魔王城 地球移民達の今までとこれから
アマンダは、俺の彼女だった少女だ。
同じ学校の一つ年下。
移民として選ばれて船に乗ったのは、彼女の方が先だった。
若いということもあったけれど、市長の姪だったから。
自由の国と言われたアメリカ。
けれど、命の順番にも明確な基準があった。
白人、それも上流階級の者が最優先。
次に一般市民の白人、黒人、有色人種。
移民の子などは、かなり後回しだったと思う。
それでも、俺達は確定圏内の年齢だったから、先か後かの違いはあっても、移民船に乗れる順番は回ってきた。
ボーダーライン上にいた連中とは違って。
「大丈夫。必ず、また会えるわ」
「移民先で会ったら、また一緒にチームを組もうぜ」
今思えば夢のような約束を交わし、人種や出身国ごとに別の移民船へ分けられ、冷凍睡眠に入った日のことと、仲間達の顔を思い出す。
一年前までは、SFの中の話でしかなかった宇宙移民と冷凍睡眠。
それを自分が体験することになるなど、思いもしなかった。
緊張の中、コスモプランダーとウイルス感染の恐怖から逃れるため、俺は目を閉じた。
置いていく家族や、地球の未来には気付かないふりをして。
あのまま永遠に目覚めない可能性もあったのだと、今思うとゾッとする。
それでも、とにかく俺は無事に生き延び、新しい土地での生活を始めた。
ラールの言う通り、不自由はあっても、安定した生活を送れるようにはなった。
そして今、他の友人達のことが気になり始めたのは、当然のことだと思う。
世話役達には聞けなかった。
彼らは皆、この星の住人だ。地球移民の事情には明るくないことは解っている。
今日出会った皇女になら、聞けたかもしれない。
けれど、彼女はあまりにも人気があり、立場も遠すぎて、まともに話をすることさえ難しかった。
だから俺は、ここにやって来た。
少なくとも俺よりは事情を知っているであろう、仲間の元へ。
そして奴は、感情の見えない、いや、感情を抑えたのだろう静かな声で答えた。
「アマンダ達は死んだ。もう、この世のどこにもいない」
と。
その瞬間、「どうして!」という思いと、「やっぱり」という感情が、両方一気に溢れ出した。
「もしかしたら、死を司る『精霊神』の元で、新しい命に転生しているかもしれない。
でも、少なくとも俺達が知っているアマンダやテリー、リチャード。エリックやミオルは、もうこの世にはいない。
数百年も前。もしかしたら、千年も昔に生きて、死んでいったんだ。
この星の礎となって」
「千年……って、まさか?」
ラールは静かに、諦めたように口にする。
奴の言葉に嘘は無いと解るからこそ、手が、声が震えた。
「俺達の移民船は、事情があって船団から離れてしまったって聞いた。
船と俺達を預かったレルギディオスは、必死に合流を目指して、やっとの思いで俺達をこの星に連れて来た。
けれど、先に新しい星を見つけた移民船団が到着してから、既に何百年も経っていたんだってさ」
「嘘だろ?」
「この大陸、アースガイアが七国に分かれているっていうのは習った?
八機の移民船のうち七つが、それぞれの国になったんだって。ステラの船は、この移民地エルトゥリアになったらしいよ」
「じゃあ、アマンダ達は……」
「俺も、はっきり聞いたわけじゃないけれど。
船がこの星に辿り着くまでに数百年。
それから目覚めるまでに、また数百年の時差があったそうだから。
先にこの星へ辿り着いたアマンダ達、初代移民は、大地を開拓して、家や畑を作って、根を下ろして。
今、この大陸で暮らしているアースガイアの住民達の祖になったんだと思う」
もう死んだ。
この世にはいない。
ラールの言葉が、重くのしかかる。
俺が不自由だと愚痴を零した、中世異世界。
けれど、アマンダ達はその世界を作るために生きて、働き、そして死んでいったのか?
