魔王城 マリカという少女
ウイルスの仕組みや役割については、科学が相当に発展した二十一世紀の地球でさえ、完全解明はされていなかった。
世界最小にして、謎の多い『存在』。
生物と不生物、両方の特徴を併せ持ち、生物の遺伝子を利用して増殖する。
一般には病気をもたらす存在という悪玉のイメージが強かったけれど。
環境を作ったり、子どもを胎内で守ったり、人類の進化を促したりするプラス面もあると、解ってきたばかりだった。多分。
「あくまで、俺達自身の体験を踏まえた仮説だ。
実際のところは本人に聞かなければ正確には解らない。だが、大筋では間違っていないと考えている」
精霊神様達は人間とメカニズムの両方の性質を併せ持つ、一種のバイオコンピューターだ。そういう計算やシミュレーションは得意分野なのかもしれない。
「仮称『創造神』が地球に生命を齎した。地球以外にも、コスモプランダーの故郷のように、おそらく多くの星に生命を導いたのだろう。言わば親と子のような関係だ。
本来なら親が子どもを育てるべきだが、仕事でできない。もしくは、何らかの事情があって叶わなかった。しかし、放置することができないくらいには子を愛していたので、信頼できる存在に子育てを託すことにした。
彼、彼女らは『創造神』に託され子を育てる、一種の保育士と言えるかな」
「私達の上位存在なので、身体に囚われないのだと思われます。
肉体があると、できることも多いですが、どうしても限界などもありますしね」
そう微妙な笑みを浮かべるステラ様の言葉には説得力がある。
精霊神様達の中で、唯一肉体を保持している方だから。身体を失って逆に自由を得た精霊神様や『神』に思う所があるのかもしれない。
「だから、『創造神』に託された保育士は意思を持つ極小のウイルスのような形で、この星へ遣わされ、地球の生命に宿り、進化を促したと仮定できます。太古の地球で人類の祖先だけが、急激とも言える進化を遂げたのはそれを促した存在があったから」
それが仮称『創造神』が派遣したウイルスだったということか。
斬新な考えだけれど、コスモプランダーの襲撃やその他を考えればあり得ない話ではないと思えてしまうのが怖い。
「地球に進化を齎した保育士は、ある程度人類が進化した時点で、おそらく保育の手を緩めた。いつまでも物理的な進化を続けるわけにはいかないからな。
星の舵取りは人類に任せ、見守っていたか、眠っていたか。
おそらく、眠っていたのだろう。
保育士の目が届かなくなった人類は、良くも悪くも好き放題に動き始め、急速な文明発展と滅亡への道を歩み始めた。それを諫める存在はいなかったから」
環境汚染、気象変化、資源枯渇。
差別偏見、細かく分かれ過ぎた国同士の争いなど、地球も問題は相当に多かった。
それでも『彼女』は子ども達の自由を尊重した。
『一人一人は弱くても、他者と力を合わせ、思いを繋ぎ未来を創る』
地球人類が確かに持っていた力はきっと『彼女』が望み促したものなのだろう。
「けれど、それが裏目に出た。宇宙からの略奪者が、自ら変化させたウイルスを、何の予告も無しに『彼女』の星にばら撒いた。
ウイルスの進化というのは、即座にできるものではない。
コスモプランダーのウイルスが、機械的に変質していたこともある。『彼女』は直ぐに対応することができず、多くの子ども達を奪われ、結果的に地球を滅ぼされてしまった。
無論、それまでにできることはしてくれたのだろうがな」
『彼女』が地球に根付かせ、進化を促したウイルスは、代を重ねる中で薄くなったり、濃くなったりしながら地球に存在する全ての生物の体内に潜み続けていた。
その中で、偶然、ウイルスの力が凝縮していた存在が八人の『第一世代能力者』達。
他にも存在した可能性はあるが、コスモプランダーのウイルスを取り込み、進化できたのは彼らだけだった。
もし、襲撃が無ければ彼女達はきっとその力に気付くことは無かったのだろう。病や感染症にかかりにくい、くらいで。
優れた遺伝資質はあったから、どこかで名を馳せる様なことができた可能性もあると思うけれど。
「そうして、地球最後の時、真理香先生とシュリアの子という一番濃いウイルスを持つ受精卵に宿って、我々と共にアースガイアに来た、と考えられる。
あくまで、想像、仮定だから『彼女』の事情や思いは解らないがな」
「私達が『精霊の貴人』の力と呼んでいた、他の精霊に対して優先権を持ち、働きかける力はきっと地球の『オリジン』の力だったのね」
「きっと地球で人類が進化したばかりの頃は環境も苛酷で、特殊な進化や力も求められたのかもしれない。『能力』もその派生だろう」
「あくまで、推察だけれど進化したばかりの昔と違って、人類そのものの能力や生命力がひ弱になっていたから、真理香先生という種母原種に近いウイルスを持つ卵子から生まれた『精霊の貴人』や、王族の祖となった者達の身体に、人の精神は宿れなかったのね。
そして、私が、『オリジン』の宿った卵子に、ライオットとティラトリーツェの娘の魂を無理やり押し込んだから結果的に貴女は『オリジン』と『マリカ』二つの魂をもって生まれることになった。という感じかしら」
