魔王城 新しい環境と人の力
私がベッドから起き上がれるようになり、城からの外出許可が出たのは、それから二週間後だった。
「マリカ姉! 元気になってよかった!」
「ジョイ。美味しいご飯をいつも作ってくれてありがとう。ヨハンも心配かけてごめんね」
部屋を出て、一階に降りると、待っていてくれたのだろう。
ジョイとヨハンが私の方に駆けて来た。
今、この城にいる『魔王城の子ども』はジョイとヨハンだけだという。
「マリカ様。ご回復、心からお喜び申し上げます」
二人を守るように共に現れたのはエルフィリーネ。この城の守護精霊。
銀を絹糸にしたような、流れる髪。
紫色の瞳。優雅で、美しく。
そして全てを知った今でも、最初からずっと変わらない態度で、私を見守ってくれている。
「ただまだ万全という訳ではございませんので、無理は禁物。
体調に異変を感じたら即座に休むように、と。
『星』の伝言でございます」
「解った。ありがとう」
それから、ゆっくりと城を歩く。
かつて魔王城と呼ばれた精霊国の城は、今、永い冷凍睡眠の眠りから目覚めた地球移民の子達のための新しい街。その拠点となっているのだ。
私達が二十人にも満たない子どもだけで過ごしていた時とは比べ物にならないくらい、今は多くの人がここで働き、生活をしている。
立場が下の者は、上の者が許すまで原則として話しかけられない、というルールがある。
そのため、皆は跪くだけで、私に直接話しかけてくるのは魔王城の子ども達と――
「やはりエルトゥリア。いや、アースガイアには其方がいなくてはな」
国王様達だけだけど。
「皇王陛下、じゃなくって上皇王陛下」
「お前はお祖父様と私を呼んでくれ。もう、王を引退した隠居の身なのでな」
「私も王宮の柵や様々な役割から解放されて、とても晴れやかな気分です」
子ども達に最初の挨拶を譲って下さったお祖父様はタートザッヘ様やザーフトラク様を伴い、私を迎え入れて下さった。
皇王妃様もにこやかな顔をしている。
「胎の中に子がいるそうだな。
我らにとってはひ孫となる。楽しみで今から夜も眠れぬ」
「念願の魔王城の寝台は素晴らしい、と、夜ごと大いびきをかいて眠っているではありませんか」
「タートザッヘ! 其方こそ、毎日コッカイトショカンに通ってはラールの手を煩わせているではないか? 文官長が城よりも図書館にいる時間の方が長いなど他国に面目が立たぬぞ」
「お気になさらず。上皇王陛下。
タートザッヘ様は大変有能で、人の倍の仕事を半分の時間で済ませておしまいになります。うちの部下達にも見習わせたいくらい」
「ナターティア様」
「左様。神の国の書物の判読には似た字を使う国同士、我々に利があると思っておりましたが、タートザッヘ殿の乾いた砂に水が染み込むような理解力にはなかなかかないませぬな」
「ホワンディオ様」
精霊の島、お祖父様と共にエルトゥリアの統治を委託された、残る二人の元王様達も笑っておられる。
「本当に、姫君がお戻りになると城に花が咲いたようですわ。
お目覚めと復調、心からお祝い申し上げます」
「お二方、いえ、各国にもご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや、其方の活躍は愚息からも聞き及んでおる。コスモプランダー対策の屋台骨を支えた導きの星。
しかも、ご懐妊とのこと。
体調が戻ったとはいえ、無理はなさらぬように」
「ありがとうございます」
今、この島では引退された各王家の元指導者の方達が、城を拠点にして城下町をはじめとする各エリアの開発と、農地の開墾、インフラ整備を行っている。
現時点で千人くらいの地球移民が目覚めて、保護者代わりの世話役のもと、リハビリをしつつ城下町で暮らしているらしい。
九万人の子ども達。早く全員を目覚めさせてあげたいけれど、受け入れ準備があるので毎日少しずつ目覚めさせているのだそうな。
地球から来た子達にしてみればほぼ異世界転生。
不便で慣れないことも多い様だけれど、暖かく受け入れられて親切にして貰って、その上コスモプランダーも倒されたということを聞かされてけっこう伸び伸びと暮らしているらしい。
少し、ホッとした。
「今日は、ゆっくりと島を散策するに留めて、明日以降大神殿に戻りましょう。
アルケディウスに在った、七国を繋ぐ通信鏡は今、大神殿にあるの。
それで貴女の元気な姿を見れば皆、喜ぶし、安心するわ」
「解りました。でも、いいんですか? お母様。私につきっきりでこっちにいて下さって」
城の中を歩く私に付き従ってくれているのはお母様とエルフィリーネ。そしてカマラ。
特にお母様は、私が目覚めてからずっと側にいて下さる。
双子ちゃんは毎日、アルケディウスの王宮の保育室に通って勉強と、ラウル君との遊びをしているらしいけれど。
「いいのです。ケントニス様が皇王として即位されたので、私は上皇王妃様のお世話を兼ねるという形で、こちらに居を移しているのです。陛下にも了承済みですよ」
「お父様は?」
「あの人も、基本はこの島の護衛隊長。ただ、今は引き継ぎやリオンの手伝いなどで忙しいようですけど」
「そうだったんですね。なんだかすみません」
「子どもがそんなこと気にしなくていいの。
貴女が目覚めたとなれば各国の者たちも皆、また貴女を頼って、あれこれと求めて来るわ。
多少は仕方ありませんが、今が大事な時期ですから。無理のないようにしっかりと予定を調整しますからね」
「ありがとうございます。お願いします」
今までは私のスケジュール調整はほぼ私がやって、それをカマラとセリーナが補佐する形だったけれど、お母様が担当して下さることで今までとは比較にならないくらい楽になった。
頼まれたことを全て受ける訳にはいかない。私は一人しかいないのだから。
誰の依頼を受け、誰の依頼をどう断るか。
こういう調整には、人脈とか、顔の広さとかがモノを言う。
特にお母様は元王族でもあるから、ダメだと思えば王族の依頼もきっぱり断ってくれるのが頼もしい。将来的にはお母様の手を煩わせずに済むように、私も人脈を繋いでいかないといけないと思うのだけれど。
今の所は、お母様に甘えつつ、その手腕を学んでいこうと思っている。




