宇宙 星の獣の覚醒
「モードアルフィリーガ、起動」
カチン、と頭の中で聞こえない筈の音がしてスイッチが切り替わる。
人の身を縛る、生命の軛から解放されて。
重力も、大気も、宇宙の冷たい空間でさえ、もう俺を止められない。
「全機能開放。出撃準備。完了だ」
『状態確認完了。ハッチ開きます。
防御壁展開。不要かもしれないけれど、風と空気も鎧内部に纏わせておくから』
「ああ、感謝する」
『力の消費は現状、考慮に入れなくていい。地球から届く全気力をお前に繋ぐ。
最悪、全ての余力を使い果たしたとしても艦は必ずお前を回収する。全力で行け』
「解りました。父上」
大きく深呼吸。
マリカとフェイ。
二人が作り出してくれた守りが自分を包み込む。
もはや空気など要らない身体だというのに、深く息を吸い込むと鎧の下。
星と大気に包まれているような暖かさが力をくれる。
「行くぞ。エルーシュウィン。オルドクス」
『問題なし。いつでもどうぞ』
開いたハッチの向こうは無限の暗闇。
漆黒の空間は、夜色に染められた海に似ている。
軽く、踏み切る。
俺は艦から未知の星海に飛び込んでいった。
「うわああっ!」
墜ちる。
最初に感じたのはそんな感覚だった。
宇宙という空間は、星と全く違う。ということを飛び立った瞬間、俺は理解する。
星の中ではたとえ、空中あろうとも、自由に飛べた。
大気という星の腕に抱かれて、欠片も恐怖を感じなかった。
けれど、宇宙空間はまるで違う。
『星』の優しさに溢れていたアースガイアの大地と違い、どこまでも果てが無く留めるものは何もない。
正に無限。
艦からバックアップされるセンサーを全開にしても把握できるのは、せいぜい周辺百レグランテ。
星の上でなら一国さえもカバーできる筈のそれは、ここでは子どもが精一杯に広げた掌の範囲内に過ぎない。
あまりにも矮小で、無力な自分自身の存在を突きつけられる。
広大な暗黒色の空間に酔ってしまいそうだ。
上下の感覚も失って、無限の闇に墜ちていきそうだと思った瞬間。
「マリカ?」
紫の光を見つけた。
漆黒の闇の中、ただ一つの星が煌めいている。
かつての『神の国』地球は、水の星と呼ばれ、蒼く輝いていたという。
けれど、俺達の星。アースガイアは紫紺。
青の海に夜のヴェールをかけたような淡い紫色をしている。
人工太陽が失われているからかもしれないけれどそれが、まるでマリカの瞳。
宵闇色の紫水晶のようで。
澄み切った彼女の瞳に見つめられているようで。
俺は……。
『リオン! 大丈夫?』
ぼんやりと靄のかかったような意識が、その一瞬でクリアになった。
マリカの俺を案じてくれる『声』に、眼差しにまるで水の中から浮かび上がったような気がする。
俺は、溺れていたのか?
『メンタルに異常感知。
一回、艦に戻って戦闘モード解除して、立て直す?』
「いや、いい。ちょっと宇宙空間に酔っただけだ。もう、治った」
気遣ってくれるマリカの声に俺は首を大きく横に振る。
見えてはいないだろうけれど、安堵の声が聞こえる。
『なら良かった。お父様とこっちは戦闘開始したの。
リオンから見て、斜め前上方。今、リオンは艦から出た途端に落っこちて、今、艦の真下にいる感じね。場所の把握、できる?
