大聖都 アースガイアの一番長い夜 6 持たざる者達の矜持と戦い
ゲシュマック商会、大聖都支店は国王会議が始まってから、嵐のような、もしくは蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。
「大聖都の避難民の為の仮設住居の方はどうなっている?」
「とりあえず、テントで凌いでいます。一部は宿などでも受け入れて貰って……」
「炊き出しの為に依頼された食品は揃っているか?
大神殿の、マリカ様からの委託だ。
ゲシュマック商会のプライドにかけて下手な対応はできないぞ」
「はい。旦那様!」
災害が起きた時、真っ先に行われなければならないのは、被災者の救出と彼らの生活環境の整備だ。家を失ったり、怪我をした者達の人数を把握し、衣食住を与える。
為政者の初期対応が、災害の被害を拡大させることもあれば、食い止めることもある。
「ガルフ。大聖都に来て、大神殿の代表として被災地復興の指揮をとってもらえませんか?」
アルケディウスの大商人にしてゲシュマック商会の総帥、ガルフが大聖都に来て、実はもう数日が経過した。
最初は神官長フェイと、大聖都支店長アルの要請を受けて。
大神官マリカが目覚めてからは、彼女から直々の委託を受けて、避難民対応に当たっている。
「アルケディウスも被害が大きく、忙しいと思うのですが、私達はこれから災害の大本に対応するための会議を行わなくてはならないのです」
元々『精霊神』の加護が深く、滅多な事では天変地異が起こらないアースガイア初の大災害。大聖都の市民議会も何をしたらいいのか戸惑う中、持ち前の商才と判断力、そして人脈と求心力。更に大聖都上層部からの豊富な資金によって、彼は必要な物資を必要な人々に概ね的確に届けることに成功していた。
おかげで災害から約一週間。
大聖都は、大陸の中で一番の被害を受けたものの比較的早く落ち着きを見せ始めている。
「旦那様が来て下さって助かりました。支店長のアルも補佐のラールさんも当てにできなくって、ホントに俺らだけでどうしたらいいか困っていたので……」
大聖都支店の支店長補佐にして助手役のクオレが、決裁の書類を差し出しながら弱音を零す。
こいつは目端も利き、頭もいい。仕事も早いし、人あしらいも上手いのだが自分で考え、動くのは苦手なようだ。ラールが倒れ、アルが大神殿からの要請で店を離れてから自分が来るまでの数日の店の状態は目を覆いたくなるくらいだった。
元奴隷だから、とは思いたくはないが。
「困っている気持ちは解るが、危機にこそ人の真価が表れる。
お前もただの使用人ではなく、店と人を動かしていく方法を学べ。クオレ。
アルが支店長から抜けたら、次に大聖都支店を守るのはお前なんだぞ」
「それですが、本当にアルは店から抜けるんですか?」
「ラールと同じで籍を抜くわけではないが、おそらくそうなるな。
大神殿からもそう要請されているし、本人も望んでいる」
「やっぱり、コスモプランダー? あの星海からの侵略者との戦いに行くんですかね?」
隕石と被害状況の確認に駆り出されたアルは、ここ数日全くと言っていいくらい大聖都支店に戻ってこない。大聖都に保護されたラールや、彼に付き添うエリセは時々店に来るのに。
大聖都の見回り、各国の遺跡の調査、国王会議への特別枠としての参加。
そして、今はプラーミァの商会から名指しの連絡を受けて、火国に飛んでいる。
「……俺には、あいつやラールさんみたいにはなれませんよ。
ご主人様の命令を聞いてやるべきことをこなすのが精一杯です」
「日々自分のやるべきことを、滞りなく行うのであれば、それは卑下することではないのだがな……」
大災害と目の前で見た怪物の出現。
そしてラールが身を喰われる様を目撃したせいだろうか?
