皇国 子ども以上父親未満の男達
出産が終わったばかりの産室は、微かに血と汗の匂いが残っている。
以前、マリカが出産は女性の戦場だと言っていたことがあるが、正にその通りで。
命がけの戦いがようやく終わったばかりなのだろうと、俺は感じていた。
「リオン。マリカをお願い。子どもと母親の為に力を使い果たして、気を失ってしまったの」
「解りました。義母上」
本当に精も根も尽き果てた感じで意識を失い、壁にもたれるように座らされていたマリカ。
でも大きな仕事をやりきった安堵の顔をしている。
「フェイ」
妻に寄り添い、我が子を抱きしめるフェイの背中に俺は声をかける。
「俺はマリカを連れて先に戻っている」
「その前に、息子を……見ていってはくれませんか? リオン」
「レオンハルト。獅子の心を受け継ぐ子になって欲しいと」
ソレルティアと視線を合わせ確認を取ってからフェイは俺に、生まれたばかりの我が子を差し出した。一瞬、逡巡したがそっと抱き上げる。この星に生まれた新しい命。
魔術師の息子である為か、生まれながらに精霊への適合能力は高そうだ、と右目で見てしまうけれど、左目で見れば当たり前の、でもフェイとよく似た逞しさを持つ強い子だと解る。身体も大きく、しっかりとしている。難産ではあったがきっと、強く育つだろう。
「アースガイアに生まれた喜びの子。
その人生が光と輝きに満ちたものであるように。『星』と『神』と『精霊』の名において新たなる命と星の家族に祝福を……」
黒く染まった指先で、無垢な赤子に触れるのは少し怖かったが、自分に許される力で祝福し、父親の腕に子を返した。
「ありがとうございます。リオン様。
『精霊の貴人』と『勇者』に祝福して頂くなど、この子は果報者です」
ソレルティアは目を細めて礼を言う。
俺の外見の変化を驚きもしないし、気にも留めない胆力は流石フェイの妻だと感心する。
「それに、マリカ様を通じて、お力を送って下さった事も、感じておりました。
リオン様や、皆様の力が無ければ、私は途中で力尽きていたかもしれません」
「俺はただ、中継しただけだ。
礼なら後でライオットの家族やアル、タートザッヘ殿、皇王陛下。そして精霊神様と夫に言ってやるといい」
「はい。それは勿論。でも、リオン様にもどうか告げさせて下さい。心からの感謝を」
真摯で真っすぐな感謝を贈られて嫌がるものはそういない。
胸の奥に柔らかな熱が灯ったような暖かさを感じて、思わず笑みが零れた。
これから、俺は、俺達はこの妻と子から父親を奪っていくというのに。
「ソレルティア。出産直後で悪いがフェイをもう少し借り受ける。
コスモプランダーとの戦いにはどうしてもフェイの力が必要だから」
「解っております。子が心配だから残ると言おうとも蹴り飛ばして送り出しますからご安心を」
「そんなことは言いませんよ! 僕は……ソレルティアを信じていますから」
「ええ。任せて下さい。そして、気合を入れて下さいね。貴方が守るこの星には私とこの子がいるのだと」
母は強し、という言葉はあるが逞しいものだ。小さく自分も頷いて俺は待たせてしまったマリカを抱き上げる。
「フェイ。夜には帰れと父上は言っていたが、もう風の刻だしあまり気にするな。
妻と我が子を労ってから戻ってくるといい」
「ありがとうございました。必ず戻りますから、待っていて下さい」
両腕が塞がっているから、サインを返すこともできなかったが、俺は頷いてマリカと共に産室を出た。
部屋の外には小さな椅子が用意されていて、その上でぴょんぴょんと黒い影が飛び跳ねている。俺が部屋に入る前と同じ光景だ。
「だから、どうして、赤ちゃん、まだみちゃダメなの! フェイとリオン兄さまは見にいったのに!」
「わきまえろ。フォル。ソレルティアは出産を終えたばかりで疲れているんだ」
「でも~」
「リオン兄さま!」
「まだ、我が儘言っているのか? フォル」
「あ¨……」
俺が外に出てきたのを見て、両親に我が儘を言っていたフォルトフィーグはバツの悪そうな顔をして口を押さえた。このやんちゃな男児は自分が両親や周囲に愛されていることを疑わないから、我が儘や自己主張は激しいが、周囲を気遣う事はちゃんとできる子だ。
特に俺やマリカの言うことなら、ちゃんと制止にも従い、話も聞ける。
マリカが俺の腕の中で寝ているのも見て取ったのだろう。
しゅんとしぼんだ朝顔のように顔を伏せた。
「マリカ姉さま、寝てるの?」
「ああ、ソレルティアの出産を助けて疲れているみたいだ。
レヴィーナ。マリカと話がしたかったろうが我慢してくれるか?」
「うん。私はフォルみたいなだだっこじゃないもん!」
「だれがだだっこだ!」
「フォル」
「う~~~~~~」
妹にやり込められてしょぼんとしたフォルトフィーグに、俺はマリカを抱き直して視線を合わせる。膝を折って目を合わせてやりたいところだが、ちょっと無理なので代わりに空いた左手で頭をそっと撫でてやる。
「悪いな。フォルも力を貸してくれたもんな。
フェイの息子。見たかったよな」
子どもに話しかける時には思いに寄り添って。気持ちを受け止めて。
マリカの教育は身体以上に、心に染み付いている。
手袋を通しても伝わってしまう鉄のような指先の感覚に、フォルは少し身震いしたようだけれど、嫌がらなかったし、逃げなかった。ただ俺のなすがままに、髪を撫でさせていた。
「俺とフェイは明日、宙に行く。
だから特別だと思って許してくれないか? お前達は明日以降も、赤ん坊を見る機会があるからな」
「……ちがうし!」
「フォル?」
俺の言葉を否定するように呟いたフォルは俺がその意味を問いかけるより早く、足にしがみつき、顔を埋めた。
「兄さまたちだって、フェイだって赤ちゃんはなんかいだって、みられるから!
