのは嬉しいです」
ぱあっ、とガルディ君の表情が明るくなった。
今までは正しく食事をするのに必死、っていった感じだったけれど。
王子様として、こういうマナーは厳しく躾けられているんだろうな、と思う。
「アルケディウス、いえ、今はエルトゥリアですけれど、神の子の移民島にはガルディ君の親戚になる双子ちゃんがいるんですよ。歳も近いし、いつか紹介したいですね」
私が話しかけると、ガルディ君の目がさらにキラキラと輝いた。
「はい! ぜひ会いたいです。僕は、まだティラトリーツェ大叔母様にも、ライオット大叔父様にも、その御子達とも、一度もお話したことが無いので……。
会わせて頂けますか? マリカおばさま」
「それは……」
「いけません。ガルディヤーン」
ピシャリと、馬を鞭打つように王太后様の注意が飛ぶ。
ガルディ君の背筋がピキンと伸びて、一旦、子どものように緩んでいた姿勢と笑顔がまた張り詰めた。
助けを求めるように、私の顔を見るけれど。
子どもの遊び相手がお付きであるカーンさんの息子君しかいない現状で、多分、寂しいのかなあとは思うけれど、国同士を跨ぐことだから簡単にいいよ、とは言ってあげられない。
微笑み返すのが精一杯だ。
「通信鏡はあまり多用するものではないのですよ。
国を超えて会いに行くのも、貴方がもっとプラーミァの王族として恥ずかしくない知識や教養を身に着けてからのことです」
「大おばあ様」
「もう少し……大きくなってからだな。今は勉強を頑張る時だ」
「お父様……はい。解りました」
失敗したなあ、と思う。
私が余計な事を言ったせいで、ガルディ君に期待を持たせてしまったのかも。
シュンと下を向きながら、デザートにもあまり手が伸びない様子のガルディ君を見て、私は思いっきり反省するしかなかった。
「マリカ皇女。そう言えば、さっきの話では無いが、エルトゥリアに王族、貴族の学び舎を作るという話はどうなっている?」
最後のデザートが終わり、ガルディ君を連れて乳母が退場した後。
ベフェルティルング様が、再び声をかけてきた。
今度はいいだろう? と言わんばかりの兄王様の眼差しに、王太后様も何も言わない。
「素案は作り始めていますが、まだ本格的な運用は難しいですね。
優先順位でいうと『神の子ども達』の生活環境を整えることが第一、その次に国会図書館で学び、研究を行う留学生の受け入れになりそうですから」
「そうか。まあ、ガルディもまだ三歳だから急ぐ必要もないが、できれば他国の友や親戚達と、神の国の知識を含めた次世代の教育を受けさせたいと考えているのだ。
グランダルフィが語った、神の国の知識。宙を渡る船や計算式などは、今世のものとはやはり雲泥だからな」
「ガルディ君達が十歳くらいになる頃には、試験運用できればと思っています。エルトゥリアに王族を受け入れるとなると、寮のような形になりますから。
親元を離れての生活ができるようにならないといけませんし、それくらいが丁度いいのでは?」
私の説明に頷きながらも、ちょっと残念そうな兄王様。
「ティラトリーツェの双子は、今、エルトゥリアにいるのであろう?」
「そうですね。王宮とエルトゥリアを一日交替くらいに行き来している感じで」
「となると、幼い頃から最高の教育を受けている双子と、成長した後、差が出そうだ」
「幼児期の教育は、そんなに気にする程影響は出ませんよ。
むしろ子ども時代は沢山遊んで、人と関わって、人生の基本となる人格を育てることが大事ですから」
「その人との関わりが、不老不死解除直後の今世では難しいからな。
グランダルフィのように、大人に囲まれ、顔色を伺いながら生きるようなことはガルディヤーンにはさせたくないのだが」
「お気持ちは解りますが、焦りは禁物です。
今は、お父さん、お母さん。ご家族の皆さんとたくさん触れ合って、周囲皆で愛情をかけて育ててあげて下さい」
兄王様が、孤独の中、グランダルフィ王子を育てたことを心から悔いていることは知っている。
私も同年代の子との関わりは大事だと思うし、さっきのシュンとしたガルディ君の顔を見ると、友達や親戚と思いっきり触れ合わせてあげたいとも思う。
双子ちゃんはなんだかんだで、魔王城で遊ぶ機会が多かったから、同年代との付き合い方にも慣れているし、ラウル君の事も可愛がって面倒を見てくれている。
こういうのは経験値だから、少しでも早く、という気持ちもあるにはある。
でも。
「王族として学問を修めたり、マナーを学ぶことも大事ですけれど、子どもに一番必要なのは親や家族の愛情ですから。
子どもらしく遊びを楽しむ時間や、家族の触れ合いも大切にしてあげて下さいね」
まだ三歳だし。
焦らず今はたっぷり、家族に愛されて過ごすことで自己肯定感を育てる方が大事だと思う。
フィリアトゥリス様が躊躇いながらも頷いてくれたのが心強い。
何せ嫁だから、舅や姑の教育方針には、言いたいことがあっても言えない事とかあるかもしれないし。
「アルケディウスにあるというエルトゥリア直通通路を、プラーミァにも作れないのか?」
「カレドナイトが大量にいるし、フェイが暫くかかりきりになります。
人件費込みで金貨数十枚の案件になりますよ」
「それは……流石にすぐには無理か……」
夕食後の大人同士の会話は、緩急色々取り交ぜつつ、結構長く続いた。
政治の話から、結婚についてのあれこれ、子育て相談まで色々と。
で、私は明日の準備があるので、部屋に戻ると直ぐにお風呂に入り、早くに寝台に入ってしまったので、朝まで気が付かなかったのだ。
こっそりと部屋の中に忍び込んだ、小さな侵入者の存在に。




