宇宙 闇を切り裂く黒燕
どっちを向いても漆黒の宇宙。
寄る辺なく、標もなく。
ただ、果ての無い海が続いている。
そんな空間に、単身人間が放り出されたら、どうなるか。
「わああっ! 落ちる~~~!」
安定感を失い、どことも言えない闇に落ちていく。
上下があるわけではないし、重力も無いので、落ちる、という表現は正確ではないのだろうけれど。実際、そうとしか言いようがない。
私はマット運動の前転のようにくるくると回り、安定感を失った。
思わずダンゴムシのポーズ。
でも、そんな私には標がある。だから、パニックにならずに済んだ。
「マリカ!」
「リオン」
こつん、と頭が固い何かにぶつかって、回転が終わる。
抱き留められる。
「大丈夫か? マリカ?」
「あ、ありがとう。リオン。
さっきのが、リオンが言ってた、宇宙酔いかな? 方向感覚とか全然分からなくなっちゃって……」
「お前が何を感じたのかは解らないけど、多分。そう、だな。
宇宙空間というのはあまりにも広すぎる。人間の体一つではちっぽけ過ぎて、呑み込まれてしまうんだ」
「リオンが、いて、止めてくれて、助かった」
「俺も、お前がいたから、自分を見失わずに済んだんだ」
星の海で、二人だけの待ち合わせ。
ロマンティックに見えるけれど、今は浸ってる場合じゃない。
真っ暗な宇宙でお互いが見えるのは、周囲に飛び散る戦闘の火花が、私達の周囲を照らしているから。
時間はもうあまりないのだ。
「防御壁はちゃんと機能しているか?」
「うん。大丈夫みたい。いつまで持つかは解らないけど」
「怖い事言うな。とにかくやるなら急げ」
「解った。真理香先生はどこ?」
あそこ、とリオンが指さす先は、私達のすぐ斜め下。
眼下のアースガイアと重なる位置に、それは浮かんでいた。
人の大きさくらいの深い紫水晶。
傍から見れば冷たい鉱物でしかないけれど、私にはラヴェンダー色のドレスを身に纏い、祈りを捧げる女性が浮かんで見える。
「真理香先生!」
「リオン! 私を連れて、真理香先生の側に跳んで!」
「解った!」
『ダメよ。来ては……ダメ』
黒い鎧に包まれて、私は真理香先生の水晶の眼前一グランテに舞い降りる。
それ以上近づけなかったのはリオンがさっき言った通り、真理香先生が防御壁を張っているからだ。
先生は自分が周囲に齎す危険性を解っている。だからリオンやお父様を巻き込まないように。
精霊に自殺が禁じられていることにちょっと感謝した。
そうでなかったら、きっと自分からコスモプランダーの艦に戻って爆発する、なんてことも考えてたかもしれない。私と同じ思考パターンだから、考え方は手に取るように理解できる。
だからこそ、自殺行為なんて絶対させない。
必ず、助ける。
まずは弾かれた外枠の防御壁に手を触れて、力を送った。
防御壁の強化。物理的なものを何も通さないように。
それからコスモプランダーが通信してきた電波の波長も止める。彼らが送ってきた周波数は解る。だからその近似の波動は全てシャットアウト。あと、敵が送ってきた意思も止められるように願う。言わばテレパシーのようなものだから、止められるかどうかは解らないけれど、とにかくやってみる。
「大丈夫です。真理香先生。お母さん。
もう、コスモプランダーの声は聞こえない筈です」
『……え?』
紫水晶に宿る、虹色の光が小さく瞬いたのが見えた。
『貴女が……マリカ? 私と、シュリアさんの……?』
「そうです」
『危ないわ! 下がって!』
「大丈夫です! 私はお母さんの防御壁を張る力を受け継いでいるんですって。
だから、ほら……」
水晶に見せつけるように真理香先生の防御壁の外側に、もう一枚、防御の膜を展開させる。真理香先生にも見えるように、シャボン玉のような膜を薄紫に色付けして。
「真理香先生の防御壁を強化しましたし、外側にも私の防御壁を張りました。
コスモプランダーの侵入を阻んだ最強の壁ですよ。
彼らの声や命令なんて、届きません!」
はっきりとそう言い切れる程の自信は、本当は無いけれど、ハッタリ重要。
プラシーボ効果とか、病は気から、とか。
とにかく、気持ちをしっかり持ってもらう事が大事だ。
そして。
「リオン。お父様と一緒にコスモプランダー、殲滅して。
自爆命令をする相手がいなければ、真理香先生は自由の身になれる!」
「いいのか? お前を守れなくなるぞ」
リオンは心配そうに言ってくれるけど、こっちもきっぱりと言い切る。
「大丈夫。攻撃は最強の防御ってね。私も自分の身くらいは守れるし」
