魔王城 モブ視点 地球移民達の内緒話
とある地球移民同士の会話。
彼がメインに絡んでくることは多分ありません。
世の中というものは、総じて不公平にできている。
完全に平等な世界などあり得ない。解っている。
生まれついての能力や才能、育った環境によって、人の人生は大きく左右されてしまう。日本人が言うところの、親ガチャ、環境ガチャという奴だ。
努力で覆すことはできる。
けれど、それでもやはり有利、不利は出る。
そんな中でも、俺の人生は悪くない。恵まれていると思っていた。
運命が変わった、あの日までは。
アメリカの普通の家庭に生まれ、身体もでかく、力もあった。
運動の才能に恵まれ、容姿も悪くない。というか、良い方で。
学校ではベースボールのエース、ではなかったけれど、将来有望だと言われていた。
可愛くて、しかも金持ちの彼女もいて、人生は順風満帆。
このまま勝ち組一直線だと思っていた俺の人生が変わった、運命のあの日。
それまで自分が信じていた世界の法則やルールは、全て塗り替えられてしまった。
宇宙から飛来した、SF映画のような侵略者達の手によって。
「なあ。世の中って、不公平だよな」
「世間の不平等を否定するつもりはないけれど、そんな愚痴を言うために、わざわざ国会図書館の利用券を買って来たのかい? 本も読まないで」
「俺は元々、甘いものとか好きじゃなかったから、コインの使い道がなくてな。
一度買っておけば、本なんざいつでも読めるし。
それに茶や菓子なら、お前が出すだろ? 俺は客なんだから」
「招いたわけじゃない相手を、客とは言わないなあ。
まあ、ちょうど休憩しようと思っていたところに、エリセちゃんが差し入れをくれたからいいけど。新作のクッキー、一緒に食べる?」
「……寄越せ。食ってやる」
仕事終わりの自由時間。
俺はいつものように、国会図書館へ遊びに来ていた。
永い、随分と永い旅と、まどろみの彼方。
目覚めた俺は、まったく見知らぬ環境の中に放り込まれ、勉強と仕事に明け暮れていた。
周りは、まったく見知らぬ連中ばかり。
一人っ子だった俺に兄弟はいない。
同じ年頃の奴や、近隣の学校に通っていた者も、何人かは同じ船に乗った筈だけれど、何せ十万人だ。
移民船に詰め込まれた子ども達のうち、運よく第一期に目覚めた千人の中に、知っている顔がいるなどとは期待していなかった。
けれど、意外なところで、たった一人だけ見知った顔を見つけた。
だから最近、俺はそこに入り浸っている。
異世界の中に、僅かに香る地球の面影。
国会図書館に。
「お前、ズルいよ。ラール!」
「またそれかい?」
国会図書館を取り仕切るラールは、地球でのクラスメイトだった。
俺達よりも少し早く覚醒し、その知識を使って、この世界、アースガイアの発展とコスモプランダー討伐に貢献したのだという。
今は皇女マリカからの信頼も厚く、この移民地では貴族待遇。
彼女の妹を娶り、本の翻訳と地球文化の継承を託されているらしい。
「俺達より早く目覚めさせてもらったってだけで、この国じゃ貴族で、重鎮で、仕事も勉強も免除で」
「免除されているわけじゃないよ。先にやっただけ」
「しかも、可愛いロリの嫁さんがいるんだろ?
絶対ズルい! nerdのくせに!」
「そこは、せめてgeekって言ってほしいな」
「反応するの、そこかよ!」
「まあ、それは冗談として。
今の君達より先に起きて、苦労した分、優遇されている自覚はあるけれど、僕達だって、ただ遊んでいたわけじゃないんだよ。
はい、どうぞ。ソルトバタークッキー。そんなに甘くないと思う」
苦笑しながらクッキーの皿とアイスティーを差し出してくる、かつてのクラスメイト、ラール。
俺の最後の記憶の中にいるあいつとは、随分違う表情をするようになったと思う。
海のような蒼い瞳の奥に、深海の黒紫を垂らしたような、深い眼差しを宿している。
解っている。
奴が、ただ安穏とした人生を送ってきたわけではないことくらい。
風に吹かれ、中身もなく揺れる服の袖を見ただけでも。
それでも、まあ、「そうだよな」なんて口にはしないし、愚痴も止まらない。
片や、皇女からの信頼も厚い異世界の貴族。
片や、異世界で目覚めたばかりの『子ども』の一人。
一日の全てを管理された、保護対象。
遠い昔、自分が見下していた相手に逆転ざまあを食らったような悔しさを、どうしても消し去ることができなかったから。
差し出されたクッキーを齧りながらも、顔を合わせられず、目を背けてしまう。
「新しい環境は、そんなに辛いかい? 皇女や王様達が、随分と過ごしやすいように苦慮してくれている筈だけど?」
「……向こうと比べたら、辛くないわけないだろ? スマホも、電気も、テレビも無い。ベースボールのボールもバットも、ルールすら無い。
暑くても、クーラーどころか扇風機もないし、風呂にだって自由に入れないんだぞ」
「それは……まあ、中世だからね。
