魔王城 アースガイアの一番長い夜 18 二人の初夜 後編
私の奥から、ナニカが出てくる。
嬉しさとか、痛みとか。
そんなものを感じている余裕もなく。
私は、それと相まみえる。
突き破られた処女膜の向こうに何かがいる。
ずっと閉じられた中で蠢いていたソレが、私を見ていた。
見ていた、というのは正確じゃない。意志を感じただけ。
けれど、子宮から、全身にじわりじわりと。
解き放たれた水が大地に染み込むように、私を形作る全てに染み込んで変えていく。そして、出てこようとしている。
本能で解る。アレは精霊神様達のように甘くない。
私から出てきたら、遠慮なく、躊躇なく私を蹂躙し押しつぶすだろう。
ダメだ、消える。
『私』が終わる……。
そう思った瞬間、スッと熱が引いた。
泉の奥に何かが見える。
汚染された泉から清水が湧いたかのように、何かが、鈍い穢れを薄めていく。
小さな、小さな光の粒。
種のようなアレは、まさか……。
「マリカ! おい……大丈夫か? マリカ……」
「あ……リオン?」
ぺちぺち、とリオンの掌が私の頬を軽く叩く。
どうやら、意識が完全に吹っ飛んでいたようだ。
でも、良かった。『終わって』ない。
『私』は今もここにいる。
「大丈夫か? 無理させたのか?」
「う、ううん。大丈夫。ちょっと……痛くて、苦しくて……ビックリしただけ。
多分」
「そうか……」
安堵の表情を浮かべたリオンが大きく息を吐きだした。
「……マリカのナカに入った瞬間に、全ての理性が吹き飛んだ。
生まれて初めての感覚に。
身体の全てが求めていた自分の半身に出会ったような歓喜と快楽に、身体も心も止まらなかった。
一気に最奥まで貫いた。
そこから先も自分では止まらなくって、何が何だか分からないまま全てを吐き出してしまった。
痛かっただろう?」
申し訳なさそうに私の頬に触れるリオンの手を私はそっと繋ぐように握った。
……暖かい。
「うん……。でも、最初だけ、かな。
今は、もう痛くないし、苦しくも無いよ」
最初は確かに身体の内側からナイフを突き立てられ、二つに切り裂かれるような痛みがあった。
あれが、きっと破瓜の痛み、というものなのだろう。
でも、今は麻酔がかけられたように、その痛みは消え失せている。
リオンを見上げていた顔を下に向けた。
自分とリオンの身体、密着して……繋がっている。
私のナカに確かにリオンがいるのが解る。
圧迫感は少しあるけれど、そんなに苦しくも無い。
そっと手を触れて撫でてみる。
さっきまでは夢中で感じられなかったけれど、やっと実感できた。
私達は今、一つになっている。
私のナカにリオンがいる。それが嬉しい。
「気持ちいい。
ううん。幸せ。リオンと一つになれて幸せだって感じてる」
私はリオンで満たされている。
そう思うだけで、何とも言えない幸福感が身体全体を包み込む。
「リオンは、苦しくない?
