魔王城 ラールとエリセのプロポーズ
「わっ! エリセ、ちゃん?」
響いたソプラノの主は、もちろんエリセだ。
隣に座って話を聞いていた筈のエリセがいきなり立ち上がったかと思うと、渾身の力で叫んだ。
そして土下座を続けるラールさんを引っ張り起こし、彼の首元に抱き着いたのだ。
「わかんない!
わかんない、わかんない、わかんない!!
ラールさんが何を言ってるのか、何をそんなに怖がってるのか、私、わかんない!」
「ちょ、まっ! エリセちゃん、落ち着いて!」
落ち着いて、と言ってるラールさんの方が明らかに動揺していた。
しがみつくエリセを突き放すこともできず、おろおろとしてる。
「でも、これだけはわかるよ。聞こえるもん。ラールさんの声。
ラールさんは、誰かの為になりたかったんでしょ?
お父さんや、お母さんや、お兄さんの事も、好きだったんでしょ?
皆の為に、何かをして、喜んで、笑って欲しかったんでしょ!」
一方のエリセは泣きじゃくっているように見えて、実はしっかりとラールさんを見ている。聞こえない者の声を聴くエリセの『能力』。
その力を使っているのかもしれないけれど、ラールさんの苦しみをちゃんと理解しているように思えた。
「私が、初めてアルケディウスに来た時に。
寂しくって、怖くって、どうしたらいいか、解らなかったときに、笑いかけてくれた。
私にできることをさせてくれて、褒めてくれて、認めてくれた。
今でも、忘れない!
あれは、ラールさんが、そうして欲しかったからなんでしょ!」
私は本職のカウンセラーじゃないし、心理学も保育の範囲で(真理香先生が)学んだくらいのものだ。
でも、ラールさんの心に今も深く根付いているのは、地球時代のトラウマなのだろう。
ラールさんは実際、贔屓目抜きで見てもかなりスペックが高い。
オタクとしてもだけれど、人間としても。
絵が描けて、日本語でマンガを読めるアメリカ人。
誰にも褒めて貰えなかったオタクが望んでいたのは、自分という存在を認め、愛されること。
地球で叶わなかったからこそ、新天地で望み、願ったのはきっと自分がありのままでいられる居場所。誰かの役に立つ自分。
自己肯定感が圧倒的に足りていなかったのだろう。
『神』の言う通り、指示に従っていれば楽だった。
親に守られていうことを聞く素直な子どもであれば、何も困ることも無かったし褒めても貰えただろう。
でも頭のいい彼は理解していた。
失われたものは、もう取り戻せないこと。
地球に戻ることはできないし、戻っても自分達が愛したものは取り戻せないと。
だったら、新天地で、自分にできることをするべきだ、と。
チートの自覚を噛みしめ、罪悪感を感じながら。
それでも自分の愛し、信じてきた者を心の支えにして誠実に努力し、生きてきたラールさんは、どこかリオンに似ている気がした。
「ラールさんは、子どもじゃない!
カッコよくて、優しくて、思いやりがあって。
そしてステキな大人なの! 私は、そんなラールさんが大好きなの!」
「エリセちゃん……」
「私は、ラールさんに守って欲しくて側にいたいんじゃないから!
逆に私がラールさんを助けて、守るんだから!」
どことなく既視感。
リオンとコツコツ積み重ねてきた関係と、その時の思いを取り戻す。
あ。
ラールさんが、エリセの背中に回している左手がわきわきと揺れていた。
困ってる。困ってる。
自分を女の子が愛してくれる。嬉しくて。抱きしめたいけれど、そうしていいのか解らない、って感じの動きだ。
「ラールさんは、私の事嫌い??」
「き、嫌いな筈ないだろ!」
「だったら好き?」
完全にエリセのペースだ。
少し、戸惑いながらもラールさんは、はっきりと頷く。
「……うん。好きだよ」
「だったら、結婚しよう! 今すぐ!」
「今?」
「結婚して家族になるの。
家族になって私が、誰よりもラールさんのずっと側にいてあげる。
お母さんや、お兄さんの代わりにいっぱい、褒めてあげる。
ラールさんは、いっぱい、いっぱい頑張ってきたんだもの」
「エリセちゃん……」
「今まで、一人で頑張ってきたラールさんを、これからは私が助けるから。
だから。側にいて。ずっと……」
「エリセちゃん……」
あ!
ずっと、エリセの背中の後ろで惑っていた手が、何かを決意したように握られて、そしてしっかりと彼女を抱きしめ、引き寄せた。
「……俺で、いいのかい?」
「ラールさんがいいの。ラールさんが好き」
「だったら、俺も覚悟を決める。
結婚しよう。エリセちゃん」
「ラールさん!!」
薔薇の花びらに宿る朝露の雫のように。
輝く笑みを浮かべたエリセもまた、自分の手をラールさんの背に回し、抱擁する。
「俺もエリセちゃんを助けるし、守るし、側にいる。
一緒に、支え合って、助け合っていけると嬉しいな」
「うん!」
すっかり二人の世界。
私達なんか目にも入っていないっぽい?
互いに心を通わせ、抱き合う二人を私達は、静かに黙って見つめていた。




