皇国 アースガイアの一番長い夜 11 子ども精霊の『お手伝い』
目の前で泣く子を抱きしめる。
それは、保育士としての当然の、きっと本能とさえ言えるものだった。
皇女マリカによってアルケディウスに。
この大陸に保育士という概念が生まれて約四年。
子守りでも教師でもなく。保育士として子どもを見てきたと自負するリタは、今、孤独と無力に震える幼子に自分は何ができるか。何をしてやれるかを考えた末、行動する。
指針は皇女マリカ。この星最初の『保育士』だ。
「あんたは偉いよ。レオ。
こんな小さな身体で。
ずっと、誰にも言えない思いを一人で抱えて、頑張ってきたんだね」
そうして受け止める。彼の思いを。努力を、何よりその心を。
受け止め、共感する。
「あたしは、あんたの背負っている過去や、記憶や、宿命とか、役割とか、そんなものは解らない。でも、これだけは解るよ。
あんたのその思いは間違ってない。正しいものだってことがね」
そうだ。間違っていない。
子どもだって、親の役に立ちたい、自分でできることで親や大切な人を助けたいと願う。そして、幸せに微笑んでいて欲しいと願うのだ。
そそれは、正しく愛され、人を思いやることを教えられてきた子どもであれば、必ず持っている思い。
赤ん坊の頃から孤児院で育ってきたレオにも、それが宿っていることをリタは嬉しく、そして誇らしく感じていた。
「先生……」
「でも、ね。あんたの親御さんの心配も、思いも解る。
たとえ、あんたが、どんなに賢くても。特別な力『能力』があったとしても、危険な戦場に子どもを連れて行くことはできないって思うよ。だって、ほら」
ひょい、とリタはレオをそのまま抱き上げる。
体躯のいいリタであり、同年代の子どもにしては細身で小柄なレオであることを差し引いても三歳の子どもは軽々と宙に浮かんでしまう。
抗う事はできない。
「あんたはあたしでさえ、持ち上げられるくらいに、こんなに、軽くて、小さい。
この間の隕石や、魔性。悪意のある大人にだって。抗うことは難しいだろ?
抗う事は難しいだろ?」
「…………」
自分の身体が、非力であるという現実こそが、彼の慟哭の源であることをリタは勿論知っている。でも現実に目をつぶり、自分はできるとがむしゃらに前に出ても、結局は何の役にも立てない。
逆に邪魔になり、対応を遅らせてしまうことさえある。
受け入れなくては先に進めない現実だ。
「でも、さ。レオ」
今にも泣きだしそうに顔を曇らせる三歳児の頭にそっとリタは触れた。
「戦場に行かなくても、ここであんたにできることはあるんじゃないのかい?」
「ここで……ですか?」
「あたしはあんたがどんな生まれで、どんな力を持っているかは解らない。
でも、戦場に出るよりもここの方が、確実にあんたにできることがあるんじゃないかって思うよ?」
この少年は、聡く賢い。
面会の後からは、人を惹きつける笑顔と、子どもとは思えないような気配りで、ホイクシ達のみならず、周囲を魅了することさえある。
三歳の可愛い子どもに水を差しだされれば、家を失い落ち込んでいた男でさえ、心癒され微笑みを見せるものだ。
「それにあんたが戦場に行って、もしものことがあったらデイジーが泣いちまう。
あの子は、あんたのことが大好きなんだからね」
「あ……デイジー……」
「勿論、あたしらだって、あんたに危ない事をして欲しくない。
本当の親ではない、保育士のあたしらでさえ、そう思うんだから、本当の親兄弟はもっとそう思ってるんじゃないかね?」
ぐっと、言葉を呑み込み俯くレオは本当に可愛い。金髪に緑の瞳。
勇者の色と呼ばれる祝福の色であることや、整った目鼻立ち、愛らしい容姿であることを差し引いても。間違いなく親はこの子を愛している筈だ。
だからこそ、危険な地に連れて行けないという親の思いは理解できる。
「無理にできないことをしようと思わなくても、できることはきっとあるさ。
自分のやるべきことを丁寧に行い、無事に生きる。それだけでもきっと、あんたは親を安心させ、心配させないという役に立っている。そう思うよ」
「心配、させない……」
「あんたが無事にしていると思えば、親も兄弟も後ろを気にせず戦えるし、あんたがいる所を守ろうと頑張れるし、あんたの元に帰ろうとするんじゃないかな?」
「でも……そんなんじゃ……」
「子どもとしては、それで十分だと思うけど、もしもっとちゃんと役に立ちたい、と思うのなら、あたしにあんたができることを教えてくれないか?」
『子どもには自分の身の回りの事とか、お手伝いとかガンガンさせて下さい。
できないことをやらせるのではなく、できることを見つけて、させてあげるのがポイントです』
マリカ皇女は確か、そんなことを言っていた。とリタは思い出す。
例えば二歳、三歳の子であっても食べた食器を所定場所に戻すことができる。
できた時に褒めれば、自己肯定感が育ち、次もやろうという気持ちが育つ。
もっと別の事もやってみようという気持ちにもなる。
最初は失敗するかもしれないが、その失敗を糧にして次は成功させようと工夫するだろう。
そうして、できることが増えていくのが、子どもの成長だと彼女は教えてくれたのだ。
「プリエラの『能力』は『怪力』だったよ。あんたにも『能力』があるのかい?」
「は、はい。『移動』と『維持』……それに……『精霊の瞳』」
「そいつは凄いね。いくつもあるんだ?」
「ええ。まあ……」
「どんな力かは知らないけどさ、それで孤児院や避難してくる人たちを助けてあげられるのなら助けてくれないかい?