というか、守る事しかできないんだけれど。
真理香先生張の為に張った防御壁の中にいれば、コスモプランダーが、さっきのレルギディオス様クラスの主砲を撃ってきたとしても多分、耐えられる自信がある。
私は自分一人の力で力を使っているんじゃないから。エネルギー供給量はコスモプランダーと多分、比較にならない。
しかも、向こうは真理香先生という最強の盾を失っている。
今が唯一、絶好のチャンスだ。
「だから。一刻も早くあいつらを片付けて」
「いいんだな? 信じるぞ」
「大丈夫。任せて。頼りにしてる。私の旦那様」
リオンの首に手を回し、頬にキスを落とす。
鎧越し、防御壁越しだけど、仕方ない。
「解った」
「うん。お願い。お母さんと、二人で待ってるから」
「……オルドクス!」
リオンの鎧のコアから、稲光のようなものが立ち上がると白い獣の形になって私の頬に顔を寄せる。
「オルドクス! 久しぶり!」
「BAOUU!」
「オルドクス。マリカと先生を守れ。敵は近づけないけれど、流れ弾や破片が飛ぶかもしれない」
「BOUUU!」
「リオン! ありがとう。オルドクスを貸してくれたお礼に!」
リオンがくれた最強の番犬の代わりに、私は貰ってきたアースガイアの力をありったけ、リオンに注ぐ。婚約指輪の金剛石から金色の糸が飛び出て、リオンの指に絡みついた。
「持って行って。どんなに使っても大丈夫だから!」
「ああ。確かに受け取った!」
直ぐに見えなくなってしまったけれどあれはエネルギーを導くマジックハンド。マニピュレーターであろうけれど、ここは乙女っぽく二人を繋ぐ、愛の糸、と思っておこう。その方がロマンがある。
「待ってろ! 直ぐに片付けてやる! 行くぞ。エルーシュウィン!」
コアから引き出された蒼い光の剣が、身長よりも長く伸びる。
「雑魚は気にするな。リオン! ここは食い止めるし、守る。
だから、お前は旗艦を叩け! いつもと同じだ!」
「解った。任せるぞ。ライオ!」
そして、そのまま一気に星の海を飛翔する黒燕。黒い閃光。
小型の隕石達は、そのスピードを捕捉するどころか、目に留める事さえできない。
『強い子ね。貴女も、彼も……』
「真理香先生」
私達を守る為。
接触と会話を遮断していた先生の水晶が、静かな声をかけてくれた。
だから、思いっきり胸を張って自慢する。
リオンはともかく、自分の事を自慢するのは恥ずかしいけれど、不安要素は取り除いてあげたい。
「そりゃあもう! お母さんが繋いでくれた地球の子。
星の保育士ですからね」
『保育士?』
「はい。私はお母さんの記憶データ。思いを受け継いでステラ様に育てられました。
託された命を全力で導き、守る。それが、保育士というものなのでしょう?」
『そう……ね、そうでありたいと、思ってきたわ』
「お母さんが繋いでくれたからこそ、今の私達がいます。
地球の思いを受け継いだ、新しい星アースガイアがあるんです。
だから、信じて、見ていて下さい」
水晶をもぎ取って、まだ大きく口を開けたように開く敵の本拠。
旗艦の中に、飛び込んでいく。
もう見えなくなった、リオンの背中を想いながら手を合わせる。
「リオンを。私達を……。
子ども達の成長と逆襲を」
息を呑み、見つめる事暫し。
艦内で、何があったかは解らない。
ただ、旗艦の中央から、逆立つ稲妻のように一際、蒼い光が立ち上り貫いた!
同時に、『声』が届く。
「これで、終わりだ!!」
そして聞こえた爆発音と共に、火柱が立ち上がった。
真空の世界であろうとも、火は燃える。
爆発も、炎上もする。
飛散する破片からは、リオンに命じられたオルドクスが守ってくれた。
闇の中でも煌めく白い光が頼もしい。
音を伝えぬ真空の宇宙空間であるというのに、それを見つめる者達の心へ届けるように、轟音が響いた。
戦いの終焉を告げる鐘のように、勝利を祝す花火のように。
でも、私にとってはまだ終わりじゃない。
無い、とは解っている。リオンは生きていると、私の全てが知っている。
でも、やはり心配で心配で、見つめた視線の先。
火炎の上を、くるりと旋回し、飛び戻ってくる姿を見た時には、嬉しくて泣いてしまった。
大きく手を広げ、名前を呼ぶ。
「リオン!」
この宇宙を、どこまでも飛んでいける翼を持った鳥。強い燕は。
けれど、迷わず高度を下げて、私の所に降りてきてくれた。
「お帰りなさい……リオン」
「ああ、ただいま。マリカ」
私達の所に帰って来てくれたのだ。
勝利と共に。




