魔王城 家族の選択
魔王城の応接の間は、その夜、まさしく修羅場となった。
『ちゃんと話し合いたい、と言ったのは私ですが、皆にこうして責められるとどうしたらいいか、解らなくなってしまうわ。
皆で、私の事を悪者にするのですから……』
俯きながら愚痴るステラ様は頬を膨らませ明らかに不満げな様子。
立体映像の作り方が凄いなあ。。どこからどう見ても拗ねた女の子だ。
『我々とて、好きで言っているわけではないし、やっているわけではない。
他に方法が無いからそうするしかないのだと、理解もできないのか?』
そして、そんな妻を庇うように息を吐く『神』レルギディオス様。
アースガイアの最高神二人を悩ませているのは私だ。
正確には私の援軍、なのだけれど。
リオンの改造手術の後、私のお腹の中には、リオンとの子どもとなる受精卵があることが判明した。
本来であるのなら、私もリオンの後、改造手術、というか身体の強化措置を受けなくてはならなかったのだけれど、それは今、棚上げされている。
この子をどうするか。決めないうちには先に進むことはできない。
私も神々も。
「悪者にするとか、そういう話ではありませんが、私はずっと腹に据えかねていたのです。
何故、私の娘は『精霊として生まれた』だけで、全ての幸福を剥奪されなければならないのかと」
『精霊というのは、そういうものなの。
人々を、子ども達を守り、助け、より良い未来へと導く星の保育士。それが使命であり仕事なのよ。その為に生まれ任に就いた以上は泣き言など許されないの。
多くの人間達の命がかかっているのですから』
さっきから続く言い争いの主軸となっているのはお母様とステラ様だ。
お父様と、アーレリオス様も一緒だけれど今の所はあまり口を挟んではいない。
ほぼお母様に任せている様子。
「ステラ様のおっしゃりたいことはよく解ります。
マリカとリオンは替えの存在しない星の切り札。
失われればそれだけで、星の未来を大きく損なう事は明白ですから」
そしてお母様を援護するのがフェイとアル。
『そうよ。二人を絶対に失う訳にはいかないの。勿論、その子どもも……』
「ですが、星の未来とはコスモプランダーを退治してそこで終わるわけではありません。
その先も長く、長く続いていくのです。災害からの復興という戦いもまだまだ続くのに。
リオンという最優の戦士を奪われてしまった人間社会が、さらにマリカと、その子どもまで奪われてしまったら、どれほどの苦難の道を歩まねばならないでしょうか?」
ステラ様に共感するように見せかけているが、彼らは私達二人の強火担だ。
リオンが改造処置を受けることそのものも反対だったし、終わってしまった今も、内側にはっきりと目に見えるような怒りを燃やしている。
「そうそう。それに母親にとって胎の中の子っていうのは特別なんだ。むしろあんたが一番わかるんじゃないか? 自分の子を自分の中で育てられない苦しみって奴を」
「それにステラ様や『神』におかれましても、改造処置を施された二人が子孫を残さずに神の位に加わることは今後、長い目で見た場合、苦難に繋がると思うのですが」
『ですから、何度も言っているでしょう? 子をマリカから奪うつもりはないの。
私はただ、必ず帰ってきなさい。貴女がいないと、子どもは幸せになれないのだから、とそう伝えたかっただけなのですよ』
『だったら、最初からそう言えばいい。
マリカを余計な心配に怯えさせずに済んだのに』
『反省しております。アーレリオス様。
でも、皆からこうもよってたかって責められるともうどうにもこうにも……。
本当に、どうすればよかったのですか?』
「ステラ様……」
こうして冷静に話を聞いてみれば、ステラ様も色々テンパっていただけで私から、本当の意味で子どもを奪って思い通りにするつもりは無かったのかもしれない。
ただ、それでもやっぱり私は我が子をステラ様に安心して預けることはできない。
言ってみれば姑に我が子を盗られるような感じ?
教育方針や物の考え方もまるで違う。目を離すと何かをしでかしそうで怖い。
記憶に残る(真理香先生の)保育士時代、よく園児のお母さんから耳にした心配や苦情が初めて実感できた。
若い保育士が保護者から言われて病みがちな言葉。
『子どものいない先生に子育ての苦労や親の気持ちは解らない』
でも、確かに母親という立場に立って初めて気付けることもあるようだ。
『子育てとは本当に難しいものですね』
『私も偉そうに指南できるわけではないがな。子どもも親も人間だ。まして結婚は、育ちも立場も違う人間同士が家族になること。
意見の食い違いや、考え方の相違があって当然。
むしろそこを話し合い、認め合い乗り越えてこその家族というものだろう』
『そうですね。下手に苦労してきた思い出が強いと『自分は苦労してきたのだから』と息子や娘、孫にもそれを強いる毒親になってしまいがちですが……』
「精霊だからと言って、苦労や我慢をし続けなければならないというのは不条理ですわ」
『ティラトリーツェ……』
「お母様」
ステラ様とアーレリオス様の会話を聞いていたのだろう。お母様が腰に手を当てながら息を吐く。さっきまでの剣幕に比べれば少し落ち着いたのだろうか。怒りのトーンは低め。
「私が腹立たしいのはそこなのです!
