魔王城 地球移民の子ども達 3
エルトゥリアの移民の子ども達が暮らす生活エリアを見せて貰った。
案内はクラージュさん。案内役はクラージュさん。私達は目立たない普通の服に着替えて向かう。
向かったのはアルケディウスの担当区画の一つ。
私が今日、挨拶に行ったのはエルディランドの区画の一つだった。
建物の基本は同じなので、そこまで個性はないけれど、制服のような衣服や、世話役達の店などに個性があるという。
それぞれのエリア同士は、今の所は子ども達の安定の為、それほど積極的な交流はしていないらしいけれど、学学校や隣町を行き来するような感覚で、交流に制限はない。今後接点も増えていくだろうという話。
「子ども達がエリアから出る時には許可申請が必要になります。
『神』に軽い結界をかけて頂いていますので、無断で出ればすぐに解るのだそうです」
石造りの城下町は魔王城保育園の頃から何度も足を運んだけれど、随分と様変わりしていた。具体的に言うと活気が出ていた。
丁度、午後の勉強を終えた後の自由時間だったらしい。
街のあちこちで、子ども達の楽しそうな声が聞こえて来ていた。
広場でサッカーのようなボール遊びをする子。
石畳をドライジーネで走る子。町の中で鬼ごっこをする子などなど。
今まではこんな光景は見られなかった。
街というのはやはり人が住んでこそ、生きるのだなって思う。
この街では少なくとも、子どもに悪意をもって接する者はいない。ついでに車もないので皆、自由に駆けまわり楽しそうに遊んでいる。
「あ! クラージュ先生。こんばんは~」
「はい。こんばんは。ケガには気を付けるんですよ」
「はーい!」
子ども達は皆、男女問わず色違いはあるけれどお揃いの服を着ていると気付いた。インナーのシャツに、胸飾りのないチェルケスカ風の上着。ズボン、靴下、革靴。
なるほど、アルケディウス区画。
今は勉強時間が終わったばかりなので、本当の自由時間。人人を傷つける事、物を壊す事、他人に迷惑をかける事以外は、何をしてもいいことになっているとのこと。
国会図書館から本を持ってきた図書室で本やマンガを読むもよし。
料理人に料理を習うもよし。
職人仕事に興味がある人は、世話役に頼んで職場を見せて貰うことも出来る。
「今日は休みを貰っていますが、週二回ほどジャックとリュウに助手を頼んで私が剣道を教える日もあります。区画関係なく教えているので剣士や騎士を目指す子は通ってくるようです」
楽師さんが楽器を教える日や、魔術の訓練をする日もあるそうな。
ただし、こっちは開始前に講師が決めた適性試験に合格してから。
「もう少し経つと、食事に行く子も出て来るでしょうか? 食事はふんだんに用意されていますが、やはり人気のものは売り切れもあるので」
食事は食堂で、夜、風の刻が終わるまでは食べられる。
引き換え札は、学校で授業の後に手渡されるので、勉強をサボると夕食を食べ損ねるそうだ。
「体調が悪いとか事情があって学校を休んだ子には、それに合わせた申請や対応をすることで食事が出されますし、サボった子もちゃんと謝れば翌日まで食事抜き、なんてことにはなりませんよ。
それに、毎週勉強をしっかり頑張れば、週の最後の日にお給料では無いですが、お楽しみがあるので」
「お楽しみ?」
「ほら、あそこです」
「うわあ、お菓子屋さん?」
クラージュさんが指さす先には、ガラスのショーウィンドウから中が見える煌びやかなお店が見える。壁や内装も白で、可愛らしくデコレーションされていて、見た目もショートケーキのようだ。
「毎週、夜の日にだけ開くお店です。一週間頑張った子には、空の日の授業終わりにコインが貰えて、翌日の夜の日にこの店で使えます。
買い物の練習も兼ねています。クッキーやキャンディ、クレープ、パウンドケーキ。エルディランド区画は煎餅なども出すようです。
果実炭酸水や甘い飲み物も。
生ケーキや、ゼリー、タルト、チョコレートなども出る時がありますよ。ただ、少し高いので一週間分、全部を使うか、毎週貰う分を少しずつ貯めるか。
子ども達の個性も出ますね」
なるほど、これは楽しみ。
勉強なども頑張ろうという気になる。
ご褒美で釣って躾をするのか、という意見も地球でなら出そうだけれど、あくまで「やらないと貰えない」ではなく、「頑張るといいことがあるよ」なのだ。
皆と同じことをできるかではなく、問われるのはやるかやらないか。
世の中の物事は等価交換。
やればやっただけの成果が返ってくる。やらない子は貰えない。
皆と同じようには『できない』子がいるとしても、よっぽどの重度でなければ、自分が本当に欲しいもの、やりたいことの為には努力や我慢ができることは知っている。
良い訓練になりそうだ。
『海斗先生』も向こうで色々と研修を受けていたから、こういうところ、向こうの知識を取り入れていて手厚いな。
「引き換えコインは世話役が裁量で渡す時もありますよ。
何か良い事をしたとか、仕事や勉強を特に頑張ったとか。
コインはお菓子以外にも色々な事に使えます。疑似通貨、ですね。
国会図書館への立ち入り許可証とか、楽器とか。
勉強に使う筆記具や紙などは申請すれば必要なだけ支給されますが、例えば制服にちょっとした刺繍をしたいから裁縫道具。絵を描きたいので画材を。
なんて場合にはコインと引き換えに支給しています」
「ただあげたりはしないんですね?」
