魔王城 『魔王』の誕生
ナノマシンウイルスの侵食融合による細胞強化だと『神』は告げた。
手術における核。
心臓部となるコアというべき宝玉は、じわじわと見えない手に押されるようにリオンの胸部に滑り込み、周囲の皮膚と融合し始める。同時にコアから生えた金色の触手が細く伸びて身体全体に絡み、いや突き刺さっていく。
「ぐ……う……が……ああっ!!」
かみ殺していたであろうリオンの悲鳴が止まらない。
苦痛のあまりか、リオンは幾度となく身をよじるけれど四肢は封じられていて逃れることはできず。
そうしている間にもコアが、触手が少しずつ。
でも確実にリオンの身体を作り替えていくのだ。
リオンの苦痛による呻き声と、変化のおぞましさに、思わず目を逸らしたくなるけれど、逃げ出すことはできない。手術を受けているリオンが一番苦しいのだから。
『マリカ、フェイ、アル!』
「は、はい」
硬直しきっていた私達に空中に浮かんだ『神』の立体映像の檄が飛ぶ。
『間もなく、体内に入ったマニピュレーターが、血流と同化処理を行いつつ、体内に強化プログラムを組み込んだナノマシンウイルスを注入する。
さっきも言った通り、脳には加工を施さないようにしてあるが、血液に紛れるのだ。どうしても多少流れるのは止められない。
フェイの風の術を纏わせた防御壁をマリカが張り、血流を守りつつ脳への侵入を阻止しろ』
「は、はい!」
『アルはリオンの頭部をよく見て、脳深部にウイルスが入らないように確認。
少しでも違和感があったら直ぐに知らせるんだ』
「解った」
『絶対にリオンの身体に触れるなよ。お前達の身体に移る可能性がある』
「解りました」
「マリカ、行きます」「うん。お願い……」
私はリオンの頭部、両こめかみに身体に触れないギリギリで手を寄せる。
そして『神』が言った通り、フェイがくれた風の力を見えない防御壁に纏わせて、リオンの脳を守るように念じた。
身体が熱を帯びる。リオンを守る為に、私の全てが動き始める。
心臓と、特にお腹が何故か熱い。
昨日、リオンを受け入れた私の奥が、まるでエネルギータンクのように全開で力を送ってくれている気がする。力がいつになく漲っている。
その力の全てを使って術を紡ぐ。
どういう理屈で動いているかは解らない。
ただただ。
リオンを守って。
そう願って。思って、躊躇わずに行使するのみだ。
そうしている間にも、リオンの全身の変化は続いている。
怖いくらいにはっきりと、劇的に。
リオンが、その身体が人間では無くなっていくのが見て取れた。
強化ポリマーの皮膚、と『神』は言っていただろうか?
リオンの白い肌と鍛え上げられた筋肉が、ラバーのような硬質な皮膚へと変化し、黒く覆われていく。
タールを刷毛で塗ったような夜よりも暗い黒。
所々薄赤く、刺青のような模様が筋のように残って見える箇所もある。あれは、筋肉の流れに沿っているのかもしれない。
黒の重合体は、指先までぴったりとリオンの肢体を包み込み、体幹部はもう殆ど、肌の色は残っていない。
「うわっ! 顔に来た! 大丈夫なのか?」
『顔は生体部を基本的に保つようにしてある。だが目と耳への強化は必須だ。
一部変化は避けられない。とにかく脳に浸食させるな』
「は、はい!」
「しっかりしろよ! リオン兄! ナノマシンウイルスなんかに負けんな!」
アルが言う通り、身体の全てを染め変えたナノマシンウイルスは、今度はリオンの頭部に迫ってくる。防御壁が見える訳ではないけれど、チリチリ、チリチリと音が鳴り微かな手ごたえがするのはきっと脳に入る筈だったウイルスが阻止されて焼かれているのだと信じたい。
ゆっくりと首から黒の強化ウイルスがリオンの頭部に上がってくる。
側頭部から、耳の下にかけてがゆっくりと固く硬質化して、耳をすっぽり隠してしまった。耳当てのような硬質部分が生まれた感じ? 首もハイネックのスーツのようにやはり黒に塗り替えられてしまう。
私の手の下。こめかみ部分から魔性の角めいたものが生まれてきて、私はとっさに手の位置を変える。
表面だけではなく、内部も変化しているのだろう。
……やがて浸食は顔にまで及び始める。
頬から右目の周囲に紅い刺青が浮かび上がってきたのだ。目の下から頬に向かって流線のような、あるいは血流のような文様が刻まれた。
まさか、顔全体がこうなるのか、と心配したけれど、浸食は右目側だけで止まってくれた。
短かった髪はいつの間にか長く伸びている。髪色は黒のまま。闇を更に濃くしている。
大好きな黒い、露に濡れた瞳は右目のみ碧に変わっていた。
でも、開き切った目に、今意思は感じ取れない。虚空に泳いでいる。
目の前でリオンの身体が、作り替えられていく。
お父様を追い出したリオンの気持ちが解る。
リオンのしなやかな身体を、無駄な贅肉が一片も無い完成された戦士の肉体を知っているからこそ、見るに堪えない。
「リオン……」
苦しい。呼吸ができない。心臓が張り裂けそうだ。
これ以上見ていたくはない。でも、目を離すことができない。
術式開始から多分、一刻か、二刻。
最初は苦痛への唸り声を上げていたリオンの呼吸も、徐々に薄くなっていく。
呼吸を要しない身体になった、ということなのだろうか?
