皇国 皇王と側近の内緒話
宮廷魔術師ソレルティアの出産は大掛かりに触れ回られた訳ではないが、王宮とその周辺には、戦時中の明るい話題として、またとない吉事として伝えられた。
王宮、皇王の私室。
出産後の処置や母子の世話に慌ただしい女達より一足早く、彼らは部屋に戻り、祝杯を上げていた。
「無事に子が生まれて何よりだったな。タートザッヘ」
「御意。どちら似ても才能に揺るぎなし。
アルケディウスの次々代を支えてくれることでしょう。
これで、私も安心して隠居して魔王城の書庫に籠れるというものです」
「こらこら。隠居の話をするのはまだ早いぞ。コスモプランダーとの戦はまだ終わっていないのだし」
満面の笑みで麦酒を呷る文官長に司厨長が眉根を上げて見せる。
とはいえ、彼につまみを差し出している時点で説得力は皆無だが。
「まあ、二人の子の才に関しては私も同感だが。
フォルトフィーグ皇子に、フェイの子。
ラウルトリス皇子の御世は安泰ですな」
「其方の方こそ気が早すぎはしないか? ケントニス皇子の御世すら、まだこれからだというのに。」
「どうせ、明日には全ての決着がつくのだ。少しくらい夢を見ても良いだろう? ザーフトラク」
「皇王陛下……」
「いや、すまぬ。軽率な言い様だったな。儂も酒が回ったようだ。
何せ、こんな喜びに満ちた酒は久しぶりの事だからな」
皇王陛下と呼ばれた男は心配そうな眼差しで自分を見つめる二人の親友の前に、麦酒の瓶を差し出して見せる。麦酒が本格的にアルケディウスに普及し始めて三年。今までは樽でしか供給されていなかったが今年、試験的にガラス瓶での販売も開始された。茶色の瓶は麦酒の変質を防ぐのだそうだ。
まだアルケディウスでも限られた者にしか飲めない貴重品だが、全てが終わった暁には祝いの宴で各国に見せびらかそうと皇王シュヴェールヴァッフェは思っていた。
「ここ暫くは、酒に逃げたいくらいの辛い日々が続いていた。
かといって、本当に逃げる訳にはいかぬ。何せ息子が、孫が最前線で戦い続けているのだ。この老いぼれにできることは、彼らの後ろを支え、帰る場所を守る事だけだからな」
明日だ、と報告は受けていた。
宙の上からこの星に狙いをつける悪魔、コスモプランダーに、息子と孫と、孫の婿が戦いを挑みに飛び立つのは。
その結果いかんでは、この大陸、いや星の命運が尽きる可能性がある。
だが、彼はそんな不安を一欠片たりとも持たず、表にも出していなかった。
「あれらは、私に似ず本当に良い子に育ってくれた。フィエラロートの贈り物だな」
「皇王陛下……」
皇王と皇王妃の仲は、もちろん悪くはない。むしろ睦まじいと言っていいくらいに信頼と友愛で結ばれていることを、幼い頃からの親友である彼らは知っている。
けれどそれと同じか、もしかしたらそれ以上に愛した人。
遠い昔、失った第二夫人。
ただ一人恋した存在を、今も彼は忘れていないのだということも、良く理解していた。
「フィエラロートは言った。
子を産むのは危険だ。
二国の血を引く英傑の才を持つ子は、時としてその大きすぎる力から母を殺すこともある、
そう説得しようとした義父にも義母にも、そして儂にも。
だからこそ産むのだと。
この子はきっと闇を切り裂き、星に光を取り戻す希望になる。と。その真紅の瞳に迷いなき決意を浮かばせて」
結果、フェイの時にも似た難産の果て、第二夫人フィエラロートは命を落とした。
第一夫人たる皇王妃に我が子を託して。
「リオンは言っていたな。
精霊の力の強い子が生まれるには大量の精霊の力と気力がいる。と。
マリカがソレルティアに力を注いでいるが多分、足りないから力を分けて欲しい、と」
「はい」