俺達の面倒を見ている世話役達は、もしかしたら、アマンダ達の遠い子孫なのかもしれない。
「冷凍睡眠に耐えられず、旅の途中で死んだ者もいる。
先に目覚めて、アマンダ達のようにこの星で生きて、死んだ者もいる。
俺が知っているのは何人かだけだけど。
エリックは、宇宙での旅の途中で。
ミーナは、俺よりも早く目覚めて。
そしてミオルは……この星で、勇者を守るために死んだ」
「それ……じゃあ……」
「ああ。
今ある、この穏やかで豊かなアースガイアは、それを築き、育て、守るために努力し続けた人々の、血と命でできているんだ」
頭の中が、真っ白になった。
幾度となく地球と比べ、不便だと思った新世界。
与えられることを甘受していた、平穏な日々。
それは、かつて仲間だった者達が積み上げ、努力の果てに築き上げてきたものだったのだ。
永い冷凍睡眠の果てに、俺は忘れていたのだろうか?
いや。
気付いていた筈だ。知らされていた筈だ。
あの、コスモプランダーの襲撃の時に。
当たり前の日常というものは、当たり前ではない。
ちょっとしたことで、儚く壊れるガラス細工。
失った時に初めて気付く、美しく、かけがえのないもの。
一度壊れれば、取り戻すのは容易ではない。
それは、多くの人間が努力と叡智を結集し、勝ち得てきたものだから。
「……はっ。結局、俺は向こうでも、こっちでも、与えられたものの価値も解らず、甘受して、不平不満を零しているだけの子どもだったってことだ」
思わず自嘲の笑みが零れた。
そんな俺に、ラールは小さく首を横に振った。
「うん。そうだね。
でも、子どもであるうちは、それでいいとマリカちゃんは言ってたよ。
愛情や豊かさに包まれて、自分を育てるのが子どもの仕事だって」
「マリカ皇女……が?」
「地球の、ティエイラの記憶と知識があるんだってさ。
だから彼女は、本当に骨の髄まで保育士で、子ども達を守る。
そのために特化している」
「……彼女も、能力者なんだよな」
「能力者同士の子どもだって聞いた。
親の意思を、知ってか知らずか受け継いで。
アースガイアに現代食や科学を復活させ、『神々』の代理人として人々を導き、仲間と共にコスモプランダーまで倒した。
この星の子ども達を守るために、小さな身体で全力疾走してきた頑張り屋さん。
俺達より、ずっと大人だよ」
食堂で遠巻きに見た姿を思い出す。
小柄で細身で、アマンダよりも小さな女の子。
あの少女が、アースガイアを導いてきたのか。
「この星を守る『神々』は、『能力者』達が生身の身体を捨てた姿だ。
僕達は何も知らず、眠っていただけだけど。
子ども達を守り、この星を見つけ、何も無いところから新しい文化を作り上げるなんて、どれほど大変だったんだろうね」
遠い記憶が蘇る。
移民のためにオーストラリアへ避難した時、遠巻きに見た『能力者』達。
警備が厳しく、話をするどころか、近付くことさえできなかった。
けれど、星の命運を背負わされた彼らのうち何人かは、自分達と変わらない子どもに見えた。
あの時は、どうして彼らだけに戦う力があるのかと、羨ましく思ったものだ。
けれど、もし自分がその立場に立たされたとしたら。
同じことができただろうか?
永劫の時を、ただ自分ではない誰かのために捧げることが。
子ども達を守る。
そのためだけに、生き続けることが。
「別に、そこまで深く意識して決めたことじゃないけれど。
だから俺は、俺なりにマリカちゃんや彼らを助けて、この星に地球文化を取り戻す手伝いをすると決めたんだ」
遠い昔、マンガやアニメ、パソコンにしか興味がない、典型的なgeekだと侮っていた同級生。
そいつが見せた強い眼差しに、息が詰まった。
まるで、長い、長い間、自分の知らない世界を見続けてきたような、遠い大人の目に思える。
正直に言って、素直に悔しい。
今はもう届かない、遠くへ行ってしまった仲間達のように。
たった一人残った同胞にさえ、置いていかれそうで。
「生意気言ってるな。ラールのくせに」
「ああ、俺は……いや、僕はラール・スチュワート。
アースガイアの図書館長にして、精霊国エルトゥリアの貴族だ。
君は、どうなんだい?
このまま名も無き子どもAで終わるつもりなら、構わないけど」
「ふざけんな! 今に見てろ!