全身が黒い皮膚に覆われ、顔以外に肌色が見えなくなってくる頃になると術式の完了が近いことを近い事を感じずにはいられなくなった。
やがて、
「うっ……、あ……。ぐああああっ!」
「リオン!」
人としての最後の絶叫が、室内に響き渡った後、リオンの手ががくんと落ち、意識も途切れたように見えた。
胸部で金色の光を放っていた宝玉がその明滅を止め、ゆっくりと碧へ色を変えた時。
瞼が閉じ、身体が抵抗を止めた時。
私達は『神』が告げるまでもなく、リオンの変化が終わったことを理解した。
『マリカ、フェイ。術式を解け。
リオンを覚醒させる』
「は、はい!」
術式を解除して、三人で手術台から数歩遠ざかる。
手枷、足枷が外れ、ピクン、と身体が弾かれたように跳ねた。
電流でも流されたんじゃないか、って思いながら見守る私達の前で、ゆっくりとリオンが瞼を開けていく。
「リオン?」
私の呼び声に反応したわけではなさそうだけれど、身をもたげ、台からそっと降りて立ち上がるリオン。
動きは滑らかで、以前とあまり変わっているようには見えない。
『気分は、どうだ? リオン……。私が解るか?』
「問題ありません。父上」
心配そうな表情を浮かべる『神』の立体映像にリオンは直立のまま、頷いて見せる。
「記憶などにも大きな影響は無いと思われます。
精神的なコンディションは良好……とは、言えませんが、肉体稼働に影響はありません。
苦痛、不具合ともに、現在はありません。
問題なく、全ての機能を駆使することが可能だと思われます」
『そうか……。調子はどうだ?』
「こうして立っているだけでも、心身に、今までとは比較にならないほどの力が宿っているのを感じます。
確かに、俺は……魔王体になったのでしょう」
『ならいい。よく……耐えてくれた。よくやった』
『神』が安堵の息に似た何かを吐き出したのが解った。
やはり、心配だったのだろう。試練を乗り越えた我が子を労わるように声をかける姿は『神』というよりも親のそれだ。
『宇宙飛行用の非接触型人工翼は、身体が落ち着いてから増設する。
その後はカレドナイトの武器の改良。外付けのマスクや通信具の調整も行うが……。
だがまずは、新しい身体にゆっくりと馴染め』
「解りました」
「リオン!!」
駆け寄る私達はリオンの側で、息を呑む。
当たり前だけれど、改造処置を受けたリオンの姿は大きく様変わりしていた。
漆黒のラバースーツに足先指先まで覆われたような身体。
筋肉の起伏をそのまま浮かび上がらせた硬質な肌、胸の中央には緑色の宝玉が皮膚と同化し、鈍い光を放っている。
長く伸びた闇色の髪。
こめかみの角としか言えない突起、ブーツ状の足先、刺青めいた顔の刻印に黒と碧のオッドアイ。
確かにこれを何も知らない中世の人間が見れば、魔王としか思えないし、言えないだろう。
けれど……。
「なあんだ。思ったほど変わってねえじゃん。ちゃんとリオン兄だ」
「アル!」
「魂の色、本質は変わってねえ。良かった。ホッとした」
一筋の曇りもなく、笑うアルに救われた。
「そうですね。ちょっと厚めでゆったりとした服を着れば、それほど目立たないと思いますよ。僕個人としては、顔の文様も精悍な感じがして好きですし」
私も、フェイも。そして多分リオンも。
「ありがとう。アル。フェイ。そして、マリカ……」
今までと変わらぬ優しい声音で、彼は私を呼ぶ。
前よりも音としては硬質になった気がするけれど、私を呼ぶトーンは同じだ。
「……リオン?」
「皆が、俺を一生懸命守ろうとしてくれていたことは、感じていた。
だから、俺は自分の力や、身体に引っ張られずに今も『俺』である」
「良かった。リオンの精神や魂は損なわれていない。守れたのですね」
「ああ。今のところは、かもしれないが、大丈夫だ。
記憶に欠損もないし、思いや意志も手術を受ける前、そのまま受け継いでいる。
お前への、愛情も……」
「リオン!」
私はリオンに抱きついた。
どんな姿になろうとも、リオンはリオンで、私の夫だから。
何があっても態度を変えないと決意していた。
でも、でも!
リオンが無事に戻って来てくれてよかった。
今は、それだけしか考えられず、ただひたすらにリオンに縋った。
それから、首筋に手を回しキスを強請る。
二人や『神』の前だけど気にするもんか。
少し困ったような顔をしていたけれど、リオンは私を受け入れて、応えてくれた。
リオンの唇は、前より少し硬く、舌を差し込んだ口腔内も何かにコーティングされているようで、前の時とはやっぱり違い、違和感はある。
でも、伝わってくる優しさとぬくもりは、前と変わらない。
私を気遣いながらも、求め、貪る強さも。
どんな姿になろうともリオンはリオン。
私はそれを、安堵と共に心に刻むことができた。
本当に、良かった……。
「じゃあ、次は私ですか?」
リオンの術式が問題なく終わったら、次は私の改造手術だと思った。
三人がピクリと肩を揺らしたのは解るけれど、私もちゃんと覚悟はできている。
でも『神』は直ぐにそうだな、とは言わなかった。
『手術の前にお前にはやらねばならないことがある』
「やらねばならないこと?」
『ああ、半信半疑だったが、さっきのお前を見ていて解った』
「解ったって、何が、です?」
首を傾げる私の前に、今まで沈黙を守っていた『星』様の立体映像が動く。
『……処置の前に、私の所に来なさい。そして置いていくの』
「置いてって……何を?」
『お腹の子。宇宙に連れて行くことはできないでしょう?」
「お腹の……子?」
思わず聞き流しそうになった『星』様の言葉の意味に気付き絶句する。
『マリカの体内には受精卵がある。命の種。お前達の子だな』
「え、ええっ!」




