魔王城 旅立ちの朝
その日の朝、私はリオンの腕の中で目覚めた。
くるりと周囲を見回せば鋼に囲まれた見知らぬ部屋。
申し訳程度の寝台はあるけれど、余分なものは何もないホテルの一室のようだ。
ここはきっと、移民船の奥に用意されたリオンの部屋なのだろう。
そして、私のすぐそばにリオンがいる。
大きな胸と腕で包み込むように私を抱きしめ、子どものように無防備な寝顔を見せている。
身体を作り替えられて。
魔王体なんて呼ばれているけれど、リオンの本質はこの寝顔と一緒で、何も変わらない。
大事で、大好きな私の唯一無二の番。伴侶。
ぎゅう、と腕の中に抱きしめる。
その感触に気付いたのだろうか?
リオンが、ぴくぴくと瞼を動かし、開いた。
「ああ、目を覚ましたんだな。おはよう。マリカ」
「おはよう。リオン。また、気絶しちゃったみたい。みんなに迷惑や心配をかけちゃったね?
ごめん」
「いや、気にするな。お前が頑張ったからフェイの息子とソレルティアは助かったんだ。よくやったな」
私を抱きすくめたまま、リオンは子どもを労うように私の頭を撫でてくれる。
それがくすぐったく、嬉しい。
「体調はどうだ?
気力も精霊の力も、体力まで含めてソレルティアと赤子に全部送っていたのだろう?」
「それは、大丈夫。
リオンが助けてくれたし、なんだかいっぱいサポートが入ったから、最終的には始めた時より増えたかもしれない」
リオン、フェイ、アル、お父様、双子ちゃん、タートザッヘ様。
あと、多分皇王陛下とザーフトラク様も、かな?
たくさんの人が赤ちゃんの無事を願って力を送ってくれた。
一人ではいろいろと危うかったかもだけれど、そのおかげで赤ちゃんは守られたのだ。
「もしかして、私とリオンの赤ちゃんの時もああなるのかな?」
「その可能性は高いな。母上達に相談した方がいい」
今回レベルで力を持っていかれるとしたら、協力してくれる人を募っておいた方がいいかも。献血みたいな形でたくさんの人から力を分けて貰えれば、一人当たりの量はきっと少なくて済む。
「いよいよ、今日、出発。だよね」
「ああ。今日で今日で決着がつく。良くも、悪くもな」
いつまでもリオンの腕の中にいられたら、どんなに幸せだろう。
と思う。
満たされた充足感。他に何もいらないと思えるくらいの喜びが身体を重ねなくても、ううん、身体を重ねていないからこそ感じられる。全身に伝わるリオンの暖かさが気持ちいい。
ずっとこのままでいたいけれど、私達にはやらなくてはならないことがある。
面倒な事も、辛い事も、嫌だ、やりたくない、では済まないのが大人の世界、だ。
「なあ、マリカ」
リオンがそっと迷うように目を伏せた。
人と精霊を視るオッドアイ。
その両眼で揺るぎなく私を見据える。
「なあに?」
「帰ってきたら、お前を抱いていいか?」
「え?」
「俺は、今もあさましく、お前を求めている。この、魔王の固い身体であっても……」
「わっ」
今まで閉ざされていた扉が開くようにリオンの熱を、足の付け根に感じる。
熱くて、固くて、大きい。
「今、でもいいんだよ?」
もしかしたら、私が拒絶するかと思ったのかな?
