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【新装版】子ども達の逆襲 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。  作者: 夢見真由利
第五章 保育士魔王兼精霊女神 始めました。
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アースガイア 地上での戦い 8 兄弟達の祈り

 紅葉のような小さな手のひらが重ね合わされ、祈りを紡ぐ。

 いくつも、いくつも。


「かみさま。せいれいしんさま、どうかおまもりください。

 レオを、みんなを、にいさまたちを、それから……マリカさまたちを」

「ぼくたちのちから、ぜんぶあげます。だから、どうか、どうかおねがいします」


 力を持つ者達が総力を挙げて戦い続けるアースガイア防衛戦。

 その影で、持たない者達もまた戦い続けていた。

 祈りと生活という、持たざる者達の戦いを。



 アルケディウス皇立孤児院、その前庭はコスモプランダー襲撃における一般市民の避難場所の一つになっていた。

 広い前庭にテントや布を広げて仮設の部屋を作り、なるべくプライベートな空間を守れるようにする。子ども連れや高齢者の一部は孤児院の部屋が提供され、協力しながら共に生活していた。


「はーい。炊き出しですよ~。お腹がすいている人は集まって下さ~い!」


 良く響く少女魔術師の呼びかけを聞きつけ、人々が三々五々集まってくる。

 庭の一角には臨時の竈と、孤児院の大量調理用の大鍋が暖かな湯気を上げていて、食欲をそそる匂いを醸し出している。


「今日はボルシチとパンです。しっかり食べたら、祈りを捧げて下さいね。

 皆さんの力が、宙で戦うマリカ様達や精霊神様達の力になりますから」

「お水もどうぞ~。水分ほきゅうだいじですよ~」

「これはお嬢ちゃん。ありがとう」


 配給を受ける人が多いので、孤児院の子ども達も列作りや配布の手伝いをしていた。

 料理を作るのはゲシュマック商会から派遣された料理人。

 隻腕であるが、それを感じさせないテキパキとした動きで鍋から料理を盛り付ける。

 列に並んだ避難者の多くは、心からの感謝を炊き出しを配る職員たちに告げて食事を受け取っていった。

 けれど、中には。


「おい! 俺の椀、盛りが少ねえぞ!」

「あ~。すみませんね。量が決まってるから。一人お玉一杯分なんですよ」

「女子供と男を一緒にするのか?」

「避難されてる方はみんな一緒です。警護とか、荷運びとかして下さる方は少し多めに盛ったりしますけどね。もっと食べたかったら仕事して下さい」

「くそっ!」


 文句をいう者や、乱暴な手段に出る者もいる。


「おい、姉ちゃん。こっちに来て水を注げ」

「止めて下さい! 私達はそういうことは!」


 炊き出しを配っていた女性保育士の一人を列に並んでいた男が下卑た顔で手を引く。


「ちょっと、ダメですよ! 止めて下さい!」


 隻腕の料理人が止めに入ろうとするが、体格と力が違うので軽く押し飛ばされてしまう。


「ラールさん!」

「大丈夫。エリセちゃん。でも……あっちをなんとか止めないと……」

「アーサー! クリス!」


 邪魔者を追い払ったと見て、さらににやけた笑みを浮かべる男。

 それを


「はーい。そこまで」


 パシン、と払って間に立ち塞がったのは、二人の少年だった。

「こっちは平気だ。エリセ。ラール兄さんと炊き出しの方、任せた」

「遅い! でも、お願いね。しっかり解らせてやって。私だとやり過ぎちゃうから」

「あいよ」

「なんだ? 貴様ら」


 金髪のがっしりとした少年と、茶髪のひょろりとした少年。

 どちらも十歳前後。明らかに子どもだと解るが、立ち姿に隙は無い。

 見る者が見れば、しっかりとした意思と教育の下、鍛えられているのが解る。

 でも、荒れる男は気付かないようだ。


「あのさ。腹が減って、イライラするのは解るけど、子どもも女性も皆、並んでんの。

 いい大人が約束も守れず他人に迷惑かけるのはカッコ悪いぜ」

「な、なんだと? 子どものくせに偉そうに!」

「子どもであってもおれら、一応神殿騎士団所属で、ここの護衛だから」

「ちょっと、現状と自分の立場を弁えような。他の人にも迷惑になるから出てって下さーい」

「は? 騎士団の護衛? って、ちょっと待て! 放せ!!」


 金髪、蒼い瞳の少年はそのまま男の首根っこをひっ掴むとそのままずるずると列から引きはがして行く。巨漢と言えそうな長身の男を、一回りは小さい背丈の子どもが軽々と引っ張っていく様子に周囲は皆、唖然としていた。


「おい、ホントに止めろ。小童!

 まだ話は終わってないし、いい加減にしないと痛い目見せるぞ」

「やれるもんならやってみな」

「そういう負け犬みたいな言い草しかできない時点で終わってるでしょ。それとも子どもに止められたってこれ以上恥かきたい?

