魔王城 アースガイアの一番長い夜 15 聖なる乙女のプロポーズ
魔王城のバルコニーで、リオンは星を見上げていた。
手すりに手をかけ、宙を仰ぐように。
漆黒の髪、闇色……いや、深緑の瞳が星空を移している。
その光景が、あまりにも綺麗で儚げで。
このまま闇に溶けてしまいそうな錯覚を感じさせる。
少年の頃と違い、儚げと称するには逞しい体躯ではあるけれど。
本当にどこかに一人で。
私達を置いて飛んで行ってしまいそうに思えたのだ。
「何を見ているの? リオン?」
「マリカ……」
彼を引き留めたくて。魅入る心を押さえて、私は彼の領域に踏み入った。
私の存在に気付いていたのか、いなかったのか。
声に振り返ったリオンはいつもと変わらない、優しい瞳で私に微笑む。
その瞳は新緑のままだけれど。
「星を、見ていた」
彼は、答える。
自嘲気味に笑って、私から、視線をまた星へと巡らせる。
「全てを知る前と、知った今。宙の星の輝きがまったく違って見えるんだ」
「この星は浮遊惑星だから、今見ている星と同じモノは、きっと二度と見れないんだよね」
「ああ。たった一人で転生を繰り返してきた時も、苦しい時、辛い時、幾度となく星を見上げてきた。
不老不死の世界、世の中は変わっていないように見えても、あの流れて変わる星のように過ぎて戻らないのだと。
だから、早く『神』を倒し、この大地を『星』に取り戻さなくてはならない。そう思ってた」
……私の気持ちを読み取ったのか。
星空から視線を落としたリオンは、私に歩み寄ると肩に羽織るようにかけていたチェルケスカのコートを私の肩にかけてくれた。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
「マリカの身体は大事な星の希望だからな。
今は、身体が熱を持ってるから寒くないかもしれないけど、その分冷えやすい。
風邪をひいたりしたら大変だ」
上質の羊毛で織られた上着は分厚くて重くて、暖かい。
春とは言え、まだ新年を迎えたばかりの夜。
ネグリジェ一枚で佇む私を気遣ってくれたことは解った。とはいえ、私は興奮してか、まったく寒さを感じていなかったのだけれども。
「それで言ったら、一番大事なのはリオンの身体でしょ?
リオンだけが、コスモプランダーと戦える。星を守って、皆を救う事ができる……」
「……ああ。そうだな。
でも。その時にはこの身体はもうない」
「リオン……」
「あと少しで血は流れていても温度も風も感じることのない。星を見る眼差しも、感情ではなくデータで計測する……作り物になるんだ。
今の身体を労わることはそこまで意味はない」
自嘲気味、じゃない。正真正銘自嘲の呟きを噛みしめて、リオンは私を見ている。
「今でさえ、俺がお前や星を見る目は、昔の……何も見えていなかった頃とは違うんだ。
アルの予知眼はどうか知らないけれど、俺の視界は精霊の力や方向性、敵の性質を計測して行動に反映させるもの。
お前の体温や、心拍数だって数字で把握できてしまう。転生の時、この力を伴う視界を奪われていたのは罰じゃなくって慈悲だった。って今頃気付いた」
「切り替えることはできないの? 今までだってリオン。時々緑の目にしたり、黒に戻したりしてたでしょ?」
「できるけど『可能なら慣れておけ。対宇宙用の視界はそれよりもっと情報量が多くなる』って言われてたからな」
「だったら、今は切って。
そんな私の心臓の鼓動やリオンを思う身体の熱を、数字化なんてされたくない!」
「解った」
深く、瞬きして大きな深呼吸と共に、戻ってきたリオンの両眼は黒に戻っている。
大好きで優しい、夜露で濡れた黒曜石へと。
「よかった」
「なあ、マリカ……」
「なあに、リオン」
「さっきの会議での話、本当にいいのか?」
問いかけるリオンの瞳に、私は静かに首肯する。
何が、とは言わない。
言う必要もない。
「私も、リオンと一緒に宙に行く。
改造を受けてもいい。元々、精霊なんだし、人間じゃなくなる、なんて今更だもの」
私の言葉が軽く、聞こえたのだろうか?
