異空間 アースガイアの一番長い夜 14 『神の娘』の結婚
「正直な話、そんなに怖い相手じゃない気がするんだよな。
身体が無くなったせいか、他の理由かはわかんないけどさ」
疑似クラウド。
『神々』の在る異空間にて。
最後の決戦を前に、精霊神と呼ばれる彼らもまた、打ち合わせと準備に余念がない。
「確かに、ね。あの頃、感じていた絶望的なまでの圧迫感。恐怖感は何だったんだろう、って気はする」
「奴らの力は初見殺し。人の世を自分達の力と毒で染め上げる以外に、壊滅的な恐怖を与えるものではないからな。
まあ……我々の知らない、真理香先生と海斗先生から送られてきた戦闘データ以外の何かがあれば別だが、今回は、既にその脅威の大半が対策できている。
勝ち目があると『解る』からこその感覚ではないかと思うのだが……」
「でも、それと『戦って勝てる』かは、別物だよ。
僕らにはもう、あの頃のように肉体があるわけではないし、そもそも戦闘用の訓練も受けていないしね」
「確かに……。地球ではもう、どうしようもないくらい不利な状況を押し付けられた状態で戦いにすらならなかったけれど」
「昔の事をとやかく言っても仕方がない、あの時、我々はできる全ての力でやれることをやった。それだけは確かだと、胸を張っておけ」
「アーレリオス」
兄弟達のどこか悔しさを湛えた言葉と思いを、長兄が冷静で静かな言葉で洗い、濯ぐ。
「今の奴らは星の外から、我々の星を狙ってやってきた侵略者。それ以上でも、それ以下でもない。
我々はこの星の守護神。子ども達を守る者。
故に奴らは駆逐する。それだけの話だ」
「……随分、冷静だね。アーレリオス」
「そう、見えるのか?」
「見える。というか。いつも以上に冷静だから。
マリカとリオンに戦いの負担を押し付けなければならないこと。もっと怒っているかと思ってた」
「怒り、荒ぶって、暴れたとて何か変わるのか?」
「!」
「無論、コスモプランダーの再来には、怒っているし自分の無力が腹立たしくもある。
リオンの変化の宿命にマリカがどれほど心を痛めているかと思うと、外宇宙にいるコスモプランダーを自分ごとまとめて焼き滅ぼしてやりたいくらいには恨んで、憎んでいるさ」
「あ……ゴメン」
「特に、マリカの無垢な幸せを。
結婚式と花嫁衣裳を見る機会を私から永遠に奪った件に関しては、コスモプランダー共には十分な報いを授けてやると、今も思っている。
この憎しみは、リオンに託すしかないが」
冷静であったとしても怒っていないわけでもなく、憎んでもいないわけではない。
まして相手は娘を溺愛する父親だ。
改めて実感した弟は、茶化すように告げてしまった自分の発言を謝罪する。
「まあ、私個人としてはマリカやリオンの外見がどう変わろうと二人が、可愛い我が子であることに変わりはないし、二人の姿が変わっても我々の子ども達が、酷い迫害などはしないだろう。というくらいには子孫を信頼している。だから様子を見ているだけの話だ。
万が一、事が終わって後、リオンとマリカを魔王として子らが排するようなら処す。
そんな恩知らずに育てた覚えはないしな」
「二人が負けるって予想はしてないんだ……」
「さっきも言ったが、あの時と今は違う。
敵の手の内はほぼ解っていて、完全に対策はできている。
しかもアースガイアの全てが二人をサポートしているのだ。
マリカが星全体に防御壁を貼った時に、私は確信した。
オリジンという『神』の力を宿す二人と我らに、負けの目は無い。とな」
「オリジン」
はっきりと。
長兄の口から発せられた固有名詞に神々は驚嘆する。
「アーレリオス。オリジンの存在を確認したのか?」
「ああ。『彼女』の意思もな。
我々は、どうやら色々と思い違いをしていたようだ。そう感じている」
「思い違い?」
マリカの『覚醒』
防御壁展開の時に彼女の中に在り、全てを見ていた長兄は淡々と告げていた。
淡々とした様子は、さっき本神が告げたように表向きのものだけかもしれないけれど。
「オリジンとはコスモプランダーによる、ナノマシンウイルス由来だと思い込んでいた。
我々の命、地球という星の存在を救ってくれたのも、ただの奇跡や叛逆ではなかったのかもしれない」
「それって、どういう……」
「ああ……なるほど。そういうことか」
「え? ナハト? なんか心当たりがあるの?」
「確かに、向こうの世界でそんな話を聞いた気がするよ。学説として正当なものじゃなくって、ゲームやマンガもどきの与太話っぽい扱いだったけれど」
「あの時のコスモプランダーと『マリカ』の会話を思い出せるものなら思い出してみろ」
長兄の言葉に、彼らは思い返す。
地上の守護を行いながらも彼らは当然見ていた。
上空で、黄金の髪をたなびかせて、コスモプランダーに啖呵を切るマリカの姿を。
『子ども達と共に愛し育てて来た世界を! 環境を!
踏みにじる権利、見下す資格など、お前達には無い。
いや、そもそもお前達のやり方は、間違っている!』
『生意気な! 貴様のような取るに足らない存在が!
