火国 アースガイアの一番長い夜 7 最後の『神の子』と最後の王の杖
思い返す。彼と最初に会ったのは三年前の夏、いや、春だった。
「お久しぶりでございます。アル様」
「こちらこそ、ご無沙汰しておりました。ハイファ様」
黒髪、黒い瞳、浅黒い肌の少年ハイファ。確か今年で十二歳、かな?
アルは目の前の人物の顔を、優れた記憶力で思い返す。
子どもと保護者の顔は一度見たら覚える、というマリカや、その気になって覚えたものは決して忘れない記憶力を『能力』として持つフェイほどではないけれど、商人として人の顔を覚えることは基本中の基本であるから。
彼とはマリカの七国漫遊の時に、皇女の側近、御用商人ゲシュマック商会代表としてプラーミァに来た時に、取引先候補の店の丁稚と、旅の商人として話をしたのが最初だった。
それまで知っている子どもと言えば魔王城の兄弟と、ゲシュマック商会で雇っていた年長者だけだった。勿論元奴隷として一緒の館にいて、働かさせられていた伯爵家の子ども達は別で。
不老不死世では子どもというのは虐げられて不幸な目に遭っているのが基本だと思っていた。
だから商会の店主に気に入られ家族として愛されている彼を見て、良かったと思ったし彼を大事にできる商会ならば、信頼できると思って取引を開始したのだ。
それから三年。プラーミァでは中の下くらいの位置にいた木材商フロレスタ商会は、食料品の民間向け小売りと飲食業によって急成長。
商業ギルド長も一目置く、大店に成長していた。
「アル様がゲシュマック商会の大聖都支店に付かれてからは、なかなか会う機会が無かったですからね」
「でも、こちらはハイファ様の活躍は時々耳にしていました。
特にバニラの人工授粉を考案して、安定生産を可能にさせたと」
「ありがとうございます。バニラがきっかけで国王陛下に気に入られフロレスタ商会共々引き立てて頂いたのは良いのですが最初は虫による受粉に頼っていたため、失敗も多く。
その後、花粉を採取し人の手で受粉させる事ができるようになって、バニラ栽培は急速に広がる様になりました」
プラーミァは砂糖と胡椒、そして今はカカオが輸出品目だけれど、最近はそこにバニラが加わっている。商会長は正式にハイファと養子縁組し、今は素材関連の方を任せているのだそうだ。
王宮魔術師の杖を受け継いだウォル少年と並ぶ王国の次世代と評判が高い。
その彼からプラーミァ国王が仲介し、マリカ、もしくはアルと話がしたいという要請があり、彼はここにやってきている。
「申し訳ありませんが、マリカ様は、今回のコスモプランダー襲撃への対応でお忙しく、プラーミァに足を運ぶことが叶いません。
せっかく国王陛下に仲介して頂きましたが、代理としてオレ、いえ。私が話を聞かせて頂いてよろしいでしょうか?」
「勿論です。貴方は僕らの同胞であり、兄弟であると知っていますから」
「!」
王宮の一室を借りての面会。
商業関係なので、外に見張りというか護衛はいるけれど、部屋の中では二人きり。
少年は流れる様に膝をつき、口上を述べた。
「偉大なる父の名の下、マリカ様の名代たる御方に、謹んでご挨拶を申し上げます」
「やはり、貴方、もとい君が最後の『神の子ども』だったんだな?」
「はい。既に他の皆は名乗りを上げていたと聞きましたが、僕はなかなかタイミングが得られなくて……」
どちらの少年も顔を見合わせ、小さく笑みを零す。
ちょっと、素が出た。でも正体が知れたのなら猫は脱いで構わないだろう。
「じゃあ、改めて。オレはアル。地球移民の両親を持ってこの星で生まれた子、だ」
「僕はハイファ。ハイファ・カラム・ガンディーク。インド系移民で父は商人でした。
インドは第一次の襲撃で滅亡しましたが、僕らの家族はオーストラリアにいたので難を逃れ、最終的に僕だけ、移民船に乗ることになったんです」
当時の『地球』ではなるべく同じような生まれの子を近しい故郷を持つ精霊神の船に乗せたらしい。
だが『神の子ども』は中国系やアメリカ系と色々な子がいる。
最後の神の船には、とにかく一人でも多くの子を集め救出したという過程もあるのかもしれない。
「城での勉強が終わった後、僕はヒンメルヴェルエクトでは目立ちすぎるという理由からプラーミァに渡りました。そこで向こうの計算能力などを見込まれ、フロレスタ商会に拾われたんです。地球に戻りたい気も無くは無かったですが、いい人に拾われたおかげでそこまで固執することもなく、プラーミァで一生を過ごしてもいいかな、と思うようになりました。
だから、これも使わなかったんです」
「これ?」
横のテーブルの上に包みが置かれていることに、その時アルは初めて気が付いた。
包みと言ってもかなり大きい。抱えるのほど大きさと、長さ。
「これって、まさか……」
ハイファ少年は立ち上がり、無言で包みを開く。そこにあったのは杖だった。
フェイの持っているようないわゆる魔術師の杖より、かなり小さい錫杖と言ってもいいくらいのもの。
「おそらく『光の王の杖』と呼ばれているものだと思います」
「光の、王の杖……」
「はい。光国ヒンメルヴェルエクトには先輩と言える『神の子ども』が何人かいました。
僕は外見から目立つし、ちょっと生き辛さもあって、プラーミァに移らせて頂きましたがその過程で手に入れたものを、一人になる僕に与えて下さったようです」
なんだかんだ言って、各国の王家に皇女御用達商人として出入りしているアルは目が肥えている。フェイの持つ風の王の杖を筆頭に各国の王族の持つ『精霊の杖』を何本も見てきた。そうでない魔術師の杖もそれなりに。
だから、解る。この杖はとてつもない力を持つものである、と。
「僕には適性や、才能の問題もあり、殆ど使えませんでしたが、側にいると呼吸がしやすくなったり元気になったりと力を貸してくれていたようです」
エリセや魔術師達のそれとはレベルが違う。これには間違いなく、トップクラスの力があるだろう。
「杖が言葉を話しかけてきたり、呼びかけたり、ということはありませんでしたか?」
「それはまったくありませんでした。助けてくれている、とは感じていましたが」
「これを使って魔術師になろうとは思わなかったんですか?
