魔王城 地球移民の事情
色々と打ち合わせや相談、会議などが白熱して。
私が魔王城の島に帰ってきたのは夜。二の風の刻を回っていた。
「お帰りなさいませ。マリカ様」
「ただいま、エルフィリーネ。
ちょっと疲れたから、テアを入れてくれる? お母様やカマラも少し休んでから、お部屋に戻られては?」
「よろしいのですか? 私のような者がお二人のお寛ぎの邪魔をして」
「邪魔じゃないから。ちょっとした休憩。
反省会のようなものだし。意見を聞かせて」
「そうね。色々と話もあるし、頂きましょうか?
マリカの誘いです。カマラ。貴女も座りなさい」
「あ、ありがとうございます」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
玄関ホールの休憩スペース。ソファやちょっとしたテーブルが設えてある。
魔王城保育園の頃には無かったのだけれど、移民地になってから応接室を使うまででもないような相談やお客の時に使っているのだって。
その一角に私達は腰を下ろした。
他の使用人がたまに通っていくけれど、私達には話しかけない。邪魔はしない。
ありがたい。
「お待たせしました。どうぞ。
エルディランド元大王陛下が差し入れて下さいました品でございます」
アースガイアのお茶。テアと呼ばれるものは一般には紅茶が多い。
同じ茶葉の木から取れる葉を、発酵させる方法を変えることで風味が変わると知れてからは色々と作られているようだけれど。
おもな産地はエルディランド。プラーミァとシュトルムスルフトの一部でも栽培されているそうだ。
ミルクと砂糖付き。
「はあ、美味しいです。
少し、ホッとしますね」
美味しいお茶には身体と心を、慰めてくれる力があると思う。
久しぶりの公務に緊張していた身体に染みるようだ。
「お菓子もこのレモンタルトの酸味が、妊娠中の身体に嬉しいです」
「そのタルトはタートザッヘ様に指導されて、ジョイが作ったものですよ」
「へえ、凄い!」
「地球移民の者たちも、向こうを思わせる食事や甘味を喜んでいるようです」
甘味は濃いのにしつこくないカスタードと、シロップ漬けのレモンがとても良く合う。つわりの期間中は酸味の強いものが欲しくなるという。
私も今はチョコレートの味の濃さがダメなので、本当に美味しい。
そんな私をお母様は紅茶のように暖かく励ましてくれる。
「お疲れ様。復帰後、最初の仕事にしては良くやったと思いますよ。
頼まれると直ぐに仕事を抱え込んでしまう癖はどうかと思いますけれど」
「リオンも側にいましたし、お腹の子にカッコ悪い所は見せられませんから」
正直めげそうになる場面もあったけれど、そんな気合で乗り切った感じ。
やっぱり親という者は子どもの前では強くなるし、なれるのかもしれない。
「とりあえず、舞も仕事も無理はせずにやっていきます。
産後は暫くお休みをいただきますし」
「そうして頂戴。本当は私としては舞も心配なのだけれど、転んだりしないように十分に気を付けてね」
「はい」
「あと、レヴィーナが貴女の舞を見たがっているの。七国巡りに同行させては貰えない?」
「いいですよ。でも、フォル君拗ねません?」
「それは後で考えるわ」
「解りました」
舞の振り付けなども工夫して身体に負担がかからないよう工夫するつもりだ。
あと、シュライフェ商会に舞衣装を直して貰わないと。
もう最初の大祭は来週だし。
頭の中でやるべきことに優先順位を付ける。
結婚式は延期になったから、後にするとして。
優先するべきことは、七国の奉納舞の準備と、あと、図書館との留学生受け入れ問題だろうか?
