魔王城 三人称 神と星。あるいは舅と姑の内緒話
これは、精霊。
『神』という名を背負わされたとある夫婦の内緒話。
「星子。いくらなんでもアレは言いすぎだ。
貴女がいなくなったら自分が子どもを育てる。精霊として自分の後継者に作り上げると言ってるようなものだろう?」
「解ってるわよ。そうしたいっていう思いは確かにあったけれど、ホントにそうするつもりはまだ無いわ」
「だったら、せめて口に出すな。
アル達が言った通り、孫を奪い取って自分の好き勝手にするつもりの毒親ならぬ毒祖母だと思われても仕方ないぞ」
「あれは、単なるエールというか。だから、必ず帰ってきなさいって発破をかけたっていうか……」
アースガイアの最高神たる二人の神々は、息子夫婦との付き合い方という人類史の始まりから消えることのない人間の悩みと向き合っていた。
「……でも、うん。諦めていた新しい家族の誕生にちょっと浮かれたのは事実かな」
星の大母神。守護女神たる彼女は今、その威厳や力を封じ、一人の母として、そして息子の嫁を迎えた姑として己が行動を顧みる。
「私、嬉しかったの。ずっと、ずっと夢だったから。
真理香先生の忘れ形見であるマリカと、自分の息子であるリオンが結ばれること。
先生と本当の家族になれたようで嬉しいし、先生の血脈を新しい星に伝えられたらどんなにいいだろうって、ずっと思ってたから」
「星子……」
「こんな身体になっちゃったから、子どもを育てることなんてできない。その資格なんてないって諦めていたけれど、リオンが生まれて、マリカが育って……二人とも、とってもいい子に育って私を慕ってくれて……。
実の子と育ての子が結婚して、子どもを産んでくれたらって、ずっとずっと夢見てた」
やがて千年余の長き年月を液体と役割に封じられ、星に捧げてきた少女にも願いが生まれる。
自分も、恩師も叶える事のできなかった人々からの祝福を得て、我が子が結婚式という幸せの時を迎え、『神』と和解し、平和になったアースガイアで家族を作るのを見届ける。
そして、緩やかに自らの役目を後継者に引き継ぎ。子ども達に看取られて眠りにつくことができたなら。
そんな夢は実現まであと僅かの所でコスモプランダーに粉砕されてしまったのだけれども。
「マリカを私の後継者にできなくなった。私は永劫解放されることはないんだ。
って思った直後の話だったから、孫に期待を寄せたってのも……多分ある」
「お前、そんなに終わりたかったのか?」
「そういう訳じゃないけれど、貴方がもし、宇宙から戻って来なかったら、リオンもマリカもいなくなって、私はまた一人になっちゃうでしょ?
精霊神様達もフェデリクスも、エルフィリーネもいるから、本当の一人、ではないけれど。私の家族はいなくなってしまう。
だから、私の跡を継いでくれるかもしれない孫に期待を寄せる毒ババになってたのは、間違いないわね」
「マリカを跡継ぎにできなくなって滅入ってたのは解るけどさ、まだ胎児以前の受精卵に託すことじゃないぞ」
「でも、悪い方にばっかり考えちゃうのよ。
宇宙に飛び出す子達は星の希望。
マリカもリオンも、貴方も、王子達も。
もしそれが失われたらどうなるんだろう。この星を私と精霊神様達で守り切れるのかなって」
「余計な事、考えるな。
約束しただろう? ずっと昔。地球から飛び立つ時に、いつかコスモプランダーを倒してみせるって。俺達にはもうできなくなったけれど、意志を、思いを継いでくれる子ども達がいる。今が、きっとその時だ」
あの時とは違い、自分には妻を抱きしめ、慰める腕はなく、妻にも妻にも、それを受け止められる身体はない。力も無い。
でも。思いと願いを受け継ぐ者達がいる。
今、自分達ができるのは、彼らを信じて支えること。
それだけだと、『神』の役割を被せられた少年は己自身に言い聞かせている。
「親が、子どもを信じなくってどうするんだよ!」
「そうね。
貴方は、我が子を信じる。そのことに関しては本当に良い親だったと思うわ」
「子ども達に頼らなければやってられないくらい情けない親だっただけだ」
「それでいいって、先生言ってたわよ。完璧な親よりも少し抜けてるくらいの親の方が子どもの自主性が育つんですって」
「抜けてる情けない親で悪かったな」
「一応褒めてるのよ。マリクもリオンもフェデリクスも、本当によくできた子に育ったのだし」
「なら、その言葉、いや、賛辞はそっくりお前に返す。
この星も、リオンもマリカも、お前が育てたからああ育ったんだ」
「そうね……。そうだといいのだけれど……」
寂しげに嗤う妻の表情は賛辞を素直に認めることはできないようだ。
それは自分も同じではあるけれど。
「私、ね。マリカに必ず戻ってらっしゃいと伝えたかったの。
あの子を『精霊の宿命』から解き放つ為には、コスモプランダーとの戦いにおける勝利と貴方達が必要なのよ。って。