どこか、不安げな顔で問うリオンに私は、そう答えた。
別に、リオンができて、したいと願うなら、私に拒否する気はない。
魔王体であることは勿論、なんの障害でもないし。
「いや、いい。
今、お前に触れて欲望のままに抱きつぶしてしまったら、せっかく回復したのに今日一日、使いものにならなくなってしまうだろうし」
「あ、そうか……、ちょっと残念」
リオンの言葉と共に収納されたのであろう彼の熱が遠ざかるのを感じて、私の身体は少し不満を零している。
ホントに残念だ。コスモプランダーが恨めしくなる。
「だから、帰ってきたら。
もう一度お前を抱きたい」
「もう一度。じゃなくって、いっぱい、たくさん私を抱いて」
ちゅっ、と。
リオンの首に腕を回し、口づけた。
「コスモプランダーを倒したら、今度こそ、私達のアースガイアに脅威や困難は無くなる。
リオンも、一人の人間として、幸せになってもいいと思う」
「俺が幸せに?」
「うん。『精霊』には人々を守り、幸せにする使命があるかもしれないけれど、だからといって『精霊』が幸せになっちゃいけない。なんて決まりはどこにもないもんね」
だから、リオンには自由になって貰いたい。
好きな所に行って、好きな事をして、そして幸せをたくさん感じて欲しい。
その傍に、私がいられればもっと嬉しいけれど。
「それはお前もだぞ。マリカ」
「私はなんだかんだで、好きにしているから大丈夫。
美味しいモノたくさん作って食べて、便利な道具いっぱい作って、みんなが笑うことが私の幸せ。だからリオンやみんなと一緒に幸せになるの」
以前、リオンも言ったけれど、この星が滅んで、自分一人でたとえ生き残ったとしても幸せにはなれない。自分が幸せになる為には、周りのみんなが幸せでないといけないのだ。
「だから、リオン。必ず帰って来て。
私が貴方を必ず守るけれど、リオンも命を捨てない、と約束して。
私を、お腹の中の子も、絶対に置いて行かないで」
こういうセリフは旅立ちの前に縁起が良くない。
俗にいう別れのフラグだと感じている。
でも、それでもやはり、言わずにはいられない。
相手への願いであり、祈りでもあるのだから。
だから、立てた上で渾身の力でへし折る。
バッドルートになんか、進まない。絶対に。
「解った。必ず。生きて戻る。最期の瞬間まで諦めない努力をする。
だから。お前も約束してくれ。自己犠牲は考えず、最後まで我が身と子を優先し、守ると」
「うん。約束するから」
「必ず三人一緒に、そしてみんなで帰ってこよう」
私はその約束を、彼の口づけとともに心の中に刻み込んだ。
「マリカ様。カレドナイトの指輪はともかく、このブレスレットも付けて行かれるのですか?」
「うん。ダメかな?」
部屋に戻った私は、エルフィリーネに手伝って貰って湯あみと着替えをして身支度を整えた。
今日着ていくのは白いレオタードスーツに、サークレット。
普通のアクセサリーは付けないけれど、リオンからもらった婚約指輪。
それからお父様が下さったブレスレットは身に着けていく。家族の肖像が入った私の宝物。
「いえ、ダメではありません。シンクロにも影響はことと存じます」
「ありがとう」
ちなみに、リオンも同じブレスレットをつけていく筈だ。
出発前、請われて私が付け直してあげた。
リオンはこのブレスレットをずっと。改造処置の時以外は、本当にずっと身に着けていたんだって。
「戦いの中で、壊れたりしない?」
「硬度強化をかけて守っておくから大丈夫。
『俺』に必要なんだ。俺が俺であることを忘れない為に」
そういえば、リオンに形のあるものを贈った事、無かったなあ、と思い返す。
私は婚約指輪貰ったのに。
「マリカからは、一番大事なものを貰ってるから気にするな」
私の表情を読み取ったのか、リオンは笑ってそう言った。
「一番大事なもの?」
「ああ、この星で一番美しく、尊いもの。
マリカ自身をな」
思い出すだけで。ぽっと頬が熱くなる。
リオンは天然の勇者体質で、ああいうことを自然とするから侮れない。
「どうかなさいましたか? マリカ様?」
髪の毛を梳かしてくれていたエルフィリーネが怪訝そうに首を傾げる。
「大丈夫。心配ないから気にしないで」
「そうでございますか」
慌ただしく百面相をする私に、小さく微笑んだエルフィリーネは櫛を置くと、一歩下がって姿勢を正し、深くお辞儀をしてくれた。
「では、マリカ様。いってらっしゃいませ。
ご無事のお帰りを、心からお待ちしております」
「うん。行ってきます。エルフィリーネ。
ステラ様のこと、お願い」
そうして、初めて出会った時から変わらぬ笑顔に見送られ、私は歩き出す。
最終決戦に向けて。