選ばざるを得なかった道とはいえ、いいえ、百歩譲って自分で選んだ道であったとしても、苦難と我慢を一人で背負い、「自分だけ我慢すれば」と思い、無理を続けることは良いことだと思いません。。
困っている相手には助けの手が差し伸べられるべきですし、苦難に挑む先には喜びがあってしかるべきです。マリカにも、そして……ステラ様にも」
『私、にも?』
「はい。子が親に、民が『神』に幸福をと思うのは不遜と言われるのかもしれませんが、私は、マリカを生み出し、出会わせて下さったステラ様に心から感謝しております。叶うなら、お手伝いしたいし、負担を軽くしたいと思うのです」
お母様は私の肩に手を回し、抱き寄せる。
微かな手の震えは神々に意見する恐れから、だろうか?
「そして新しい家族として、共に喜びを共有していきたい、そう願っております。共にマリカの花嫁姿を見て、孫の成長に微笑み、幸せな人々の姿を一緒に見つめながら、無茶をするマリカについて愚痴を言い合いたい!」
「お母様!」
褒めてるのか、けなしているのか解らない。
お母様にもステラ様にも、心配と苦労をかけ続けてきたから仕方ないか。
「私達は何よりも、誰よりも解り合えると思うのです。
マリカを、娘を愛する親として」
『そう……。私の家族は『神』とリオンとフェデリクス。そしてマリカだけだと思っていたけれど、貴女やライオットも家族である、と貴女は言うのね?』
「『家族』であり、他人です。家族であることを理由に、介入しすぎるのはどうかとは思いますが、助け合い理解しようとすることはできる筈なのです」
『では、改めて聞くわ。私はどうすればいいの?
本当に解らないのよ。幸せな家族なんて、ほとんどやったことがなかったから』
でも一方でステラ様も、恐れ多い『大地母神』。『神々』の気配は抜け落ち、今は一人、家族との付き合い方に悩む人間に見える。
『神』としての立場に括られて、そうしなければならない運命を背負わされたと言えど、この方達は人間。人が神になるなんていうのは、いいことばかりではないのだと実感してしまう。
「であるなら、母上。まず、マリカの思いを聞いてやってください。
我が子を守りたいと願う母の気持ちを。そして、できれば汲んでやって頂けませんか?」
『リオン……』
今まで、沈黙を守っていたリオンは、胸に手を当て最上の敬意を示しながら告げる。
『神』と『星』。
いや、父と母に。
「傾聴と共感。節度を守ったコミュニケーションこそが、信頼を築いていく為に必要な事であると俺はマリカから教わりました。
家族として、もう一度やり直したい、いや、始めたいと願うのであるのなら。
まずは互いの思いを伝え合い、理解し合うことから始めるべきではないかと思うのです」
息子として、一人の男として、親として、妻を守ろうとする意志をはっきりと示す。
ただ従い、頭を下げるばかりではなく、怯まず自分の意思を告げる息子に、『神』と『星』――いや、両親は少し目を見開いた。
その笑みに込められた思いは、私には解らないけれど。
『では、マリカ。改めて貴女に問いましょう。
我が子が胎の中にいる。そして、貴女は間もなく戦場に向かわなければならない。
どうしたいですか?』
『子を安全のために置いていくか。それとも共に生き、共に戦うか。選択を許す』
さっきまでの、子どもを置いていけ、という決定命令ではない。
私の思いに寄り添う問い。優しい、家族としての思いやり。
私は目を閉じた。
手は今もお腹の上。胎動も何もまだ感じないけれど、ここには私の子どもがいる。
私も、心の中で問いかける。
貴方は、どうしたい? 私は、どうすればいい?
と。
奔る稲妻のように。
返ってきた答えは、自己満足の思い込みかもしれない。
けれど、私はリオンの妻で、この子の母だ。
「我が儘をお許し下さい」
だから、選択する。
「私は、この子と共に宙に行きたいと思っています」
私達家族の最善を。




