魔王城 インフォームドコンセントと最後の口づけ
改めて言葉にされると酷い話だ。
外宇宙戦闘用改造人間。その為の方法が肉体の置換手術と、ナノマシンウイルスによる身体強化。聞いてるだけでゾッとする。
「想像は付きますが、どんな手術かとメリットとデメリットをちゃんと説明して下さい」
『解った。リオンには一応事前に話してあるが改めて説明する』
そう言って『神』は指をくるりと動かすと、大気中に画像が浮かび上がる。立体映像。
まあこれくらいは二十一世紀の地球技術でもできてた。
『肉体の置換手術は文字通り、ナノマシンウイルスを軸として金属加工を施した義手、義足、人工臓器と生体と入れ替えるものだ。基幹生体臓器も外し、人工臓器にほぼ入れ替える。頭部以外はほぼ機械化されると思っていい。
強度などは身体強化と比べると格段に高いし、性能も上だろう。ただ、心身にかかる負担は間違いなく大きい。手術は一日がかり、その後数日はリハビリにかかる。
今の肉体と、外見の乖離もかなりなものだ』
話を聞いてそれはそうだろうな、と思う。SFや特撮みたいな人間そっくりの改造人間なんて例え未来科学の助けがあってもそう簡単に実現できる筈はない。
『もう一つの方法は、強化プログラムを組んだナノマシンウイルスを体内に流し、肉体を内部から作り替える形だ。置換型は身体の内部に酸素ボンベなどを入れているような感じだがナノマシンウイルスによる身体強化は、酸素を必要としない形に作り替える。
骨格や細胞を構成する生体組織をナノマシンウイルスが侵食融合し、変換。
皮膚全体もナノマシンウイルスで覆われてポリマー化される。
肉体全体を強化していくと思えばいい。若干強度などは落ちるが、元々が自分の肉体なので馴染みやすいだろう。手術も一刻足らずで終わる』
「デメリットは?」
『血流を利用して体内全体にナノマシンウイルスを流して変換措置を行う為、どうしても頭部、脳に影響が出る。
一応事前に脳は変換プログラムの対象外にしてアンテナ等は最小限。基礎のみにして重要部分は外付け、ヘルメットで補うようにしてはあるが、それでも頭部にまったく血液を送らないわけにはいかないし、神経系統もナノマシンによる強化を受ける為、思考、精神に影響が出る可能性が高い。
マリクはナノマシンウイルスによる変換処置による改造人間だったが、術後、人間らしさを損ない機械的思考と行動によって指示通りに動くことが多くなった。
『精霊の貴人』に思いを寄せていたということも孤独を感じていたということも、少なくとも最期まで私にはおくびにも出さず、機械的に職務を為していたな』
「機械置換型だと脳は守られるんですか?」
『マリクの件を悔いた上で、お前達を地球帰還の為に作り替える。
それを前提に考案した形だ。私とてお前達を本当の意味で壊したかったわけではない。
人の柔軟な思考を持って働いて欲しいという思いもあった。
人格、その他は完全に保持できるだろう』
リオンは固く唇を噛みしめている。
どちらも一長一短、どちらかというとナノマシンウイルス変換型の方がデメリットが大きいだろうか。
最悪なことに変わりはないけれど。
でも、もし、どちらかを選ばなければならないとしたら……。
「僕と、マリカが体内に防御壁をかけて、リオンの頭部への浸食を防ぐ、ということはできませんか?」
「え?」「フェイ?」
「一応、俺もいるぜ」
「アル!」
思わぬ提案と声にとっさに振り返る私とリオン。
私達の後ろにいったい、いつからいたのかフェイとアルが立っていた。
「どうして……」
「甘く見て貰ってはこまります。長い付き合いなんですよ」
部屋に戻ったかと思っていたフェイだけれど、リオンや私の様子を察して今日が手術だと気付いたらしい。そして、どうやってかここに入ってきた。
前に結婚の時にリオンが渡した座標型の転移術、かな?
もしくはエルフィリーネが力を貸したのかも。
「リオンを一人になんかさせません。
措置が避けられない事であるのなら、見届け、少しでも助けたいと思ったのです」
「俺も同じ。リオン兄がキツイ思いをしているのに、のんきに寝てなんかいられっかよ!」
「フェイ……。アル……」
リオンの表情は喜びの上に、惑いと苦しみを塗り込んだようななんとも言い難いものになっている。
手術を――
自分が人間じゃなくなる姿を見られたくない、ってお父様を追い出したリオンだ。二人にも絶対に見られたくなかった筈。でも、二人の思いは解るし、無碍にはできないから苦しんでいるのだ。
フェイは勿論、リオンの思いを理解している。その上で、黙殺して『神』に問いかけた。
「それで、どうです? 『神』。今の提案をどう思いますか?
