魔王城 精霊の獣と精霊女神、そして夫と妻の会話
「そんな感じでね。
『子ども達』はみんな、結構頑張っているみたいなの」
深夜。女王の部屋。
私はベッドの上で、神殿から帰って来たリオンとの時間を過ごしていた。
「そうか。俺は『神の子ども』達とはあまり接点を持たないようにしていたから、詳しい話は聞いていなかった。上手く運営されているのなら、それでいい」
「今後は年長の子ども達の受け入れ先などを、真剣に考えていくって。
言い方は悪いけれど、前の子が出ないと新しい子が入れないから」
「各国、子ども達が希望すれば諸手を上げて受け入れるだろう。神殿も人手不足だから歓迎する」
「エルトゥリアにも神殿を作って、モデルを見て貰うのもいいかもね」
「ただ『神官』や『司祭』にしようと思うと、少し子ども達に負担がかかるから『神』や『星』と要相談だな」
「うん」
目覚めてから初めての、二人だけの夜だ。
彼の腕に身体を預けて、お互いに色々な話をする。
「しかし、エリセが魔王城の子どもの中で結婚一番乗りになるとはな」
「フェイや私達を別にすると、だけど。
私もまだ、もう少し先になると思っていたよ」
「アーサーやクリスはまだ、そういうのにまったく興味がない子どもだからな。
今は、どっちが早く騎士試験に合格するかで競い合ってる。
個人的に見ると、まだまだ難しいと思うが」
まだ目覚めて数日なので、情報によっては浦島太郎なところもある。
リオンに教えて貰って、初めて知ることも多い。
「騎士試験はまだやるんだね? 軍備縮小の方向に進むかと思ってた」
「今までは辞める者が少なかったから、あれでも最小限の採用人数だった。
今度は怪我人や老齢による引退者も出るから、一般兵も各国、少し多めに採用している」
「でも、各国の戦とか無くなるでしょ? 最終的に余って来ない?」
「不老不死が無くなって、喧嘩やトラブル、殺人なんかの傷害事件が多くなっているんだ。
それに農作物の盗難被害報告が最近多い。収穫時期前に、治安維持はむしろ人手が足りなくなるかもな」
「そっか。苦労を知らない人にとってみれば、農業ってお金が地面から生っているようなものなのかも」
クラージュさんとリオンも同じことを言う。
栽培の苦労を知ろうとせず、美味しい所だけ盗ろうなんて絶対に許さない。
各国に厳罰をお願いしておこう。
でも、アーサーとクリス、か。
まだ十二歳だし、男女交際なんて全然考える歳ではないけれど。
エリセが結婚するとなると、何か言ってくるかな?
「騎士団見習いだから、女の子と接触する機会もあんまりなさそうだしね」
「プリエラを意識してた時もあったようだけど、プリエラは他に交際している奴がいたし、エリセは兄弟ポジションで男女としては見られなかったみたいだし」
「ヤール君だっけ。そう言えば今は、エルトゥリアの世話役の一人をやっているんだって。
一区画任せられているみたい」
ヤール君、ことヤールクスト君は、私の皇女時代、ヒンメルヴェルエクトから派遣された留学生だ。元『地球移民』。
今はヒンメルヴェルエクトから派遣された世話役などの纏めをしている。
基本的にエルトゥリアの子ども達の世話役は、指揮する引退した各国の王様達の関係上、アルケディウス、ヒンメルヴェルエクト、エルディランド出身者が多い。
その中でもヒンメルヴェルエクトは農業国で、栽培する野菜や穀物を多く提供して貰っている関係から、一区画を担当している。
ヤール君自身が同じ地球移民であるので、子ども達の気持ちを理解しやすいというのも大きい。
彼は、元は私と誼を結ぶ為に、私の護衛、カマラの従者見習いだったプリエラに告白した。
その後、進展したという話は聞いていないけれど、今、プリエラは本人の希望で私の非常勤の護衛として、普段はエルトゥリアの騎士団、クラージュさんの配下にいる。
これは多分、ヤール君との関係が続いているからだと思う。
「もう少ししたら、神の子どもの結婚報告その2を聞くことになるかも。プリエラはエリセより年下だから、もう少し様子を見たいけれど」
「その辺はクラージュ先生に頼んでおけば大丈夫だろ。まあ、その前にウルクスの説得の方が大変そうだが」
「そうだね。アレクにも話があるのかな? その下の子達はまだ早すぎると思うけど」
「アレクは楽師だから、引き抜きも兼ねたそういう誘いはひっきりなしだ。特に大貴族の婦人達から。夏の社交シーズンが始まったら、またもっと煩くなるかもな」
「え? なら大神殿に引き取った方がいい?」
「むしろエルトゥリア預かりにしておいた方がいいと思う。子ども達に楽器演奏などを教えられるし、楽譜もコッカイトショカンにたくさんあるんだろう?」
「でも、貸出要請とかはどうする? アレクはみんなに音楽を聴いてもらうのも好きだから」
「神殿か、ゲシュマック商会を窓口にすれば不埒な連中は止められる。後は本人が行きたいところを選ばせればいいだろ。もう三年以上実績を積んできたんだ。それくらいの我儘は言える人気と実力はある」
「そっか。もう、そんなに経つんだ」
私がこの星で、北村真理香の記憶をもって動き始めて六年。
魔王城で子ども達を育て、基盤を作るのに二年。その後、働き始めて四年。
アーサー達第一期の子ども達が外で仕事をし始めて、本当に丸三年になるのだ。
