大神殿 アースガイアの一番長い夜 8 二つの星と楔の少女
「なんだか、スッキリとした顔をしてるな? フェイ兄?」
大聖都の神官長に面会を申し込み、留守だと言われて帰還を待つ事小一刻。
「お待たせしてしまって、すみません。
ちょっと色々とありまして」
帰還後すぐにアルを出迎えてくれた神官長フェイにアルは、小さく、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「なんだかまた、ぐだぐだ悩んでんじゃねえかな、ってちょい心配してたんだ。
コレの事が無くても、様子を見に来ようとは思ってたけど……」
大事な二人、マリカとリオンがコスモプランダー対策に宙に向かう。
それも、身体を作り替えられて。
『神』にその話を聞いてから、何やらフェイが思いつめていた事は知っていた。
けれど、今の彼の瞳は晴天の蒼を切り取ったかのよう。
一筋の曇りも迷いも感じられなかった。
「やはり、心配をかけていましたか」
弟の鋭い指摘に神官長は軽く肩を竦めて見せる。
少し気恥ずかしそうに、でも、確実に何かを乗り越え一段上がった大人の顔をして。
「まあ、確かに悩んでいた事もあったのですが、結論は決まっていましたからね。
後は目的に向かって走り出す為に、誰かに背中を押して欲しかっただけなんです」
「それは、もうオレらの仕事じゃねえもんな」
フェイが誰の所に行って弱音を吐き、彼が言う背中を押して貰って来たかなど、聞く必要もない程解り切った事だ。
だから、それ以上聞きもしないし話も向けない。
「行くんだろ? 宙に」
「勿論。二人を絶対に星に連れ戻ります。
君もでしょう?」
「解ってるなら聞くな」
意志を、気持ちを確かめ合って、拳を合わせる。
不安や余計なモノは笑い飛ばす。
作戦の成功に欠かす事の出来ない存在。フェイの思いが定まったのならアルにはそれで充分なのだ。
「それで? 僕が心配だったから、だけではない用向きがあるんですよね?」
「そうそう。とんでもないモノが手に入ったから見て欲しくてさ」
説明より先に見て貰った方が早い。
アルは手早く応接間の机の上に置いてあった荷物を広げて見せる。
ありふれた布包みから、まさか、こんなものが出てこようとは。
「これは……光の王の杖、ですか? どうしてこんなものが、今更……」
「プラーミァのハイファが持っていたんだ。あいつ『神の子ども』でさ……」
「なんですって? 本当に? どういうことなのですか?」
驚嘆し、目を見開くフェイにアルは聞いて来たばかりの事情を説明する。
ハイファが告げたことも含めて思い出せる限り全ての事を。
「……そういうわけでさ、あいつは魔術師になって地位を得るよりも、商売をしたいからこの杖は使わなかった、って言ってた。
あと、地球にも戻りたいとは思わないって」
「そうですか……。そういう人物もいるのですね」
「オレさ、マリカやラールさん。それにマルガレーテ様の話を聞いてさ、なんとなく地球? 元々『神々』がいた星ってさ。
いろんな技術が発展していて、凄く便利な道具が当たり前に誰でも使えて。
そして子ども達も法律で守られて幸せに暮らせる。
この大陸。アースガイア? より皆が幸せに生きられる夢の世界だと思ってたんだけど、違うのかな?」
自分のように奴隷として子どもが売られることも無く、マリカのようなホイクシに育てられて、誰もが高度な教育を受けて自分の行きたい道に進むことができる。
料理も美味しく、様々な便利な技術を人々が当たり前のように使い。
コッカイトショカンにあるような、売れば一獲千金の知識を望む誰もが手に取ることができる。
そして国や星が滅んでも、星の海に子どもを逃がす力がある地球……。
けれど……
「……はっきりと聞いたわけではありませんが、向こうの世界も良い事ばかり、という訳では無かったようですよ」
フェイは少し、表情を曇らせながら告げた。
「そうなのか?」
「クラージュ殿からの雑談や、マリカが零したのを耳にしただけですが。
身分だけでなく肌の色などによる差別があるとか、信じられている『神』も国ごとに全く、神話体系から違って、国同士が教義や政治的な意見の食い違いで遊びではない殺し合いの戦をしてたとか」
「マジかよ? 不老不死が無かったんだろう? 死んだら生き返れないのになんで戦なんかするんだよ」
「見張りである『神』もいないし、国ごとに言葉や文字も違って意思疎通も簡単ではない。
ともなれば、争いは必然な気がしますけれどね。『精霊神』が見張っていても、少し目を離せば、人は我欲で他者を貶めたり、策謀によって陥れたりを平気でしますから」