「つまり、オリジン的には私は、自分が宿って生まれる筈の身体に後からやってきた邪魔者ってことでしょうか?」
「それは……どうでしょう」
小首をかしげるステラ様。
「ある程度育ってからはともかく、幼い頃は『オリジン』が身体を奪おうと思えばチャンスはあった筈なのよ。最初は真理香先生の記憶もインストールしていなかったし」
「インストール」
確かに私の朧気~に残っているタシュケント伯爵家の厩で育っていた頃には、地球の記憶は存在しなかった。教育も受けられず、働かされる日々で、『私』が明確に意識を取り戻したのは、魔王城に来て、リオンに名前を貰ってからのことだ。
「つまり、私は自分が異世界からの転生者だと思っていましたけど、生まれも育ちもアースガイアで、地球の記憶は、真理香先生の人格データとして私に刷り込まれたものだった、ということですね」
「そうよ。私がライオットとティラトリーツェに託した筈の子どもが誘拐され、迫害されたのは計算外で、島の外に手駒を持たない私は本当に困っていたの。
ライオットが貴女を助けてくれて、リオンと一緒に城に戻してくれて。
虐待で摩耗していた貴女の精神に真理香先生の記憶をインストールしたことで、今のマリカが生まれたってことね」
今の、北村真理香の記憶を持った私になる前の事はもうよく覚えていない。
「だから、『オリジン』が本気で自分として生きたいと思っていたら、身体を奪う機会はそれまでも、それからもいくらでもあったと思うの。
それをしなかったのは、理由があるからか。貴女と共存していくつもりだったのか。解らないけれど」
「私、最初の頃はなにかっていうと気絶してましたからね」
「あれは、身体がちゃんとできていないうちから大きな力を使っていたから、というのが一番の理由よ。いくら止めても聞かないのですから」
「すみません」
あの当時、力を切り分けたり封印したり、ステラ様やエルフィリーネは私の事を守る為に色々とやってくれてはいた。
でも、私もリオンも、色々あってその心配や努力を無にするようなことばかりしていたなあ。
そんなことを思い出しながら、私は自分の掌を見た。
私の中の『オリジン』はコスモプランダー襲来までは、殆ど、気配さえ感じさせることは無かった。コスモプランダーのオリジンと相対する為に出て来ざるを得なかったのかもしれないけれど。
コスモプランダーを倒したご褒美にこれからも、私に主導権を預けてくれる、のではなさそうなところが怖い。侵食は今のところ、明確なものではないけれどコスモプランダーを倒したことをきっかけに彼女は明確な意図を持って何かをしようとしている。
その為に、私の身体が必要なのだ。きっと。
「とにかく『オリジン』はコスモプランダーと違って、消すことも倒すこともできないわ。消し去る事のできない存在だし、私達は、おそらく彼女には逆らえないという絶対的な法則もあるから」
「はい」
それは、解る。
地球の生命を、その誕生と共に見守ってきた原初の女神とも言える存在を、人間から生まれた模造神が何かできる筈もない。
でも……
「でも、私達は貴女という存在を見捨てるつもりはないわ。
この星の為に、使命に気付く前から必死で頑張ってくれたアースガイアの保育士。
私とレルギディオスを和解させ、人々に生きる力を取り戻させてくれたのは『オリジン』ではなく貴女ですからね。マリカ」
「ステラ様」
私の肩に手を回し、ぎゅう、っと抱きしめてくれるステラ様。
ここにあるのは夢、というか映像で私にもステラ様にも身体は無い。
でも思いははっきりと伝わってくる。
「私は貴女のことが大好きよ。マリカ。
幸せになって欲しい、と心から願っているわ。その為にはなんでもするつもり」
「ステラ様」
「貴女の花嫁姿と、孫を見て。幸せになる姿を見れれば、前にティラトリーツェが言ったようにそれが私の幸せにも繋がるわ。だから、生きることを。あり続けることを諦めてはダメよ。
マリカという人々の支えとなった少女は、貴女しかいないのですから」
「解っています。私も、まだやりたいことがたくさんありますから」
「個人的には、貴女が体力や気力を消耗しないかぎりは、完全に彼女も『貴女』を奪い取ることはできないと思っているの。だから、気持ちをしっかり持っていてね」
「解りました」
「皆とも話し合い、なんとかする方法を必ず見つけ出す。だから。
身体と共に有る時は『オリジン』を下手に突いて刺激するようなことはするなよ」
「はい。気を付けます」
皆さんにとっては明らかな上司だろうに、それに逆らっても私を守ると言ってくれたことが嬉しい。
この身体のオリジナルは彼女で、私よりももしかしたら彼女の方がより強くて役に立つ人型精霊になるかもしれない。でも、私が、この世界。
アースガイアが好きだから。大好きで守りたい人がたくさんいるから。
死にたくはないし、消えたくはない。
私が私であることを、最後まで諦めないように頑張ろう、と改めて、心に決めたのだった。




