魔王城 とあるGeekの告白
クライマックスと新作準備の為 ここから 朝2話 夜3話公開とします。
私達、王族やエリセの視線を一身に受けながら、ラールさんは『かつての自分』を語る。
「まず、最初に告げておきたいのは『神の国』と呼ばれる俺達の故郷、地球は紛れもなく優れた文化と歴史を持つ世界でしたが、決して楽園では無かった、ということです」
「そうなの? マリカ姉?」
「ラールさんの言ってることは間違ってはいないよ。
でも、その話は後、ラールさんの話をしっかり聞いて」
「うん。じゃなかった。はい」
怪訝そうなエリセはそれでも頷き、ほぼ正座。
ラールさんの隣に座り、腰を少し上げた中座のような姿勢で神妙に彼を見ている。
「科学、文化の点においては今のアースガイアは、申し訳ないながら足元にも及ばず。
人は夜を克服し、自然を支配し。
精霊の灯よりも明るい光が家々を照らし、水も火も風も雷も支配していた世界です。
大人も子どもも、通信鏡よりも優れた通信手段と知識を多くの人間が片手に持ち、望み、働きかければ、様々な知識を気軽に交換し手に入れることができました。
地を鉄の車が走り、空を鋼の翼を持つ乗り物が行き交い。人の技術と視点は空の彼方、宇宙にあと僅かで届く。それが『神の国』俺達の故郷『地球』でした」
「それは、正しく、我らが夢見る楽園、ではないか?」
「技術、文化の面では紛れもなく。
ただ、どんな技術も文化も、使うのは人間。
今にして思えば、地球の人々は『神』という保護者を失った子どものようなもので。
良く言えば自由に、悪く言えば我が儘に、自分本位に……生きていました」
彼の言葉に、表現に間違いはない。
どうしようもない程の真実だ。
「優れた技術は武器に転化され、戦争に使われ数多の人々の命を奪い、芸術も文化も争いと無縁ではいられなかった。
大人社会の縮図であった子ども達の世界も、また同様で常に争いがあり、差別があり、格付けがあり。同じ学び舎でも他人を蹴落とし、弱者を虐めたりということも少なくなかったですよ」
「いじめ?」
「虐待のようなモノかな。大人同士でも、親から子でも、子ども同士でも弱者を見つけて強者とされた人物が立場の弱いものを虐げる。そんなことが横行していました」
基本的にアースガイアには人種差別やいじめという言葉、概念がない。
身分による差別、区別は厳密に存在するし、立場が上の者が、下の存在を虐げることは普通にある。
ただ、最初に『精霊神』様達が自分達が連れて来た子ども達を、アースガイアで生活させ始めた時。
「七国に住む人間は全て、精霊神の名の元、等しく同じ権利を持つ家族である」
としたせいか、肌の色や人種、国籍で差別されることは無い。
王侯貴族も、元は人々を守る仕事と力を与えられた者、であり税金を納める存在に対して原則悪辣な扱いはできないことになっているのだ。貴族の地位も一代限り。
(国や領地の統括をする大貴族は世襲が許されているけれど)努力し、成果を出せば報いられるシステムになっている。
長い『精霊神』不在や不老不死で、歪んで有名不実化してしまってはいたけれど。
「アメリカでも、いじめはあったんですか?」
「日本も酷かったんだって?」
「アメリカ? ニッポン?」
「『神の国』にあった国の名前です。
私の記憶にある『知識』は『神の国』のものだったみたいで」
同じ地球を知る者同士の会話。
ラールさんは、私の事を『星』に選ばれた日本の記憶を持つ転生者だと思っている筈だ。
オリジンとか、記憶のインストールとかの話はしてないからね。
私の言葉にちょっと困ったように肩を竦めてみせる。
「でも、多分アメリカも同じかそれ以上だったよ。
アメリカは実力主義だから。
自分を出せない、自分に自信のないような連中には居場所が無くってね。
俺はアニメやマンガをきっかけに、やりたいことを見つけられて。
NerdからGeekになれたと思ってる。
仲間もネット上にはたくさんいたし、孤独って訳では無かったけれど学校は嫌いで、家でも出来のいい兄貴がでかい顔をするんで、色々と苦しかった」
いかに海外で日本文化が受け入れられていたとしてもGeek、Nerdなんて言葉があるくらいだ。
好きなモノに夢中になる彼らが普通とは違うアウトローの扱いを受けていたのは間違いないだろう。
「好きなものがあったし、やりたいこともあった。
目標もあったからまだましな方だったと思うけど。周囲の評価は中の中から下。
一生、自分は主役になれずに終わるんだって、解ってはいた。
世界が変わったあの日までは」
何の予告も無くやってきたコスモプランダー襲撃で、人類の半分が一瞬で死亡。
彼の愛する日本の文化は、それを受け継いできた者達と一緒に消滅した。
ラールさんが住んでいた地域は偶然難を逃れこそしたけれど大パニックで。
情報統制と厳しい外出制限の中、死の恐怖に震える日々を過ごしたのだという。
「父が出張先で死んだと聞かされても、日本が滅んだと知った時ほど涙は出なかった。
宇宙へ逃れる移民に選ばれたのは、家族の中で俺だけで。
母も兄も、俺を黙って見送ってくれたけれど。家族と別れる寂しさよりも、苦しい世界から逃れられる開放感が勝った。
我ながら、薄情な子どもだったと思う」