その間、彼らも着実に自分の、そして子ども達の地位を確立していった。
「シュウは正式に、修行先の親方が養子にして跡取りとして育てたい、って話があるんだって。ジョイもできればザーフトラク様が後見して、次期皇王の料理人に育てたいって。
魔王城の子ども達も、それぞれ自分のやりたいことを見つけて歩みだしているね」
「ギルもゲシュマック商会の絵師として引っ張りだこだしな。新しい通信装置の開発の設計図作りとかにも携わってるらしい。今後、絵師は技師や学者以上に求められることになる……。
ジャックやリュウはクラージュ先生の所で、修行しながら助手をするそうだし」
「そっか。もう、みんな、私が守らなければならない子ども、じゃないんだね」
エリセの結婚の時にも感じた寂寥感が、また胸を過る。
「嬉しいけど、ちょっと寂しいな」
目を伏せ、ため息を零すと、
「……マリカ!」
「きゃあっ!」
背中から強い勢いで抱きすくめられ、そのまま唇を奪われた。
「ちょ、ちょっと待ってリオン! あ……ああっ」
リオンの黒く固い、強い腕からは逃れられない。
物理的に身動きができなくなるけれど、それ以上に密着した身体から伝わるリオンの熱が、私の思考を茹でてしまう。
色々と考えるべきことが在る筈なのに、頭がぼうっとして、蕩けて、リオンのことしか見えなくなるし、考えられなくなる。
無意識に薄く開いてしまった唇を割り、口腔内に入り込んで、めちゃくちゃにかき回すリオンの舌に自分のそれを絡める仕草は、もう条件反射で。
触れあった瞬間、全身がリオンを求めているのが解った。
「……もう! なによ。いきなり。びっくりした」
解放された時には、思う存分、貪られて息も絶え絶え。
まあ、私も思う存分、楽しんだのだけれど。
「話に乗った俺も悪いけれど、二人の寝室でくらい少し落ち着け。
子ども達や周りの事ばっかりでなく、自分達のことを考えられないのか?」
ようやく解放してくれたリオンだけれど、あからさまに寂しげで、不満げな様子。
そこで、ようやく頭が冷えた。
身体は火を入れられて、熱いくらいだけれど。
リオンも同様だと解ったから。
「あ……それは、ゴメンだけど。今は……その、まだ無理だよ」
私はお腹を押さえながら、シュンと頭を落とす。
妊娠四か月。つわりも落ち着いてはきたけれど、まだ油断すると時々吐き気やめまいがする。
今の時期はしない方がいいと聞くし、肌を合わせ、リオンをナカに受け入れることで子どもにどんな影響が出るか解らないから不安だ。
リオンと約束したし、私もリオンに触れたい。抱いて欲しい気持ちはあるけれど。
「解ってる。
今は無理を強いるつもりはない。俺にとっても、腹の中の子は大事だ。
最優先にしたいというマリカの気持ちは理解している。でもな……」
私を腕から解き放ち、体勢を変えると、リオンは私と向き合うように座った。
優しくお腹に触れた手に、自分の手を重ねる。
そして、そっと唇を寄せた。
「あっ!」
子宮からぴりぴりと、まるで電気が流れるような刺激が感じられるのは、子どもからの意思表示だろうか?
「こいつだって、多分、同意してくれる。
他の子どもの事ばかりでなく、自分のことも考えてくれってな」
「ごめん。貴方の事を考えていないわけじゃないよ。心配しないで」
リオンの仕草は優しくて、我が子を大事に思ってくれているのが解る。
「そうだけど、そうじゃない。
子どものこと以上に、自分のこと、だ。偶には何にも考えずに身体を休めろ。
すぐまた七国巡りに入るし、隙間は孤児院だの、ゲシュマック商会だのと動くつもりだろう?
予定もびっしり。休む間もない」
「それは、リオンも一緒でしょう? 私はそれでも、三か月も惰眠を貪ってたんだから」
「惰眠じゃなくって、必要な休息だったんだ。
だから」
勿論、私の事も。
「閨の中でくらいは、何も考えず安らいでいろ。どんなモノからも俺が、俺達が守るから」
私を正面から抱きすくめるリオンの腕は、最初に抱かれた時とは違う。
黒いポリマーの肌は硬質で、でも優しく私を包み込み、蕩かすようで……熱くて、気持ちいい。
温泉の中に浸かっているみたい。
疲れも悩みも、全て溶けていく。
「うん。なんだか……気持ち良くなって……眠くなってきたみたい」
「そのまま寝てしまえ。俺は、お前が目覚めるまで、目覚めてからも側にいるから」
「そう……する。ありがとう。リオン」
私はリオンの胸に身体を預けて、そのまま目を閉じた。
「ねえ、リオン?」
「なんだ?」
「人間の、元の身体に戻りたい? ……私、できるかも?」
寝ぼけ眼、蕩ける頭でそんなことを口にする。
起きていた時は、そんなこと考えたことも無かったのに。
「今は、まだいい。
各国を纏めるのに圧倒的な『抑止力』がいるし、これから何が起きるか解らないからな。元に戻るとしたら、全ての役目が終わったと確信できた、その後でいい」
「解った。……ありがとう」
そうして、本当に何の不安も感じることなく。
幸せな眠りについたのだった。
「……やっぱり、ただ意識が消えただけでは、出てこられないんだな。
完全に意識を保てない程、消耗した時、か?
でも、今のはマリカの? それとも……。
となると、一番危ないのは……」
そんなリオンの呟きは、耳にも頭にも届かなかった。