私達の周囲の隕石類から、ビームっぽいものが照射されてくるの見えるかな?』
「ああ、今、視認できた」
見れば、確かに頭上では闇の中、銀の光が四方八方からの乱舞を続けている。
「大丈夫なのか? そっちは?」
『防御壁を最高レベルにしてあるし、『神』と王子様達の操縦で質量の大きい隕石の直撃は避けてるから大丈夫。
今は敵の隕石? 艦なのかな? のデータを収集して対処法を考えている所。
でも、ビームの強さも、隕石の外殻強度も、それほど高くなさそうな感じ。
だから私達と『星の翼』で敵の注意を引き付けておく。リオンは……』
「ああ。周辺と背後にいる隕石型宇宙船の撃破だな」
もう一度、深呼吸。
暖かな思いと空気を取り込み直し、意識を切り替える。
ぼんやりなどしていられない。
防御壁があったとしてもいつまで対応できるかどうか解らない。
時間との勝負なのだ。
「エルーシュウィン。いいか?」
『いつでも!』
胸のコアに手をやり、カレドナイトの短剣を引き抜いた。
目に見える範囲全て、墨を流したような常闇の空間。
鎧も漆黒で紛れ、寄る辺もない宙で。
浮かび上がる鮮やかな蒼と友の声は、正真正銘目が覚めるようだ。
『旗艦と思しき巨大なのを先に倒したいけど、周囲に取り巻きが多くて難しそう。
だからまず、外周の小型艦からでいいから、確実に数を減らして。
私達のことは気にしなくていい。安全に。身の安全を優先して。反撃に気を付けて』
「解った。そっちも気を付けろよ」
この広大な宇宙空間から見れば、俺のなど、極小の砂粒のような存在だろう。
敵も捕捉できていない筈だ。
だからこそ。
今できることがある。
「エルーシュウィン!」
俺の呼びかけに応えるように手に握りしめた短剣が蒼の光を大きく伸ばした。
一度だけ、足元を見つめる。
漆黒の平面世界にただ一つ煌めく宝石。
俺達の故郷。
見れば星の表面には、夜の天鵞絨に金粉を散らしたかのように、無数の灯りが煌めいている。
あれは、人だ。
人々の存在の証。命の灯が輝いているのだ。
と素直に理解できた。
自己を再定義。
「我が名はリオン・アルフィリーガ。
『神』と『星』の間に生まれし子。
アースガイアの『精霊』にして、人の世に仇なす者を討つ『魔王』。
願いより生まれ、祈りによって命を得た我は、この星を脅かす、ありとあらゆる恐怖を退ける者。
その爪牙を砕き、その災いを払い、我が故郷をあらゆる外敵から守り抜くモノなり」
暗示をかけるように内側から生まれる意思を、そのまま言葉に紡ぐと不思議と落ち着いた。
呪文というのは外界への呼びかけであると同時に、内界への確認。
己の力が纏められて一つに束ねられ、全身の感覚が研ぎ澄まされた刃のごとく鋭く磨かれる。
ここから先、自分は『星の獣』
使命を果たす一本の刃。
今はもう、この広大な宇宙に酔うこともない。
「永劫の闇を渡り歩く異邦人。
生まれ落ちた大地を失い、生まれた意味さえ忘れ、
果てなき星海を彷徨い続ける、哀れなる客人よ。
されど、汝らを迎え入れる卓は、ここにはない。
自らの足で歩む道を捨て、自らの心で考える術を忘れ、他者の命と力を奪うことでしか存在できぬ盗人に、神の宮が、その門を開くことは決してない」
一瞬だけ、哀れに思った。
自らの大地を失い、帰る場所を失い奪い続けてきた彼らは、本当に幸せだったのだろうか? と。
でも、己の持つ感情と役割は等しくはない。
だから切り離す。一切の同情も感傷もこの刃には乗せない。
「汝らが積み重ねし怨嗟も、
終わりを拒み続ける妄執も、
その全てを我が身に引き受け、我が刃で打ち砕いてくれよう。
我が背後に煌めくは、奇跡より生まれし大地。
我が二つ目の故郷。
命と願いが寄り添い、幾千の祈りが光となって瞬く、
宙に浮かぶ紫水晶」
ふと、目の前に光が弾けた。
俺にとって至高の紫水晶の笑顔が。
「その美しき輝きに、貴様らの怨念も、罪も、恩讐も、
塵の一片さえ落としはしない。
我が身が砕け、我が刃が折れようとも、
この星だけは、決して貴様らに渡さない」
大丈夫。
自分をしっかりと認識できれば、宙も怖いところではない。
むしろ、ここにいる『存在』を認め、歓迎してくれるような意志さえ感じる。
それが、何か、誰のものかは今の自分には解らないけれど。
面覆いを下げ、翼を翻す。
「戦闘開始。全ロック解除。加減なしに行くぞ」
『了解』
漆黒の星海にその身を翻す黒燕は闇に紛れ、目を凝らしても見えない。
その腕の、星の煌めきが一際蒼く輝いた時、宇宙に真紅の炎と終わりの花が咲く。
宇宙からの侵略者。
名乗らぬ『宇宙からの侵略者』は知ることになるだろう。
初めての、敗北と、挫折。
そして、全てを機械と保育士に委ね、忘れ去っていた終わりへの恐怖を。