 おれらはいいけどさ。

 皇立孤児院で、他の人らもいるのに暴れようっていうなら相手になるよ」


 その横でひょろっと、手足の長い少年が男を諫めるように言い聞かせる。

 だが年下から諭されたことが、逆に男の怒りに火をつけたようだ。

 顔がまるで火をつけた蝋燭のように真っ赤に燃え上がる。


「何を子どものくせに偉そうに!」

「しゃあねえなああ。アーサー!」

「了解、っと。ほらよ」


 ぽいっと、庭の隅のちょっとした空間に辿り着いた金髪の少年は男の男の首根っこを離し、もう一人の少年の方に投げ捨てる。

 ストレッチ風に手足を伸ばしていた少年は、投げ捨てられたと同時、自分に向かって襲い掛かってきた男に、軽く足払いをかけた。


「うわあっ!」


 続けてその勢いを殺さず、転倒しかけた背中に、飛び膝蹴りを食らわせる。

 小さくても体重の乗った蹴りにあっけなく男は地面と口づけを交わすことになった。

 彼はそのまま男の上に馬乗りになる両腕を捻り上げた。


「イテ! 離せ! いや離して下さい。お願いします!」

「ダーメ。ここは女性や子どもが多い避難所なんだ。それに乗じて好き勝手しようとするような輩は置いておけない。別の所で強制労働な」

「ジャック、リュウ。縄持ってきてくれ。縛って玄関の警備兵さん達のところに捨ててくるから」

「了解!」「任せといて!」


 子ども達の、完璧な対応を目撃していた大人達は息を呑み込む。子ども達は拍手喝采だ。


「さっすが、アーサー兄」「クリス兄もカッコいい!」

「俺らがマリカ姉から孤児院を預かってんだ。絶対に守ってやるから安心しろよ」


 その言葉に避難してきた大人達は今更ながらに気付いた。

 女子どもの多い避難所に、警備の兵や男性が殆ど配置されていないことに。

 無論、魔性や隕石の対応に大人の男達の手が足りていない、というのもあるだろう。

 けれど、子どもであっても、彼らはここでの仕事に足ると認められたものなのだ。

 実際に愚行に出こそしなかったものの、子ども達を僅かでも侮る目で見ていた者達は皆、しゅんと頭を下げた。

 被災者たちの列が従順に、スムーズに流れるようになったのは良かった、と言えるものの人々の顔が昏くなったことに気付き。アーサーと呼ばれた少年は後ろを見やる。

 一足先に食事を終えた、兄弟の方を。


「アレク。なんかいい歌でも歌って気分を変えてやってくんねえ?」

「いいよ。楽しい曲がいいよね」

「任せた。皆が元気になってマリカ姉の所に気持ちと一緒に力が届くといいな」

「了解」


 アーサーの呼びかけに、一緒に孤児院に避難していた楽師のアレクはリュートを軽く爪弾くと、朗々たる歌声を響かせた。


「……なあ、クリス」

「なんだよ。アーサー」

「俺達、なんでもう少し早く生まれることができなかったんだろうな」

「解る。一緒に、行きたかったよな」


 言葉通り、人々の心を明るく照らすような歌を奏でる兄弟の歌声に耳を傾けながらも、二人の少年の思いは昏く落ち込んでいた。

 信頼する兄と姉から、彼らはここの守護を託された。

 魔王城の兄弟も、幼い頃から知っている子ども達も、孤児院で生まれた子ども達も皆、ここにいる。

