魔王城 地球から来た元少年の思い
風の一刻。応接の間。
「急に呼び出してしまってすみません。でも、何故、呼び出されたかはお分かりですよね。ラールさん」
「申し訳ございませんでした。マリカ様。
大事なエリセちゃんを、黙ってお借りしておりまして……」
「だ~から! なんでラールさんが頭を下げる必要があるの!
私もラールさんも、何にも悪いことしてないのに!」
来客用のソファの中央。ロの字型に置かれたソファの真ん中に、泰然と腰を下ろす私に開口一番、室内に入って直後。
扉の前で膝を付き、左手を胸の前に当てた。
挨拶の時、胸に当てる手は通常は右手を使うものだけれど、隻腕のラールさんが左手を使う事に異論は勿論ない。
私の周囲には皇王陛下、じゃなかったお祖父様。
それに元フリュッスカイトの公主ナターティア様とエルディランドの元大王ホワンディオ様もおいでだ。事情をお話したら、立ち会いたいとおっしゃった。この島でのことだし、これから二人が国会図書館で生活していくつもりならどうしてもお世話になるので、お願いする。
私のソファの後ろにはお母様とカマラが控えていて、大店の料理人で準貴族扱いのラールさんだけれど。各国の元トップでもある、この島の責任者たちを前に、緊張を隠せない様子だ。
一方で、エリセは私がいるからだろうか。
「マリカ姉、ひどいよ!」
完全に魔王城の妹モード。
不満を隠さない膨れっ面で、最初は、膝を付くことも無く、仁王立ちでこちらを睨んでいた。
「エリセちゃん! マリカ様だけじゃなくって他の方々もいらっしゃるから、とりあえずは跪いて」
ラールさんに言われて、ムーっとした様子ながらも隣で膝を付いたエリセ。
貴族向けの礼儀作法はエリセもゲシュマック商会で叩き込まれているけれど、私がいるからだろうか。完全に棚上げしてラールさんを守る気満々だったようだ。
注意された今も、それは勿論変わるものでもなく。
「コスモプランダーの襲撃の後始末に区切りがつき、魔王城の島に移動してきたのが二ヶ月半ほど前。それからずっとエリセちゃんには身の回りのことを手伝って貰っています。
勿論、『神』と『星』に誓って、一切身体に触れるようなことはしていません」
「そうだよ。ラールさんは、優しくて大人なの!
変な事なんかしないし、世界で一番、ステキでカッコいい人。
だから余計な心配しないで、ほっといて!」
がるるるると、まるで威嚇するかのような目を私に向ける。
「まあ」と声にならない声を漏らし、笑っているのはナターティア様と、お母様だ。
お二人の視線は少女の圧倒的な信頼を受けつつも、どこか苦そうに、重そうに俯くラールさんに向いている。
「皇王陛下だって、タートザッヘ様だって何にも言わなかったよ。
ガルフもフェイ兄もリオン兄だって止めなかったのに、なんでマリカ姉だけ怒るの!」
「別に怒っている訳ではありませんよ。因みに絶対に反対、という訳でもありません。
ただ、二人の気持ちを確かめたかっただけです」
「……うそ。マリカ姉、凄く怒ってる。フェイ兄が本気で怒った時みたい」
「それが解ってるなら、真剣に話を聞いて」
「……解った」
私が皇女モードで、圧を特にラールさんにかけたことに気が付いたのだろう。
威嚇を解いて、静かに膝を付き直した。
「重ねて言いますが、私はエリセとラールさんが本気で結婚を望むなら、止めるつもりはありません」
「ホントに!?」
「話は最後まで聞いて。エリセ」
「……はい」
明るく輝きかけた顔が、またシュンと俯く。
その顔が本気で落ち込む前に、私は言葉を続け、本題に向かう。
「ただし、それは二人が、本気で、結婚を望むなら、です。
エリセ。エリセは本当にラールさんと結婚したいの?」
「うん。ラールさんを助けて、ずっと一緒に暮らしたい!
