皇国 アースガイアの一番長い夜 12 残される精霊
アルケディウス、貴族街のとある一軒家。
しばらく続いていた鋼の音が、一際大きく響いたと同時、唐突に止まる。
「どうしました? 剣に気合が入っていませんよ! カマラ。
それなのに肩には力が入っていてあまりにもちぐはぐです」
「す、すみません。もう一本、お願いします!」
落ちた剣を拾い、もう一度構える少女剣士に頷くように、もう一人の剣士は刀を構えた。
「解りました。もう周囲も暗くなってきました。これが今日は最後です」
「はい!!」
相手が彼女に合せたのか、それとも彼女が彼に喰らいついていったのか。
最後と決めた剣戟は、周囲が宵闇に染まり火花さえも見えなくなるまで、長く、長く続いた。
二人で揃って家にいる時は、まず鍛錬。
真剣での手合わせ。剣の稽古を行う。
鍛錬の後は、館に戻り、共に食事。
それから入浴し、互いの気が合えば褥を共にする。
元から夫婦というより、師匠と弟子のような関係であった。
それが女騎士カマラと、アルケディウスの騎士クラージュの日常だった。
互いに思い合い結婚を決め、籍を入れる直前であっても、宇宙からコスモプランダーが星を侵略に訪れる非常事態であっても、それは変わらない。
いや、変わらないようにしようと二人は努力をしていた。
「そうですか……。そのようなことになっていたのですね……」
「クラージュ様の所には、連絡は来なかったのですか?」
夕食。使用人にゆっくり話をしたいからと料理を料理を先に置いて下がって貰ったので、今は二人きりの部屋。
用意された食事は、きっと上質な食材で作られた料理人自慢の一品なのだろうけれど、一生懸命肉を切るフリをしているカマラには味が殆ど感じられなかった。
箸が通る程柔らかく煮つけられた豚の角煮であったとしても。
「私は、今回、会議の外周護衛に回っていましたからね。万が一にも魔性や隕石の残滓が会議を脅かす事の無いように」
「そうですか? でも、あんまり驚いた顔には見えませんが……」
「驚いてはいますよ。でも言われてみれば、ああそうかな。と納得できることもあるのです。
特に私に刷り込まれた精霊の知識。
地球人剣士・片桐海斗の記憶と、さらにその前身である精霊国騎士団長クラージュの知識を照らし合わせると」
「どういうこと、ですか?」
ナイフを置いた妻の言葉に夫もまた箸を置く。
自分の好みで、この家で出される料理は和食が多いが彼は妻に箸の使用を強要はしない。
箸使い、 この独特な食道具扱い方は生まれた時からの訓練がものを言う。
「まず、魔性という存在が肉体を持たない事。
大小や知性の差などはありましたが、どんな魔性も全て倒すと塵のように大気に還りました。何か品物や残滓を残すこともありません。
これは、今にして思えばナノマシンウイルスの集合体であり、核のようなものを失ったり肉体を構成できないほど消耗した場合、霧散してしまうということなのだと思います」
「はい」
「一方で『魔王』と呼ばれる存在は、知性がそれほど高いわけではない魔性を完全に掌握していました。きっと魔性に対する優先権を与えられていたのでしょうね。
そして、異様な外見をしていました」
「異様な外見……ですか?」
そう言われてみれば『魔王』の外見についての記述は聖典にはなく、物語本などでも描写されることは殆どない。勇者アルフィリーガの劇でもその劇ごとに違う外見をしていた。
カマラは大祭を思い出しながら首を傾ける。
「ええ。黒く、薄い鋼を貼り付けたような肌。肉体に接続していない、金属のような翼。
太く、大きな獣のような角。
そして、人を思わせない黒い仮面が、頭全体を覆っていました。
強化されたであろう肉体による獣を思わせる俊敏な動き。
周囲の精霊を圧倒的な支配力でねじ伏せて使う力も含めて。
私を含む周囲の者は皆、誰一人として彼が人間だと思いもしませんでした。
先代の『精霊の貴人』が彼を倒し、面覆いを外して人の顔が出てきたのを見て初めて、彼が人であることを知ったのです」
「……会議では肉体の調整を受けるリオン様の事を『神の戦士』と呼んでいましたが、マリカ様達は『魔王化』と話していたのです。もしや、リオン様に施されるという調整は……」
震える口調で問いかけるカマラに、クラージュは言葉を探す。
向こうの知識の説明は、こちらの人間にはかなり難しい。
「私が地球で見た映画……まあ、劇のようなものですけれども、肉体を外宇宙での活動の為に作り替えるという話がありました。
『魔王』は『神』に従う息子で、子ども達と『神』を守る為に改造を施されていた、というのであれば、どこかSF的なあの外見は得心が行きます。
あの姿では、指導者として普通に人前へ出すことはできないでしょう。
「そんな、そんな姿にリオン様はさせられるのですか! マリカ様も?