リオンの震える声が必死になって否定する。
「違う! 全然! 俺が受けるのは……」
「解ってる。多分、リオンよりも具体的に。何をどうしてどうするか。想像もついてる」
でも、私は知ってる。嘘じゃなく、同情でもなく。
リオンがこれから何をされるかも、どうなるかも。
向こうの世界の記憶が教えてくれている。
地球世界では、改造人間――サイボーグは割とSFや特撮、アニメ、小説などでありふれ研究された素材であった。
人間を強化し、作り替える。
それは人のロマンであると同時、生きた血肉持つ身体を失う悲哀の物語と常に背中合わせであったから。
「いいの。
リオンと同じ、には慣れないかもしれないけれど、皆さんにも言った通り、一生を添い遂げるって決めているから。だから、私もリオンと同じになって、側にいるの。ずっと」
「……簡単に言うな。
俺はもう人間じゃなくなる。今までも精霊で、皆と違っていたけれど、それ以上に。
人としてお前の横に立てない身体になるんだ!
皆に慕われる『精霊女神』の隣に『魔王』が立つ事なんて……」
「もしかして結婚取りやめる、なんていうつもりだった?」
「…………」
あ、図星か。
前にもリオン言ってたっけ。
私がリオンよりもいい相手を見つけたら、その時は身を引くって。
馬鹿げている。
あり得ない話だ。
私が、リオン以外の人を選ぶなんてない。
絶対に!
「私の人生も、未来も勝手に決めないで!
私は、私の隣に貴方以外の人なんて立たせない!!
リオン! 貴方は私のものなんだから!!」
「!」
また、ぐだぐだと面倒な事を言う前にリオンの首元に飛びついた。
私を落とさないようにリオンが、膝を折って、地面に座り込む。
重いコートがぱさりと、落ちたけど気にしない。
「マ・マリカ……」
「黙って!」
白い薄絹の服のまま、またがる様にリオンの足上に腰を落とし、首に手を回す。
私はそのまま顔を寄せ、リオンの唇を自分のそれと重ねた。
触れた瞬間はひんやりと冷たかった。でも徐々に熱と痺れを帯びてくるのが解る。
ピリピリと、体中に電流が奔るようで気持ちいい。
ずっと昔、ここで私はリオンに口づけを貰った。
強姦未遂を受けて、唇を奪われた私。
落ち込んでいた時にリオンが私に約束とファーストキスをくれたのだ。
あの時は、ただ触れるだけのキスだったけれど、舌でリオンの唇を割って、口腔内を貪り、蹂躙する。絡み合い生まれた熱は、リオンのどこまでも後ろ向きな思いを焼き切ってくれないだろうか?
「でも……」
「余計な事、考えないで! 言わないで!」
息もどこか絶え絶え。
私が唇をようやく離して息をついたリオンはまだ何か言いたげだけど聞いてあげない。
「約束したでしょ! リオンの全ては私のものだって。
私が穢れるなら、リオンもって!
そもそも私は『精霊女神』なんかじゃないけれど、私の隣に誰が立つかは、私が決めるから!
私のもので、世界を救ってくれる星の獣。ううん!
最強の『勇者』で『魔王』に文句なんて、誰にも言わせないし!」
『神』はこの世界における『魔王』の定義を『上位者の意志により、特殊な条件下で戦えるように身体をさらに作り替えた能力者』だと言った。
精霊達を従える『神々の代行者』。『星を護る戦士』
だったら、むしろ恐れられるべきではなく、称えられるべきだと私は思う。
リオンがどんな姿に成ろうとも『魔王』として恐れ迫害させるなんて、絶対に許さない。
「マリカ……」
「先に言っとくけどね。自分が改造人間になるから、私を抱けない。とか言ったら怒るから!
傷を作る。孤独にしてしまうなんてお父様じゃあるまいし。
むしろ、私の中に、リオンをしっかりと刻みつけて!
貴方という存在が失われないように。
失わせなど決してないけど。決して忘れないように……」
身体に刻まれるのは、傷ではなく絆だとお母様はお父様を説得したという。
似た者親友は考えも似るのかもしれない。
「リオン。
私に託す、って言ってくれたよね。選択を。
私達の最終封印解除。
多分、それが終わらないと、リオンも本当の意味で真の力を発揮できないんじゃない?