「本人の意思と覚悟を確かめる意味でも対価を貰うことにしています。
女の子の中には、その裁縫道具で友達の服に刺繍をしてコインを貰う、なんて商売を考えて始めた子もいるそうです。それぞれの工夫は他者に迷惑をかけない限りは尊重しています」
「悪いことをしたら没収もありですか?」
「滅多にはしませんが男の子などは、注意をしても聞かない時がありますから」
やっぱりあるんだ。
物わかりのいい子が多いように感じたけど、そこは子どもだもんね。
男の子は特にふざけすぎてしまうことや、自分を上に見せたくてやんちゃをする子は多分無くならない。
「他人のコインを盗ったり、奪ったりする子はいないんですか?」
「基本的に、子どもが一人当たりどのくらいのコインを持っているか、大人達には知らせてあります。
同じ区画の世話役は、子どもの資産量もおおよそは共通理解していますし。
過剰に持っている場合には話を聞くようにしています。
引き換えた品を奪うようなことも絶対禁止。
厳罰です。
そのような場面を見たら子どもも、世話役も一般人もすぐに管理者に知らせるように伝えてあり、そのような行為をした子が判明したら、しっかりと対応し、反省を促します。
最初に世話役には基本的な対応を叩き込んでいますし、各国の国王陛下達にも早期発見をお願いしていますので、今の所深刻な事態は発生していないようです」
「しっかり考えられているんですね」
「いじめの芽は、初期のうちに摘み、根を断っておかないといけませんから。
根絶は人間の性質上難しいにしても、地球の悪しき慣習をアースガイアに持ち込ませたくはないのです」
クラージュさんには向こうの保育士の記憶があるから、いじめ対応には敏感だし真剣だ。
でも、これは世話役と子ども達の信頼関係がカギになるね。
大きい子が力などで小さい子などを押さえつけたり、下に見ることはどうしてもある。
万が一、そう言う事になった時、弱い立場の子が大人を信頼して頼れるかどうかが重要。
「ただ、このようなシステムは全員が親のいない、国が育てるべき子どもだから成り立っているところがあります。あと、世話役が厳選された『大人』であるから。
私利私欲のために、自分の懐を肥やすようなことをしない人物が担当しているから上手くいっているのでしょう。
人も金銭も品物も、子ども達の為にふんだんに用意されていますし。
保護者ごとの考え方が異なり、一人一人の個性と自由を優先していたかつての地球では、難しかったでしょうね」
確かに、このシステムは一種の社会主義のようなもの。
あくまで一時しのぎだ。
島ごとまるっと孤児院兼、保育園と考え、外に出さず。
クラージュさんが言ったとおりお金も品物も人手も潤沢に使えるから成り立っているけれど、これ。
予算を出し渋る政府とか、子どもを使って悪い事をしようとする業者とかが出てくると、たちまち地に墜ちてしまう。
「いずれは民主主義も再生させたいところではありますが、アースガイアの七国殆どが王政ですし」
「民主主義には一人一人の自覚と責任が重要です。
素晴らしい思想で最終的にはそこを目指すべきだと思いますが今は、星も人も、そこまで成熟していないというのが正直なところだと思います」
少し悲しい目で言うクラージュさんの言葉は多分正しい。
民の手によって政治を行う、というのはとても素晴らしい思想だけれども。
国民一人一人が、「自分達が国の政治に関わっていくのだ」という自覚を持たないと、一部の権力者に甘い汁を吸われ、多くの一般人が搾取される不平等へと繋がりがちだ。
でも、自分に直接害が無いと人はなかなか動かない。不満を言いながらも慣れて、疑問を持たなくなっていく。
不老不死時代などは正にその典型。力ややる気を吸い取られていた、というのはあったとしても。
人間は楽な方に楽な方に流れていく生き物だからね。
今の七国は各国、それぞれに苦労してきた上に『精霊神』が見張っているから民衆を苦しめる様な政治を執る方はまずいない。善良な王族の元、それなりの仕事をして日銭を稼ぐ事が一番民衆にとっては楽かもしれない。
そこからさらに一歩踏み出す民主主義を浸透させるのは、簡単では無いだろう。
島のみならず、星の住人、一人一人の考え方そのものを変えていくしかない。
「勿論、いずれは自分の運命を自分で選び、未来を切り開いていく強さを育てていくべきだとは思いますけれどね。
今の所は地球の完全再現に拘らず、地球の悪かったところは反省し、良いところは取り入れて、いいとこ取りの新しい世界を作る、というのはどうでしょうか?」
「そうですね。
未来を築いていくのは、これからの子ども達ですし……うっ!」
「どうかなさいましたか? マリカ様」
「な、なんでもありません。ちょっと、胸が苦しかっただけなので……。つわりでしょうか」
「少し休んでいかれますか? この近くに食堂があるのでお茶でも」
「大丈夫ですか? 子ども達や周囲に迷惑になりません?」
「私も一緒ですし、心配いりませんよ。少し話をしてきます。カマラ。マリカ様を頼みます」
「お任せ下さい。
マリカ様。本当にお身体に障りはありませんか?」
「心配しないで。……何でもないから」
そう。何でもない。
ただ、心臓がチリリと痛んだだけだ。
胸の奥で感じる、熱のような痛みを、呼吸を整えつつ、私は知らんふりをしてやり過ごす。
まるで抗議するような、否定するような。
熱く強い、誰かの意思を。




