アースガイア 地上での戦い 4 片桐海斗の悔恨 後編
暖かい、妻の体温を腕の中に感じながら思う。
人の心、意思、というのはどこに宿るのだろうか?
自分の言葉から逃げるように、縋るようにカマラを抱きしめたクラージュはそんなことを言葉にすることなく考えた。
生命の宿る脳や、身体。肉体に。という説が有力だと思う。
けれどそれだと、異世界転生などの説明がつかない。
あくまで、アースガイアに纏わる事だけ、と前置きが必要だけれど。
精霊神や、精霊石。アルフィリーガの転生、そして自分の実例を鑑みるに肉体は、精神、魂の器なのだろう。
人間は肉体を失うことで、精神、魂と器が切り離される。
所謂死と呼ばれるもので、器が宿れない程の、損傷、若しくは劣化。
その衝撃に普通の人間は堪えることができず、精神、魂が初期化され記憶を失う。そして新しい命の器に宿り、生まれ変わるのだろう。
同じ魂を受け継ぐことができれば、理論上、全く違う身体であっても、極端な話、肉体ではなく、物質に宿ったとしても。その『人物』だと言えるのかもしれない。
まだ、人間は精神や魂を完全に解析できてはいないが二十一世紀の時点で、人工知能やAIのシステムは生まれていた。地球後期にはナノマシンウイルスの補助を得て、人格データによるある程度の記憶保存、バックアップも可能になっていた。
勿論、外から見れば継続しているようにも見えるが、実際の所はそう見えているだけで命は連続していない。二十数回の転生を繰り返してきたアルフィリーガも、初代の勇者と今のリオンは記憶を共有していても、別人であるとクラージュは思う。勇者時代のアルフィリーガは本当に何も知らない無邪気な子どもであった。
これは、魔王の記憶を継続させることで『神』の元に息子を再び奪われることを恐れた『星』の意図であったのだろうと今思えば理解できる。
城全体が、彼に愛を与えて育てるように命じられており、愛を受けて育った彼が星や人間を大事にするように地球の教育理論の元、精神的にも、肉体的にも、知的面でも完璧な英才教育を与えられていたのだ。
結果、アルフィリーガは反抗期もない素直で賢く、優しい少年に育った。そのせいで、長い転生の間、自分を常に責め、苦しむ事にはなってしまったけれど、彼が長い間考え、育てて来た魂を受け継いだ先に今のリオン・アルフィリーガが在るのは明白だった。
肉体と、魂。それに宿る力はその人間だけのもの。
技術や思いと本人の意思によって、次代に受け継がれることはあっていいにしても、無思慮にコピーや複製していいものではない。けして。
けれど、コスモプランダーはそれを取り込み自分達のものとする。
初めてあの粗悪コピーを見た時、ゾッとした。
隕石から出てきたあの怪異が、鏡に映る今の自分とはまったく異なる、『片桐海斗』の顔をしているとは。一瞬、今の自分を模倣しているのかと思いさえした。でも、考えてみれば、今のクラージュと、片桐海斗の顔は全く異なる。
アースガイアでは『マリカ先生』とクラージュしか知る筈のない姿を突き付けられた時、クラージュはその結論に辿り着くしかなかったのだ。
「複製、ということはクラージュ様、いえチキュウの『片桐海斗』様の技術を持ったものが無尽蔵に作られるということなのですか?」
「おそらくは。さっきのように十、二十ならともかく数が多いとやっかいでしょうか? ただ、剣術というのは剣を的確に動かす肉体の鍛錬が重要です。変化する状況に対応するための思考力も。
ナノマシンウイルスの複製では、そこまでの完全再現は難しいでしょうから、あくまで劣化コピーに過ぎないから、そう言う存在だと解ってしまえば恐ろしい相手ではありませんよ」
けれど、何よりも腹立たしいのはそこだ。
コスモプランダーにとって『片桐海斗』が三歳から約四半世紀の時を愛し鍛錬を続け、育てて来た心と身体は、ただの便利で敵に回すとやっかいな技を使う道具でしかなく。肉体ごと取り込んでコピーしていくらでも増やして自分達の邪魔をする存在を片付けるのに使い捨てられる程度のものとみられ、扱われている。
「我々を。地球人を、どこまで馬鹿にすれば、気が済むんでしょうね……」
「クラージュ様」
正しく盗人。略奪者の所業。
考えるだに手が怒りに震える。
少なくともクラージュは、地球人『片桐海斗』の記憶を受け継いだ時、彼が生きて、剣術に向き合い磨いて来た技術と思いを、大切にしようと思ったしその為に努力もしてきた。
だがコスモプランダーにはそんな感情はきっとない。
便利だからと収集し、使えそうだからと何も考えずにコピーして野に放つ。
正しく合理性を最優先する、というか他のことを考えない機械の思考だ。
人の心は無いのか?