すぐにお前なんかに追い付いて、追い越してやる!
お前やアマンダ、ミオル達にできたことが、俺にできない筈なんてないんだからな!」
クッキーを口の中へ放り込み、ガチャン、とテーブルを叩いて立ち上がった。
その拍子にグラスが揺れ、落ちそうになる。
慌てて押さえ、事なきを得た。
向こうでなら、一ドルも出さずにいくらでも買えたガラスのコップも、今のこの世界では貴重品だと知っている。
俺達に支給されているのは、木のマグカップ。
それが、今の俺と奴との差だ。
グラスを元に戻して立ち上がり、奴に背を向ける。
「帰る」
「了解。そろそろ門限の時間だもんね。
またいつでもどうぞ。愚痴くらいなら、いつでも聞いてあげるよ」
「うるせえ! 貴様はせいぜい、図書館の中でちまちまやっていればいい。
それがお似合いだ!
俺は絶対、その上に行ってやる!」
「当てにしないで待ってる。頑張ってね、エド」
バタン! と、わざと音を立てて扉を閉め、俺は建物の外へ出た。
途中で、お代わりの茶でも持って来たのだろうか。
奴の幼い妻とすれ違ったが、声をかける余裕は、今は無い。
今日はサボってしまったが、明日からはクラージュ師の訓練に参加して、剣術を正式に学ぼう。
魔術とやらも勉強する。
そしていつか、この星を守ることができる戦士。
いや、大人になるのだ。
地球の大人達から託され、仲間や同胞達が築き上げてきたアースガイアを守れる男になる。
そのための第一歩を、俺はこの日、踏み出した。
そして、これは地球移民の青年と、幼い妻の会話。
「ラールさん。随分、楽しそうな顔をしていますね」
「そうかな? 顔に出したつもりは無かったんだけど」
「あの人、貴族か何かだったんですか? 随分、ラールさんに上から目線でしたけど」
「聞いてたのかい?
一応、友達。
貴族と平民みたいな明確な差があったわけじゃないんだけど、うーん、クラスカーストの上位と下位。
危害を加えられたりはしなかったけど、見下される立場ではあったかな?」
「ラールさんを見下すなんて!
苦手とか、嫌とかじゃなかったんですか?
追い払っちゃえばいいのに」
「苦手ではあったけれど、今は懐かしさが勝るっていうか。
彼も言ってたけど、僕の方が立場が上になったからかもしれないね。
異世界転生ざまあ、ってやつ?」
「ざまあ?」
「いや、こっちの話。
それに僕にとっても、懐かしい昔の話や、もういない友人達のことを語り合える、数少ない相手だから」
今となっては、もう遠い昔。
覚醒した頃のことを思い出す。
同期であり、同級生でもあったミオルと共に目覚めたのは、奇跡的だった。
当時は自分がミオルに、よく今日のエドと同じ立場で愚痴を零していたものだ。
成績優秀ではあったけれど、アフリカ系移民の子として見下されていたミオルは、外見も移民の血も関係ないアースガイアで期待され、重責を任された。
そして、託された仕事の最中に死んだ。
勇者の仲間として旅をし、最後には友を守るため、自ら命を捧げたと聞く。
いつも人の顔色を窺っていたミオルが、自分の意思で選択した結果であるのなら、尊重してやりたいと思う。
けれど。
もしも。
もしも、自分が逃げ出さず、大神殿に居続けていれば。
奴を一人にせず、話を聞いてやっていたら。
彼の決意を。
死の運命を、変えてやることはできたのだろうか?
もしもや、ればたらに意味は無いと解っているけれど。
異世界で初めて得た『親友』に、ミオルが救われていたらいい。
自分の選択を、後悔していなければいいと思う。
そして、彼も。
「頑張ってほしいと思ってるよ。
大事な、友達だからね」
後に、目覚めた地球移民の何人かは頭角を現し、武術に、科学に、文化に、そして後世へ広がるスポーツに、その名を残すことになる。
その中に、エドアルドの名があったかどうかは定かではない。
ただ、移民達の多くは新しい環境に腐ることなく、そこへ根付き、やがて花を咲かせた。
それだけは、確かな事実である。




