アースガイア 精霊女神の呼びかけ 前編
三人称 旅立ちの前の各国の様子。前編。
雲一つない快晴の日であった。
一切の暗雲もなく、美しく晴れ上がった初春のアースガイア。
週の始まりたる木の日。
休みの気だるさは残るものの、人々の活気が溢れる新しい日。
全ての民は、外に出て、空を仰いでいた。
昨日までは、こうではなかった。
人の子一人、猫の子一匹さえ街を歩くことなく、ただ幾人かの騎士たちが物々しく歩くのみだった。
王都に家を持つものは中に閉じこもり、そうでない者たちは神殿や王城に身を寄せあい、脅威に怯える日々を過ごしている。
冬の終わり、突如空より下った数多の星と、増加した数々の魔性はアースガイアの大地と、そこに住まう人々に大きな被害を与えた。
宇宙からの侵略者。
上位者達が『コスモプランダー』と呼ぶ存在の顕現は魔王討伐、不老不死以降『神』と『星』と『精霊神』によって守護され、大きな災厄に触れることなく過ごした民達にとって、当たり前の日常は、当たり前では無い事を。
平和とは、いつ壊れるか解らない事を知らしめ、今までどこか他人事であった『死』と再び正面から向き合わさせられた。
七国、および大聖都。
大陸に住む全国民に避難が呼びかけられ魔性に村を襲われた者たち。
空から堕ちた隕石によって住む場を失った者たちはもちろん、ほぼ全ての者が各領地の領主館や神殿に保護された。
領主のいない小村の者達、行き場のない者達は王都に集められ、テントや王宮、神殿などに一時の住まいを得ることになる。
彼らの多くは、最初こそ怯えていたものの、徐々に落ち着きを取り戻し始めると、家への帰還を求め始める。
あの日、世界中の全ての人間が見た『精霊女神』の奇跡から十日。大陸は安寧の中にある。国々の王や騎士達は忙しく動いているけれど。
もう災害は終わったのではないか、と。
神々と『精霊女神』のお力の前に、襲撃者は退けられて平和が戻ったのではないかと思い始めたのだ。
大聖都の大神官にしてアルケディウスの『聖なる乙女』マリカ。
彼女の存在は人々の間では、既に神格化さえされていた。
誘拐され、厩で育った少女。
自らの才で商会の一員となり、世界に食と保育という希望を取り戻させ、父親である勇者ライオットと、親子の名乗りを上げ皇女に復帰した英雄の娘。
『神々』を魔王の封印から解き放ち、寵愛を受ける依り代にして、大神官。そして舞姫。
自らの命さえも、人々の為に捧げる慈愛の姫君。
食の指導に直接七国を巡り、辺境地域にも足を運んだ。
不老不死は解除されたが、代わりに世界は美食と新しい文化に溢れ、人々に生きる悦びを取り戻させた。
勿論、全ての者に愛され、受け入れられていた訳ではない。
上位貴族などは彼女の存在で、不老不死を失った。利権を奪われたと嫌う存在も少なくない。
けれど。
それでも『聖なる乙女』『大神官』マリカは愛されていた。
彼女と、彼女を守る勇者の化身。
アルフィリーガの転生たる勇者がいる、今大陸に恐れるものはない。
任せておけばいい。選ばれた彼らは、どんな脅威も振り払ってくれる。
そんな、良く言えば信頼する。
悪く言えば聖女に依存する人々に王や貴族、神殿長達。
上位者達は繰り返し、繰り返し伝えてはいた。
「脅威は未だ、空に在る。
彼らと抗う為に『聖なる乙女』と『勇者』
そして七国の王子達。『七精霊の子』が宙に赴き戦わんとしているのだ」
「真実の脅威はこれから始まる。気を抜かず『神』に祈れ。と」
と。
しかし、人というのは目に見えないモノをなかなか信じられない生き物だ。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という言葉通り。
脅威を、恐怖を彼らが忘れかけたその日。
災害の日々はもう終わったのではないかと日常への帰還を願い始めたある日。
全ての国民が命じられた。
外に出て空を仰げ。そして耳を澄ませ、目を凝らすように。
今後について『神々』『聖なる乙女』からの言葉がある。と。
訳が分からぬまま、人々は、指示に従い朝から空を仰いだ。
彼らは見ることになる。
指示を知っていた者も、知らなかった者も。
聞き入れた者も、忘れていた者も。
乙女を信じていた者も、そうでない者も。
全員が等しくそれを見た。
「あれは、なんだ?」
人々の頭上を優雅に舞う巨大な空飛ぶ白銀の鉱物の塊を。
アースガイアには転移術はあっても、空を飛ぶ技術は存在しない。
だから、それが何か。
即座に理解できた存在は多くは無かった。
あれこそが神々が齎した奇跡。
『聖なる乙女』と『勇者』
そして『七精霊の子』が戦いに赴く星を行く船。
これより『星の侵略者』との戦いが始まるのだ、と首都の王城に避難した幾人かが、王直々の言葉で聞いたのみだ。
船は北から現れ、七国の空を飛び始める。
北のアルケディウスから。
水国、地国、火国、風国、光国、夜国の順に、不思議な金の雪を散らしながら幾度も幾度も各国の空を巡っていく。
そして七国のどの国の空にも船が見えなくなった時。
大陸の中央。大聖都の上空に座した時。
彼らは聞くことになった。
『力を貸して下さい。
愛するアースガイアの皆さん』
「マリカ姉さま?」
「皇女様」
室内にいる者も、外にいる者も等しく。
その脳裏に伝わる声を聴いた。
不老不死の解除の時に、脳に響いた『神』の宣告を思い出し、悔恨に沈む者も少なくなかったという。
彼らの頭上に、澄み切った雲雀が唄うような声は降り注ぐ。
あの時の神々の容赦のない宣告ではなく。
祈るように、願うように。
民達に語り掛ける
『この星を守り切る為には貴方方の力が必要なのです』
一人の少女、いや『精霊女神』の呼びかけを。