クオレの顔には怯えや戸惑い、これからへの不安が見て取れる。
自分への自信の無さが、こいつの大きな弱点だろう。
「泣き言を言っている暇など無いぞ。
マリカ様や各国上層部はもっと厳しい状況に立たされているのだからな」
「解ってはいますが……。
俺にはアルのような特別な力や才能はありませんし……」
「お前には『能力』があるだろう?」
「ただの声を伝えるだけのものですよ。ここ数年殆ど使ってないです」
「そんなのは使いようだ。例えば今回の災害のような場所で埋まった人を見つけだしたり励ましたりもできる。商売の上でも、緊急の連絡を室内に入らず伝えられるなど、役に立てようと思ったら、いくらでもできるだろう?」
「ですが……」
周囲にいるのが傑物ばかりなのでどうしても自信が持てないのかもしれない。
けれど……、これからの未来を作っていくのは若いこいつらなのだ。
「あいつにはあいつにしかできない仕事がある。
そして、我々には我々の仕事がある。
商人には、商人にしかできない仕事と戦い方があるんだぞ。」
「商人の戦い方、ですか?」
「そうだ。シャンとしろ! 戦は戦士だけでできるわけではない。
後方支援として、彼らが憂いなく戦える状況を作り出すことこそが、我々の戦果なのだからな」
「は、はい。頑張ります……」
立ち上がり、気合を入れるように。
我ながら力があるので、十五歳の割には細身の体はよろめく。
ガルフは思っていた。
俺の言葉がどこまでこいつの心に入ったかどうかはわからないが、俺は俺なりにこいつを気に入って、目をかけている。
だから頑張って欲しいものだ。と。
「っと! すみません。
通信鏡の着信です。あ、アルから?」
壁沿いの通信鏡置きで小さな光が明滅するのを見つけたクオレは逃げる様にその場を離れた。
そんな様子が妙に可愛らしく、ガルフは小さく笑む。
マリカ様と出会ってもうすぐ六年。
不老不死の孤独時代が嘘のように、彼の周囲は賑やかになった。
前妻の間に子どもはできなかったが、魔王城の子や店で雇った子どもも多いし、七国に支店や系列店がいくつもでき、商売の幅も広がった。
ゲシュマック商会で働く国内外千人余りの従業員と、その家族はみんな、自分の子どもであり家族だと思っている、と言ったら番頭は笑うだろうか?
もうすぐ、妻を迎えるというのに。
でも、大人は子どもを守る者。
そして大人とは、守る為の力と思いを有する者だ、と思っている。
その点で言うと、俺はマリカ様の前では大人でありながら、子どものようになってしまうな。と笑えて来る。
最初のころ、不老不死世で自ら死を選ぼうとして、救われたあの日から。
あの方は子どもの頃から、驚く程に大人であったけれど。
でも、子どもであっても、大人や親を大切に思う気持ちはある。
役に立ちたいと願うし、その為にできることがあるのなら共に有りたい、戦いたいと思うのだ。
そして自分が大人であると自負するのであれば。
最低でも、迷惑をかけることなく。自分でできる限りのことを行ってあの方達を助けられるように力を尽くすべきだろう。
「旦那様」
誰にも告げるつもりのない誓い。
薄く笑んだ自分に気付き、通信鏡を終えたクオレが首を傾げる。
通信鏡のおかげで色々便利になった。
食料問題と今度の件の区切りがついたら、通信関連をゲシュマック商会に委託したいという話も貰っている。
まだまだぼんやりしている時間は無い。
「どうした?」
「アルからです。プラーミァでの用件は終わった。
ちょっと神官長と相談しなければならないことがあるので、こちらは頼む。とのことでした」
「そうか」
「なんでしょうね? 相談したい事って。同じ大聖都なのにこっちに顔出しする時間もないくらいの大事、なんでしょうか?」
「さてな。
でも、アルはアルのやるべきことを怠ってはいない、ということだ。
クオレ。風の刻までにはなんとか仕事にを片付けるからあと少し、頑張れ」
「はい」
そうしてゲシュマック商会総帥は、また書類と人間という戦場に向かっていくのだった。
通信鏡を切った金髪の少年は、布包み、と呼ぶには大きな荷物を抱え直す。
「まさか、この局面でこんなものが手に入るなんて、な」
彼の腕の中で分厚い麻布に包まれながらも、その荷物は誰もが解るくらいの光を放っていた。