だって、すぐにコスモプランダーやっつけて、かえってくるんだから!」
トラウザーズに水の気配。ああ、宥めたつもりが別の方の我慢の堰を切らせてしまったようだ。申し訳ないと思いながら、もう一度髪を撫でつける。
「そうだな。直ぐに戻ってくるから。そしたら、みんなでお祝いをしよう。
フェイの子どもが生まれたお祝い、コスモプランダーを倒したお祝い。そして……マリカと俺が結婚して、子どもができたお祝いも」
「子ども! マリカ姉さまのおなかにも、ソレルティアみたいに赤ちゃんいるの?」
パッと、滲んだ眼差しを上げて俺を見るフォルトフィーグ。少し離れた所で物わかりのいい子を演じていたレヴィーナも顔を輝かせる。
「ああ。今年の秋にはお前達はお兄ちゃんと、お姉ちゃんだからな」
「ホント?」
「ホントだ。まだマリカのお腹から出てくるのはまだ先だけれど、俺は絶対にマリカも子どもも守って見せる。そして帰ってくる。
だから、俺達を信じて待っていてくれ。そして、フェイの息子も弟のように可愛がってやってくれると嬉しい」
「うん! まってる」
「いい子にしてまってるから、かならず、かならず、マリカ姉さまと一緒にかえってきてね。リオン兄さま」
「約束する。絶対に」
潤んだ眼差しの双子に頷いてから俺はティラトリーツェ妃とライオットに向けて頷いた。
もう二人が我が儘を言って駄々をこねることは無いだろう。
後は、ライオにとっても、俺にとっても大事な家族の時間だ。
「じゃあライオ。また後で」
「ああ……待っていろ。直ぐ戻る」
マリカを抱きしめ、俺は跳んだ。
俺達の帰るべき場所へと。
◇◇◇◇
赤子の可愛さというものは良く知っていたつもりだった。
自分が主に接したのはリグや第三皇子家の双子くらいであったけれど。
でも、ここまで無条件に我が子、というのは可愛いモノなのだ。
世界一可愛い。親の贔屓目。俗にいう親バカが入っていることは、重々承知の上で、僕は腕の中で小さな寝息を立てる我が子を見つめていた。
「さっき、リオン様には告げてしまいましたが、名前はレオンハルトでいいですか?」
男ならレオンハルト、女ならマリアと名前は決めていた。
由来は言わずもがな。ソレルティアには解っているだろう。
まさか決戦前に顔を見て、この手に抱けるとは思っていなかったが。
「はい。そして……ありがとう。ソレルティア。僕に新しい家族をくれて」
軽い。リグの時も思ったけれど、羽のように軽い。
でも、人としての部品は欠く事なく揃っていて、体重とは別の命の重みを感じる。
こんな重い存在を胎の中に入れて育てるのか。女性という生き物。その力と強さを感じずにはいられない。
「男親というのは、こういう時役に立ちませんね。
貴女が必死で頑張ってくれている時に、外でイライラうろうろしていることしかできなかった」
本当に、幾度、産室に飛び込みたいと思った事だろう。
物音がする度に慌てて、アルに笑われたが、難産であることが解っているのに助けられないことをもどかしく思っていた。
「そうではないでしょう? 私は感じましたよ。
支えてくれる貴方の力を」
「それは、リオンが中継してくれたからです。精霊の力と、何より気力が必要だ、と。
マリカに送り、マリカから貴女と子に届けてもらうから寄越せと」
リオンがそう言ってくれたことが心から嬉しかった。
マリカに力を送ることで、自分も我が子の出産の力になれるように思い、全力以上で力を向けた自覚がある。
加えて、リオンだけではなく産室の外にいたアル、ライオット皇子、フォルトフィーグ皇子とレヴィーナ皇女、タートザッヘ様まで力を送って下さった。
赤子にちゃんと届いているかという心配はしていない。
マリカとリオンが請け負ってくれていたのだから。
そして、自分はこうして我が子を抱くことができた。
「明日、僕達は出発します。
星の命運を分ける運命の日となるでしょう」
リオンも告げたが、自分は妻と、我が子を置いていくことになる。
もしかしたら、二度と帰ってこれないかもしれない。そんな不安は言葉にも顔にも出していないつもりではあったけれど、ソレルティアはどうやら察したようだ。
「解っています。だから、この子も頑張って出てきたのだと思います。父親を応援する為に」
僕が母親の手に返した我が子を、愛し気に抱きしめるソレルティア。
その眼差しは疲れ切っている筈なのに、強く、優しい。
まるで女神の様だ。
「この子を母子家庭にするなんて許しませんからね。
必ず、コスモプランダーを倒して戻ってくるのですよ」
「約束します。誰一人欠かすことなく戻って来ます。勿論、僕自身も」
「信じています。待っています。
愛しいフェイ。そしてレオンのお父さん」
「お父さん……僕は本当に父親になれたのでしょうか?」
「なれた、のではなく、なる。のですよ。これから。一緒に」
そうだ。マリカはいつも言っていた。
親というのは子ができた瞬間になるのではなく、我が子を愛し、育てる中で親になるのだと。
「お祝いは帰ってから家族みんなで、改めてしましょう」
「母は強し。でも、父親も負けてはいませんよ。
待っていて下さい。レオンハルト。お土産に平和を持って帰ってきますから」
女神のごとき微笑みと我が子に誓う。
絶対の勝利と、帰還を。