無いのだろう。間違いなく。
凍り付くような怒りを、全力の意思で押しとどめてクラージュは、信頼できる妻に視線を送る。
「カマラ。これから各国に連絡し、隕石から出現した怪異について報告する予定です。
ただ、こちらは私一人で十分ですので、その前に魔王城に戻ってステラ様に連絡を。
もしかしたら本当に最悪の事態になっているかもしれません」
「最悪の事態、というと?」
カマラは全てを理解しているわけではないだろう。けれど、理解し役に立とうとしてくれる。クラージュはそれに感謝しながら続けて説明する。
「護衛の片桐海斗が取り込まれたということは、地上に残された唯一にして、最後のバイオコンピューター・ティエイラもまたコスモプランダーに取り込まれている可能性がある、ということです。彼女は防御壁を作る能力を持つ能力者。彼女の能力が解析され、複製されているとしたら、星の海での戦いは、やっかいなことになりますから」
「! 解りました! 今すぐに伝えてきます!」
「頼みます。他にも地球の技術、人材などが複製されている可能性もあるので、お気を付け下さい。各国と連携して対処に当たる予定です、とも」
「はい!」
駆け出し、転移陣に飛び込もうとしたカマラは、ふと、何かを思い出したように足を止め、踵を返した。
「カマラ?」
「心配しないで下さい。クラージュ様。アレはクラージュ様に全然似てませんから」
ぎゅっと、クラージュの背に腕を回し抱きしめるカマラの体温が、伝わってくる。さっきまで、カマラに縋りついていた時とは違う。
「この世界に、クラージュ様は只一人です。いくら技術や身体を複製しようと真似なんかできません。絶対に!」
凍り付いた心と怒りを解かすような暖かさが、彼の中に溢れていく。
「……ありがとう。頼りにしていますよ。
私の唯一無二。愛する妻。カマラ」
「戻ったら、私も手伝いますから、全力で片付けましょう。
私も、クラージュ様の偽物なんて、絶対に許しません。全て叩き潰します!」
そう言い残すとカマラはクラージュの頬に、軽い口づけのみを残し、走り去っていった。
残されたクラージュはふと、目を閉じる。
頬に残る感触に遠い、片桐海斗の記憶の残滓を思い出しながら。
「真理香先生とは、本当に触れ合う事さえできなかったな……」
と。
片桐海斗は北村真理香に、淡い恋心を抱いていたらしい。
コスモプランダー襲撃の当日、仕事が終わったらデートに誘おうと思っていたという記憶は彼にはデータとしてさえ伝わってはいないけれど『片桐海斗』であればきっとそうしていたと解る。
あの日、真理香先生と子ども達から離れなければ。
彼女達と一緒にいれば、自分も能力者として戦えたのではないかという悔恨を、同期した今、クラージュの中にある『片桐海斗』は抱いている。
ただ、そうした場合、彼は第二世代として星の海に旅立つことになり、北村真理香と最期まで共に有ることは許されなかっただろう。
地球に残り、北村真理香と死の瞬間を共にしたことには悔恨は無い筈だ。
本当に北村真理香を守り切れなかったとしたら。己の亡骸を利用され、アースガイア攻略に利用されたのだとしたら、死んでも死にきれないだろうけれど。
クラージュは一度だけ、深く息を吐き瞬きする。
「安心して下さい。『片桐海斗』」
自分を切り替える為に。
『片桐海斗』ではなくユン・クラージュとして腰の剣に誓う。
「貴方の悔恨は全て雪いで見せますから。私、いいえ。私達が」