我々を、進化を続けた最高種を否定することなど許さぬ』
『お前達が最高種などと、誰が決めた! 少なくとも私は、子ども達の意志も精神も踏みにじり、自分の思いを押し付けるお前を、正しいとは認めない!』
『黙れ!!』
彼らの本体は超演算機能を持つコンピューターとほぼ同じだ。
七体の精霊神は同期に近い形で情報も共有している。
故に、一人がたどり着いた結論には、他のモノも容易に導かれ『気付ける』
「あ……。もしかして、オリジンって……?」
「そっか。っていうか、俺達の本当の敵って……もしかして」
「コスモプランダー、宇宙からの侵略者。
そういう意味ではその名づけは勿論、間違ってはいない。
間違ってはいないが、もしかしたら『奴ら』自身もまた、犠牲者なのかも、しれないな」
「……マリカは知っているのか?」
伺うような弟の問いに長兄は首を縦にも横にも動かすことは無い。
「今のマリカは気付いていないだろう。
だが、おそらくアレは生命として成立した時から、そう、だったのだ。
私とマリカの娘という意味を超えた、真の『神の娘』
あの責任感。自らを計算に入れない献身。
子ども達への愛着は本来の性質や、親から受け継いだものも無論あるだろうが、一番は、『守るべきものを守り切れなかった』『彼女』の後悔故ではないかと、私は推察する」
「確かに……、もし襲撃時に『彼女』が目覚めて応じてくれていたら、何かが変わったのかな?」
「『もし』とか『たられば』とかは意味がないから止めようぜ。
きっと『彼女』は『彼女』なりに守ってくれていた。だから、俺達が生まれたんだ」
「じゃあ『彼女』は敵じゃない?」
「それは、まだ解らん。覚醒した『彼女』が『奴』と出会い戦う事でどんな考えを示すか。
そもそも『彼ら』の意図や考え、その存在意義も理由も。まるで見えないからな」
神々には既に、今回の戦いにおける真の構図が見えてきているようでもある。
だがそれは様々な情報を持ち、多角的に判断できる彼らだからできることであって、まだ子ども達には困難だろう。
当事者であるマリカ達には特に。
知ったからと言って何ができるわけでもない。
だから、神々は今、余計なことを子ども達に告げるつもりはなかった。
「とりあえずは、一つ一つ、ことを運んでいくしかない。
どうやら『彼女』は『奴』と相対し星を守る事には異論はない様子。
問題はその後。
今までのようにマリカとして生きるのか、『奴』のように『彼女』が目覚めて我々を指揮するのか。『彼女』の意図が解らんからな」
「まずはコスモプランダー撃滅ミッションに専念、ってことだな。
俺達はマリカがマリカで在る限りは、いつも通りに接すればいい」
「マリカがマリカであるかぎり、か……」
「? どうした? アーレリオス」
ふと、複雑な表情で腕を組む長兄に無邪気な風神は首を傾ける。
それを嗤って窘めるフリをしたのは末弟だ。
「野暮なこと聞くもんじゃないよ。ジャハール。
娘の初夜は、父親にとってはやっぱり、落ち着かないもんなんじゃない?」
「あー! いよいよ、マリカがリオンに本気でアタックかけるか?
いや、その前にリオンが根性を見せる?
今日やらなきゃ、生身のリオンはもうマリカを抱けなくなるもんな」
「二人共、それはちょっとデリカシーなさすぎ」
「黙れ!」
ポカポカポカ!
三つの音が、三人の頭部を楽器に遠慮なく鳴る。
奏者は勿論アーレリオスだ。
実態を持たないアバターであってもデータに衝撃を与える上位者の意思は画像とプログラムに反映される。
「いたっ!!」「何するんだよ!」「なんで僕まで」
「八つ当たりだ。解っていて煽るお前達が悪い」
賢明な年長者達は触らぬ神に祟りなしと知っている。
「本当は、こんな状況で焦るようにさせたくはなかった。
私達のように、他に選択肢の無い絶望の中ではなく。
皆に祝福され、幸せの中で愛する者と結ばれて欲しかった……」
解っていたとしても。いや、解っているからこそ。
娘が一歩を踏み出し自分の加護から離れ、大人になるということはさっき、末弟が言った通り、父親という存在には複雑なことであると知っているから。
だから、遠巻きに見つめるのみだ。
「この夜は、転機になるだろう。
我々にとっても、子ども達にとっても。
そして、二人にとっても……『彼女』にとっても。
マリカという身体、心が、本当の『愛』を知ることで何が変わるのか。
あるいは、何も変わらないのか。
定かではない。
定かではないが……。後は『彼女達』の選択だ。我々はただ見守るのみでいい」
「そう。だね……」
「全ては明日、また改めて。だ。解散!」
イラついた表情のまま、長兄が消えたことで、苦笑で顔を歪めながらも精霊神達はそれぞれに戻っていく。
最後に残ったのは風と緑の神達だけ。
「おい、見るなよ。ラス。趣味が悪い」
「そんな、覗きなんてしないよ。ただ……ね」
彼は、小さく目を伏せた。
「花嫁の新床には、あそこはあまりにも寂しすぎると思うんだ。
だから、これくらいは許して欲しいな。
アーレリオスもやっていたし」
「そりゃあ、まあ、そうだけど……」
魔王城、バルコニー側。
思いを結び合う二人を陰から見守っていた精霊獣を、彼は空に溶かす。
「僕達だって、楽しみにしていたんだ。あの子の花嫁姿。
神の娘の結婚を。
二人の一夜がせめて、幸せなモノとなりますように……」
最後に二人の行く末に細やかな贈り物と、祝福を残して。




