魔王城 三人称 王子達の内緒話
最終決戦を前に帰国した王子達が魔王城に戻って来始めたのは空の刻が過ぎようという頃だった。
転移門を出て城の中に戻ると、眩しい程に輝かしい光が溢れるように感じるのは錯覚ではないだろう。
エターナルライトの灯り。そして、
「お帰りなさいませ。グランダルフィ王太子様」
出迎えた銀の精霊。魔王城の守護精霊エルフィリーネにプラーミァ王太子 グランダルフィは緊張の面持ちで頭を下げる。
「ただいま戻りました。他の王子達はもう帰っていますか?」
「はい。全員ではありませんが。
皆様、出発前に親睦を改めて深めたいと、広間でささやかですがお酒を酌み交わしておられるようです」
「酒宴を? 良いのですか?」
「『神』も許可を下さいました。
酒量は明日に差し障りのない程度にと命じられて私が管理しております。
日が変わるまでではありますがよろしければどうぞ」
「では、お言葉に甘えさせて頂くとしましょう。国から持たされた土産もありますので」
グランダルフィ王子は部屋に戻らず、その足で広間に向かった。
そこには既に、三人の王子達が楽しげに酒を酌み交わしている。
「おや、思ったよりも早い帰りであったな。グランダルフィ王子。
ささ、良ければこちらへ」
フリュッスカイトのソレイル公子。エルディランドのスーダイ王子、そしてヒンメルヴェルエクトのアリアン公子。
「今、戻りました。
妻よりチョコレートの菓子などを預かってきたのですが、酒には合いませんかね?」
「いや、ありがたく頂こう。ワインとチョコレートの相性はなかなか良いからな」
「麦酒も悪くはありません。チョコレートが少し口の中で溶けた所で頂くと良いですよ」
「僕も大好物です。頂いてもよろしいでしょうか?」
「無論。楽しんで頂ければプラーミァの者達も喜ぶでしょう。
ヴェートリッヒ皇子はまだお戻りになられていないのですね?
フェイ殿も」
招かれるままにグランダルフィ王子はスーダイ王子の横の椅子に腰を下ろす。
今は王子を名乗っているが、一度は国の長として立った人物。
隣国の王子として、数百年の間、遊びとはいえ戦をしてきた相手でもある。
最初は少し畏怖と遠慮があったが、同じ屋根の下で暮らし同じものを食べて話すうちに親しみが湧いて来た。恰幅の良い体型が人の良さと器の大きさを表しているようだ。
今では歳の近い友人と言えるかもしれないと彼は思っている。
他の皆がどう考えているかは解らないが。
「ヴェートリッヒ皇子は何かとお忙しくしている様子でしたよ。通信鏡で父上に連絡がありまして」
苦く笑うアリアン公子にソレイル公子が同意するように頷く。
「ヒンメルヴェルエクトもですか? フリュッスカイトにも連絡があったようです。
何の話だったかは『お前は特に気にする必要は無い』と兄上が教えて下さらなかったので解りませんが」
「父上曰く、『民から気力をより良く徴収する為の協力の要請』だそうだ。
私も詳しくは聞いてはおらぬが」
「気力の徴収は『星』と『神』がして下さるとのことでは?」
「『黙って掠めるよりも、進んで捧げて貰った方が、多分より良い力が得られる筈だ。
自らの星を守る為に、今が全ての民が一丸となる時だろう』とおっしゃっていたとかなんとか」
「相変わらず、底が知れない方ですよね」
「まったくだ」
「『勇者と共に戦った男』は名ばかりではないということでしょう。
コスモプランダー討伐が済んだら、本格的にアーヴェントルク対策を行わねば」
「そう言えばアリアン公子。ヒンメルヴェルエクトはプラーミァに何かがおありなのですか?」
「そ、その件についても討伐が済んだら改めて」
「解りました」
微かな焦りを見せるアリアン公子に思う所が無いでもないが、確かに今は討伐が優先。
後で忘れずに話を聞こうとグランダルフィは心に書き留めておく。
チョコレートと、それぞれが帰国した国の様子、話題をつまみに酒は進む。
家族のこと、妻のこと、話題は尽きない。
無論、彼らも王族であり話せることと、話せないはことは弁えている。
その意味では、こんな雑談も各国王族の話題を聞き出せる貴重な情報収集の場なのだ。
「そういえば、フェイ殿にはつい先ほど子が生まれたそうだ」
「! それは吉報ですね。ヒンメルヴェルエクトの女王陛下もさぞお喜びでしょう」
アルケディウスの元皇王の魔術師で、今は大聖都の大神官を務めるフェイが風国シュトルムスルフトの王族であることは七国に公開されている。
現在シュトルムスルフトを治めるのは女王アマリィヤ。夫と子をまだ持たないので、最悪の場合、血筋が途絶えるのではないかという心配もあったがこれで一安心だ。
「ええ。ただ、手伝いの為に出向いた皇女は、戻ってきた時にはリオン殿の腕の中で意識を失っておられました。くったりリオン殿の胸に頭を預ける様子は痛々しかったですよ」
「それほどまでに? 手伝いに行かれただけではなかったのですか?」
「それは、私も初耳です。皇女は大丈夫なのですか?」
身を乗り出してくるグランダルフィ王子と共にアリアン公子も目を見開く。
最初に戻ってきたのはソレイル公子で、次がスーダイ王子。
二人がエントランスで顔を合わせていたのとほぼ同じ頃にリオンがマリカ皇女を連れて戻ってきたのだそうだ。
「随分難産だった上に、皇女しかできない手助けをしてきたようでな。
奥で休ませる、とリオン殿が言って共に消えた。
故にここで酒盛りなど始めたのだ。
二人のくつろぎを邪魔せぬように。
奥に行かぬように。帰ってきたら皆に知らせようと、な」
「まあ、城の最奥には我々は簡単には入れないと解っていますが、そこは気分です。
リオン殿の腕の中こそが、マリカ皇女の一番安堵できる場所ですから。決戦前夜。二人だけにして差し上げましょう」
「ソレイル公子、スーダイ王子」
ワインを含みながら嗤うソレイル公子。
自らの言葉と吐息を流し込むように酒を喉に通すスーダイ王子。
彼らがマリカ皇女に真剣で深い愛情を持っていた事は周知の事実だった。
そもそもどちらも隠してはいない。
公然と明かしている。
マリカ皇女が正式な式はまだながら『結婚』し、スーダイ王子も妻を迎えた今。微笑ましい話題として年長者達に揶揄される程度の淡い思い出になった筈だ。
だが、こうして一人の私人として在る時に零れる微かな思いは解らなくもない。いや、多分理解できるとグランダルフィは思う。
愛しい妻がいても彼女の輝きはプラーミァの太陽のように鮮烈で忘れがたい。
星の乙女、従兄妹の君。
マリカ皇女には幸せになって欲しい。
けれど……。
「お二方は、いえ、皆様はマリカ皇女のことを、そして今後のことをどうお考えですか?」
「え?」「アリアン公子?」
そんな彼らを見やり、光国の公子は嗤って見せる。
「マリカ皇女への思いは、そんなに簡単に諦められるものであったのですか?」
その瞳に光ではないナニカを湛えて。




