宇宙 戦いの終わりと始まり
勝利に湧きたつ『ノア』の艦内で私は、一人戦っている。
先生を見送ってから、はっきりと自覚した。
私の中には二つの魂があるのだと。
今更だと言えば今更。
私は地球の保育士にして、能力者。
北村真理香の記憶を持つけれど、多分、この魂は彼女の実の娘のものではない。
アルケディウス皇子ライオットと妻ティラトリーツェの娘の魂が北村真理香の受精卵に宿り、さらに彼女の記憶をインストールされた存在なのだ。
それに加えて、もう一つの別の人格がある。
星を導く力と意志を持った、強い存在。
リオンと、前世のマリクは人格こそ違うけれど同じ魂の別側面。
だから私も最初は前世である『精霊の貴人』マリカだと思っていた。
でも、どうやら違うと解る。
『彼女』は、私とは異なる意思と意図を持つ、もう一人の魂。
今までは私の中で眠っていたけれどコスモプランダーを倒し、地球とアースガイアの怨敵が無くなったことで、本格的に動き出そうとしている。
私の身体と、『皇女マリカ』という存在そのものを求めて。
誰にも助けを求められない、孤独な戦いを知る者は、きっと誰もいない。
アースガイア帰還まで、丸一日。
私達は宇宙空間での待機となった。
「……そうか。俺も最後に真理香先生にご挨拶をしたかったな」
「お前のもう一人の母親。感謝を述べる間も無かったのは残念だ。
ティラトリーツェもきっと会いたがったろうに」
宇宙空間から戻ってきたリオンとお父様は、そうそれぞれに寂しげに微笑むと私を抱きしめてくれた。
鎧を外し、素の姿に戻ったリオンの腕の中は、改造体であっても温かくて。
なんとか必死で止めた涙がまた零れてしまいそうだったけれど、なんとか堪えた。
彼女の死と、その終わりを悲しむ権利は、私にはあまりない。
お父さんや、ステラ様。レルギディオス様に精霊神様達。
何よりエルフィリーネ。
数百年、もしくは千余年の長い間の心の支えだった女性との永遠の別れ。
哀しくない筈はないから。
リオンの胸に、少しだけ甘えた後、私は目元をぐい、っと力を入れて擦った。
落ち込んでも、泣いてもいられない。
コスモプランダーとの戦いには、勝利したといっても、まだ戦いは終わらない。
勝利の美酒を楽しみ終わったら、コスモプランダーが残した怪異や残骸の処理。
生活再建に、眠る最後の地球移民達の覚醒と、やるべきことはたくさんある。
「それでね。リオン。お願いが、あるんだけど」
「お願い? なんだ?」
「…………私、今、結構限界ギリギリみたいなの。
地球からのエネルギー供給は切ったから、あと、人工太陽の修復をしたら、暫く、使い物にならなくなると思う」
本当に伝えたかった言葉とは少し違うけれど、口から出たのは間違いのない事実だった。
思い返せばこの宇宙戦闘で、私は力を全力全開で使い一切、セーブしなかったし。
容量的には地上からのエネルギーで賄っていたからそこまでの負担ではなかった気がしたのだけれど、コントロールやその他細かい所で私の力も使ったから、気が付けば私自身の気力と体力は、もうレッドゾーン。
他の精霊神様達は、もう地上に戻られたけれど、人工太陽の修復の為に、待機、準備しているキュリッツォ様に身体を貸したら、多分いつものようにぶっ倒れる。
「俺の力を注いだり、皆の力を使わせて貰う、じゃダメなのか?」
「多分、あんまり意味がない気がする。無くなっているのは、私の力、だから」
例えが正確かどうかは解らないけれど私の身体を車だとすれば、ガソリンは外部から補給したり他の人から分けて貰う事ができる。でもバッテリー液やエンジンオイルはまた別物だから簡単に他所から取ってくることはできないっぽい。
素直に時間経過による回復を待つしかないだろう。
『ここではこれ以上の処置は無理ね。
早く終わらせて、もどっていらっしゃい。向こうで調整の為の準備を整えておくから』
っておっしゃってたから魔王城に戻れば、もしかしたらステラ様やエルフィリーネは回復手段を持っているかもしれないけれど。
「だから、側にいて……この間みたいに。それが一番、早く元気になれる気がするの」
「解った。もう離れる理由はないしな」
甘えるように上目遣いをした私を、リオンは受け入れて大きな手で、私の頭をそっと撫でてくれた。
それだけで、心と体の気力は満タンになるのだから、我ながら単純だ。
「お前が望む間、ずっと側にいる。だから、あと少し、頑張れ」
「ありがとう。
うん、元気とやる気出た。気合入れて最後の仕事して来る。
二人共、片付けが終わったら戻って来てね」
「ああ。人工太陽の修理にも、間に合えば行く」
「待ってる。じゃあ、先に行ってるね」
そっと、リオンの腕から抜けて、私は歩き出す
戦いが終わってから、ずっと考えてしまう。
このバクバクと止まらない胸の鼓動は。
リオンを大好きな思いは、一体、どっちのものなのだろうか、と。
私がブリッジに戻ると、ぴょん、と可愛らしい子犬が私の肩に飛び乗ってくる。
