アースガイア 地上での戦い 6 魔王と人と
かつて、不老不死前の魔王時代から。
アーヴェントルクには時折、他国では見たことのない程の巨大な魔性が出現し、人々を苦しめたという伝説が残されている。
魔性は『精霊』を喰らう存在。基本的には人を積極的に害することは少ない。
ただアーヴェントルクは山岳地帯、特に岩山が多く、大地に精霊の力が少ない。
畑などはいくら手をかけても育ちにくく、牧畜や養蜂、鉱山などで外から稼ぐしかなかった。
その為魔性の出現、目撃証言は少ないが、いざ出没すると強大で手ごわいモノになることが多い。
単体では魔性としての存在を支えきれず、共食いのような形で複数融合し、身体を巨大化させるのだろうと推察し、周知したのはアーヴェントルクの若き後継者、第一皇子ヴェートリッヒだ。現在、アーヴェントルクではどの領地でも巨大魔性戦の訓練が義務付けられている。
『神の翼』が飛翔し宙に向かって、数刻後、アーヴェントルク。
「皇帝陛下! 国境守備隊のセイルロッドから連絡が!
ミルトプール伯爵領の外れに巨大な二首熊が出現したとのことです」
「なんだと!」
「ミルトプール伯爵領は、報告された魔性出没予定地からは離れているぞ!」
「あれはあくまで目安に過ぎぬ。過信は禁物だ。それで? 状況は?」
「身の丈約五グランテ。花畑などを花畑などを荒らし、街を壊しながら国境方面に向かっているということです。既に幾名か逃げ遅れた町民も餌食に……」
「五グランテ?」
「人間も? 魔性が人間を喰らったというのか?」
「今回のものは今まで目撃されたどんな怪異、魔性よりも強大で、狂暴性も比較にならないとのことです」
「ちっ! 厄介な。各地に落ちた隕石の把握と怪異の確認にもまだ手がいるというのに。」
アーヴェントルク皇帝 ザビドトゥーリスは悔し気に舌打つと、気持ちを切り替えるように瞬きを一つ。そして矢継ぎ早に命令を下す。
「国境を超えてアルケディウスに入られるとやっかいだ。セイルロッドに命じよ。
なんとしても進行を食い止め、倒せ! と。
必要なら王宮騎士団からも兵を出して構わん!」
「かしこまりました!」
「民には避難指示を徹底! 告知があるまで自宅もしくは避難場所から出ずに祈れと、くれぐれも命じておけ! 皇子達がコスモプランダーを倒して戻ってきたらアーヴェントルクが滅んでいたなど、ということになっては傭兵国の面目が立たぬぞ!」
「はっ!」
アーヴェントルクは武を重んじる国柄。
各領地を指揮する大貴族達も、それなり以上の訓練を積んでいる。
だが、それでも
「なんだ? アレは?」
初めて見る魔性との『戦い』に彼らは言葉を失っていた。
二首熊そのものはアーヴェントルクで極稀に見られる魔性である。けれど、それは確かに今まで彼らが知る存在とは一線を画していた。
見上げる小山のような体躯。
獰猛で、それでいて精悍な熊の頭が前後に二つ並んでいる。
二つの首で前後の視界を分担することで、死角を減らしているのだろう。
酒樽を幾本も束ねたような太い足。筋骨隆々とした腕と肩。爪の一本一本が人の上半身くらいありそう。
けれど、彼らを何よりも驚かせたのは既に開かれていた戦端。
「ノアール! 奴の足元を凍らせて下さい!」
「解りました! エル・ソリュート!」
深い木々を抜けた先のぽっかりとした広場では、二人の男女が巨大な敵とまったく怯むことなく相対していたのだった。
「さ、下がられよ! そこな二方。我らはアーヴェントルク国境守備隊である!」
軍団を指揮するミルトプール伯爵家の嫡男セイルロッドは、その場にいる誰にも伝わるように声を響かせる。彼の声を黙殺せず、二人は一瞬、戦いを止め、後方。
彼らの元に跳んできた。
比喩ではない。
女は魔術師なのか転移術で、そして男の方は背に生えた翼を広げ、文字通り飛翔してきたのだ。
強者は、強者を理解する。
二人のただモノとは思えない実力に感じた驚嘆の思いを整えた顔の下に隠し、守備隊を預かる男は二人に軽く頭を下げる。
「魔性の足止めの御協力。アーヴェントルク国王の名において感謝申し上げる。
ですが、ここはあまりにも危険。どうか、後方に下がり避難を。
魔性の処理は、我々が引き継ぎますので」
「アーヴェントルク国境守備隊、ですか?