ティラトリーツェ様やライオット皇子みたいに大きくなっても仲良く、一緒に過ごして、できれば赤ちゃんも作って、ホントの家族になるの!」
「エリセちゃん……」
エリセに一切の迷いは見えない。
ピカピカの、輝く笑顔と瞳ではっきりと言う。
「ラールさん」
「は、はい!」
一方でラールさんの方はといえば、いつもの明るさ、朗らかさは影を潜めて明らかに緊張し、思い悩んでいる様子が顔に出ている。
これは多分、各国の元王様達が側にいる事とは関係ない。
「エリセは、ああ言っています。
ラールさんの方は、どうでしょうか? エリセを恋人として愛しく思い、妻として愛する決心はありますか?」
「…………」
「ラールさん?」
長いようで短い沈黙の時が流れる。
心配そうに隣で両膝をぺたんと付けたまま、ラールさんの顔を覗き込むエリセから、逃げるように顔を背け、俯いていた彼はやがて顔を上げて、私にその蒼の瞳を向けた。
「正直、戸惑っています。
僕は、いえ。俺はこういう真っすぐな好意を誰かから向けられた事が無かったし、それを受け止めたことも無かったので。
エリセちゃんは可愛いと思いますが、僕にはもったいない、という気もずっとしてて。
国会図書館で一緒に仕事をしていても、どこか後ろめたくて……」
「え? 嘘。ラールさん。凄くもててるでしょ?」
ラールさんの意外な反応にエリセは目を丸くする。
確かにラールさんの女性人気は高い。
背は高め。少し細身で金髪蒼眼。
日本人が思い描く典型的なアメリカ青年風の外見で、容姿も悪くはない。
少なくとも私が皇女になる前から、ゲシュマック商会の料理主任をしている頃から、アプローチしてくる女性はいた筈だ。でも、彼は「好きな人も恋人もいない」と言い切って仕事一筋。
「食堂の給仕さんや、留学生のお姉さん達、みんなラールさんの事、好きなのに」
「それは、俺の立場や金や知識に惹かれてるだけだよ。
俺自身を見て、愛してくれているわけじゃあない」
「何故、そう言い切る?」
空気や話の流れを変える為か、エルディランドのホワンディオ様が助け船というか、ラールさんに声をかけて下さった。
ここで、私が何か言うとエリセがまた騒ぎそうだったからありがたい。
「其方は現在、最年長の『地球移民』であると聞く。
『神』が与えたもうた奇跡にして宝。コッカイトショカンを預けられるに値する有能さは我々も認める所だ。
見た所、それほど容姿に難があるわけではなく、我が子スーダイのように肥満であるというわけでもない。なのに其方からはどこか、不老不死時代のスーダイと同じ匂いがする」
ホワンディオ様は、私達王族貴族には丁寧語を使われるけれど、今はあえて国王モードで話しているっぽい。
でも、スーダイ様に似ている……か。
「不老不死時代はともかく、今はゲシュマック商会の料理長という高い身分にあり、金銭にも余裕がある。その気になればある程度以上の女は望みのままであったろうに。
スーダイも自分は女との縁がないと拗ねてはいたが、腐っても王子。誘えば応じる女はいた。
それをしなかったのは、あれが自分という存在に自信を失い自棄になっていたからだと気付いたのはマリカ皇女が来て下さってからのことだったが」
「それは……」
「『神の子ども』は原則として子を作ることが禁じられていたという話も聞くが婚姻そのものが禁止されていたわけではあるまい? 現にエルディランドの『子ども』は表向きだけかもしれんが妻帯していたぞ。男性の本能に抗い、禁欲を続けたその理由はなんだ?」
唇を嚙み俯くラールさんを見て、もしかしたら、と思う事がある。
「ラールさん。もしかして劣等感、とか持ってるんですか? 地球時代の自分に」
「! マリカちゃん?」
ハッと頭を上げたラールさん。
私達を見つめる震えた眼差しには「どうして?」と書いてある。
この場合の「どうして?」は勿論。どうしてそれを? だろう。
「向こうにいた時代に虐められたとか、イヤな思いをしたとかですか?
だから、自分に自信がないとか。
もっとはっきり言っちゃえば、『神の子ども』達がどんどん復活して来ることに、もしかしたら不安とか、自分の位置を取られるかも、とか思ってませんか?」
「……マリカちゃんは、凄いな」
結構失礼な事を言っている自覚はあるけれどここは、エリセの為にも、そしてラールさんの為にも引いちゃいけない所だから踏み込んだ。
結果、返ってきたのは緩やかな肯定。
「カウンセラーよりも鋭く、人の心や、その裏にある心理を読み取ってくる。日本のホイクシってみんなそうなのかい?」
「じゃあ、やっぱり……」
「はい」
膝を付き直し、真っすぐに私達に顔を向ける。
今の、力ある眼差しからは想像もつかないけれど。
「実際の所。俺は結構なダウナーです。
しかもGeekでいじめられっ子でもあった。
父上には言えなかったけれど。
地球の文化さえ取り戻せないのなら、地球になんか帰りたくない。そう思うくらいには。
彼が浮かべた笑みからは遠い遠い昔。
どこにでもいた、ありふれた少年の自嘲が聞こえるようだった。




