魔王城 精霊の子
前半、マリカ視点。
後半、三人称。
驚愕に震える私の声が、機械で埋め尽くされた魔王城の最深部に響き渡る。
「子って、私と、リオンの、子ども?」
『厳密には受精卵、だ。まだ着床もしておらず子ども、生命と呼ぶにはあまりにも儚い。
だが、紛れもなくそこに在る。存在をはっきりと主張している』
「でも、昨日ですよ。私とリオンが身体を重ねたのは!」
『能力者の受精卵はね、受精が成立すると直ぐに観測できるくらいのエネルギーを発するのですって。だから、私と神矢の子も、真理香先生とシュリア様の子も、直ぐに見つかってその日のうちに体内から取り出され、冷凍保存されたのよ』
地球世界でも人工授精は技術として確立されていた。
卵子を取り出し、精子を採取して人工的に受精させてから体内に戻す手術。
それ自体はだから、別にありうることだと思うけれど。
普通なら受精卵の段階では生命とみなされない。
胎内に戻され子宮に着床するまで数週間かかるし着床しない事も少なくない。受精卵が子宮に着床して初めて妊娠になるのだ。
そっか。真理香先生はシュリアさんの初夜の翌日、ナノマシンウイルスに取り込まれバイオコンピューターと化した。私を妊娠している余裕は無かったと思ったのだけれど、あの後、処置され、私の受精卵は子宮から取り出されていたんだ。
「リオンと……私の子が……ここに」
そっと腹部に手を当てる。もしかして、さっき私に力をくれたのはこの子、だったのだろうか?他にも助けて貰ったような気がするし。
まだ小さな細胞の一つにしか過ぎないのに、私達の子どもがいると考えるだけで、歓喜で身体が震えた。全てが輝いて見える。
嬉しい。凄く嬉しい。でも
『だから、改造処置の前に子宮から、受精卵を取り出せと言っている。
無論、流すわけではない。お前とリオンの子だ。大事に保存する。無事に戻ってきたら返却もする』
そんな私の感慨を知ってか知らずか。
『神』は感情も無く言い放つ。
子どもを腹の中から取り出せって。
「……改造処置を受けてしまったら、私はお腹の中で赤ちゃんを育てられるんですか?」
『お前は人体をそのまま強化するだけだから、問題ないとは思うが……確定では無いな』
強化された肉体が現状のまま固定されるということだけれど、子どもの妊娠出産という身体変化には対応可能なのだろうか?
不老不死者も一応は生殖行為、妊娠出産が可能らしかったけれど、出生率は著しく落ちていた。これは、多分、通常と同じ仕組みで子どもが生まれたら、人口が増えすぎてしまう為の自然淘汰だろう。それで言ったら、不老不死種となり人間で無くなったら私達には後継者を残す機能は不要になる?
「……下世話な話になりますけれど、改造処置を受けた後の私とリオン、生殖機能は残ってるんです?」
『それも悪いが確定ではない。マリクに機能が残っていたことは確認しているし、リオンからも奪ってはいない。
鼠径部のプロテクターの下に在るし、本人が望めば行為も不可能ではないと思う。ただ、体内で精子が形成されているか、それが生命を紡げるかどうかはウイルスが全身に回った今から採取し、分析してみなければ解らんとしか言いようがない。何せ人体実験はしていないからな』
今のリオンの魔王体は全身を黒い鎧というかプロテクター、スーツで覆われているような感じだ。その……股間の部分はプロテクターのようなもので守られているのかつるんとして見える。あの下に私を貫いたリオン自身があると思うと、ホッとすると同時、ドキドキするけれど、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「そんな不確定要素山盛りの技術をリオンとマリカに行っているんですか!」
『改造処置前に、リオンとマリカの細胞は採取してあるの。いわば肉体のバックアップデータはとってあるわ。本当に最悪の失敗となった場合でも、時間をかければクローン体としての再生は可能だから』
フェイが私達の代わりに食って掛かってくれるけれど、そこらへんの思考はお二人共『神』だと実感する。人の思いとか、命の大切さとか、感慨とかが解っているようで解ってない。
『安全を考えるなら、受精卵は人工子宮の中で育てるのがいいかもしれないわ。
私が責任を持ちます』
「責任を持つって……、ちゃんと愛情を持って育てて下さいます?」
『勿論。私にとっては孫だもの』
「私みたいに疑似人格のインストールとか、遺伝子加工とかするおつもりじゃないんですか?」
『……貴女がいる状況ではしないわよ。勿論。
でも貴女がいなくなれば……しないとは言い切らないわ』
『ステラ!』「母上!」
『二人の子どもは生まれついての精霊。地球の意思と力を継ぐ者。
貴女を『星』の後継者にできなくなったし、この子はリオンから私の力を受け継いでもいる筈だし多分ナノマシンウイルス精製への適正は貴女以上。だから……』
「そんな!」
とっさに、本当に無意識に、私はお腹の上に両手を当ててしまった。
この子を下手にステラ様達に預けられない。
嘘をついて私から子どもを騙し取ろうとしないだけ、まだましかもしれないけれど、本当に、本当に! 解ってない。
「……イヤです」
『『マリカ!?』』
『神』と『星』の声が唱和した。
でも譲れることと、譲れない事がある。
「この子を強引に私から奪うつもりなら、手術なんて受けません!」
『手術なしの生身で、宇宙に行くつもりか? それとも精霊として、この星の守護を放り投げると?』
「そんなことはしませんけれど……。
今、受精卵摘出とか、ステラ様の管理下で育てるとか決めるのは、絶対にイヤです」
『別に貴女から子を取り上げると言ったわけではないわよ。
子どもを宇宙に連れて行くことはできないでしょ?』
「でも……」
最終決戦前、リオンの魔王化も済んでしまった局面で、我が儘なんて言えないのは解っている。でも、イヤだ。この子を精霊の事情に巻き込むなんて。
「とにかく、この子は絶対に渡しません! 私が守りますから!」
『マリカ!』
今は、逃げる。この子は守る!
