魔王城 国会図書館職員の事情
翌朝目覚めてすぐ。
私はすぐに行動を開始し、情報収集に出た。
まずは風の刻に二人が来る前に、お祖父様や城の元公主様、元大王様などに聞き込み。
それから、ガルフやアル、フェイにも通信鏡で連絡を取る。
魔王城の朝は、けっこう早い。
地の刻、いや、それより前から、温かい料理の匂いが城を包み込む。
仕事がたくさんあるので、皆様比較的早起きで忙しく、魔王城の食卓を守るジョイとザーフトラク様はエルディランドやフリュッスカイトの料理人さんに教えながら、各国から来た十数名ずつの使用人も含め、総勢五十人ほどの食事を毎日作っているそうだ。
朝食はビュッフェスタイルで、昼食は仕事とセットのお弁当。
だから朝は調理場近くの食堂エリアで、元国王陛下達も部下と一緒に食事をしているのだそうな。
ディナーだけは三か国の王様達が報告会を兼ねて、別室で正餐をとり、その後、同じ材料で作った簡単なものを使用人が食べる感じだけれど、和気藹々って感じで和む。
「基本的に、この島に入る時に我々は国籍を外し、この島に属する。
自国を過度に優先することはしない。と誓った。故に、新しい情報などが入っても国には伝えておらぬぞ」
と皇王陛下。学びに来るのは構わないけれど、こちらからは得た新技術など自国に伝えないというのが暗黙のルールらしい。
「母上が、何も言ってこないのは一種の謎かけだと思っている。
口にできない程の情報が溢れている。だから、早急に手を打ち学びに来い、という……な」
国王会議でフリュッスカイトのメルクーリオ大公様がおっしゃっていたけれど、そのことをお知らせした元公主ナターティア様の表情を見るにあながち間違ってもなさそう。
まあ、そんな現状はさておき
「コッカイトショカンのエリセ?
ラール氏の助手と私は認識しておりましたが?」
皇王陛下の文官で右腕のタートザッヘ様は、私の問いにあっさりとそう応えていた。
「現在、コッカイトショカンはラール氏とエリセがほぼ二人で回しておるのです。掃除などはしなくていいそうですが、何分、来客が多いので二人でも苦慮することは多いようですね」
タートザッヘ様は仕事以外の時は、国会図書館に入り浸って精霊古語の習得の為の勉強に余念がないと聞いたけれど、その彼にエリセは職員として認識されている。
冷凍睡眠から目覚めた『地球移民』の子ども達も、足しげく通ってエリセとラールを頼りにしている。
目覚めた彼らにアースガイアの言語は脳に睡眠学習のような形でインストールしてあるけれど、他の知識は負担がかかるから入れない、と『神』は決めたそうで。
目覚めた子ども達はナターティア様やホワンディオ様達が担当する覚醒後のカウンセリングと、最初の研修を終えた後は、世話役の元で農作業や家事を行いながら一からこの世界の事を学んでいる。
最初は毎日少しずつ起こしていたらしいけれど、今は先に目覚めた子がある程度落ち着いてから次の子達を起こす形にしたようで、一月に二百人くらいずつ増えているとのこと。
全員の覚醒に時間はかかるけれど、仕方がない。
「ざっと話を聞いたりしたところ『神の国』の記憶が明確にある子は半数を切っているようですね。後は記憶を完全に失っていたり朧気であったり」
完全に記憶を失っている三歳以下の子どもはあえて何も知らせず、ナターティア様やホワンディオ様が信頼する里親に、厳格な契約のもと預けることも始めたそうだ。
少し心配ではあるけれど、我が子として愛して貰えるのならそれはそれで、アリかもしれない。
島に残った子達は、現在、一種の社会主義システムのような中で働いているから。
世話役の元で勉強と、農作業に従事する。
揃いの服や、生活必需品は完全支給の寮生活。
やりたいことや、得意な事があればそれを生かす仕事に就くことは検討されるけれど、何せ、地球移民として希望を託されたのは子ども達。
技術的にも、精神的にもまだ未熟な存在が多いので基本的に職業選択や、行動の自由はまだ無いのだ。
記憶のある子達は、地球でのコスモプランダー襲撃時の恐怖や統制を覚えているから反抗することはあまりないし、記憶が無い子はそういうものだと思って従ってくれている。
とはいえ、娯楽がそう多いわけではないから、子どもにはちょっと、いやかなり辛い。特に動画に、コンピューターゲームなどコンテンツが溢れていた地球の記憶を持つ子はなおさらだろう。