そうだ。
「カマラ」
「はい、なんでしょうか?」
「結婚式の準備はどうなっていますか?」
「結婚式、ですか? マリカ様ではなく私達の?」
「ええ。セリーナもですけれど、私達の結婚式の後で、二人も結婚式を挙げる事になっていたでしょう? 準備は進んでいますか?」
「え? あ、いえ。
お二人の挙式がまだなのに、私達が式を挙げる訳には参りません。
私達もですが、セリーナも結婚式の祝いは、お二人の後、ということで合意しています」
「え! それは申し訳ないよ。私達は、どうしようもない理由があるからだけど、大丈夫なら式を挙げて」
「そうは参りません。主の式が終わらないのに、臣下がなんて……」
私個人の意見で言うなら気にしないで、って言うところなんだけれど。
あ、お母様の眉間に筋。
「マリカ。カマラ達をあまり困らせるものではありません。
貴女の昏睡が年単位のものになる、というのであればともかく、この状況下で主を差し置いて二人が式など挙げれば、逆に後ろ指を指されますよ」
ああ、そうか。
貴族社会だものね。後ろ盾になる筈だった、大神殿の新王家もまだ無いし。
主が大変な時に臣下が、って怒られちゃうってことか。
「そうか。ごめんなさい。
じゃあ、もう少し、待っててね」
「いえ。マリカ様の体調が第一ですから」
二人に幸せな結婚をして貰う為にも、私は、ちゃんと幸せにならないといけない、っていうことだね。……頑張らないと。
その後は、新しい学校や、留学生についての話をした。
「貴族の子ども達の学び舎の件はともかく、地球の情報を得ようとする留学生については簡単にはいかない気がするわよ」
「そうですか?」
「今の所、問題は無いと言っても万を超える人間が集まれば、どうしたって軋轢や問題は生まれるものです。
地球からの知識で優位に立とうとしたり、逆にこちらの常識が理解できずにトラブルになったりとか」
「あ~、それはありそうですね」
今まで目覚めてきた地球移民達から話を聞く機会があったけれど、記憶の残り具合などはかなり個人差があるようだ。
まったく記憶を持たない人もいれば、完全な記憶と技術を引き継いでいる人もいる。
「留学生を入れるなら、そんなトラブルが発生しないように、大公様がおっしゃったとおり、誓約などを考えておいたほうがいいわ」
「はい」
「それから目覚めてきた地球移民の話を聞いて、彼らにも教育や指導を行う必要があるでしょうし」
「皇王陛下、じゃなかった。お祖父様や元公主様、大王様と相談しますね」
「ええ。気持ちを切り替えてアースガイアに馴染めるように援助していきたいわね」
「そうですね」
この世界に地球の悪習は持ち込まず、平和で誰もが幸せに生きる世界を作りたかった。
と、前におっしゃっていたのはラス様だ。
いろいろあったけれど、その甲斐あって、少なくとも七国間では肌の色や外見による人種差別はないし、戦争も無くなった。
魔性は今後出なくなるだろうし、コスモプランダーの脅威も無くなったので人の力を、文化の発展に全て使えるのは大きい。
人間同士である以上、多少は仕方ないとしても、いじめや争いなどはできるかぎり少なくしたいものだ。
こういうのは最初が肝心。
「それからラールにも相談なさい。留学生の受け入れや指導についても意見を仰ぐ必要があるし、地球移民達の心理についても理解できると思うから」
「解りました。早速。
あ、でも。こんな時間に男性の住居を訪ねるのは失礼になるでしょうか?」
私が立ち上がりかけるとお母様があからさまに大きな息を吐く。
「貴女という子は……。
こんな時間にいきなり来られても彼も困るでしょう?
連絡をして、面会の予約を取りこちらに来て貰いなさい」
皇女であり、大神官でもある私が、軽々に出歩いてはいけない。とお母様は言うのだ。
言っておられることは解るけれど、お貴族様はやっぱりめんどくさいなあ。
「解りました。カマラ。お願い」
「解りました」
今、私の通信鏡は、基本、カマラに任せている。
リオンとの直通のもの以外は。
私が直接一般市民と連絡を取るのも出歩くのと同じ理由でよろしくないのだそうだ。
本当にお貴族様は以下同文。
通信鏡を手に取り、慣れた手つきで繋ぐカマラ。
所謂、電話だからたまに繋がらない時もある。
今回は無事につながったようだ。でも
「どうかしたの? カマラ」
「マリカ様……」
カマラは黙って私に通信鏡を手渡す。
受け取って耳に当てた通信鏡から、
「はい。コッカイトショカンです」
聞きなれた、澄んだ少女のソプラノが響いていた。