随分と様変わりしていた孫の婿の外見については別に気にするつもりはなかった。
だが、ソレルティアと子を守る為に、本来ならあり得ぬ『星と神々の子』が遣わされ、周囲の皆から力を集め、マリカに、そしてソレルティアへ力を送った時。
そのおかげで母子ともに無事だったと知った時。
喜ばしいと思う反面、心の奥が微かに震えた。
古くから七国の間では、直系王族同士の結婚は非推奨とされていた。
死産、流産、母体の死も多く、生まれた子も子孫を残せないと。
それが、精霊の力と気力の不足からくるものであるとしたら。
不足を補う事で救う事ができるのだとしたら。
もし、ライオット誕生の時、母親に力を供給すれば助かるかもしれない事を知っていたら。救ってくれる存在が遣わされていたら。
フィエラロートは死ななくて済んだのではないか。と。
無論それを口にするつもりはない。
決して。親友達の前であろうとも。
悪いのは危険性を承知で、それでもフィエラロートに恋し、彼女の決意を止められなかった自分自身なのだから。
酒と一緒に喉の奥へ押し流す。
「陛下。いえ、シュヴェールヴァッフェ。こう考えることはできないか?」
「タートザッヘ」
王宮の知恵を司る文官長は、王の思いを理解しているからこそ、告げる。
臣下と王の垣根を一瞬飛び越えて。遠い昔の親友に戻って。
「フィエラロート様とお前が出会った事が、今へと続く全ての始まりであったのだ、と」
ライオット皇子が生まれなければ。
あるいは、生まれたとしても兄弟と不仲にならず、疎まれることがなければ、、彼は旅に出ることは無かっただろう。
そうであれば、勇者と出会う事はなく、不老不死世にならず、マリカが生まれることもなく、歴史は大きく変わっていた。
「二人の恋の忘れ形見であるライオット皇子が生まれたからこそ、今に繋がり、星を救うのだ」
「そうだな。今という時代を作る為にきっと不要なことなど何もないのだ。悲劇も喜びも未来の為にある」
「未来の為……か」
ガラスのジョッキに輝く黄金の酒を見ながら、アルケディウスの王は噛みしめるように呟く。
禁断の恋に溺れ、周囲の反対を押し切って結婚した。
その先に愛する女を死なせ、息子を不幸にしてしまったことは、自分の罪であると彼はずっと思い続けていた。
決して口に出せない悔恨の日々。
けれどその先に、今、息子達、和解を果たした家族、孫娘とその婿、頼もしき魔術師、美味な酒と肴。実り豊かで幸せなアルケディウスがあるとするならば。
フィエラロート。彼女の命と思いは、決して無駄ではなかったのだろう。
「だいたい、フィエラロート様の死を無駄だ、なんて言ったら怒られるぞ。
私が命を賭けて守り、生み出した我が子をなんだと思っているんだ! って」
そんなシュヴェールヴァッフェの心を読むようにザーフトラクは思い出し笑いをする。
ああ、確かにそう言うだろう。彼女はそういう女性だ。
「アルケディウスの中の男騎士が束になっても敵わなかった女傑だ。
彼女と、彼女の血を継ぐ子らに少なくとも恥ずかしくない戦いをせねばな」
「ああ、そうだな。フィエラロートが残した希望を、未来に。子ども達に繋いでいくことこそが長生きしすぎた我々の使命だ。隠居した後のことを考えるのはやるべきことを終えたその後でいい」
ジョッキの中の黄金の酒を飲みほして立ち上がる。
明日は、決戦。
全てが始まり、決着へと向かう。
だからこそ、やるべきことをやらなくては。
「頼むぞ。二人とも」
「ああ。何ができるかは解らんが、何でも命じてくれ」
「子ども達が帰ってくる場所を、国を守らんとな」
これはアルケディウスを支えてきた男達の、誰にも告げる事の無い内緒話。




