宇宙 愛しきかの君
ソレが現れた瞬間に、艦内の温度が下がった気がした。
私は、精霊石の中にいるのに、そう感じるくらいだから、きっと間違いなく。
『アレは、まさか……?』
震える声は、きっと『レルギディオス様』いや『神矢君』だ。
そう言っている間にも艦の先端に掲げられた紫色の水晶は、昏く、深く輝き鈍い光を空域全体に放ち始める。
「! 皇女! 防御壁の強度が低下しているようだ。
あの光の波長が、艦と『星の翼』の防御壁に干渉。打ち消しを試みている」
「同時に、敵勢力の周囲にも強化された防御壁が展開されています。
さっき、『星の翼』の攻撃が通じなかったのはそのせいかと」
防御壁を展開する紫水晶が敵の手の内に存在する?
最悪の想像が頭を過る。水晶の中にいるのにレルギディオス様の怒りの波動で、背中から首のあたりにかけて、ゾワッと脂汗が滲み出るような悪寒が広がっていく。
「アリアン公子! ヴェートリッヒ様! あの紫水晶のデータを確認して頂けますか?
そして、このデータと照らし合わせて下さい!」
『ノア』で各国の王子様達はデータの収集や、分析を担当している。
その中でもアリアン公子とヴェートリッヒ皇子は敵や、周囲の状況、材質や素材の確認を任されていた。私は細かいやり方とかは解らないけれど『ノア』のコンピュータの中には補助AIとして人格意識を封じた『光の王の杖』と『闇の王の杖』がいるんだって。
だからお二人は光学調査、分析データの解析に相性がいいとか。
と、そんなことを話している場合では勿論無く。
「解りました!」
私が想像した『最悪』はデータによって裏付けされる。
「あれは『精霊神』の精霊石です。遠距離から判別できる範囲内ですが、光の照射による分析や精霊の力の含有量などが高確率でデータと一致。
このデータは、各国の『精霊神』様の水晶でしょう? ならば、ほぼ同じ存在であると判定できます」
「まったく、同一ではないけれど。各国の『精霊石』と比べると、脆さ、弱さを感じる。
まるで一度壊れた器を繋ぎ直して、つなぎ目を自分達の力で埋めて、無理やり使っているような感じだ」
「それって、まさか……」
地上からの連絡で、落下した隕石から怪異が出現。それはどうやら海斗先生を模して対人に特化しているようだ。ということは聞いている。
海斗先生は、地球移民達の旅立ちの時、唯一残った能力者にしてバイオコンピューター、北村真理香先生、ティエイラの護衛として運命を共にした筈だ。
その護衛の技術と戦闘力。そしてナノマシンウイルス対策を持つ性質をコピーして、量産武器として扱っているのなら。あの水晶が誰か、ううん何か、なんて考えるまでもなく解る。
「マリカ皇女! 大変だ!!」
全体の戦況把握を担当していたスーダイ様が声を荒げる。
「今度はなんですか?」
「まだ残っているの隕石が、中央の巨大隕石の周囲に密集するように集まり始めている。そして同様に、前方を開き、水晶を露出させているぞ」
「水晶を露出? そんなにいくつもあるんですか?」
「巨大隕石のものと比べると、比較するまでもない位の低級な品だと解るけどね。
言ってみれば『精霊神の精霊石』と『魔術師の杖』って感じ?」
ヴェートリッヒ様の分析は的を射ている。
全天モニターに拡大できる限界まで拡大し映し出された旗艦の水晶と、小型隕石の水晶は同じ紫色をしているけれど大きさや質が全然違う。
人間と同じくらいの大きさの機関水晶、人の頭くらいの他の艦の水晶。
旗艦の水晶は『精霊神様』達のものと、ほぼ同じ。だが弱く脆い。
一度壊れたものを繋ぎ直したかのよう。
そして他の艦の水晶は低級で力が弱い。
つまり、これらを総合して導き出される結論は……
『ふざけやがって……!』
艦内の気温がまた確実に下がった。
そして反比例するように、私と繋がるノアのメインコンピューター。
レルギディオス様の計算速度が異様なスピードで上がっていく。サブコンピューター扱いの私だけど、バックグラウンド処理が追い付かない。
「うわっ! 頭痛い!」
私に預けられていた筈のコントロールもまるごと奪われ、艦内の特殊炉心にエネルギーが集まっていくのが解る。
これは……まさか!
「レルギディオス様!」
『海斗先生のコピーを造られた、って時点で、もしや。まさかって思ってたけど。
本当に、やりやがったのか!』
「ダメです! 落ち着いて!!!」
私の制止の声なんて、耳に入ってない感じ?
