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【新装版】子ども達の逆襲 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。  作者: 夢見真由利
第五章 保育士魔王兼精霊女神 始めました。
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アースガイア 地上での戦い 5 大地の王の杖の決意

 時は少し遡る。

『神の翼』が空に舞い、コスモプランダーとの決戦に向かう二日前。


『彼』は長い、長い年月を過ごしたエクトール荘領を後にした。

 一人、いや。二人で。


『いいのか? オルジュ。

 お前は残ってもいいのだぞ? 無記名の荷物として送って貰っても私は構わない』


 周囲には彼以外の人影はない。

 朝の早い酒蔵であっても、流石に一の水の刻。

 皆、まだまどろみの中だろう。

 蔵人達を起こさないように、静かに足音を忍ばせ、館の外へ。

 周囲に人影がないのを確認して、杖はそう問いかけた。

 主である魔術師に向けて。


「そんなことはしない。君は物じゃないんだから」


 気遣うような杖の言葉にオルジュ、と呼びかけられた魔術師は小さく、けれどはっきりと首を横に振る。


「君を国に返し長年の借用を詫びて、もし許されるならお詫びにコスモプランダー対策を手伝って。

 罪を償ったら蔵にはちゃんと戻るよ。

 でも、これが君と一緒にいられる最後の時間なんだから、せめて見届けたい。

 君があるべき場所に帰るのを」

『そうか。我が儘を言ってすまないな。オルジュ』

「違う。

 我が儘を言って君を、ずっと独占してきたのは僕だ。アーグストラム。

 地の王の杖。

 王族魔術師の元で、人々を守り導く精霊。

 本当だったら、君はもっと早く国に帰りたかったんだろう?」

『帰りたかった、というのとは少し違う。

 このままずっとここにいても、私はまったく構わなかった』


 魔術師の手に握られた杖は、人の形を造っていない。

 けれど、芽生え始めた麦穂よりも鮮やかな緑の精霊石は柔らかく輝く。

 まるで愛する故郷に思いをはせる少年の瞳のように。


「本当に?」

『ああ。この蔵での生活はあまりにも楽しすぎた。

 我が神が、何も言わないのをいいことに、できるだけ長く、ここにいたいと思い、帰ると言い出すのを躊躇うくらいには……』

「ならいいのだけれど……。君がいなくなると寂しくなるし、蔵の皆も悲しむだろうな」

『私などいてもいなくても大差ない』

「そんなことないよ。君は僕よりもきっとずっと必要とされていた」

「そうだな。お前も大事な蔵人の一人であったぞ」

『「え?」』

「退職するというのなら、雇い主に挨拶くらいはしていくのが従業員の礼儀というものでは無いか?

 なあ? アーグストラムよ」

『「!!」』


 息をひそめ、こっそりと屋敷の外に出て、もう見つからないと思って油断していた二人は、正確にはオルジュが、ではあるけれど前に立ち、自分達を見つめる人物に息を呑む。


「エクトール様……」


 まるで悪さを見つかった子どものように、シュンと首を下げ俯くオルジュ。

 その手の中で、精霊石の杖は虹のように煌めくと一人の人物を形作った。


「オルジュを責めないでやってくれ。

 この蔵を出ると決めたのは、私自身の意思なのだから」


 朝露に煌めく大地のような金茶の髪、若葉色の緑の瞳。  

 眩いまでに整った完璧な美を持つ男を前にこの領地、酒蔵の主エクトールは微かに笑って首を振る。


「責めはしないし、止めもしない。ただ、言っただろう?

 挨拶くらいはしていけ、と。これがきっと今生の別れとなるのだから、黙っていくのはあまりにも薄情だ。

 私はこれでも、お前の事を仲間、いや友だと思っていたのだからな」

「エクトール」


 微かな戸惑いを宿す地の王の杖と違い、エクトールが彼らを見つめる瞳には、言葉通り深い信頼が宿っている。故にこそ二人は戸惑い、言葉を失い、顔を見合わせた。



「いつ、決心したのだ?」


 畑近く。

 休憩用のベンチに腰掛けるエクトールは、まだどこかバツの悪そうな顔の二人に柔らかく語り掛ける。本人が言った通り、そこに責める言葉遣いは無い。


「不老不死世が終わり、我が神が封印より解き放たれた頃からだ。

 オルジュとも再び会話ができるようになった。

 だから、頼んだのだ。国に戻る為に力を貸してくれ、と」

「せめて収穫期とピルスナーの仕込みが終わってからにして貰えないか? と引き留めて。あと少し、あと少しと引き延ばして。新年になったらと約束して。

 エクトール様にも相談するつもりだったんです!

 でも、直前にコスモプランダーの侵略があって……そのまま機会を失ってしまって」

「で、避難勧告のどさくさに紛れてこっそり出て行くつもりだった、という訳か」

「僕がアーグストラムを失ったら、温度調節などに苦労することになるから、止められると思ったんです。でもアーグストラムが故郷に帰りたいというのなら、それを断りたくはなくって」

「私が国に戻る代わりに、我が神、もしくは『精霊の貴人(マリカ様)』に代わりにオルジュについてくれる杖を借り受けられないか、と頼むつもりではあった。ただ、確定ではないから、期待させることは言うな、と私が命じたのだ」

「とにかく、皆に、エクトール様に内緒で、アーグストラムを帰すには他に方法が思いつかなくて」

「私はかつて『精霊の貴人(マリカ様)』と約束したのだ。もしもの時には必ず駆け付けると。星の怨敵に挑む彼女達の力にはなれないかもしれないが、せめて精霊として彼女らが留守の間、この大地は守らねばならない。行かせてくれ。エクトール」


 互いを庇いあう主従を怜悧な眼差しで見つめていたエクトールは、わざとらしく大きなため息を吐き出して見せる。


「全く。さっきから幾度も言っているだろう?