私……リオンをちゃんと受け入れられた、のかな?」
「最初は狭いし、キツイと感じた。でもそんなのは一瞬で。
俺を受け入れてくれているのが、解った。
狭さもキツささえも今は気持ちいい。
マリカのナカ、今も、全てが俺を抱きしめて、求めてキスしてくれているみたいだ」
「……リオンをちゃんと、気持ち良くしてあげられたのなら、良かった」
リオンの手にそっと口づける。
「え?」
ぽたん、と小さな雫が私の頬に落ちた。
「リオン?」
雨漏りの心配のない星の宵。
天を仰ぐように見上げたリオンは、泣いていた。
「俺は……どうしようもないな」
「どうしたの?」
私の手の中にあるリオンの腕も小刻みに震えている。
彼は見た事の無い顔をしていた。
女を抱く悦楽に酔いしれる男の顔ではなく、私を抱く前のような、いやもっと強くなった自嘲。
愚かさを自覚した告解者の眼差しだ。
「今まで。
リオンとして転生するまでの俺は死ぬのも、身体を失うのも惜しくは無かったし、怖くも無かった。
どこか、転生できる。という甘えもあったからかもしれないけれど、命なんてただの着物で器で。終われば次の命に替わればいい。そう心のどこかで思っていた。
お前や、フェイ、ライオ。アル。
誰に命を大切にしろ、と言われても、多分。ちゃんと胸に響いてはいなかった」
「リオン……」
「お前は間もなく今の肉体を失う。体温や風を感じる肌を失い、目の前に在るものを美しいと感じる視界を失い、声も音として情報として受け取る物体。
星を守る道具になるだろうと。言われても、それでもいいと。
皆の笑顔を守れるならこの身はどうなってもいいと、と思っていた」
私は言葉なく、彼を見上げ感じた。
自分も同じだと、同じで良いと覚悟していたつもりでも。
私の数十倍の命を生き、生と死を経験し本当の意味で『覚悟』を決めていた『精霊』の思いにはまったく共感が及んでいなかったのだと。
「諦めたのか、ライオには最近幾度も言われた。
お前とまぐわえと。生きる悦びを知れと。それもずっと意味が解らず、話半分で聞いていた。
ここに来る前も、ティラトリーツェ妃のことをのろけられた」
『女はいいぞ。アルフィリーガ。
あいつは、死を覚悟していた俺を引き戻してくれた。
男は、女の腕の中では子どものようなものだからな』
『何が言いたいんだ? ライオ!』
『素直になれ、ということだ。まあ、後はマリカとティラトリーツェに任せておくが。
それでお前が変わらなかったら、もう諦めて一緒に逝くさ』
『おい!』
「あの時は解らなかったが、今なら奴の思いが解る。
俺は、今、アルフィリーガとして生を受けて始めて。死にたくないと思った。
マリカに受け入れられ、そのぬくもりに包まれ、分かたれた半身と一つになる悦びを知った時。
俺は。戦い、星を守る為に生まれてきた『精霊』だというのに。
この時の為に、お前と結ばれるために生まれてきたのだと、思ってしまったんだ」
「リオン……」
「この最終局面で。もう拒否することもできない決定した運命を前にして。
死にたくない。
そう……思う。精霊の獣として致命的な欠陥だと解っているのに」
「私を抱いたこと、後悔してるの?」
「そうじゃない! そうじゃない……」
リオンと、私はまだ繋がっている。
一番深い所で今も。
「俺は、今、生きていることが嬉しい。
生まれてきて良かった、と心から思ってる」
だから、彼の思いは言葉よりも確かに伝わってくる。
「俺は、生きるという事の意味を始めて、真実の意味で理解したんだと思う。
身体全体が悦びを訴えているし、力が漲っている。
星を守ることの尊さも、価値も前よりも実感できるし、その使命の為に戦う事も飛ぶことも、前よりも強い意志を持ってできると思う。
ただ……」
「ただ?」
「マリカをもう、二度と抱けなくなることだけが、どうしようもなく辛くて哀しい。
そしてマリカも、もし俺と同じ思いを抱いてくれたのだとしたら。
最後の最後で、俺はマリカに悦楽と同時に、永劫の苦しみを注ぎ込んでしまったんじゃないかって思うんだ」
寂しげに微笑んだリオンは私の髪を優しくなでてくれた。
多分、その後は、ごめんな。
と続くはずだったのだと思う。
心臓が今までにない位、大きな音を立てた。