 彼らを守る為に、自分達は信頼されてここを託されているのだ、ということは解っている。

 解っているつもりではあるけれど。

 でも。

 どうしても置いて行かれた、という気持ちはべったりと心の中に、泥のようにこびりつている。拭い去ることはできそうにない。


 見上げた宙の彼方。

 昼なのにどこまでも続く星が見える。

 煌めく星の一つが、兄弟達の乗る『神の翼』だろうか?

 大好きな年長の兄弟達、今まで自分達を守って導いてくれた彼らは宙にいる。

 自分達の手の届かない、遥か高みに。

 この星を守る為に。


 ついていきたいと、懸命に縋ったけれど、やはり無理だった。


 旅立ちの朝。こっそりと自分達兄弟にだけ顔を見せに来てくれた長兄は『大人』になっていた。

 さっきのバカのような、身体だけでかい大人ではなく。

 自分のやるべきことをしっかりと見つめ、決意と意志を持った本当の大人に。

 外見の変化や、能力にも少し驚きはしたが、兄の決意の結果として現れたものにすぎない。


『大人である』兄達に子どもである自分達が、『俺達の代わりに、皆を、子ども達を守ってくれ』と言われれば、拒否することなどできよう筈も無い。

 間に合わなかったのだから。自分達は。


「おれ達はさ、兄貴達を引き留める重りにもなれなかった。

 なっさけねえよな」

「んで、大人の意味も解ってねえ馬鹿相手に八つ当たりしてんの。すげえ、恥ずかしい」

「うん。まだまだ、力が足りない。だから……置いて行かれたんだ」


 自分達は子どもだ。

 どうしようもなく無力で、守られる存在。

 今までもずっと、兄弟達から、周囲から、大人達から守られてきた。

 早く大人になって、自分達も大切な者を守れるようになりたかった。

 大事で、肝心な時に、間に合わなかったけれど。


「おれら、どうしようもない子どもだけど。

 それでも、せめて、兄貴達が帰ってきた時に、恥ずかしい顔は見せられないよな」

「ああ。登れない木に無理に登って落っこちたら、また兄貴達に迷惑かけるだけだもんな」


 もし、二人の会話をマリカが、保育士が聞いていたらきっと、抱きしめ褒めてくれただろう。

 その優しさと自覚こそが、大人への第一歩だと。

 確信できる。確信できるからこそ我慢できるのだ。

 今は兄姉達の為に、できることを為す時。そして、次こそは一緒に行くのだ。

 共に歩ける大人として。


「よーっし! アレクの音楽に隠した愚痴休憩時間終わり!

 やるぞ!」

「うん。あと少しの筈だもんな。孤児院と兄弟達は絶対守る!」


 そうして二人は仕事に戻る前、膝を折り両手を組んで祈りを捧げる。

 空と水の瞳に蓋をして、神や精霊にではなく、大事な兄弟達に向けて。


 いつの間にか、自分達の周囲で、兄弟や孤児院の子ども達が同じように祈っていることに気付きもせずに。


「どうか。皆が無事に帰ってきますように」

「おれ達の力、全部もってってもいいから。

 どうか、よろしくお願いします」


 真摯な祈りは空を駆け、星の海で戦う精霊達の元に届いた。

 確かに。


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