だけど、そもそも子どもが三食しっかり食事を取れて、定期的にとはいえ大浴場で風呂にも入れて、温かい布団で眠れる。それだけでも奇跡的なくらい恵まれているって、解ってる?」
「頭では解ってても、そう簡単に割り切れやしねえよ! お前みたいなgeekじゃねえんだ。異世界転生ヒャッホー! なんて思えねえ」
「まあ、その気持ちは解らなくもないけどね」
「お前のことだから、ノリノリだったんじゃねえの?」
「実際にやってみれば、そこまでじゃないよ」
話を合わせるための、表向きの共感かと思った。
けれど、奴の眼差しには、思った以上に深い感情が宿っているのだと解る。
「だって、この世界には、さっき君が言ったように、スマホもタブレットもパソコンもないんだよ。マンガは当然、本も殆どない。絵を描こうにも、紙は貴重品。ペンやインクだって自由には使えない。
料理は調味料が殆ど無くて、激マズだし。知識でチートしようにも、中世異世界ですぐにマウントを取れるのは、初歩的な計算くらい。
自分の素のスペックの低さには、最初、本気で呆れたから」
今でこそ、絵や文章を書いたり、地球の知識を生かして色々できるようになってきた。
けれど最初の頃は、何一つ、やりたいことができなかった。
そう言って、ラールは息を吐いた。
「それが変わったのは、マリカちゃんが来てからだね」
「マリカちゃんって、あの皇女か? ティエイラの娘だっていう、あの?」
「そう。あの子がこの世界に、地球の食や文化を広めるための土台を作ってくれた。
その上に立って、ようやく僕も色々できるようになった、って感じかな」
彼女が、人々、特に子ども達のために環境をより良く変えようと動き出したことで、澱んでいた中世異世界に活気が生まれたのだという。
確かに、不満は多くても、今の環境は居心地そのものは悪くない。
ケチャップたっぷりのハンバーグや、手作りマヨネーズのタマゴサンドは、向こうにも負けないくらいの味だし。
ただ……。
「まあ、色々と虚勢を張っていても、僕は子どもだったんだと思い知ったね。
用意され、お膳立てされていないと、何にもできなかったわけだし」
「……俺は、お前以上に子どもだって言いたいのかよ? 確かに今の俺には、この中世ですぐ役に立つような知識も力も何にもないしな」
「そこまでは……」
それを認めるのは、やはりどうにも悔しい。
自分にとって一番輝かしかった『地球』の思い出。
そこで身に付けてきた、色々なこと。
ベースボールも、英語も、方程式も。
その全てが、何の役にも立たなかったと突き付けられるようで。
この世界では、四則計算ができて、文字の読み書きができるだけでも、仕事には困らないと言われている。
けれど、そんなものは目覚めた子どものほぼ全てができるのだ。
何の優位にもならない。
俺がもう少し大人で、例えばMITやハーバードで学問を修めるような知識を持っていれば、即戦力になれたのだろうか?
いや。
そういう大人は、移民船には乗れなかった。
あの時、地球の大人達は、子ども達を避難させることで頭がいっぱいだった。
その先のことまでは、あまり考えていなかったように思う。
移民が完全に成功するとも、思っていなかったのではないか。
そう考える時さえある。
もし、本当に成功を信じていたのなら、多少子どもの数を減らしてでも、移民先での生活のために、指導者や技術者、科学者などを乗せたのではないだろうか?
今となっては、問いただすこともできないけれど。
「なあ……ラール。正直に言えよ」
「なんだい?」
「お前は、知ってるんだろ?」
「だから、何を?」
「アマンダ達は、どうなったんだ?」
「!」
ラールが明らかに言葉を詰まらせたのが解る。
最初に目覚めた時、この地を預かる者だという老人から説明を受けた。
「『ノア』に乗っていた者達は、これから時間をかけて、ゆっくりと目覚めさせていく。
血縁者などは、なるべく同じ時期に目覚めるよう、『レルギディオス神』が配慮してくださっている。だが、場合によっては、知り合いがいても覚醒に時間差が出てしまうかもしれぬ。
全員を安全に、充実した環境の下で育てるため、許してほしい」
今いる共同体でも、地球の記憶が完全に残っている者は、そう多くはない。
たいていは、ぼんやりとしたイメージが残っている程度。
エレメンタリー時代の記憶が遠いものであるように、家族や生活の記憶はともかく、俺のように友人の顔まではっきり覚えている者は稀らしい。
だからこそ、地球の記憶にあまり囚われず、新しい環境に馴染みやすくなっているのかもしれない。
けれど、俺ははっきりと覚えている。
無かったことには、できない。
「新しい星に辿り着いたら、また会いましょう!」
違う『能力者』の船に乗ることになり、再会を約束して別れた恋人や、友人達の顔を。
言っていいのか。
悪いのか。
ラールの顔に、微かな逡巡が浮かぶ。
けれど、ここで誤魔化しても、いつかは解ること。
そう理解したのかもしれない。
奴は静かに口を開いた。
「いないよ。死んだ。もう、この世のどこにもいない」