身体の中に染み込んでいった何かが、熱を放つ。
彼を肯定し、受け入れ、甘やかそうとする思いが……体の中に溢れて来る。
でも。
そう言わせる前に、言う前に、私は、腰に力を入れた。
違う。ダメだ。
終わらせない。終わりになんかさせない。
リオンも、私も。
絶対に! この夢のような一時を、幸福を最後の思い出にしてはいけない。
「うっ!」
リオンがはっきりと顔を顰めた。呻き声に宿るモノが苦痛ではない事は解っている。
彼を今も咥える私のナカがうねり、締め付け、リオンに刺激を与えたのだと思う。
「謝るなんてダメ。
私はまだまだ、満足なんてしていないし、これで終わりでもないんだから……」
「マリカ?」
リオンの掌をぐいっと引っ張って引き寄せる。
コツンと、また彼の先が私の奥に当たるけど。
そのまま彼の唇と言葉を奪い、宣告した。
「絶対に終わりになんかさせない。
私がついてるから。絶対に」
ナカにあるリオンの熱ともう一つの何かが、私にも力をくれている。
助けてくれる。
大丈夫だ。
私はまだ『私』でいられる。
誰にもリオンと彼の腕の中の幸福は渡さない。
「私達の夜はこれで終わりじゃない。始まりだよ。リオン」
「終わりじゃなくって……始まり?」
「そう。 私たちは結ばれてやっとこの星の生き物になった。
これから一緒にコスモプランダーを倒して皆を幸せにするの。
……そして、私達も幸せになるんだよ」
「幸せに……」
まだ自分が幸福になる、そんなヴィジョンを描けないでいる不器用な獣に私は告げる。
「大丈夫。『解った』から。できる。
全部終わったら、それくらいの御褒美、きっと許してくれる。
ダメでも、絶対に分捕ってみせるから」
「分捕るって……誰から、どうやって?」
「リオンは、もう……私の事、いらないの?」
「うくっ……」
ドクンと私の内側が音を立てた。
心臓ではなく、多分、子宮だ。
そこに誰かがいる。
代われと、寄越せと、脅しているのだろうか?
そんな圧力を知らないフリ、気付かないフリをしてリオンに枝垂れかかる。
甘い言葉と視線で誘い、今も私の中に在る彼を、己の全てで抱きしめる。
腰を押し付け口づけて惑わせる。
我ながら無垢な乙女じゃないと思うけれど、かまわない。
私は元々聖女でも女神でもない。
独占欲の強い保育士で、女だ。
一度手に入れたものは離さない。
特に、リオンは絶対に渡すものか。
彼は私のモノだ。
「いらない筈……あるもんか!」
「あうっ!」
一度、精を吐き出した彼自身が、再び熱と固さを取り戻す。
貪るように私の唇を食み、舌を絡め、吸い付く。
私が彼に、彼が私に重なり、溶けていくみたい。
「俺だって、まだまだ終わりじゃない。お前を今も求め続けている。
お前をもっと、隅から隅まで味わい、感じ、貪り尽くさなくては満足できない!
死ねないし、諦められない!」
「ああっ」
欲望をむき出しにした、獣のような注送が始まる。
彼が私を求めている。
情欲を宿した彼の瞳にたまらない優越感を感じながら
「ダメ。もっと」
私は彼の背に爪を立て足に力を入れた。
両腕でその身体をがっちりとホールドする。
足元も同じ。彼の腰を絡め固定させた。
挑発するように。煽るように。見せつけるように。
「……一度くらいで、私を知った気にならないで。
私は、まだまだ満足してないの。もっともっと、リオンが欲しい」
「挑発するな! 本当に、止められないぞ」
「止めないで、止めないで。
まだ、夜は始まったばかり。
今日は私達の最初の夜。
長く、長く続くこれからの、始まりなのだから」
蘇ったリオンは、その後も昂りを収めることなく、私を抱く。
「リオン! 私のリオン……」
私は見せつけるように彼に縋りつき、嬌声を上げ続けた。
「大好き。……愛してる。私の獣
お願い。私を離さないで……」
「ああ、絶対に離すものか。離れるものか!
お前は、誰にも渡さない!」
獰猛な獣のように鋭く、激しく。
その夜、リオンは私に喰らい着き、翻弄し、幾度となく注ぎ続けた。
そのおかげで、私は『私』を失うことなく済んだのだと思っている。
アースガイアの一番長い夜。
それは、これから、長く続く『戦い』の始まりの日となった。




