宇宙 助けに行くよ
ずっと直立姿勢だったから、身体がバキバキ。
私は接続コードから解放された手首と足をぶらぶらと動かし、屈伸。
固まった筋肉を解きほぐす。
『勝手に接続を切るな! お前、一体何をするつもりだ?』
「何って、真理香先生を助けに行くに決まってるじゃないですか?」
レルギディオス様が私を心配して下さっているのは解っているけれど、正直、言い合いしている時間も惜しい。
『答えになっていない!』
「具体的なプランとしてはフェイに私の周りに、空気を纏わせて貰って。
その周りを防御壁でカバーして、リオンの側に跳びます。そして、真理香先生の周囲に、最強レベルのさらに上の防御壁を展開するんです。ナノマシンウイルスの干渉電波も通らないくらいの、強固なやつ。真理香先生ご自身が展開した防御壁がありますから、さらに被せれば真理香先生の自爆は防げるかもしれません!」
コスモプランダーの指令電波が防御壁を貫通してしまったら、どうにもならないけれど、このまま諦めたくはない。
『馬鹿! 宇宙空間を舐めるな! 生身で宇宙に人間が出て生きていられるわけないだろう? 空気が無い、だけの世界じゃないんだぞ!』
「だから、フェイの力でフェイの力で空気ボンベ代わりの層を作って、防御壁の宇宙服着ていくんです。
一分で、戻って来ます」
『防御壁の宇宙服がお前を守り切れる保証は? 練習もしてないだろう?
リオンは空気や呼吸を必要としていないし、鎧も宇宙空間用に調節してある。ライオットの星の翼は、コクピットに多少、空気が貯められるから少しは生存できるかもしれない。
でもお前の思う通りにいかなかったら、即死だぞ!』
「でも、他に方法が無いんです。
軽い防御壁ならともかく、知らない人に最強レベルのものをかけるとなれば、側まで行かないと!」
理想は手で触れる事。防御壁越しでも彼女の精霊石に触れることができれば、多分、なんとかできると確信めいたものがある。
精霊石に触るのは無理でも、最悪、真理香先生がご自分の周りに張った防御壁を私が強化して、コスモプランダーの自爆命令を止めることさえできれば。
後は、ゆっくりと奴らを片付けてから治療を試すことができる。
「これ以上、奴らに私達から何一つ奪わせません。
それに一人で全部抱えて頑張ってきた保育士を、見捨てるなんて嫌です。
絶対に、助けるんです!」
『マリカ……』
あくまでコピーだと解っているけれど。
『私』の中に在る北村真理香先生の最期は多分、過労死だった。
片桐海斗先生も同じく。
コスモプランダーの襲撃が無ければ、多分、そうなっていた可能性が高いというシミュレーションの結果だろう。
あの当時、ブラックな職場環境にある保育士を助けてくれる存在はまだ殆どなかった。
『私』は助けてほしかった。
皆が、山のような仕事に追われる日々を生きるだけで精一杯で、精一杯で助けを求めることができず。
子ども達の為により良い保育をしたいと思えば一人で抱え込むしかなかった地球の保育士時代。
一緒に助け合おう、と言ってくれる人が側にいれば。
そう、幾度思った事だろう。
でもアースガイアでは、そんなことを考えたことは一度も無い。
環境的には中世異世界。
法整備もないし、色々な面で足りない事も多かった。
でも、皆が助けてくれた。力を貸してくれた。
ブラックな職場というのは、労働条件以上に人間関係が悪い所を言うのだと、
左手に目をやる。
リオンがくれた婚約指輪には、精霊神様達の祝福が添えられている。
そして腕輪にはアースガイアでできた、新しい家族の肖像。
ゲシュマック商会や、各国の王家の方々。
何より目を閉じればはっきりと浮かぶ、子ども達の笑顔。
どんな劣悪な環境下であろうと、信じられる仲間と、力を貸してくれる上司と、支えてくれる家族がいて、皆で助け合うことができれば。
変えていくことはできるのだ。
真理香先生と同じ記憶を持つ私が、アースガイアで過ごした六年間はそれを証明した。
「努力の成果が結実したのを『私』が見たいし、真理香先生にも見て貰いたい。
だから譲りません。絶対に行きます」
『胎の子はどうする? お前は我が子も危険にさらすのか?』