完全に怒りで沸騰している。
『コスモプランダー。
貴様ら真理香先生と、海斗先生を捕まえて、取り込んだんだな?』
「主砲の発射準備、カウントダウン開始しました。
こちらから干渉できません!。
艦内の余剰エネルギーが全て吸い取られて行きます。防御壁の展開最低レベルまで低下!」
エネルギーの調整、確認を担当するグランダルフィ王子の悲鳴が聞こえる。
『あの二人が、自分からコスモプランダーに下る筈がない。
人間としての尊厳と意志を無視して……道具にしたのか?』
彼の怒りはもっともだ。解る。
あの紫水晶は、まず間違いなくバイオコンピューター化した真理香先生の『本体』なのだろう。
地球に残って、最期まで残った人々を守り続けた筈だけれど、子ども達と能力者達を逃がした果て、勝ち目のない戦いを続けた結果、おそらく地球の全ての生命体はコスモプランダーの餌食にされた。
そして、生きている間か、それとも機能停止してから。
とにかく彼らは、自分達に有効な力を持つ海斗先生と真理香先生をコピーして取り込んだのだろう。
ずっと、ずっと何百年もの間。
たった一つの心の拠り所だった『地球に残った真理香先生』
私の目には水晶に見えるけれど、きっと神矢君には敵に捕らわれ、全身傷だらけでボロボロに意思や精神を汚されて凌辱された彼女に見えているのだろうか。
怒って当然。私だって許せない。
でも!
「今はダメです! レルギディオス様!」
主砲による攻撃はノアの唯一の攻撃手段だと言っていた。外したり、躱されたりしたら後が続かないって。下手したら星に戻るエネルギーさえ使い果たしてしまうって。
今は地上からのエネルギーが補充されているから、そこまでの危険はないにしても。
拙い。
リオンやお父様に力が送れなくなるかもしれない。
必死にレルギディオス様のコントロールに干渉しようとするけれど、あくまでサブコンピューター扱い。メイン権限はレルギディオス様にあるから止められない!
「待って! 止めて!!!」
今、できるのは制御炉に介入して放出エネルギーの効率を一段、落とすこと。
それが精一杯。
『滅びろ! コスモプランダー』
「リオン! お父様! 主砲の射線から全力退避!
巻き込まれないで! 艦内の乗組員は衝撃に備えて!!
フェイは、万が一に備えてブリッジの中の風と空気を保持!」
「!」
『主砲発射!!』
地響きにも似た音が、宙を切り裂き。
黄金を宿した白い光が、漆黒の闇を貫いていく。
艦内は震度6~7の地震が発生したような大揺れ。
私の水晶が縦横に揺れている。何にもしがみ付けないからマジ怖い。
席に付いていた皆も、必死にコンソールや座席に縋って衝撃から耐えている。
モニターもブラックアウト。ブリッジも停電状態だ。
ただ、その直前に、旗艦の水晶が紫銀の光を集めていたのと、周辺の艦も水晶を掲げて似た光を放ち始めていたのは見えた気がする。
何をするつもりだったのだろう。何をしたのだろう?
不安しかない。
揺れが収まるまで、体感一分くらいだろうか?
火山が噴火したような。全てを吐き出した激しい揺れが消え、ノアが動きを止めたと同時、艦内のコントロールが戻ってきた。私に。
ブリッジに灯りを付け、一回ハングアップした機体に再起動をかける。
「 皆さん? 大丈夫ですか」
「だ、大丈夫です」「なんとか…」
私が呼びかけると、床に伏せていた皆さんが頭や体を抑えながら起き上がってくる。すぐ席に戻って状況確認をしてくださるのは流石だ。
「エネルギー残量、50パーセントまで低下しています」
「艦内機能は省エネルギーモードに移行。ブリッジの機能と生命維持に優先して使用して……。このままの航行は可能。防御壁は最低レベルで維持。
お父様とリオンへのエネルギー経路は、よかった。まだ繋がってる。
フェイ。二人への風の精霊術は?」
「大丈夫です。切れていません」
「良かった」
アースガイアからのエネルギー供給路も……細々ながら繋がっている。
ゆっくりだけど補充はされているようだ。
このまま前と同じくらいにエネルギーが供給されれば、とりあえず帰れないとかはなさそうだけれど。
『レルギディオス様、大丈夫ですか?』
『神』の介入、反応はない。もしかして落ちてるのかな?
「……ソレイル様。電源、戻しました。モニター繋がりますか?」
「やってみます。少し待って下さい」
「お父様? リオン? 今の主砲の影響は?」
『範囲外に逃れたから、大丈夫だ。防御壁も変わらず展開されている』
『…………』
「リオンの方に、通信が繋がらない。切ってるのかな?」
元々、リオンには作戦開始以降はよっぽどのピンチまで通信を入れないことになっている。場所を逆探知されたりするとかえってリオンが捕捉されて危険になるから。
さっきは宇宙空間に飛び出したと同時、安定性を失って落下したから例外だけど。
目を閉じて、深呼吸。
うん。破壊されたりしたわけじゃない。ダメージも無いみたい。経路はしっかり繋がってる。
「……モニター接続します」
ぶわん、という音がして全天モニターが宙の様子を映し出す。
特にコスモプランダー旗艦周辺を。
レルギディオス様が、怒りに任せて放った主砲はアースガイアから送られてきたエネルギーの八割に近かった筈だ。
でも……。
「げ……無傷、かよ」
私達の前に浮かび上がったのは、アルが言う通りほぼ無傷。
発射前と変わらぬ姿で艦隊を維持する、コスモプランダーの姿だった。




