皇国 ソレルティアの出産
出産というのは、女の戦である。
通常分娩であろうとも、男性なら気絶するほどとも、交通事故に遭ったようなものとも例えられる激痛に耐えて、自分の身体の一部だったものを切り離す。
近年になって医療技術が進歩するまで。いや、進歩した地球の現代でさえ、死と隣り合わせの危険がいつも存在するものだった。
この世界には超音波検査も、胎児心拍を確認する機械も、帝王切開の技術もない。
大量出血したとしても輸血もできない。
つい最近まで、衛生、手指の消毒という概念さえ薄かった。
だから一般の出産においては不老不死後も、死産や早産も少なからずあったと、孤児院長兼母子院長のリタさんが以前、苦々しく語っていた。
本当に妊娠出産のケースはそれぞれで、一つとして同じ出産はなく、生まれてくる子どもも皆違う。
だから、今回のケースもその一例であるといえば言えるのだけれども。
辛い。
正直、言ってかなり辛い。
『精霊の出産』を舐めていたかもしれない。
いくら送っても送っても、水に砂が染み込んでいく感じ。
際限なく胎児と母体に吸い込まれて行く気がする。
でも、ここで躊躇ってはいけない。
躊躇すると、赤ちゃんがまた動きを止めてしまう。出産が長引けばそれだけ危険度も増す。
胎児とソレルティア様が一番辛くて苦しい。
だから、私がここで踏ん張らないといけないんだけれど、舞で精霊神様達に力を捧げる時でも、ここまでぎゅんぎゅん力を持っていかれることは無かった気がするよ。生まれながらの能力者の子の出産には、こんなに力が必要なのか……。
「マリカ様。大丈夫ですか? 顔が真っ白ですよ」
「マリカ?」
「大丈夫です。精霊の力の強い子の出産は難産になりがちで、とにかく消費される『気力』を補充し続けないと命に係わるみたいですから……」
カマラやお母様が心配して下さるけれど、今は赤ちゃんを無事に出産させることが優先だから。
一応笑顔を作って、首を横に振ったけれど。
……キッツい。
誰かに力を分けて欲しい。先が見えているのなら、全部注ぎ込んでしまうのもアリなのだけれど、いつまで続くか解らないのだ。ここで気絶はできない。
私が倒れたら、フェイに頼むしかないだろうか?
でなければ、セリーナか、カマラ。女の戦場にフェイを呼ぶわけにはいかないって多分言われるけれど、立会出産と説得するとか。
ヤバい、走馬灯っぽいのが回り始めた。
まだ、子ども出てこないかな?
目の前くらくら、頭は朦朧。酸欠と気力不足で倒れる一分前。
あ、でも、全部注ぎ込んじゃダメだ。
私のお腹の中の子どもの分は残しておかないと。
そんなことをぐるぐると考えていた私は、瞬間。
「あれ?」
フッと身体が軽くなるのを感じた。お腹が暖かい。
今の今まで枯渇寸前だった気力が、ふわっと、ほんの一瞬で満たされた。
何が起きたのかな?
ステラ様が力を貸して下さったのかな、とちょっと思ったけれど違う。
(「しっかりやれよ。マリカ」)
リオン?
これ……リオンだ。
リオンと私の繋がっている経路から、力が送られてくる。
お腹の赤ちゃんが中継してくれているのかもしれない。
それに、多分、贈られてきている力はリオンのものだけではない。
リオンの力は金黒色。闇を宿しながらも、それを切り裂く閃光そのもの。
強くてはっきりと解る。
寄り添うように送られてくる青銀の力はきっとフェイだ。風のように爽やかで澄み切った願いに溢れている。
アルの力も感じる。瞳の色と同じ、虹を宿した明るい新緑。
加えて、多分お父様の燃える炎のような気力に、可愛らしいオレンジと水色の力も加わっている。ここまで来るとなんとなく解った。
産室の外にいて案じている皆の力をリオンが束ねて送ってきてくれているのだろう。
双子ちゃんも来てるのかな?