でも、子を守ろうとする母親の心情を理解してあげられず――怒らせてしまったのは私が本当の意味で母親にはなれなかったからよね」
「お前は立派な母だ。自信を持て」
「母かもしれないけれど、立派ではないと思うわ。私は、子ども達を使命と目的優先で弄んだ毒親だもの」
毒親、と自分を称する妻の眼差しにははっきりとした自嘲と濁りがある。
自分が毒親によって苦しんだ経験を持つこの娘は、誰よりも親の勝手で子を支配する大人を嫌悪していた。
けれど自分が自分がそうなってみれば我が子に役割と未来を強いる存在になっていたのだから。
自由を、選択を許さず、子を思い通りに作り替える自分達は、確かに毒親なのかもしれない。けれど……
「毒親か、良い親かは親が決める事ではなく、子が定める事だとマリカは言っていただろう?」
「そうだけど……。ああ、本当に子育てって難しい! 先生を尊敬する!」
誰よりも母になること。幸せな家庭を作ることを願いながらも苛酷な運命と『女神』を押し付けられた女。
我が子を胎内で育てることもできず、試練の道に追いやってしまった妻の苦悩を夫は理解しているから、告げられた懺悔を黙って受け止める。
自分もまた、我が子よりも星を、守るべきものを優先した『神』である罪を背負っている。
「俺にはお前を責める資格は無いから、その点に関しては何も言わない。
でも、子どもが親の支配下にいるのなんて、一生にほんの僅かな間だけだ。
あいつらは直ぐに、俺達を超えていく。いや、もう超えているかもしれない」
改造処置を施したのは自分でありながら『神』は手術を終えた後のリオンが示した能力数値を思い出し、言葉を呑み込んだ。先代であり前世でもあるマリクを、数倍の値で凌駕していた。多分、自分のそれをも超えている。
何度も転生と成長を繰り返してきたせいか、それともオリジンの力のためか。
マリカと身体を交わし、本当の意味で『大人』として完成されていたからか。理由は解らないけれど。
「そうね。だから、余計に焦ってたのかもしれない。置いて行かれちゃうって」
「二人が戻ってきたらちゃんとマリカに謝って誤解を解けよ」
「うん。
多分、ティラトリーツェの所に逃げ込んでるわよね。もしくはアーレリオス様に泣きついているか。どちらにしてもちゃんと謝って、受精卵を安全に預からせてもらいたいと思う」
「マリカは今回の作戦の要だからな。悪いけれど、地上に残すわけにはいかない」
「私は、ここで待っているから。
みんなで必ず帰ってきて。
貴方達みんなを失ったら、今度こそアースガイアは終わり。地球の最後の形見は失われてしまうもの」
「解ってる。
何があろうとも、必ず子ども達は星に返す。
それが、この星に大きな傷をつけ、過ちをしでかした俺のせめてもの罪滅ぼしだからな」
『神』は目を伏せ、息を大きく吐き出す。
もうすぐ、最終決戦。
自分達の平安と故郷と大事なモノ。その全てを奪った宇宙からの侵略者。
憎きコスモプランダーを倒しさえすれば、自分達が数千年もの間、背負ってきた罪と後悔は、雪がれるのだろうか?
「ねえ。神矢?」
「なんだ? 星子?」
「コスモプランダーを倒したら、今度こそ私達の星を脅かすものはいなくなるわよね?」
「さあ……どうだろうな?」
形作られた少女の映像。
その縋るような眼差しが心に突き刺さる。
彼女には言えない。
もしかしたらコスモプランダーとの対決は、終わりではなく通過点かもしれないなどということは。
こんな問いかけをしてくるということは、彼女もおそらく何かを感じてはいるのだろうし。
「私、あの子達が幸せになるのを見たいの。
マリカとリオンが、祝福された結婚をして、我が子を抱いて笑顔で話しかけてくれる姿を。これは、精霊としての打算ではなく、一人の地球人として、親としての心からの願いよ」
「ああ。解っているさ」
「マリカにとっては、面倒な姑でしょうけれど、仲良くやっていきたいのも本当なの」
「そうだな……」
「絶対に嫁いびりなんかしないわ。息子を愛してくれるたった一人の妻として、家族として大切にするわ。永久に……」
「だったら、それをちゃんと伝えればいい。いや、違う。伝えよう。家族として……」
ああ、どうして自分達は『神』などという運命を背負わされてしまったのだろうか?
つくづく自分達には向いていない。
もっと素直に、家族として、親子として生きられたらよかったのに。
そうして『神』を背負わされた一人の親、あるいは舅は決意する。
妻の為にも、嫁というべき娘の為にも、孫の為にも。
何より、呪われた運命を背負わせてしまった息子の為にも。
これは復讐であり、私怨であり、八つ当たりだ。
敵にどんな事情があろうと知った事ではない。
絶対に、コスモプランダーを殲滅してみせると。