それでは、お二人は勝利を得て戻って来ても居場所を失われるのでは……」
「二人はその点について、かなりの精度で理解し覚悟していることでしょう。
特にマリカ先生は向こうのアニメやSFにかなり造詣が深かった。その過程のおぞましさまで理解していると思います」
「おぞましさ……」
「改造措置がどのような形で行われるかは解りませんが、内臓を取り外し機械的なものと置換するにしても、ナノマシンウイルスによって作り替えるにしても、肉体の大部分が命を失い、鋼と化すのです。常人であれば手術の最中も、その後も正気でいられるとは思いません。
『魔王』はよほどの精神力をもっていたのでしょうね」
「そんな……」
「まあ、あの子なら耐えきるでしょう。マリカ様が側にいればその後もきっと……カマラ、大丈夫ですか?」
俯き、口を押えるカマラ。内臓を取り外す、と言った時点で食べた肉が喉を通らなくなったようだ。吐き気を必死で抑えている様子が垣間見えた。
向こうのSFやマンガ、その他の作品では比較的メジャーな事象なので、片桐海斗は慣れているけれど、こちらの人間はそうはいかないだろう。
食事中にこんな話をしたことをクラージュは少し悔いていた。
カマラは今後、食事の度に今の事を思い出すかもしれない。
可哀相なことをした。
「クラージュ様は……」
「なんです?」
「クラージュ様も一緒に宙に行かれるのですか?」
吐き気を呑み込み、自分を見つめるカマラに彼は首を横に振る。
「行きません。ついてくるように要請があれば別ですが、多分無いだろうと踏んでいます」
「それは、何故?」
「いざという時のスペアが必要ですから」
「スペア?」
「交換要員、代役。とでも言いましょうか?
万が一にもマリカ様やアルフィリーガが失敗した時の予備として最後の精霊は残されると思います。無論、星の最大戦力である彼らが敗北すれば、ほぼアースガイアに生存の目はありませんが……」
「クラージュ様は、それでよろしいんですか?」
よろしいのですか?
自分を気遣う真摯な眼差しと問いには色々なものが込められている。
とクラージュは理解していた。
一緒に行かなくて良いのか? とか。
予備パーツとしての運命を受け入れるのか。とか。
答えは、勿論決まっている。
「構いません。それが地球最後の剣士にして保育士だった人物の記憶を受け継いだ『精霊』の務め。
星の……環境整備、ですからね」
『精霊』の役割と、保育士の仕事は似ている。と片桐海斗の記憶を持つクラージュは思う。
基本的には裏方。
子ども達が幸せに暮らせる環境を作る為にありとあらゆる準備をこなし、計画を立て、時にその身を削ることも少なくない。
努力しても成果が出ない事、子ども達に思いが伝わらない事。理不尽なクレームを受けることも多々ある。
それでも。
自分達が頑張ったことで子ども達が笑顔になるのであれば。
誰かの幸せな未来に繋がるのなら。それでいいと思ってしまうのが保育士というものだ。
「私にもなれるでしょうか?」
「カマラ?」
「私もなりたいです。
子どもを守り、育てる保育士も大切ですが、マリカ様のように、クラージュ様のように、星を見守り、生きる人々を助ける為に全力を尽くす『星の保育士』に」
そして、思いは繋がる。未来に続く。
どんなに辛い結末があってもその先に、子ども達という希望が繋がるのなら。
生にも死にも、きっと意味がある。
遠い地球で、星を守り死んだ片桐海斗と北村真理香。
二人の保育士と、それを支えた地球の人々の、思いにもきっと……。
「「なりたいです」ではなく、なって下さい。カマラ」
「クラージュ様」
「違いますね。一緒になりましょう。
この星を守っていきましょう。
『精霊』として。『星の保育士』として」
「はい……」
立ち上がり、彼は彼女をかき抱く。
自分と同じ思いを抱く、友であり、仲間であり、同士であり、妻である女を。
庇護するべき子どもから、共に夢と願いを追う者となった『妻』を。
そっと重ねた唇は、置き去りにされたケーキよりも甘く、優しい約束の香りがした。