「反対してません。むしろ力を貸してくれています」
下腹部にそっと手を当てる。
まだ、受精卵でしかないから思い込みかもしれないけれど、問いかければ温かい思いが返ってくる。
私を信じて、力をくれていると解るのだ。
最悪の場合は子どもだけは助けるつもりだけれど、そんな事にはしない。
絶対に。できると信じる。
「やらせて下さい。っていうか、やります。
止めないで下さい。時間の無駄ですから。フェイ!」
「は、はい」
「お願い。私に風の力を頂戴」
『止めろ! フェイ』
「……解りました」
『!』
「僕は『神』の神官長である前に、マリカとリオンの魔術師です。
勝算が完全に無いのなら止めますが、マリカができるというのなら、それを助けるまで」
「ありがとう」
ェイとシュルーストラムが私の周囲に纏わせてくれた風の力を、透明で身体にぴったりと密着する防御壁で包み込む。
外見は何も変わっているように見えないけれど、ここは『私』の力を信じるしかない。
「……隙間や穴は無いみたいだな。変な攻撃とかが無ければ暫く持つだろ」
『アル!』
「よかった。ちょっと安心できた。ありがと。アル」
「礼はいいから、絶対に戻って来いよ」
「うん」
アルが虹の被膜のかかった瞳で太鼓判を押してくれた。
自分の力の原理や仕組みは解らないから、失敗はない、と信じるしかないけれど、アルが言ってくれれば、少し安堵できる。
「リオン! 今、そこに行くから!
お父様、もう少しだけ、コスモプランダーの攻撃を食い止めて下さい」
「……気を付けて、来い。待ってる」
『リオン!』
「こうなったマリカは止めても無駄です。俺が、側で絶対に守りますから」
「無理はともかく、無茶はするなよ!」
「解ってます。じゃあ、皆様、後をお願いします」
私はブリッジに残る王子様達に頭を下げた。
思いっきり我が儘を言っていることは理解している。
でも、皆様、私の性格を知ってるからね。
止めることはしないで下さった。
「私がいない間、計算効率はどうしても落ちるので、フォローお願いします」
「マリカ皇女。こちらから精霊石をモニターする。危険レベルと思われる変化があったら知らせるからね。即、逃げてくること」
「ありがとうございます。ヴェートリッヒ皇子」
「ご武運を、というのはおかしいですが、お帰りをお待ちしております」
「大丈夫です。必ず真理香先生を助けて、戻って来ますから!」
時間が惜しい。いつコスモプランダーがしびれを切らすか解らない。
私は目を閉じて、座標を確認する。
目指すのはリオン。その腕の中。
漆黒の宇宙の中、どんな星よりも強く煌めくリオンを、私は見誤ったりしない。
彼の元へなら、どんな遠くからでも跳べる。
「行きます!」
『待て、マリカ!』
踏み込んで、空間を飛び越えようとした正にその時、私をグイっと、強い力が引き留めた。物理ではなく、精神的に。
跳ぼうと準備をしていたまさに瞬間だったから、身体と精神のバランスが崩れて、盛大にずっこける。
「なんですか? レルギディオス様。もう! 止めても聞きませんってば!」
『持っていけ!』
「え?」
私の左手薬指。リオンのカレドナイト婚約指輪。その蒼い花の中央に、金色の石が咲くように生まれた。
大きな一粒の石。
金剛石っぽいけど、光を弾いて煌めき、息を呑む程に綺麗だ。
まるで太陽の欠片みたい。
「これ……は?」
『俺の力の全権委任。アースガイアから届く力のうち、艦とリオン達を守る分以外を、全てお前に繋ぐ。精霊神達にも連絡した。
皆も、力を貸してくれるだろう』
「レルギディオス様……」
『俺だって、俺だって、先生を助けたかったんだ。だから……任せた』
「はい!」
改めて。
彼女を想う皆の思い、全てを預かって、私は深呼吸。
後は一切の迷いと恐怖を忘れて、踏み切る。
私のお母さん。過去の私。
意地っ張りで、どうしようもない頑張り屋さんで。
最後の最後まで、誰にも助けを求めなかった。
求められなかった。
保育士を、助ける為に。
初めて、自分と。
みんなの力で浮かんだ宇宙の海。
足元には、私達の星。
紫紺のアースガイアが、真理香先生の水晶と同じ色で、美しく煌めいていた。