私を抱くことで『星』の力を操る権利を得るって。
そんな未完成な状態で改造されて、本当にコスモプランダーを倒せるの?」
「それは……」
顔を背けるリオン。
多分、私達が改造処置を受ければそこで状態は固定される。
改造というのはそういうものだ。
不老不死とは違う意味で、私達は簡単に死ねない生き物になる。
リオンはもしかしたら、生身の身体を失う自分が、中途半端に私を抱いたら傷つける、なんて思っていたかもしれないけれど。
この星を守る為に力が必要で、その為に私達が身を捧げる必要があるのなら最強の状態じゃないと意味がないと思う。
「言っとくけど、私はリオン以外に抱かれるつもりなんてないから!
リオンが私を抱かなかったら、私は永遠に乙女のまんまだよ。
お父様やお母様のいう悦びを知らないまま、永遠に巫女させられるなんて、可哀想だ、って思ってくれない?」
とにかく、畳みかける。
相手を傷つけまいと悩み自制する男には、余計な気遣いは無用。
蹴り飛ばし押し倒せ、とお母様はアドバイスして下さった。
だから、今は猪突猛進、全力で押すのみ。
「本当に、いいのか?」
私に押し倒され、跨られながらも、倒れないように手で腰を支えていた優しいリオン。
彼はその身体をもたげ、私を見つめている。
膝だっこのような感じ。
相当に恥ずかしい絵面だけれども気にしている余裕は無かった。
「どうなろうとも……。
お前があの時、怯えたように、本当にどうなるか、解らないぞ」
私の足の下に固い何かが、触れる。
最終通告。心臓がドクン、と鈍い音を立てた。
「俺は、どうしようもない程にお前を求めている。
今、この状態になっても、恥ずかしい程に。
でも、もうすぐ死ぬか、死んだと同じような状態になって、お前を二度と抱く事も。
幸せにしてやれないと解っている俺に。
死に物狂いで。
全身全霊をかけて、お前を諦めようと努力してる俺に!
お前は! 火をつけるのか?」
小刻みに震える、リオンの腕。
彼の惑いが伝わってくるようだ。
でも、今度は迷わないし、逃げない。
『私』の答えは決まっている。本当に最初の最初から。
その黒い瞳が上げる悲鳴を救うために。
全身全霊をもって答える。
「それでも! このまま、リオンに永遠に触れられる事のないまま、決戦に臨んだら。
もしかして死んだら、きっと、一生。
生まれ変わっても後悔する。し続ける」
クローンとか、転生とか、再生とか。
私達にはそんな方法はあるかもしれないけど。
邪道だと思う。
生まれ変わろうと記憶があろうとも、人の人生は一度きりだ。
やり直す事なんてできないのだから。
「私は、リオンが好き」
子どものような語彙が紡ぐ、どうしようもないくらい、陳腐な愛の告白。
でも、それ以上に私が彼を思う気持ちを伝える言葉は、見つからなかった。
「どんな身体になろうとも変わらないけれど。
今の。マリクでも、アルフィリーガでもない。
リオン。
貴方の全てを、私に刻んで……」
私を支えるリオンの胸に、身を寄せて告げる。
「愛して……います」
私からの必死のプロポーズ。
彼の心臓の音さえも聞こえてきそうな静寂の中、答えを求めて、リオンを見つめる私は。
「マリカ!」
その太く、逞しい腕に、身動きもできないほど強く抱きすくめられる。
「リオン?」
肩口が熱くなる。
薄い上布に伝わる濡れた感触は涙だろうか?
微かな嗚咽が止まると、リオンは私と視線を合わせた。
「ああ……俺もだ。マリカ……。
もう余計な言い訳はしない。
告げる言葉は一つだけでいい」
互いの心臓の音、呼吸、全てが重なるようだ。
「愛している……マリカ!」
「リオン!」
そうして月明りの下、私達は一つになる。
やっと、やっと。
確かめあった思いと願い全てを溶け合わせて。