はっきりと誰のものか解るのはそこまでだけれど、ほかにも何人かの力が送られてくる。
そして、最後に、ドガーン! と桁違いの緑と青の力が贈られてきた時には私の気力も精霊の力も満タン満タンどころか、溢れるくらいになっていた。
最後の精霊の力は間違いなく精霊神様だ。
多分、ラス様とジャハール様。
よし、これなら行ける!
よしっ!
「ソレルティア様! 聞こえますか? 感じますか?」
私は貰った力を、ありったけ注ぎ込みながらソレルティア様に呼びかける。
「マリカ様……」
「貴女と子どもの無事を祈って、皆が力を貸してくれているのです。
本当に、あと少し! 頑張って!」
「子宮から、子どもが降りてきています」
「頭が、見えてきました!」
「あとひと踏ん張りです。頑張って! ソレルティア!」
「は、はい」
「ソレルティア! 全力でいきんで!」
ソレルティア様が最後に渾身の力を込めていきみ、私もありったけの力で後押しする。
と、すぽん。
そんな軽い音が聞こえたような気がして、同時に力の吸い込みが止まった。
おぎゃあああ!
産室に命の歌声が響き渡る。
生まれた……。
「よく頑張ったわね。ソレルティア。
元気な男の子よ」
皇王妃様が、そっとソレルティア様の髪を撫でる。汗と涙でべたべたになった彼女の顔がぱあっと、花が咲くように輝くのが見て取れた。
「男の子……ですか?」
「ええ。銀色の髪の可愛い男の子。きっとフェイに似たのね」
荒い息を吐き出しながらもお母様の賞嘆に誇らしげな笑みを浮かべるソレルティア様。
へその緒を切り、赤ちゃんの身体を清め、後産の処置まで終えたミュールズさんが、ふわふわのおくるみに包んだ赤ちゃんをベッドに移ったソレルティア様の横に寝かせてくれた。
確かな呼吸、強い生命力。身体もしっかりと大きいし、今のところ、見た限りでは五体に異常はない。
良かった。本当に良かった。
「マリカ様!」
「大丈夫です。ちょっと疲れただけ」
気が抜けたのと力の使い過ぎで、足ががくがく。動けない私をカマラがそっと支えてベッドの方に連れて行ってくれた。
「ソレルティア様……」
「マリカ様。本当にありがとうございます」
「ああ、辛いでしょうからそのままで。
助けてくれた皆さんと、貴女と赤ちゃんの頑張りがあったからですよ」
身を起こそうとするソレルティア様を手で制して私は、生まれてきたばかりの赤ちゃんを見る。
まだ、くしゃくしゃで誰に似ているとも解らないけれど、賢そうな子だ。
そして頭に冠のように輝く銀色の髪。シュトルムスルフト王家の色で、間違いなくフェイの血を受け継いでいると解る。
「名前は決まっていますか?」
「レオンハルト。最初の我が子には、リオン様の名にあやかった名前を付けると、フェイは決めていたようです」
「そうですか。可愛いレオン。貴方の将来が光に満ちたものになりますように……」
私が先に抱くのは違うと思ったから、私はベッドサイドからそっとレオンハルト君に祝福を送る。
まだ残っている皆から送られた気力と一緒に祈りを捧げると、彼の周りがぽうっと、明るくなったようだった。
「フェイを入れていいかしら。ソレルティア」
「お願いいたします」
「それから、マリカ……。貴女は休みなさい」
「はい。すみません。もう、ちょっと無理……で」
限界になった私は、そのまま意識を飛ばして気絶してしまった。
いつもの話。
崩れた身体はお母様が支えてくれて、後から入ってきたリオンにバトンタッチ。
その後はリオンが抱っこして、私を魔王城まで連れ帰ってくれたんだって。
だから、フェイと子どもの感動の対面を見逃しちゃった。
ちょっと、いや、凄く残念。
でも無事に生まれたから万事よし、ということにしておこう。