それだけ念じていたら、ふい、っと身体が宙に浮いた感じになった。
自分でも意識していたつもりはなかったけれど、転移術を使ってしまったみたいだ。
気が付けば、私は一人、城の前。
転移魔方陣の側に立っていた。
どこに逃げても問題が解決する訳ではないのだけれど、今は、この場にはいられない。
魔王城にいたら、子どもを盗られる。
何も考えず、私は一人、アルケディウス行き転移魔方陣の中に飛び込んでいた。
◇◇◇◇
マリカが転移した後、勿論『星の聖域』魔王城のバックヤードは小さな混乱に見舞われた。
『転移した? 出るにも入るにもシールドを抜ける必要があるのに、どうしてマリカが逃げられたんだ?』
『! エルフィリーネ!』
「申し訳ありません。フェイ様とアル様を入れた時に解除したまま、元に戻すのを忘れておりました」
言葉ではしおらしく謝罪しているように聞こえるが、エルフィリーネの声に悪びれたところはない。ほぼ確信犯だろう。フェイとアルを招きいれたことも加えて。
リオンはそう理解していた。
感謝にも似た思いと共に。
ナノマシンウイルスで強化された肉体と思考能力は今まで以上に、冷徹に現状を把握し、最適解を導き指し示す。けれど、今の自分にとって最適とは『精霊』としての父母の望みとは違うのだろう。
きっと。
『……リオン。マリカを追え! そして説得し連れ戻るのだ』
「父上……」
父のどこか焦りを感じさせる言葉を聞きながらリオンは、苦く笑う。
何も知らず敵対していた時とは違う。
和解し、保護と支配を受けた時に感じたものとも違う。
目の前に在る存在に対する意識は改造処置を受けた今、これまでと、まるで変っていた。
(「小さい、な……」)
これが魔王体、いや大人になるということなのだろうか?
『神』も『星』もいやに小さく必死に感じられる。
懸命なことは察することができるのだが、あまりにも弱々しい。
こんな『人間』がアースガイアを支え、守っていたのか。
そんな憐れみさえ胸に浮かんでくる。
『なんだ?』
「説得、というのは、マリカから、子を取り上げることを、受け入れさせろということですか?」
今の自分は多分、目の前の『神』に『星』の上位者だとリオンは確信していた。
アースガイアの最高神達より上だ。逆らうことができる。
ここで告げるつもりはないし、むやみやたらと逆らうつもりはないけれど。
自分にとって大事なモノは決まっている。
それを奪い、傷つけるつもりなら彼らとて容赦するつもりはなかった。
「でしたら俺は引き受けることはできません。我が子を、『精霊の宿命』に括りたくはない。それは、俺も同じ思いですから」
『リオン……』
感情なく言い放ったリオンの状態を知ってか知らずか、寄り添うようにフェイが援護射撃をする。してくれる。
「申し訳ありませんが『神』よ。貴方を崇め祀る、大神殿の長として失礼を承知で申し上げますが、大神官マリカと神官長リオンの子は、『星の宝』です。
いかに神々と言えど、我が物のように思われ、奪われるのは賛成できません」
『別に奪うつもりはありませんよ。母がいるのに許可なく子を弄ぶようなこともしません』
「さっきの言い方だと、そうは聞こえなかったぜ。
マリカのいない間に、子どものこともマリカやリオン兄みたいに『星の精霊』にする。作り替えるかも、って取られても仕方ねえ」
『だから、それは……』
『止めろ。ステラ。今は何を言っても言い訳になる』
実際、言い訳を探していたことは間違いない『星』を嗜め『神』は息を吐きだしていた。
『我々の説明の仕方が悪かったことは詫びよう。
フェイも言ったが、マリカとリオンは我々にとっても希望の子だ。
決して疎かにはしない。母親の意思を尊重して大事にすると誓う。
だから、まずは連れて戻ってくれ。話し合いがしたい』
妻を、母を庇う父の姿を見つめるリオンの頬に今度は柔らかい笑みが浮かんだ。
圧倒的上位者であった『星』と敵意の対象でしかなかった『神』
彼らとこんな、まるで当たり前の親子のような会話を、自分達ができる日がくるとは思わなかった。と自嘲じみた思いを噛みしめながら。
彼は両親に頭を下げる。
「解りました。居場所の検討はついています。起動訓練に丁度いい。
そう時間はかからないと思いますのでお待ち下さい』
『解ったわ。お願い。戻ったら、ちゃんと話し合いましょう。……家族として』
「かしこまりました」
「リオン。外に出るつもりなら、一旦着替えを。そのままで外に出るのは流石に拙いでしょう」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、部屋でちょっと待ってろよ。今の服は多分着れねえから、大きめの服、店から借りて来る」
「頼む」
「では……」
かき消すように三人の姿が消え、他に見る者がいなくなって後。
星の最高神は、そこにはもう、もういなくなっていた。
『いくらなんでも、あの言い方は無いぞ。星子』
『解ってるわよ。神矢。言われなくても。
自分でも言葉が悪かった。酷い言い方だったって思ってる』
ただ、人類始まって以来、決し得て消える事の無い命題。
息子と嫁と孫との関係に悩む、二人の親があるだけであったから。




