魔王城 『神』と『星』の内緒話
「明日、出発する」
「そう。動き出してみれば早いものね」
彼は、彼女に向けて、静かにそう告げ、彼女は彼の言葉を受け止めるように頷いて見せた。
どちらも今は肉体を介さず言葉を交わす、ある種の電脳存在である二人。
その会話は、全て作られた映像の上でのものであったけれど。
「いい加減に、拘束を外して俺を自由にしてくれる気は無いか?」
「もう、疑似クラウドへの接続権以外はほぼ解いてあるでしょ? 本体にだって戻れるのに、いつまでもそこから出てこないのは、貴方が先生と離れがたいからだと思ってたわ」
「お前の許しをちゃんと得てからでないと……戻れない。先生が後ろで睨んでるからな」
どこか、膨れっ面のまま腕を組む夫のアバターに小さく微笑んで、彼女はコクンと首を縦に動かすと指を軽く振り動かした。
「……いいわ。ロック解除。転移……レルギディオス。
『コード星』、全接続権限を開放」
ネオングリーンの光が彼の身体を包み込み、吸い込まれるように消えていく。
それ以外に目に見えた変化は何もないが、ぐーぱーと、自分の身体の動きを確かめるような仕草を映像に投影させた彼は、どうやら満足したようだ。
「確かに、全権限の回復を確認した。
……移民団の優先命令権と、お前の領域への補助、接続権限も戻っているが……いいのか?」
「優先命令権は、もう移民団そのものが無くなっている以上、もう意味のないものだもの。
形だけではあるけれど、アーレリオス様からの御餞別。激励を込めた花束のようなものよ。
私の領域への接続権限も、必要な事だから。
お互いに万が一の時に備えたバックアップは必要でしょう?」
「ああ、もしもの時は子ども達を頼む」
「それは心配しないで。私に万が一のことがあっても『精霊神』様達が後を引き継いでくれるから」
「お前に、万が一のことなんかない。俺達が『星』を守るのだから」
「レルギディオス……」
「だから、お前は安心して俺達の帰る場所を守り、輝いてくれればそれでいいんだ。星子」
「うん、ありがとう。神矢」
人間で在った頃から変わらない、不器用で。でも確かな彼の優しさに彼女は目頭を押さえるフリをした。もちろん、アバターにも、背後の培養槽で揺蕩う肉体にも、泣くための機能などは備わっていない。
けれど、心は確かに、歓喜の涙を流していたのだから。
「勝算はある?」
「今の所、負ける気はしてない。あの頃、感じていたコスモプランダーへの言葉にできない圧迫感はもう完全に消え失せたからな」
勝てる、と完全に言い切らないのは不確定要素が多いからだろう。
宇宙で待つコスモプランダーの本体がどんな隠し玉を持っているかは解らない。
ただ、自分達が地球にいた時代でさえ、彼らに勝てなかった最大の要因は人間や生物を作り替えるウイルスの持つ毒と、抵抗さえ許されぬまま作り替えられた環境。
上位者には逆らえないという不気味な圧力だったと思っている。
彼らの最大の脅威が無効化されている今、以前のような一方的な敗北はない。と彼は頷いた。
「マリク、いや、リオンが我々の想定する力を発揮すれば、だがな。
リオンが使えない状態だとこちらの武器は『星の翼』とノアの緊急時用主砲のみになる。
特に主砲は火力が高い分、一回のみの必殺技だ。外した後は補充が無ければ帰還すら危うくなる」
「結局はあの子頼みになるのね。本当に……申し訳ないわ」
我が子を想う母は視線を曇らせる。
「あいつはできた息子だ。俺達から生まれたとは思えないくらいに。
全てが終わったら、今度こそ報いてやりたいものだが……」
父親の言葉もキレが悪いのは同じ理由だ。
全てが終わった後、あの子は幸せになれるだろうか? 強すぎる力を持つ者として迫害され生きる場を奪われはしないだろうか?
「大丈夫、子ども達も成長しているわ。皆、ただ『精霊』に甘えるだけではない。彼らに感謝し、助けようとしているから」
『星』の瞳には見えている。
城の中で交わされた王子達の会話も、各国に残された者達が今も夜を徹して続けている努力も、同じように。
危惧や心配は無論ある。
人というのは弱く醜い生き物だ。
自らが理解できない存在に対して容赦なく拳を振り下ろしてしまう
それは元人間であった自分達が、誰より何よりよく知っている。
けれど、同時に強く、美しい生き物でもある。
人を信じ、思いやり、決してより良い未来をあきらめず繋ごうとする意志を誰もが持っている。
その結果が、今のアースガイアであり、自分達なのだから。
アースガイアは、美しい星だ。
『星』はそう自負している。
地球で起きていた民族紛争や、多くの環境問題などが一掃された。
不老不死時代に深刻だった貧富の差も、マリカや各国の子ども達の努力で近年減ってきた。個々人のやる気や個性に依る部分も多いので完全に無くすことは難しいだろうけれど、努力する者が、報われる世界には近づいている筈だ。
コスモプランダーという最初にして、最後の脅威を取り除いてしまえば、この星は『神々』と『精霊』の導きの下、地球と同じ、いやもっと素晴らしい、平和で豊かな世界にしていくことができるだろう。
「まずは、コスモプランダー討伐に専念ね。
その後の事は、未来を取り戻してから考えましょう」
「そうだな。数えることさえできぬほど、長き年月抱き続けた悲願。
やっと叶える時がやってきたのだからな」
『神』レルギディオスは目を閉じる。
自分の勝手な思い込みとエゴで、星と子ども達、そして我が子の未来を奪った事を彼は十分に悔いていた。
でも、許しを求める言葉は口にしない。する権利はない。
だから、せめて未来を取り戻し、守るのだ。
振り返るとそこにある忘れえぬ恩人の笑顔。
今はまだ、彼女の前に自分は堂々と立つことはできない。
コスモプランダーを倒し、この星――アースガイアに、二度と曇ることのない未来を取り戻せたのなら
『子ども達が幸せに生きられる世界を、守って』
そうすれば、交わした約束を果たしたと、胸を張って立つこともできるようになるかもしれない。
「アースガイアを頼んだぞ。ステラ」
「ええ。任せておいて。レルギディオス」
ここからはもう弱音を吐くことはしない。
アースガイアを守る『神』としての役割を全うするだけだ。
「この戦いにおける全ての責も罪も、移民団の長として俺が背負う。
たとえそれが種族殲滅の大罪であろうとも」
「……行ってらっしゃいませ、あなた」
「ああ、行ってくる」
彼の映像は、最後に少女の姿をした彼女の唇に、柔らかなキスを残して消えて行った。
無論、感触などは伝わらない。
微かなデータ交換。それだけの意味しかないけれど。
彼女にはそれで十分だった。
両手を祈るように組みもう消え去った影を見送る。
「ご無事のお帰りを、お待ちしております」
それは誰も見る事の無い星の決戦前夜。
『神』と『星』の内緒話。




