皇国 アースガイアの一番長い夜 13 魔王達の決意
もしかしたら。
コスモプランダー襲来の後、一番忙しくなったのは彼らかもしれない。
「ノアール! そちらに三体。
動きを止めてくれないか!」
「お任せ下さい! エル・アブソリュート!」
アルケディウスの森の中に、良く通る若い声が響く。
応えたのは黒い少女。
彼女が目をつぶり、祈りを捧げると同時、彼女を中心に渦を巻いた純白の風が、声が指す方に刃のように突き刺さる。
氷の刃。氷点下の風に貫かれ、三匹の魔性は、動きだけでなく、その活動そのものを停止させられる。
「流石! ありがとう、ノアール!」
声の主、黒いマントを被った青年は駆け寄ると鞘から抜いた刀を振り上げ、氷像と化した三体に迷いなく振り下ろした。
粉々に粉砕された魔性は、キラキラとアイスダストを散らして溶けるように消えて行った。
「まだ、出現して間もなさそうだった。多分、この辺に……あった」
青年が足元を探りながら歩いていくと、森の木陰に黒い箱を見つける。
漆黒で艶やか、硬い、金属で作られたであろう立方体には角以外のつなぎ目や模様などはない。
箱に見えるがどこからか開くとは思えないレベルで閉ざされていると解る。
中からは微かな、本当に微かな音が聞こえる。唸るような、蜂の羽音のような音が。
青年は箱に手をかざし、なにやら呪文めいたものを唱える。
すると箱は反応するかのように暫く虹色の明滅を繰り返し、そしてまた漆黒へと戻った。
「これで、よし。これが最後だ。魔性の生産装置は全部止めた。
以降、コスモプランダーの力で暴走する魔性は生まれない」
「お疲れさまでした。エリクス様」
「ああ、確かに疲れたね。後は既に暴走してしまって制御から外れてしまっている分の始末か……」
「正確な場所や数が解らないのがやっかいですね」
「しかも、星が結界で閉じられてからは命令が届かないのか、最初こそは動きが活発だったけれど、今は殆どが影を潜めてしまっている」
「結界が開かれたら、また動き出すのでしょうか?」
「おそらく……ね」
顔を見合わせ息を吐く二人。
『魔王』と恐れられていても所詮は魔性あっての魔王。
宇宙からの侵略者の毒に魔性のコントロールを奪われた彼らが、自らの手で新しく魔性を生み出す手段を封じ、暴走した元配下を倒すことは――
「まあ、最後のお務めだと思ってやるしかないよ。『魔王』としての」
「はい」
『神』に与えられ、作られた悪役『魔王』の役割が終わりに近づいていることを意味していた。
「近いうちに魔王城を明け渡すように、と言われている。
あの城で、宇宙に乗り出すおつもりなのだそうだ。
新しい住処を見つけるように、と言われているが……」
「子ども達が、『家』からそう遠くない山奥に売りに出されていた貴族の別荘を確保してくれました。当面はそこに隠れ住みましょう。魔王城のように便利な生活は望めませんが」
「僕がこの外見だからね。表に出られなくて苦労をかける」
エリクスはそう言って、フードを目深にかぶり直した。
「どうか、気になさらないで下さいませ。
貴方の本質に比べれば、外見など些細なことだと皆、解っておりますから」
妻であるノアールは逆に、そのマントのフードをふわり、優しく落とす。
頭部の角、黒い翼。異形の魔王の姿は、確かに外に出れば目立つことだろう。
けれど……夫を愛する妻にも、親と慕う子ども達にも、そんなものは意味がない事だと微笑んで。
「私達が外で暮らすことを、子ども達はむしろ喜んでくれていますわ。
今までの仕事の分、今後の生活に不自由がない程度の事はして下さると『神』もおっしゃっていますし」
「世の中には、魔性よりも厄介な連中が多い、ということなのだろう」
エリクスは軽く肩を竦めて見せた。
魔王という『悪役』をほかならぬ『神』から引き受けて後、
『定期的に人の世に出て、魔性を暴れさせ、『魔王』として人の脅威となれ。
魔性達が集める『精霊の力』が私の目的への力となるのだ』
という基本命令の他は比較的自由を与えられていたので、相当に好き勝手した自覚はある。
盗賊団を魔性に襲わせたら、誘拐された子ども達がいて。
逃がしても生きられないというので助けもした。
放り出せもしないので、貰って使い道の無かった給料で小さな家と畑を用意して住まわせ、時々ノアールが様子を見に行き、教育を与え、同じように虐げられている子どもを盗み取っては彼らに任せていた。
