アースガイア 地上での戦い 3 片桐海斗の悔恨 中編
エルディランドの騎士 ユン。
現在はアルケディウスに籍を移し、皇女マリカからクラージュの名を授かり、ユン・クラージュと名乗っている。彼が実は不老不死前の魔王時代、精霊国の騎士団長として当時の精霊国女王『精霊の貴人』に仕えていた名うての戦士で、死後『星』に見込まれ『精霊』として迎えられたことを、カマラは知っている。
勇者アルフィリーガの剣の師匠であり、アルケディウス皇子ライオットが唯一尊敬する剣士と仰ぐ人物。エルディランドで鍛えられた独特な長刀を自在に操り風のように素早く、敵を翻弄していく姿は諸国を巡り、各国の騎士、戦士を見た中でも超える者はそういないだろう。
神の国の記憶を持ち、この星で現在一般的な剣技とはまったく違う技術体系を持つ剣術を身に着けている。彼はそれを『剣道』と呼んでいたが、礼儀作法や心を重視し、それでいて対人戦において実践的な技の数々は自分の護衛術をかなり底上げしてくれたと思う。
いつも、冷静で広い視野を持ち、マリカ皇女達を的確に支える大人。
そう思っていたのに。
怒りを叩きつけ、似合わぬ呪いの言葉を吐き出すのは、確かにクラージュなのにまるで違って見える。
実際のユンの実年齢は十八歳だから、今までが大人びて見えたのかもしれないけれど。
「一体、どうなさったのですか? クラージュ様? さっきの敵に何か?」
「……カマラ。さっきの敵と戦った時、、何か気付いた事はありませんか?」
「気付いた、事? ですか?」
荒く乱れた息を整え、懸命に平静を保とうとし、今の『彼』はクラージュに戻っているようだ。さっきの豹変は何であったのだろう?
思いながらもカマラは出来る限り役に立とうと、さっきの戦闘を振り返る。
「えっと、明確に人の、私達の形に似ていたってことに、驚きました。
あれは、コスモプランダーが用意した魔性のようなもの、でしょうか?」
「おそらくそうだと思います。
地球ではコスモプランダーは、ナノマシンウイルスを散布して人間を魔性に作り替え、それを手駒にしていました。
おそらくアースガイアでは人類を手駒にすることはできないと察して、使い捨ての兵士を送り込んできたのでしょう。ナノマシンウイルスの凝固形態。
原理はアースガイアで『神』が使っていた魔性とほぼ同じでしょう」
「使い捨ての兵士、ですか。だから、人間を倒しやすいように剣のような武器を使っていたのですね」
流動体から人型へ変化した時、彼ら――女性形態ではなかったので、とりあえずそう呼ぶが――は、全員が腕を刃のような形にしていた。剣というのは戦闘における究極の武器の一つと言っていい。使い手の技量に大きく左右されるが、技術が進歩しても決して無くなることはないだろう。
「おそらくは。ですが私が問題視しているのはそこではありません。
アレらは、俺。片桐海斗のコピーなのです」
「え? 片桐海斗? コピー?」
「コピーという言葉が解らないようなら複製と言い換えても良いでしょう。勿論、オリジナルとは比べ物にならない程に劣化していますが」
クラージュの吐き捨てるような言葉に、カマラは思い返す。
彼との結婚に先立ち、クラージュは改めて自分が『星』に造られた人型精霊の一人であることと『神』の国の記憶を持つことをカマラに告白してくれていた。
『神の国』ではクラージュは『保育士、片桐海斗』として生き、マリカ皇女と一緒に子どもを育成する仕事をしていたのだという。
基本的に平和で豊かな『神の国』で、彼が住んでいた国では目立った戦争もなく、趣味として『剣道』という戦いの技を学んでいたことまでは教えて貰った。
その記憶のおかげで、エルディランドで印刷技術、酒、醤油などを作り一角の人物として財を成すことができたのだと。
「正確に言うのなら、私の中に在る『片桐海斗』の記憶も複製ではあります。
私とマリカ先生、いえ、マリカ様は最後まで地球と人類、子ども達の出発を守って戦った『北村真理香』と『片桐海斗』の記憶データをインストール、記憶の中に刷り込まれただけのアースガイアの人型精霊ですから」
最初は『星』に救い上げられて精霊として契約した後。地球に『片桐海斗』として転生したのだと思っていた。アースガイアに食文化や、教育理論、印刷、製紙技術などを学び、こちらに伝える為に。
実際、向こうの世界で学んだ知識はとても役立った。
クラージュの視野や戦闘技術を大きくレベルアップさせてくれたし、知識チートで、有利な立場を作る事も出来た。
特に剣道は、アースガイアに戻ってからも知識通りに鍛錬を積み重ね、中世異世界において他の人物には真似できない剣技を身に着けることができたと自負していたくらいだ。
無論『神の国』は決して天国では無い。辛い事も少なくはなかったが、あの世界での経験は間違いなく貴重であり、『片桐海斗』という人物の記憶を、彼は愛着を持って大切にしていた。『星』に頼んで、彼の完全なデータと同期してもらうくらいには。
「『片桐海斗』は真理香先生の、能力者の血に触れたことで原種のワクチンを得た稀有なる存在です。能力者達のように異能を発揮することはありませんでしたが、彼のワクチンを元にして全世界の人間が、ひとまず生存できる対コスモプランダーワクチンが作られましたし、自身の血液を剣に塗布することでかなり長い間、魔性を退治することができる、唯一にして最強の剣士と言われていたようです
二十五歳にして剣道五段という天才は、実戦を経て剣鬼として覚醒した。
世界各地を護衛として巡り、最終的に地上に一人残された能力者、北村真理香。バイオコンピューター・ティエイラと地球の護衛として、最期の瞬間まで共にあった筈だ。
ティエイラは稼働できるギリギリまで、地球でのコスモプランダー戦闘のデータを疑似クラウドに送信している。最後に送られたデータは、北村真理香と片桐海斗の人格データだったという。
「私は、オリジナルの『片桐海斗』の思いを知りません。
決断や、葛藤も。
今、ここに存在する『俺』はその送られた人格データを元に、ある程度、平和な世界で生きた彼をエミュレーションしたものですから。
ですが、あの怪異たちの存在は、私達に、二人が迎えた可能性のある最悪の結末を突き付けました」
「最悪の……結末、ですか?」
「はい」
細く、喉から絞り出すような声で彼は告げる。
「おそらく、片桐海斗は、真理香先生。
バイオコンピューター・ティエイラを守り切ることができず、喰われた。
『神の国』の保育士にして剣士。片桐海斗を取り込み、複製した存在が、おそらく、さっきの敵の正体であると思われます」
自らの死刑執行を。




