魔王城 三人称 続 王子達の内緒話
ワインのグラスを傾けながら含み呟くアリアン公子にスーダイ王子が眉根を上げた。
「お二方は、いえ、皆様はマリカ皇女のことを、そして今後のことをどうお考えですか?」
「どう? とは? いかな意味でおっしゃっておられるのか? アリアン公子?」
「まさか、僕達にリオン殿からマリカ皇女を奪って見せよとでもいうおつもりですか?」
ソレイル公子の言葉がそれに続く。
嫌な所に触られて気分を害したのだろう。彼の言葉にも棘が宿っている。
「いえ、深い意味はありませんよ」
そんな二人の怒りに気付いてないわけでは無いだろうにさらりと流して嗤う光国公子。
「ただリオン殿とマリカ皇女の成人式のみならず、結婚式さえも見ずに終わることになるのはあまりにも寂しいものだな、と思った次第でして。
お二方なら、きっとマリカ皇女とお似合いの夫婦になられるだろうな、と」
「だから、既にマリカ皇女にはリオン殿がおられます。愛し合い、既におそらく身体も結ばれたお二人に僕が入る隙はないでしょう」
「私も同様だ。もう妻もいるしな。マリカ皇女は今も私の日輪ではあるが、もう割り切ったことだ」
「そうですね。これは余計な心配を致しました」
素直に謝って見せてはいるけれど、実際の所、彼は自分が悪い事を言ったとは思ってはいまい。確信犯の思いを持って彼らに、いや、我々に揺さぶりをかけたのだから。
「そも、マリカ皇女の花嫁姿、見ずに終わると決まった訳ではない。
コスモプランダーとの戦いに勝利した後、星を救った大神官。いや、精霊女神として華やかに式を挙げれば良いのだ」
「ええ。ですが『魔王』と『聖なる乙女』の婚姻を人々は受け入れるものでしょうか?」
「「…………」」
二人が言葉なく押し黙った。
アリアン公子の意味深な言葉の意味は解る。
リオンはもう表舞台には出られないだろうと言いたいのだ。
最強の戦士となる為に人の身体を捨てた彼の変化が不可逆だというのであれば、あの魔王体――。
黒の戦士が大聖都の大神官。『聖なる乙女』の花婿として立つ未来はもう無いだろうと。
「マリカ皇女の傍らに立つ男性は、誰が見ても非の打ち所がない存在で無ければならない。
リオン殿もそれは、解っておいででしょう。
皇女を心から愛する男性王族が彼女を支えるのであれば、身を引かれる潔さもお持ちでは無いか、と」
「それで、孤立したリオンを取り込もうって? それともマリカ皇女の評判を下げる計画?
無理無理。止めた方がいいよ。
彼らは君が思う以上に愛されている」
「!」
「まあ、そうなったらそうなったで色々とやりようはあるからね。
君が心配する必要は無いと思うよ。アリアン公子」
「ヴェートリッヒ皇子!」
いつの間に訪れていた最後の皇子の登場にアリアン公子は、しまった。という表情を浮かべつつ微かな微かな焦りを、作り笑顔で押し隠す。
「随分、お早いお帰りですね」
「いや、大遅刻だね。間に合って良かったよ。危うくアルケディウス自慢の酒を飲み損ねる所だったし」
「もう少し麗しの奥様方や、お子様たちと最後の別れを楽しんで来られると思っておりました」
「明日には全て終わって帰るんだ。そんなに名残を惜しむことじゃないよ。
むしろヒンメルヴェルエクトから色々と業務提携などの提案を頂き、ありがとう。
そちらの精査に時間がかかった」
「皇子はアーヴェントルクの要でいらっしゃいますから」
「いやいや、公子こそ、最近随分と活動的であらせられる。議会にでもせっつかれでもしたのかい? それとも奥様との間にトラブルでも?」
笑顔での応酬なのに何故か、見ているだけで背筋が寒くなる。
嫌味と皮肉をその顔の満面に浮かべる二人の背後にはバチバチと見えない火花が舞っているようだ。
「とはいえ、公子には慣れぬ裏工作はまだ止めておいたほうがいいと忠告しておくよ」