そうしてくれたら、きっと皆、凄く助かると思うんだ」
「孤児院や、避難民を守る……。後方支援も、父上達を助けることに繋がるのでしょうか?」
「それは間違いなく。ね」
子どもとの対応に大切なのは傾聴と、共感。
気持ちを受け止めた上で、どうしたらいいか、未熟で迷う心に、考えるための指針を示す。それが大人にも通じる保育士の技なのだと、以前、マリカ皇女は言った。
以降、子どもに限らず、大人や妊婦、母子、親子の相談などにも、心がけて使っているが今の所、失敗して相手を怒らせたり、話を聞いて貰えなかったりしたことはない。
「……解りました……」
「レオ!」
「降ろして下さい。先生」
身をくねらせたレオを下に降ろしたリタは膝をつき、視線を合わせる。
「確かに、この身体で宙に行っても、足手まといにしかなりません。
解ってはいたんですけど。それを認めるのは悔しくて……」
「宙?」
「もう一度、父上、母上達と話し合ってみます。そして、結界強化とか、連絡係とか。
できることをやってみようと思います」
「うん。それがいいと思うよ。
さっきも言ったけれど、最前線に立って敵と戦うだけが戦いじゃないんだ。特に今は大変な時期だからね。一人一人ができることをやっていくことが必要だ」
少し意味の解らない言葉が挟まったが、リタにとって重要なのはレオが考え直してくれることだから、その気になったのならまあいいか、と安堵と共に聞き流す。
だから、気が付かない。
子どもらしさを完全に消し、本性を覗かせたレオの眼差しに。
「リタ先生には、全部話します。
その代わり協力して下さいね。アリバイ工作とか、デイジーをごまかすのとか」
「え?」
「大神殿もおそらく、リオンが戦場に立つのならフェイもついていき、マリカも共に行くのでしょう。目を光らせる者が必要ですからね」
「はあ?」
「一蓮托生、とは向こうの言葉でしたが、最後まで付き合って貰いますよ。先生?」
「えええっ!」
そう言うと、ビールでも飲むように、冷めたコップのミルクをあおり、ニヤリと口元を歪ませ笑って見せたのだった。
子どものお使いや、可愛らしいお手伝い程度を想定してレオに声をかけたリタであったが。
「僕は国境をすり抜けて、どこにでも転移できますよ。マーキングの必要はありません。
まあ、この身体では行って戻るしかできないですけど」
「なんだって?」
「後は、隠し事や嘘は大体わかります。先生のへそくりの場所も知ってます。本棚の一番上、右から三番目の本は隠し箱で、その中に金貨が三枚」
「え……本当に?」
「ここで栄養を付けさせて貰ってるおかげですね。
後は結界も強化しておきます。魔性もコスモプランダーも、僕の孤児院に指一本触れさせません」
「あんたは一体……?」
レオから聞き出した『彼にできること』に驚嘆し、リタはその後、文字通り彼の共犯者となる。
『神』と『星』の命を受けアルケディウスのみならず、大神殿や他国を駆け抜ける小さな金の風。
魔性の襲撃や、災害のドサクサに紛れた犯罪者の存在を騎士団に知らせ、各国が届かない地域の情報や、領地の悪事を詳細に調査し、報告のメモを残す謎の子ども。
「かつて小さなコミュニティでしかなかった大神殿が七国を凌駕する力を得たのは、その情報収集力からでしてね」
フードを被った小さな魔術師の噂が、
『星の小精霊』
の名と共に広がるのはそれから間もなくのことである。