『待っていたよ。マリカ』
「お待たせしました。キュリッツォ様」
『他の復興はゆっくりにするにしても、人工太陽の修復だけは急がないとならない。
疲れているところ悪いけれど、ゴメン。よろしく頼む』
「解りました。すみません。多分、私、人工太陽の修復をしたらまた意識が落ちて気絶すると思います。回復するまで、どのくらいかかるか解らないので、帰還の為のエネルギーが溜まったら、私のめざめを待たないでアースガイアに戻って下さい」
「意識を失うのは、確定なのか? マリカ皇女?」
王子様達がそれぞれに、私に視線と心配を向ける。
「各国の王族からの通信は皆、マリカ皇女と話がしたい。礼が言いたい。というものばかりなのですが」
「地上の方は多少の苦戦や被害はあったものの、大きく問題視するようなトラブルは無かったようだ。最後に全天を埋め尽くす様な星の雨が降り、全ての終わりを感じたと」
「星に落下して活性化していた怪異も、流星雨以降完全に沈黙したらしい。今は大陸全体がお祭り騒ぎだと言っていたよ。
これで『ノア』が帰還すれば、さらに大騒ぎになるだろうね。凱旋パレードとか色々考えているって話」
「その辺は、皆さんにお任せします。
私の人生で最大、ってくらいに力を使い果たしているので、回復までちょっとどのくらいかかるか解らないので、計算に入れないで下さい。
今、こうしているのも辛くって寝たいんですけど、でも、他にできる人がいないから仕方ないんです。
リオンもまだあまり外に出たくないでしょうから本人に確認してからで」
「勝利の立役者であるお二人がいない場で、僕達が偉そうに前へ出るわけにはいきませんよ。」
勝利に浮かれる気分は解るけれど、今は民の期待に応えてあげられる余裕は無さそうだ。
ホント、精神的にも肉体的にもギリギリ。
『その辺は、後で精霊神達と相談して対処を考える。とにかく今は、最後の仕事を終わらせてマリカを休ませるのが先決だ』
「そうですね」
『じゃあ、マリカ。頼むよ。外に出る。フェイ。風の加護を』
「はい」
「マリカ。気を付けて。無理はしないように」
「ハハハ。行ってきます」
私の中に、溶け込むようにキュリッツォ様が入って来たので意識と身体を明け渡す。
ノアの中からでもできるけれど、宇宙空間から障害物無しでやった方がいい、ということなので、また防御壁の宇宙服で外に出る。
一度成功したから、今度は前よりも安心。
宇宙空間に飛び出た私は頭の中の操縦席から、満天に広がる星空を見た。
最初のコスモプランダー襲撃の時にも、人工太陽の再起動をしたけれど、この機会にさらに安定するように調整し、外部からの干渉に対するセキュリティも固めると言っていたから、今回はキュリッツォ様にお任せだ。
頭の中で、私はぐるりと周囲を見回す。
人影は見えない。『彼女』の姿はどこにもない。
でも、なんとなく、私の中が変わっている気がする。
じわり、じわりと、色水に浸した紙が染まっていくように、少しずつ、少しずつ。
マリカという人格に何かが染み込んでいく。
こうして精霊神様達に身体を貸す時のような、オールオアナッシング。
『身体を寄越せ!』
であるのなら、まだ止めたり、拒絶も可能だと思うけれど、こういうのは止めようがないな。
必死で抗って侵食を緩めるのが精一杯。
今は、白地に黒の小さな水玉のような感じだけれども、これがやがて黒地に白の水玉になって、やがてこの星空のように、完全な黒に染まったら、私はどうなるのだろうか?
誰にも助けを求めることはできない。
さっきも、本当はリオンに今の状況を伝えようと思ったけれど、言葉にならなかった。
いざとなれば、私より、『彼女』の方が、力が強いみたいだし。
『光よ、満ちよ。そして我らが大地を照らし出せ!』
そんなことを考えているうちにキュリッツォ様の声と力が私の中から放たれた。
眼下にはラヴェンダー色のアースガイア。
その上空に漂うガラス玉のような球体に、光が宿る。
命の灯。太陽の復活は、黎明の光となってアースガイアを美しい青と緑の溢れる、水の星へと変える。
ふと、思った。
……今のアースガイアのように、私が紫水晶として輝けたのは、星の脅威があったから。
それが除かれた今、私は、本当の身体の主に身体と居場所を明け渡すべきなのだろうか。
嫌だけど。
リオンや、お父様や、お母様。
みんなと別れたり、消えるのは絶対に絶対にイヤだから、全力で抗っていくけれど。
全身の力が抜け、微かに身体が浮かぶような浮遊感が漂う。
『マリカ。しっかり!
ここで意識を失っちゃダメだよ。
あと少し。艦にもどるまで我慢して』
「は、はい……」
キュリッツォ様に励まされ、私は最後の力で転移する。
『マリカ!』
「しっかりしろ。マリカ!」
ブリッジで待つ、リオンの腕の中に。
次に目覚める時、私は私でいられるのだろうか?
そもそも、戦う事ができるのだろうか?
そんな思いに応えるように、お腹の中の奥が微かな熱を帯びる。
そうして、私の意識は途絶えた。