わざとらしく息を吐きだしてヴェートリッヒ皇子はアリアン公子を見やる。
完全な上から目線に、唇を噛みしめる公子。
「例えばマリカ皇女がお抱えの劇団にやらせているように、大神官と人々のために身を捧げた勇者の美しいラブロマンスを作り上げて民衆に流行らせたり、もっと直接的に『神の子』として祀り各国王に頭を下げさせることで立場を作ったりとか。
まあ、そんなやり方はアルフィリーガが嫌うだろうから最終手段だけれど、人外となろうとも彼を人の世に受け入れさせる方法はいくらでもある。
彼を孤独になどしないし、させない。絶対に」
その時、様子を見ていた王子達は「ああ、もしかしたら」と気付き始めた。
アリアン公子は戦いが終わった後の事を考え始めていたのかもしれない、と。
ヒンメルヴェルエクトはもう、ずっとずっと。
マリカ皇女が大神官になる以前から、彼女達をアルケディウスが独占する現状に不満を抱いていた。一国が独占するのは不公平だといいつつも、自国は手にしたいと願うどこか噛み合わない我儘であるけれど。
明日、決戦が終われば、王子同士の合宿も終わりを迎える。
その前に、戦のあと『星の精霊』たるマリカとリオンを手に入れることを狙い、布石を打ち始めていたのかもしれないと思えば納得できた。
「それに、君は何より大事な事を忘れている」
「大事な事?」
「『神々の寵愛』だ」
「あ!」
「二人を意に添わぬ形で引き裂けば、各国の『精霊神』のみならず『神』や『星』の怒りを買うことになるよ。『神々』から託された星の希望を、無碍にするものじゃないなあ」
「…………」
「麗しの奥様も恩人を蹴落としての崇敬を望んではいないんじゃないかな?」
「失礼する!」
「アリアン公子」
ガチャン、と叩きつけるようにジョッキを置いて立ち上がり歩み去ろうとする男の背にヴェートリッヒ皇子は静かな声を向けた。ピタリと足を止める公子。
「明日はよろしく頼むよ。君の計算と判断を頼りにしている僕も、ライオットも、アルフィリーガも。そしてマリカ皇女も」
「…………」
「コスモプランダーを倒し、星を守り切ったら、思い切りやりあおう。国と、政治という戦場で」
再び歩を進めた彼は、そのまま部屋を出て振り返ることはしなかった。
途中から完全に話の外に置いて行かれた三人の王子達は、公子が広間を出た瞬間大きく息を吐きだす。
「僕が少しやり過ぎたせいで、皆さんにご迷惑をおかけした上に、彼の劣等感を刺激してしまったのかもしれませんね。すみません」
ヴェートリッヒ皇子が言ったことは事実だろうと言葉に出さず彼らは顔を見合わせた。
アリアン公子は言っていた。
国の外で、他の王子達と触れることで今まで、気付かなかったことに気付いたと。
今まで、小さな自分の国の中の事しか見ていなかった公子が、広い世界に気付き、自分以上の者達の存在を知った。
感じたのはおそらくコンプレックスと名付けられる類の劣等感と悔しさ。
このままでは、自分も国も置いて行かれる。負けていられないと彼なりに奮起し、策を弄したのかもしれない。
「実際問題として、戦いが終わった後の『勇者』の存在は処理が難しいというのもあります。空を舞い、単独で巨大機兵と渡り合うアルフィリーガは今後、表に出にくくなるのは確かです。
彼からマリカ皇女を奪い、孤立させその力を我が物に、それが叶わないなら滅ぼして、という方策は自国の事だけ考えるならありでしょう。
アリアン公子の奥方は『神の子』でマリカ皇女と近い記憶を持つそうなので他にも色々と、思惑や理由はあったのかもしれませんが。
まあ、そんな恩を仇で返すような真似は、僕達も精霊神も、何よりマリカ皇女がさせはしませんけど……」
「凄いですね。皇子は、いえ、お二人は……」
この中の最年少。フリュッスカイトのソレイル公子はぽかんと口を開けて呟く。
