魔王城 蘇った宇宙船
翌日の昼。
魔王城の裏手。用意した広場にそれは降り立った。
「うわああっ! 空から巨大な鋼の塊が降りて来た!」
「落ち着いて下さい。あれは『神』がご用意くださった宙に渡る為の船です」
魔王城に残っていた王子様達はそう私が説明しても、少し怯えた表情で遠巻きに見つめている。平然としている(風に見える)のは私の横から離れないお父様だけだ。
「凄いな。ライオットの『星の翼』を見た時も思ったけれど『神の国』は本当に空を支配していたのだな」
「こんなもので空の上から攻められたらひとたまりもないな」
まあ、ようやく自動車っぽいものが形になってきただけの中世異世界。
いきなり気球、飛行船を飛び越して宇宙船ではビックリするのも無理はない。
『神』がエリクス達から徴収してきたらしいそれは、私の貧弱な地球SFの知識からしても美しいと感じるくらい、解りやすいく流麗な『宇宙船』をしていた。
銀色でつるんとした流線型のフォルム。下から見ると涙の雫のような形をしている。
後方部にはエンジンや、生活空間と思われる部分が色々と付いているけれど、無骨さは少なく、優美だ。
そして超でっかい。
全長500m以上。多分1km近くはありそう。
十万人を乗せる移民船、当然と言えば当然かもしれないけれど。
昨日、お父様の飛行機&人型ロボットを見たから『神の国』の技術に王子様達も少し免疫はできていた筈。でも、どこか無骨で実戦的なイメージのアレとコレでは随分と方向性が違う。
『中に入れ。貴様らにはこれの操作手順を覚えて貰わなければならないのだからな』
降るような『神』の声が聞こえると同時、船尾部分の一部が開いた。
マイクでもついてるのかな?
外見の優美さからは打って変わった、鋼製のスロープ。
車とかトラックとか。お父様の飛行機もロボット形態で入れそうなくらいに大きい。
とにかく言われるまま、私達は中に入っていく。
そして唖然。
うわ~。本当にSFの世界だ。周り全体、鉄と機械。まさしく宇宙船って感じだ。
そして誘導ランプと思しき、光の行く先に進むこと暫し。
けっこう歩いた先に、それはあった。
「ここは、指令室……ですか?」
前方から天井にかけて、つるんとした丸いイメージの壁が広がっている。
そこに向かって、大学の講義室のような階段状に並んだ席があって、いくつものコンピューターとモニターのようなものが薄明りの中、黒ガラスを煌めかせていた。
ほんの一刻前には中世のお城にいたのに、一気にSFの世界。
ギャップが凄すぎる。
『そうだ。艦橋。ブリッジとでも呼ぶがいい。この船は私の本体。言わば最後の肉体のようなものだ。
あまり中を詳しく見せるつもりも構造を知らせるつもりも今は無い。
ここと、休憩などの為の居住スペース。それにライオットの『星の翼』の格納庫があれば十分な筈』
「うわあっ!」
何かのスイッチが入ったような気配がした、その直後。ぶわりと、周囲のコンピューターが一気に点灯。見知った起動コードを奔らせ始めた。
同時に、頭上の壁が透明化? 違うか。
全面モニターのようになって外の様子を映し出す。私達の頭上に、蒼いアースガイアの空が広がった。
「天井に、外の光景を、映し出しているのですか?」
おそるおそる、としか言いようがない怯えた様子で空を仰ぐアリアン公子。
流し込まれた圧縮学習で、簡単なシステムなどは理解している様子だ。
『そうだ。当初は我々が船の航行を行い、選ばれた乗組員が、サポートする予定だった。能力者のバイオコンピューター化が成功したこと、生身の人間を乗り込ませると食料その他の関係から色々と問題が発生するという観点から、完全無人化されたが、緊急時の為に人力での操作システムは残っている。
お前達にはそれを操作して貰う事になるだろう。サークレットを身につけて席に付け』
昨日の苦痛を身体が覚えているのだろう。
皆さん、フェイやアルでさえ微かに顔を顰めたけれど、言われるまま皆、サークレットを被って誘導灯とサークレットの指示する席に座った。
そこからは何やら試行錯誤している様子。
サークレットからどんな指示が送られて何をしているかは私には解らない。
「凄いですね。これが少し前までの大阪城ですか?」
『お前のナノマシンウイルスの形を変える能力と同じだ。
見せかけを変えただけ。
エリクス達に住まわせていたのは居住区部分と貨物室などだけで、外は全部隠してあった。
大阪城にしてあったのは、元の形に近い方が余計な力を使わずに済んだからだ。
地球の物資、特に機械系の品は貴重なリソース。一欠片も無駄にはできない』
大阪城もエレベーターやその他機械的な品は全て外されていた。国会図書館のパソコンなどと同じように色々と活用していたのだろう。代わりにこの星の素材で精霊石などのアイテムを使ってリフォーム活用していたとのこと。
ステラ様の城は元々中世のお城だったから機械的なモノが殆どなくても違和感は感じなかったけれど。
「エリクス達は? リオンも? 一緒に城に行ったのでしょう? 乗って帰って来たんじゃないですか?」
『エリクス達には少し前から明け渡しの準備を進めるように告げてあった。
転移術使いのノアールがいるからな。必要なモノを持ち出し、今は他所に拠点を移している筈だ』
「……ただ、追い出すようなことはしてませんよね?」