 お前達を引き止めはしない。と。

 むしろ、私達が皆、お前達の事を心配していたということ、気付いていなかったのか?」

「私達、ですか?」


 私、ではなく、私達。

 その言葉の意味をオルジュはエクトールだけではなく、他の蔵人もと理解する。

 アーグストラムはエクトールにだけは自分の正体を明かしていたというが、他の皆にも気付かれていたのだろうか?


「正体を知っている、という訳ではないが、只ならぬ力を持つ杖。

 いつまでもエクトール領で占有はできぬということは皆、理解している。

 マリカ皇女にも、それとなく言われていたしな」

「そう、なのですか?」

「確かに今までずっと蔵の温度管理。特にピルスナーの作成に関してはお前達の力を借りていたが、頼りきりにはしていなかったつもりだぞ。各地、各国の留学生たちの知恵なども借りて、温度計や魔術に頼らぬ温度調整などについて研究していた。次年度からは魔術師のいない蔵でのピルスナーの試験醸造が始まる予定だ」

「もうそこまで話が進んでいたのか?」

「カマラの夫はエルディランドの元貴族で、醸造に詳しい。向こうで米の酒も造っていたそうだ。今回の件が片付いたら互いの情報交換を行い、その流れでエルディランド王家に繋いで貰い、杖の返還の話をするつもりだった。

 お前は故国で待たれ、必要とされているのだろう?」


 エクトールが確認する様に問いかけた言葉を、アーグストラムは否定できればどんなにいいだろうと思う。

 でも、できない。精霊は嘘でその場をごまかすことはできない。

 ただ、誠実に向き合うのみだ。


「……ああ。私は大地の王の杖(アーグストラム)。コスモプランダーによって荒廃した大地を、修復する為には大地の王に握られる必要がある」


 かつてエルディランドは実り豊かな大地を持つが故に、権力争いが後を絶たず、瑪瑙宮の赤は血の色で染められている、という言葉があるくらいに多くの命が失われた。

 それを憂いた精霊神によって彼は国から離されたが、もう戻って来ても良いだろう。とずっと精霊神から声はかけられていたのだ。

 ただ、アーグストラム自身が躊躇っていた。この蔵が、懸命に生きる人々が、何より己の魔術師が好きだったから……。


「何もなければ、このまま蔵に居続けることを精霊神も咎めはしなかっただろう。だが、今はそうはいかない。

 私は『精霊』。人々を守り、導くモノだ」

「その決心があるのなら、行くがいい」

「いいのか?」

「今まで、我々を助けてくれて感謝する。今後は、お前の力や優しさに頼るばかりではなく人の知恵と努力で、より良い酒を造っていくと誓おう」


 そして人もまた、精霊の誠実に揺るぎない意思を持って応える。

 いつまでも甘えるばかりではなく、自分達の道を考え、選び、歩き、先に進んで見せる。と。


「エクトール」

「いずれ、エルディランドに最高の酒を献上する。その時はお前も一緒に味わってくれ。精霊に酒を味わう舌は無いかもしれんが、お前はけっこういける口だった。呑むことはできるのだろう?」

「ああ。そうだな。この蔵の酒はことのほか美味かった。精霊神も王も、きっと喜ぶことだろう」


 精霊と人の間に友情は生まれるか。と彼らに問えば、間違いなく頷くことだろう。


「エクトール。私も改めて感謝と別れを告げよう。

 私と我が魔術師を守ってくれた荘領に祝福あれ。

 蔵と生きる者達に、いつまでも大いなる大地の恵みと祝福があるように」

「わっ!」


 人の形をした精霊は、両手を高く、高く掲げた。

 紡がれた祝福と共に、彼の姿は指先から、黄金の光となって消えていく。

 あたかも、地平から上る太陽の輝きに溶けるかのように。

 強い意志、揺るぎない思い、未来を見つめる人間の瞳こそ『精霊』は愛するもの。

 そして、

 高位精霊自らが使う『魔法』は『精霊神』の力に近く、人が使う魔術を時として超えることがある。

 大地の王の杖自らの祝福は、広大なエクトール荘領全てを黄金に包み込んだ。

 以降、領主エクトールが立つ間。

 世代が移り変わって後も長く。

 かの地から実りと祝福は途絶えることなく、世界の人々に大地の恵みと優しさ。喜びと誇りを金色の酒に変えて届け続けたのだった。


 なお、大地の王の杖は『神の翼』出発の前日、帰国したエルディランドの大王の手に届いた。


 自ら名乗り出て、杖の返却を行った魔術師とオルジュと彼を庇う王の杖。  

 そして『精霊神』のとりなしでエルディランド大王は今まで『王の杖』を領有してきた罪を問わないと約束し、彼を許した。

 王の名代として国を守る王の妻、シュンシーは帰ってきた王の杖を『精霊神』の名によって託され、夫の留守の間、国を魔性や怪異から守り抜いたという。


 全てが終わった後、領地に戻ったオルジュの手には、大王妃シュンシーから託された別の大地の杖が握られていたという事実は、まだもう少し先の話となる。

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