かるたや、トランプ、チェスなどのゲーム。
試作のゴムボールなどの遊具の他にそうしたものも彼らの癒しとして用意されているけれど、一番喜ばれているのはマンガや本だった。
国会図書館からラールさんが選んだ読みやすいシリーズを、村に置いている。
主に絵本や名作、異世界転生ものとかをね。
仕事が終わった後、それを読むのが神の子ども達の楽しみで。
日本人ではなくて中身が理解できない子も、世話役に読み聞かせて貰ったり、絵本や図鑑などを楽しんで見ているという。
日本のマンガ文化、絵本文化は世界に誇れるコンテンツの一つだった。
国会図書館を地球から持ち出すリソースに選んだ神矢君の英断には拍手を贈りたい。
勉強や割り振られた仕事を特に頑張った子には、図書館に直接行くことも許されるようになったとも聞く。
国会図書館は、開拓地の子ども達の精神的な支えにもなっているのだ。
その運営を今は、ラールさんが一人で担当している。
本の翻訳もしているし、タートザッヘ様をはじめとするアースガイア人への『精霊古語』の教授、地球移民のカウンセリングも同胞の立場から行っていて、エルフィリーネに近い建物管理精霊も付けて貰ったというけれど、明らかにハードワーク。
だから私、もしくはゲシュマック商会から魔術が使える助手が派遣されたのだろう。
とタートザッヘ様や、上の方達は思っていたらしい。
「最初の地球移民達の幾名かを近いうちに、国会図書館で働かせる案も出ております。
二人だけでも、まだ仕事は大変そうですからな」
「ラールと幼子の二人暮らしか。
言われてみれば、という感じではあるがあまり気にはしておらなんだ。
ラールが子どもに対して虐待を行うような人物ではないことは承知しているし、当の本人が納得しているようでもあったからな」
「成人前に婚約、行儀見習いとして同居、というのは不老不死前でも、特に貴族などにはあまり珍しい事でもありませんでしたからね」
ラールさんの信用度がこの場合、(私にとって)裏目に出た。
「女の子と大人の男性の同居はあんまり良い事では無いが、ラールさんなら子どもに悪逆を行うような人間ではないし、当人が納得しているのならまあ、問題も無かろう」
って感じ?
それは、ゲシュマック商会のガルフ。リオンやフェイ、アルにも言えて。
『ラールなら少なくとも、マリカ様がお目覚めになるまでは、エリセに手を出すようなことはしないと思ったので……。申し訳ありません』
とは通信鏡で連絡を取ったガルフの言い分。
「私、ラールさんのお手伝いがしたい!
絶対に行く!」
と、珍しくも強い自己主張を見せ、一応外聞や、私への気遣いから反対しかけたガルフもフェイも押し切られた形らしい。
『エリセは僕らの。もっとはっきりと言うのならマリカの妹、ですからね。
口も立つし頭も回る。そして一度こうと決めたことは貫き通す。
マリカの背中を見て育ったエリセがその気になったら。
正直、僕らでは止められませんよ』
フェイはなんだかんだ言って昔からエリセに甘いし。
そもそも止める気が無いのも見て取れる。
本人が望んでいるんなら、関係を持ってしまえばいい。みたいな。
どちらかと言えば、男尊女卑な中世の結婚概念。家同士の関係を深める為の政略結婚も少なくないし。いざとなれば好きな女は抱いてモノにしてしまえ。という価値観はアースガイアの男性の中にも根強い。
お父様だってそんな事を言っていた。
あくまで私の意思を尊重してくれたリオンや、多分、押しかけ女房されても手出しできないでいるラールさんは例外なのだ。
解っている。
エリセがラールさんのことが好きで、ずっと一緒にいたいと思うのなら、私のこんな心配は野暮どころか邪魔だって。
でも、感情と理性はやっぱり別なのだ。
特に魔王城で目覚めた最初の一年。
その成長を見守ってきた。
娘のような妹の幸せを願い、これからを案じる気持ちは、簡単には消せない。
一の風の刻。面会時間。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
膝を折り、深く頭を下げるラールさんの横で。
「マリカ姉! なんでラールさんを怒るの? 私もラールさんも何にも悪い事してないのに!」
頬を膨らませるエリセには、私のこんな思いは、まだ解らないかもしれないけれど。