ならば好都合。私達に協力して下さい」
「は?」
貴族とは思えぬ腰の低さで、二人の戦士に頭を下げた守備隊長ではあったが、逆に乞われた協力要請に眼を丸くして言葉も無い。
「私はエリクス。『魔王』と呼ばれる魔性達の長です」
「ま・魔王?」
言われてみれば。
守備隊長は眼前に立つ黒衣の青年に視線を送る。
金髪、緑の瞳。こめかみに生えた山羊のような角。
翼を広げた蝙蝠にも似た強大な翼。
確かに、人々が想像する『魔王』そのものの姿をしている。
「エリクス殿、といえば偽勇者の……。と、失礼」
「いえ、気にする必要はありません。というのはこちらではありませんね。
魔王として私と魔性達は皆様を苦しめてきた。
理由と事情があるとはいえ、言い訳をするつもりはありません。
非難して頂いて結構。必要とあれば裁きも受けましょう。ただ……その前に魔性の王として責任を取らせて下さい」
「責任……ですか?」
「はい」
頷いた魔王は静かな眼差しで、二首熊を見やる。
「配下の魔性がコスモプランダーからの毒で狂化してしまったのです。
我々の目的はあくまで『精霊力』の回収。過度の土地の疲弊や人民の被害は望むところではありません。出来る限りは粛清して参りましたが、アーヴェントルクの土地柄か、予想外に巨大化してしまい……あのような姿に。このままではより強い精霊力を求めてアレはアルケディウスを目指すことでしょう。
これ以上、被害が広がる前に倒したい。力を貸しては頂けませんか?」
「解りました。魔王エリクス殿。アーヴェントルクを守る為にご協力を賜りたい」
「隊長!」
即断で、頷いた守備隊長に周囲の兵士達は声を荒げる。
「魔王の言う事を信じるのですか?」
「責任は私が取る。今は、少しでも被害を拡大させずアレを倒すのが先決だ」
けれどまだ若いミルトプール家の次期後継者の瞳に迷いの色は見えない。
「今は非常事態。敵だ、味方だ、魔王だと争っている場合ではない。
この時も我が義弟にして第一皇子は皇女たちと共に宙で人知を超えた敵と戦っている。
星に毒と怪異をばら撒き、配下とせんとするコスモプランダーよりは魔王の方が、まだマシ。信用できる。
少なくとも、同じ星に生きる者であるのだから」
「まったく。皇子と同じような事をおっしゃいますね」
「魔王も精霊も同じこの星に生きる仲間だと。まあ、解らなくもないですが」
部下の嫌味を含んだ言葉にもめげず、はっきりと断言した彼に、魔王エリクスの瞳が大きく開かれた。
頬が微かに緩んだことにも、寄り添う魔女王ノアールは気付いている。
若き柔軟な思考に小さく笑むと、魔王エリクスは頷き彼らを庇うように前に進み出た。
「信頼して頂けて、光栄です。その期待に応えると約束いたしましょう」
けれど守備隊長もまた、前に進むと『魔王』の隣に立ち長身の彼を見上げ提案してくる。
「私と部下が前で敵の首の一つを引きつけますので、魔女殿は背後の首をお願いできますか?
そして空から魔王殿が奴の隙を狙い、首を落として頂ければ、と」
「おや、私を信用して頂けるのですね?」
魔王の配下の暴走。ここは任せた。
いや、責任を取れと押し付けてもまったく問題はない。
それが当然であろうに、彼は共に戦う事に対して欠片も躊躇を見せない。
「魔王殿が一番お強く、有利に動けましょうから」
「流石は傭兵国アーヴェントルクの将。合理的かつ的確な判断です。
ノアールもいいですね?」
「解りました」
「他の皆は、魔王殿が戦いやすいように、周囲の者は弓矢や魔術で援護を!
距離を開き、無理はするな!」
自分の実力に相当の自信があるのだろう。大剣を引き抜き構える青年に、憧れた人物への既視感を感じながらエリクスは
「魔王殿、は言い辛いでしょう? 私の事はエリクスと呼んで下さい」
「よろしいのですか?」
「ええ」
「では、私の事もセイルと」
「解りました。なんだか少し楽しいですね」
「隊長! 来ます!」
「行きますよ! セイル」「望むところ!」
アーヴェントルクにおける魔王と国境守備軍の共闘については、今はここで語ることではないから、問題なく、問題なく、被害も最小限に抑えたまま討伐は完了した。
「やったな! エリクス」
「ええ。感謝します。セイル」
そして、その後、二首熊のみならずアーヴェントルク、アルケディウス国境沿いに出現したその魔性全てを魔王エリクスは討伐していった。
美しき魔女王と、後に親友と呼ぶ国境守備隊の若き隊長と共に。