そんなことを繰り返していたら、彼らがまた子どもを救い疑似孤児院のようになったのは誤算だったが、彼らはエリクスの事を救ってくれた救世主として、敬意をもって見てくれるようになった。
やがて、外の世界で情報を集めたり、買い物をしてくれたりしたことも助かったが、彼らが自分を見る眼差しが、何よりエリクスの救いとなった。
偽りの勇者、として大聖都にいた時とは違う、彼自身を認め、頼りにしてくれることが自分をここまで変えるとは、予想外だった。
『お前は本当にそれでいいのか?』
遠い昔、ライオット皇子が自分に告げたことを、最近よく思い出す。
『勇者の転生』を語り、世界を欺いていた頃と、仕組まれた偽りの『魔王』を名乗る今。
本来、自分のものではない名を名乗って生きる醜悪さは今も大して変わりはしない。
けれど。
「エリクス様!」「魔王様! ありがとうございます!」
自分を無垢に見つめてくれる純粋な眼差し。
自分は魔王。悪と言われる存在だと伝えても
「僕達を助けてくれたエリクス様が、悪い存在である筈はありません!」
「エリクス様が魔王だとしたら、きっといい魔王なんだと思います!」
そう言って信じ、国や表の世界を敵に回しても、自分の為に動いてくれる。
そんな子ども達の眼差しを前にして、心の底まで悪に、魔王になることはエリクスにはできなかった。
我ながら中途半端だ。
「私は、どこまで言っても偽物でしかないな」
自嘲するように息を吐きだすエリクスに、なんと声をかけるか思案していたらしいノアールは、
「エリクス様」
彼の手を強く引き、身体を落とさせるとその両頬を手で挟み、くいっと視線を合わせさせた。漆黒の瞳で、彼の瞳の奥にある迷いを射抜くように見つめる。
「そんな卑下はもう止めましょう。偽物も本物も、滅んでしまえば無いんですから」
「ノアール」
「昔、マリカ様にお仕えしていた時、何度か聞いた言葉なんですけどね。
『親になるって言うのは、子どもができたから誰でもなれるってわけじゃなくって、子どもを育て、子どもに親として認め、自分が親に成ろうとして初めてなるものなんだ』って」
「自分が成ろうとして……」
「あの方の言葉を参考に励ますのも癪ですけど。エリクス様は魔王になると決めた時から、魔王で、子ども達にとっては親であり自分を救ってくれた『良い魔王』なんですよ」
「私が彼らの『親』そして『良い魔王』……?」
「はい。それを受け入れるか、拒否するかはエリクス様次第ですけれど……」
今の自分の心の内を知ったらノアールは怒るだろうか?
真摯で思いやりのある妻の言葉を聞きながら、彼は遠い日。
聖なる乙女マリカが、ただ一度。自分と真っすぐに向き合ってくれた日の言葉を思い出していた。
『子どもであろうと、自らに役割を科し前に進もうと、それを為そうと努力すれば、不老不死者にも届きうるのです。
私は、生まれながらの才能よりも、その努力を尊く思います。
そしてエリクス様にも、その努力ができる方であってほしいと願うのです……』
「……努力すれば、偽物でも精霊に届きうると思いますか?」
「ええ。きっと……」
「ありがとう。ノアール……」
ノアールは自分が発した問い、その大本となったマリカの発言を知らない。
自分の言葉が、彼に届いたと思っていることだろう。
無論、彼女の言葉も伝わった。
けれど、最後の背を押したのは、やはりマリカだったのだ。
申し訳なさ半分。そして支えてくれる彼女への心からの愛情半分で、エリクスは彼女を抱きすくめる。
強く、優しく、思いを込めて。
彼女は彼にとって本物を超えた本物。たった一人の伴侶だ。
ふと、脳裏に『本物』の顔がよぎった。
最初に出会った時から気に食わなかった皇女の婚約者。
憧れの戦士ライオットに認められた本物。
精霊で、勇者の転生で、魔王で、神の子どもで今世も間違いなく、我が身を投げ出して世界を救う勇者。
一人でそんなに欲張らなくてもいいのではないかと、嫉妬と羨望の思いは消えない。
けれど、今は持つ者は持つ者なりに大変なのだろうということは理解しているつもりだ。
自分は『魔王』だけで手いっぱい。彼の真似はできない。
「では、非力な神々の子ども。人なりに役割に相応しいように頑張って見みましょう。
付いてきてくれますか? ノアール。
魔性を持たない魔王ではありますが」
「ええ。最後まで。最期まで。
魔王の一世一代の晴れ舞台ですもの」
そうして、二人の魔王は何処かに消える。
彼らが再び表舞台に現れるのは、宇宙からの侵略者との正しく、最終決戦の時であった。