『勿論だ。ステラから用立てて貰った分もあるが、十分な給料と支度金は用意し、労ったつもりだ。奴らにはまだ今後も働いてもらわねばならないしな』
「それなら、いいですけれど……」
周囲に人がいなくなり、私とお父様だけになったので少し突っ込んだことを聞いてみる。
多分、他の皆は操作の勉強に必死で聞いてないし。
「それで、リオンは?」
『船の奥で調整中だ。マリクが使用していた非接触型宇宙移動用人工翼や、マスクなどをリオン用に整備している。それから奴のカレドナイトの短剣と精霊獣も宇宙戦闘用に直さねばならないからな』
お父様が唇を噛むように引き結んだ。
昨夜の話し合いの前、魔王体になったリオンを見てお父様が何を思ったかは解らない。
「……ちゃんと、戻ってきたな」
「ああ。心配かけたな」
少なくとも、私の前ではそれ以上何も話さなかったしね。
「補助システム……。
エルーシュウィンやオルドクスって、単なる武器じゃなかったんですか?」
『ステラがアルフィリーガに付けた監視だ。
武器としてあいつを助け、話し相手になると共に、暴走や俺に奪われるなどの事態が起きた時には、あいつを守る。
そして本当に最悪の場合は機能を停止させ、肉体と精神を分離し、星の元へ連れ戻すのが役割になっている」
「うわあ~。ステラ様酷い」
そう言えば、随分前、二人(?)で話をした時に言っていたっけ。
自分が正しく役割を果たせていればリオンを苦しめずに済んだのかなって。
あれ、ってそういう意味だったのか。
でも自分の子どもに自爆装置持たせているようなものじゃない。ちょっと酷い。
「そう言ってやるな。どういう意図でつけられたものであれ、エルーシュウィンがアルフィリーガにとっては長く、唯一に近い味方で、友だったことに変わりはないのだから」
そう宥めたのは意外にも『神』ではなくお父様だ。
確かにエルーシュウィンがリオンのこと大好きだったことは解っている。疑う余地も無い事だ。
そしてリオンにもエルーシュウィンは拠り所だった。
間違いなく。
『まあ、そんな話は後でいい。細かい調整と訓練、練習が済み次第コスモプランダーの元に乗り込む。
お前達も操縦に慣れておけ』
「お前達も、って、お父様は『星の翼』の操縦練習ってのは解りますけれど、私は?
何をするんです?」
『マリカ。お前の席はそこ。艦橋の一番上だ』
「あ、はい」
『神』に言われるまま、指示された場所に立つ。
そこにはモニターも何もない。ただ、薄水色の水晶が浮かんでいるだけ。
「これ、なんです?」
『それに触れろ。そして何が起きても抗わずに受け入れるんだ。
悪いようにはしない』
「え? あ、はい」
精霊神様の水晶とよく似た結晶体に、私はそっと手を触れる。
これ『神』の本体とは違うよね。多分。と思った正にその時。
『接続』
「きゃあああ!」
「マリカ!」
突然悲鳴を上げた私にお父様が駆け寄ろうとするが、それより早く私の身体は、するりと水晶の中に吸い込まれてしまった。
一方通行? 出ようと思って前に進もうとしてもガラスのような固い感触の壁があって外に出ることはできない。小さな棺のような箱にとじ込まれたような気分だ。
「ちょ、ちょっと。出して下さい!」
『焦らなくてもいい。人格の入っていないブランクコンピューターの中にお前を入れただけだ。
お前の身体に害は与えない』
「で、でも……」
『それが一番、お前の身体を傷つけずに船と接続する方法なんだ。
胎の子を連れていくと決めたのなら、抗わず、俺を信じて身を任せろ。
アルフィリーガの名に懸けて、絶対に悪いようにはしないから』
「は、はい……」
お父様も、アルフィリーガの名が出た所で少し、肩と身体の力を抜いたようだ。
まだ、腰に帯びた剣に手をかけたまま油断してはいないみたいだけれど。
『次は、サークレットを身に着け、接続スーツを着て来るがいい。
今日は軽い同期だけ。前を向いて気を楽にしろ。なんなら目を閉じていてもいい』
「は、はい……」
ここは艦橋の一番上だから、周囲の様子がよく見える。
それぞれの席で目を見開く王子様達や、フェイ。アル。
皆が見ている前で、そんな怪しいことはしないでしょ。
私は大きく深呼吸。身体の力を抜いた。
抵抗が消えたのを待っていたかのように、しゅるんと微かな音がして、私の手足が細い糸で縛られたような気がした。微かな違和感には覚えがある。
ステラ様との同期の時に体の中に、接続用のラインを差し込まれた時と同じような感覚だ。後で後でお父様に聞いたところによると、細い、金の糸のようなものが私の手足に絡まり、肌に刺さっているように見えたって。
やがて、私を包む水晶がぼわっと、薄紫の光を帯びて輝く。
『同期契約開始。契約者名――マリカ・アルフィリーガ』
前のステラ様との同期の時には、何かが注ぎ込まれるような感じがした。
でも、今回は逆で、自分の中の何かが引き出されて行くような感じ。
そして脳の中の情報や記憶が共有され、私が目の前、いや、頭の中に繋がる何かと同調していく。目の前、というか頭の中で巡るのは私の今までの記憶。
くるくる、くるくるとメリーゴーランドや幻燈のようで美しく、どこか走馬灯じみている。
走馬灯というのは、生命の危機に際し、脳が必要な情報を検索している状態だという。
ならば、今、私にとって一番確認しなければならない情報はやはり、これなのだろう。
私の目の前には昨晩の家族会議の結果が、映画のように映し出されていた。