その後、オーストラリアに連れて来られ冷凍睡眠にかけられてから、目覚めるまでの記憶は当然ない。
だが、数百年後、アースガイアで目覚めた彼は。中世の文明を築くこの世界で地球帰還の為に働け、と父と呼ぶことになった『神』の命令に反発して、その腕から逃げ出した。
「一緒に目覚めたミオルはホントに、真面目で積極的な陽キャで。
俺の事も理解してくれようとしたけれど、俺の方が奴と一緒にいるのが眩しくて、逃げ出して。そもそも、人と関わるのが怖くって。
後は人々の間に紛れて、その日暮らしで生きてきました」
『神』に持たされていた通信機は途中で捨てて、異世界転生の気分でアースガイアを一人生きてきたというラールさん。
「正直に言うと俺にとって居心地が良かったんですよ。
アースガイアは、地球よりずっと。
向こうの世界で学んだ基本的な計算とか、簡単な読み書きができるだけで、この世界ではけっこう上でいられましたから」
地球の一般的な教育課程を受けることができれば、計算もできるし読み書きの能力なども身につく。それだけで確かに結構なアドバンテージではある。
「で、旦那様に拾って頂いて、料理人になって。
もし向こうの世界でちゃんと料理とか勉強していたら、マリカちゃんみたいに異世界料理チートとかもできたかもですが、残念ながらそこまでの知識はなかったので。計算もできる少し筋がいい使用人として可愛がってもらって。自分が認められて、褒められたのは初めての気がしてやっと居場所をみつけられた気がしました。
でも、不老不死世になって、店が潰れて帰る場所を失ってなって。
後は俺の居場所を奪った『神』を恨みながら、本当に自堕落に生きてきました。
自分にどうしても自信が持てなくて。『神』に子どもを作るなって命じられてたことを言い訳に、女性と深い関係になったり家族を作ったりは避けましたけど。
五百年以上、ずっと。
マリカちゃんに、出会うまで……」
「ラールさん」
ガルフが魔王城の島を訪れ、私達の支援を受けて食品扱いの店を起こした時。彼はかつての店の従業員たちを優先的に探し、呼び集めたという。
アルケディウスにやってきた私を知ったラールさんは、最初は新しく目覚めた『地球移民』だと思ったらしい。
「可愛かったし、好みでした。
もしかしたら、自分の事を解ってくれて一緒に生きていけるかなあ。なんて夢も見ました。
でも、彼女の側には『ヒーロー』がいたし、自分なんかとは違う、本当の『主人公』のオーラを見るにつけ、自分の役割は彼女を助けることかなって思ったんです。居場所も取り戻して貰ったし。
推しの為に全力を尽くすのは俺達Geekの本能みたいなものですから」
そうして、彼は私達を影日向から助けてくれたのだ。
ずっと。
「長く、くどい話になりましたが。要は、俺は自信が無いんですよ。
この世界に来るまで女性に褒めて貰った試しがなかったし、こっちに来てからも本能的な女性恐怖症みたいな感じで。
そして何より、自分自身の未来に自信が持てません」
自らの思いと過去を話し終えたラールさんは最初のホワンディオ様の言葉に答えを返す。
「自分以外を抱えて、責任をとる自信がないんです。
綺麗さっぱり、これっぽっちも」
「それは、ゲシュマック商会で認められて、図書館司書を任されることになった今も?」
「はい。今まではほんの一握りの『地球移民』しかいなかったから、中世異世界の文化レベルのアースガイアでマウントっぽいモノを取っていられました。
マリカちゃんと出会えて、まるで物語の一員のような経験もさせて貰ったし、褒めて、認めて貰って。過分な地位もお金も得られてちょぴっと。
ほんのちょぴっと自信はついてきたんですけど」
ラールさんの顔が思いと共にさらに下を向く。
「でも、今後今まで眠ってた『地球移民』達が目覚めてきたら、俺程度のレベルの事ができる人間なんてきっとわんさか出てきます。
少なくとも、俺と一緒に冷凍睡眠に入った者の中には運動に優れた人物や、学業に長けた者もたくさんいました。
今の時点で目覚めている子達も、筋がいいから直ぐに何でもできるようになるでしょうし。
流石に日本語をアースガイア語に翻訳できる者は、暫くはそういない筈だし、本の翻訳は一生ものの仕事ですから、いくら人が増えたとしてもくいっぱぐれは無いでしょうけれど。
それでも、俺が女の子の人生を抱えて、責任を取って幸せにできるとは思えないんです。
こう……なったことも、ありますし」
ラールさんが軽く右肩を揺らせば、空の服の袖が揺れる。
「エリセちゃんは、好きです。可愛いです。
俺のストライク好みで、ロリと言われようと、守りたい。
大切にしたいと思っています。
でも!
だからこそ、結婚とか、考えられません。
こんな我が儘で、自分勝手で独りよがりな子どもが、家庭を持ったりしていい筈はない。
大事で、大好きな女の子を、この手で幸せにできる自信が俺にはありません!
すみません!!!!」
土下座のように、いや、正真正銘の土下座で、地面に頭を擦り付けるラールさん。
男としては滅多にない位に誠実な、でもあまりに弱気な返答に私達が、かける言葉を探していた時。
スッと、視界の端で何かが動いた。
それが何かと思うより、気付くより早く。
「ラールさんの、バカ!!!」
澄んだソプラノが閉じられた応接室に響き渡ったのだった。