この杖があればウォル様のように、王城で一角の人物として尊重されたかもしれないのに」
魔術師に困っていたプラーミァは、マリカとの接触後、子どもの育成を行うと早々に決め、路地裏でスリをしていたウォル少年を保護、魔術師としての教育を授けた。
本人の才能と努力もあって、今は城の官僚クラス。王太子と共に次代を担う存在の一人として期待されている。
「僕の一族は、代々、商人をしていたんです。
僕も朧気ながら地球の父母の記憶が残っていますから、魔術師より商人になりたくて……」
それで杖をこっそり隠し、頼らない生活を続けてきたという。
「ですが『神の子ども』であることをいつまでも隠しておけない、どうしようかと思っていたところでコスモプランダーの襲来があり、僕は奴らからの襲撃に遭いました。
幸い、ウォルが助けてくれて事なきを得ましたが、僕が隕石に近づくと、隕石が怪物に変異する可能性がある。魔性も狙ってくると知れたので、今は王城のウォルの所に身を寄せています。
『神の子ども』であることはまだ、ウォル以外には話していませんが……」
その関係でマリカに連絡を取り、告白したかったのだろうとアルは理解する。
だが、今、ちょっとマリカ達が動くのは不可能だ。
国王達も対応に困るだろう。
「なので、この杖は『大神殿』の大神官に。『神』にお返しします。
正しき継承者もしくは、持つべき存在に託した方が、今後のコスモプランダー対策に役立つかと思われますので」
「解りました。大神官はさっきも言った通り今、対応ができないかと思いますが、神官長に届け適切に扱うとお約束します」
「よろしくお願いいたします。これで肩の荷が下りました」
ハイファ少年は、軽く頭を下げる。
思ったよりも晴れやかな顔だ。
だから、どうでもいいことではあるが、ちょっと気になり聞いてみた。
「ハイファ……様は、故郷である地球に戻りたいと思ったりすることはないのですか?」
「戻りたいと思うほど、いい思い出が多い、というわけでもありませんでしたから」
彼はそう静かに首を横に振る。
もしかしたら、地球という星も誰もが幸せに生きていた夢の国、ではないのかもしれない。
「幸い、この地でいい『親』と環境に恵まれたせいもあるのでしょうが、私は、いえ、僕はプラーミァが、この星が好きだと自信を持って言えます。
今は、この国が僕の故郷です。戻りたいという思いよりも、守りたいという思いの方が大きい。だから、その為に全力を尽くし、この地にいずれ還るつもりでいます」
「それは、何よりだと思います」
晴れやかに迷いなく告げる少年の表情は、眩しいくらいだ。
「今は、お忙しいとは思いますが、落ち着いたら改めてまた商売について、その他色々な事について、お話などさせて頂ければと存じます」
「解りました。フロレスタ商会とは今後も良い関係を作っていきたい。その為にもコスモプランダー対応をまず片付けるのが先ですが」
「そうですね。よろしくお願いいたします」
彼は、最後まで表舞台の裏にあるコスモプランダー対策に、足を踏み入れようとはしなかった。
一人のありふれた人間として、新しい土地で生きていきたいと願っている。
ならば、余分な力や能力は確かに不要なのかもしれない。
「でも、力を捨て去る。普通に生きる。
そんな選択肢さえ、ない奴もいるんだよな」
例えばマリカのような、リオンのような。
そして、自分のような。
預かった、杖を抱え、アルはそう思う。
杖が布の下で思いに呼応するように静かな光を放っていることをまだ、彼は気付いていなかった。