アルには国同士の争いと言われても今一つピンとは来ないが、フェイは実際に人の陰謀によって戦が起き、国が滅びかけたシュトルムスルフトの出身だ。思う所はあるのかもしれない。
「今、この世界が曲がりなりにも平和なのは、怒らせたらとにかく恐ろしい『神々』が目を光らせていることや、各国の役割分担ができていること、仮想敵として悪役を一手に受け持つ『魔王』がいることなどが大きいと思います。
後は不老不死が終わったばかりで、環境に慣れるのに必死なこともあるかもしれませんね。
多分、あともう少しすれば、不平不満なども噴出してきて、大貴族や欲深な豪商。
新開拓地の利権問題なども出てきて。ここまで和気藹々とはできない気がしますよ」
「まあ、それはそうだろうけどさ」
欲深な豪商、というと元アルケディウスの商業ギルド長アインカウフが真っ先に頭に浮かぶ。後はプラーミァの商業ギルド長とか。
彼らも多分ゲシュマック商会やフロレスタ商会などを蹴り飛ばして利益を得たいと思っている。
それをしないのはマリカがいて、その後ろに『精霊神』や国王、皇王が付いているからだ。
「自主性の尊重と野放しは違うもので。
子ども達を信じ、任せることは大切ですが、それとは別に管理と指導は必要なのだと思います。
後は、本人の自覚、ですかね。」
「あ~~」
フェイの言葉にアルの目が泳ぐ。
今なお彼らの弟、アーサーのトラウマになっている無謀な行動によるリオンの怪我と、それに伴うフェイの激怒は、傍観者であった自分でさえ、今も忘れることができない。
「我慢と自制。そして他人を思いやる心を知らない人間は獣と同じです。それを知らせる事こそが保育士や親の務め、とマリカなら言うんでしょうが」
子どもであることで全てが免責されるわけではない。
だからこそ悪い事は悪いと、厳しく伝えるべきだというフェイと、
「子どもに限らず、それぞれの思いがあるの。
聞く耳を持たないのなら、聞こえる方法を考えて、伝わる言葉で話さないといけないと思うんだ」
伝える時には、相手の思いに寄り添い、丁寧に知らせていくことが必要だ、というマリカ。
どちらが正しい、間違っているとは簡単に結論づけることはできないだろう。でも
「後は、きっとマリカがいるからですね」
「マリカ?」
考え方や方針が違っても、フェイがマリカの考えや方法論を否定することはない。
むしろ、尊いものとして敬意をもっている。
「ええ。マリカの提唱した食と様々な知識、何よりマリカ自身の存在と優しさがあるからこそ、七国と大聖都は一つに繋がっているのだと思います」
「そうだな……」
「だから、コスモプランダーを駆逐できたとしても、マリカとリオンを失ったら僕らの負けなんです。何としても連れ戻さなければならない。
二人は――特にマリカは、この星の精霊神と国、人々を繋ぐ楔なのですから」
「やっぱ、フェイ兄は凄いな」
アルは素直に感嘆の息を零す。
「何がです? 僕はアルのように即座に一緒に行く、という選択をすることもできなかったどうしようもなく、弱い人間ですよ」
「いや、それでもただ一緒に行く、だけじゃなくってその先を考えてるところが、凄いと思うんだ」
こういう所が、自分はまだ兄達に敵わないと、アルが自嘲する所以である。
予知眼で、なまじこの先どうなるか、とか相手の本質がなんとなく解るからだろうか?
今、何をすべきか。どうすることが最善手かは解っても、その先まで考えて行動することができない。
「広い視点で、場を把握し、魔術で皆を守る。
それが魔術師の、僕の役割ですからね」
「オレもいつか、フェイ兄みたいになれればいいな、って思うんだけど」
「君なら、きっといつか、僕よりも的確な判断を下せるようになりますよ」
「うん、そうなれるように、頑張る」
「お願いします。頼りにしていますよ。
地球という星は僕達のアースガイアより優れていたかもしれませんが、これから、もっと僕達が良くして追い越していくんですからね」
「ああ。少なくとも子どもがみんな、笑い合える星にしたいよな」
深慮遠謀の兄に励まされ、笑んだアルは頷くと、改めて卓の上の杖を見る。
「でさ、話が随分逸れちゃったけどさ。この杖、どうしたらいいんだろ?
光の国に戻した方がいい?」
「そうするのが一番だとは思いますが……? どうしました? シュルーストラム?」
呼びかけに応えるようにフェイは自分の中から杖を出し、手に握る。
と、同時に姿を現すのは風の王シュルーストラム。
彼は、仲間である筈の王の杖。光の王の杖を見やると大きな吐息と共に言葉に紡ぐ。
『国に戻すのは少し待て。
その杖は抜け殻だ。言わば、死んでいる』
「「えええっ?」」
思いもかけない宣告を。