不可能ですか?」
『いや、不可能ではない。マリカがリオンの頭部血管周辺に防御をかけ、ナノマシンウイルスの混入を防ぎ、フェイが汚染されていない血液を頭部に転移。措置完了まで脳の血管を守るなら、改造強化用ナノマシンウイルスの寿命は短い。
守り切れる可能性はある。二人の防御に加えてアルが頭部へのウイルスの影響を予知眼で把握し、二人に知らせ対処すればなお安全度は上がるだろう』
「マジか!」
『眼球や耳には処置が必要な為、脳幹部のみを守るのは困難だと諦めていた。
だが、確かにその方法であるのなら、一番のリスクを少なくとも最小化できるかもしれない』
「ねえ、リオン……」
「マリカ……」
フェイ達と『神』の会話を聞いて、肩を震わせているリオンに私は抱き着いた。
やっぱり、身体が強張っている。
「私を、私達を信じてくれる?」
恐怖と緊張。手術前の当たり前のそれを少しでも溶かすことができるように。
思いと願いを込めて。
「私、リオンを、少しでも元に戻せる可能性を残したいの。
私は切り分けられたものは戻すことができない。でも……。形が残っていれば、元に戻せるかもしれないから」
改造処置を施された人間を、元に戻すのなんていうのは多分無理ゲーだと解っている。
それでも、コスモプランダー討伐が終わったら試してみたいと思っていた。リオンを元に、人間に戻せないか。
エルディランドでダーダン様の壊死した眼球は元に戻すことができた。
でも切断されたラールさんの腕は戻せなかった。
除去されてしまったら、可能性はおそらく0。でも、元の容を残して変化したものであれば私の努力次第で治せるかもしれない。
完全に生身の身体に戻すのは無理でも、少しでも人間らしさを取り戻せたら、今後のリオンの生活が少しは生きやすくなるかもしれない。
「ああ、そうか。そういうこと、なのか……」
私の話を聞いていたリオンは、何かに思い至ったような顔で微笑むと。
「……解った。マリカ。お前の思い通りに……」
静かに頷いてくれた。
「リオン!」
『本当に、それでいいんだな?』
『神』の問いかけにリオンはもう一度首肯する。
「どんな形であれ、処置を受ける覚悟を決めた時から、人の世から外れる覚悟はできています。
でも、皆が俺の為に少しでも良い方法をと考え、手助けしてくれるのなら。
俺はそれを信じます」
『解った。今から調整を行う。フェイ、マリカこちらへ。
リオンも準備を』
「はい」
「は、はい」「今、行きます」
その後『神』に手術計画を聞いて、エルフィリーネにも確認して貰って、私達ができること、やるべきことについて覚えた。
事前練習も失敗もできない一発勝負。でもリオンの命とこれからがかかってる。
絶対に間違ったり、しくじったりするわけにはいかない。
間もなく、手術台のようなものが用意され、術着のようなガウンを身に纏ったリオンが戻ってきた。
『用意ができたのなら服を脱ぎ、そこに横になれ』
「解っています。ただ、その前に……マリカ」
「リオン……」
「最後に、勇気をくれないか? 俺が、生きて戻る為に戦う力を」
「うん」
私は彼の前に立ち、目を閉じた。
貪るような、縋りつくような熱い口づけと抱擁にリオンの熱を感じる。
こうして、互いを感じるのは最後かもしれないと思いつつ、頭に過る不安や恐怖を振り払う。
最後になどぜったいにしないし、させない。と。
そして、リオンはもう一切ためらうことなく手術台、その上に自ら横たわった。
かちゃん、と音がして両手両足が枷のようなもので固定される。
何をするのだと思ったけれど、苦痛で暴れたり、台から落ちたりしないようにリオンを守る措置だと言われれば仕方がない。っていうか、そんなに苦痛を伴う手術なの? とか、麻酔も無しなの? と思うけれどそんなことを考えている間にも準備は続いている。
『いいか? 始めるぞ』
「はい」
リオンの返答が開始の合図となった。
目を閉じるリオンの逞しい胸の中央に、金色の触手が握られたメスが延び、一閃、直線の傷を作った。
麻酔をしてはいないと言っていたので、痛む筈だけれど小さく身じろぎしただけで、リオンは悲鳴も呻き声も上げず静かにしている。
けれど、別の触手が取り出した拳サイズの金色の宝玉を、リオンの傷の上に配置。開かれた傷口に押し込んだ瞬間。
「ぐ、ああああああっ!!!」
「リオン!」
悲鳴、いや、絶叫というべき声が響いた。
滅多な事では苦痛に声を上げたりしないリオンなのに。
同時に、宝玉からウニウニと金色の、細く不気味な触手が生え蠢き、リオンの身体に取りついていく。
これが、外宇宙戦闘用改造人間製作プログラム。
リオンの改造手術。
私達は、それを息を呑み、見守るしか今はまだ、できなかった。