「僕は明日の決戦をどう生き残るか。それを考えるのに精いっぱいだというのに、さらにその先を見ておられるのですか?」
知恵の国フリュッスカイトの薫陶を受けているので、知識はそれなりにあると自負していたが、こういう広い視点や、その先の事に関してはなかなかまだ考えが及ばない。
『能力』で正しい方策、答えは解っても、経験と思考を鍛えなければ計算式は解らないのだと実感する。
同意するように頷くのはスーダイ大王だ。
「本来であるなら、王である私が持つべき視点だな」
自国の発展の為に、様々な事を考え実行してきた。
不老不死時代は、ただ同じことを繰り返していればそれで良かったけれど、今の世では古いやり方は通じない。ぼんやりしていれば置いて行かれてしまう。
「だが、私は他国や恩人を下げて自分達を上に見せるのは好かん。
前にも言ったが、どうせならマリカ皇女が示して下さったように共に力と知恵を出し合い一緒に上がっていく方がいい」
人や国の考え方や、成長スピードはそれぞれ違う。
周囲を蹴落とし、自分だけ先に行くのも、周囲を引き止め自分に合わせろ、と足を引っ張るのもありと言えばありだけれど、どうせなら一緒に上を目指して行く方がいい。と若い大王は口にする。
「国の王としては甘い考えかもしれんが」
「いえ、立派なお考えです。流石大王陛下」
国のトップに立つ者が理想論を持ち続けることは、素晴らしいと同時に難しい事だ。心からの敬意を持って皇子は称賛を贈る。
「本来なら大陸全体がそうあることを『神々』は我々に望んでおられるのだと思いますが人の考えは様々ですからね。まあ、リオンの件もそうですが、あまり暴走が過ぎるような時は『精霊神』が御止め下さるでしょう」
「……無礼を働かれたというのに随分と楽しそうであらせられるな。皇子は」
アリアン公子を見送った後、振り返りヴェートリッヒ皇子は肩を竦めて見せた。
元大王の言葉は的を射ている。
「ええ。嬉しいし、楽しいですよ。
親友達と再会し、再び共に戦い、頼りにされる。
自分の能力を押し隠すことなく、国と星と、大切な者の為に使い切ることができる。
そして、同じような立場の仲間がいる。妍を競いあうことができる歓び。
不老不死世の五〇〇年なんて比較にならないくらいに、僕は今が楽しいのです。
皆様は、そうではありませんか?」
問われ、王子達は顔を見合わせ頷いた。
これが、残された時間の少ない老人達であればまた、考えは違うのかもしれないが、少なくとも彼らの多くにとって、皇子の言葉は頷けるものだった。
「アリアン公子の言動だって、僕には楽しいし、嬉しい事ですよ。
少なくとも、アーヴェントルクには僕と対等に戦おうという者はいませんでしたからね」
好敵手、と書いて友と呼ぶ。
そんなことを彼には言うつもりはないけれど。
「だからこそ……。ここで、アースガイアの歴史が終わるのは堪えられない」
親友達の為、国の為、家族の為。
彼が戦う理由はいろいろあるけれど、
「一番の理由は僕が、楽しく生きる世界を作り、守りたいからです。
精霊だから、自分達より力があるからと、他人に責務を背負わせていい筈がない。
この星も、未来も、僕達のものなのですから」
それはきっと、彼も皆も、同じだと、解っているし信じている。
「僕達はずっと守られてきた。『精霊神』に、『精霊』に、星に。
でも、そろそろ巣立ちの時です。子はいつまでも子どものままではいない。いられない。
いつか飛び立ち、大人になって親を飛び越えて行くものですから」
ヴェートリッヒ皇子はテーブルに戻ると、余りグラスに酒を注いだ。
最近気に入っているマリカ皇女が作らせたという薔薇紫の酒を掲げ
「だから、勝ちましょう。
誰の為でもなく、僕達の未来を、僕達の手に取り戻す為に」
飲み干す。己の心に化した誓いと共に。
それは、決戦前夜。
王子達の内緒話。




