七国 アースガイアの一番長い夜 2 星の戦士達
暫くの間各国のオムニバス 三人称が続きます。
国王会議二日目の夜。
プラーミァ王宮。
会議の間。
「我々は、試されているのであろうな」
卓に腕を付き、気だるげに顎を支える国王の言葉に、はっきりとした同意の言葉は返らない。けれど、否定の言葉もない。
それを国王は肯定ととって、息を吐く。
この場に在るのは国王家の者達と、最上位の腹心達。
国王会議における最重要課題の打ち合わせの為に集められていた。
本来、国王会議は貴族会議での決定事項の伝達と確認、そして他国との友好が主だ。
ただ国を守護する『精霊神』の直系には、緊急時の全権が委ねられている。
各地を統べる貴族達はいない、今、この時。
火の国と『星』の未来は彼らの選択に託されていた。
「ええ。不老不死の時とは違うと『神』はおっしゃいました。
確かに私達に選択は預けられていますが、神々が望む正解は既にあり、それに我々が気付くかどうかを試しておられると私も感じています」
会議に王と共に同行した王太子の言の葉。そこに宿る意思を感じながら王妃は我が子を見やる。
「グランダルフィ……」
「マリカ皇女とリオン殿。
お二人の犠牲に甘え、自国だけが良ければ、と逃げるのは間違っていると思うのです」
数年前に比べると、見違えるほど『大人』になった息子を。
強い意志を湛え、彼は父に向けて一歩を踏み出す。
「父上、私に御命令頂けませんか?」
「何をだ?」
「プラーミァの王族として、星を救え。と」
周囲を取り巻く臣下達の目に微かな驚愕が走るが、家族である王家の者達の目に驚きはない。傍らに伴う妻にして王太子妃フィリアトゥリスにも。
「……リオン殿達と共に、星の海に行くと申すか?」
申し合わせる時間は無かったと思うのに、予想通りの結論を出す息子と、それを受け止めている妻。父にして国王たる者は嘆息する。
「はい。『神』のお言葉によれば『神の戦士』として星海で戦うことができるのはリオン殿だけなのでしょう。
船に同行し補助を行う事は王族や精霊の祝福を受けた術者にしかできない。
つまり、王族にならできるということです」
「確かにな。私にもそう聞こえた。王族が同行し、二人を手助けしろと。
そうすれば二人の負担を減らし、勝率を上げることができると。だが……」
惑いを浮かべていた真紅の瞳が、王太子グランダルフィを射抜く。
まるで息子の決意を問うように。
「だが失敗すれば、確実な死が待っているとも。
国の次代を担う王太子を、しかも二人の子から父を奪うやもしれん選択肢を簡単には選べん」
けれど父にして王の子を思っての選択を息子は軽く笑い飛ばした。
「失敗しなければいいことではありませんか?」
一瞬、意表を突かれたと目を見開いた戦士王は、くくっ、と我が子の返答に楽しげに含み笑う。
「なるほど、お前はそう解釈するのか?」
「はい。確かに私一人が同行したところでできることはたかが知れています。
ですが、おそらく大聖都の神官長や、アーヴェントルクの第一皇子、フリュッスカイトの公子も同じように思い、今頃それぞれに各国王を説得していると思います。多分、ヒンメルヴェルエクトの公子も。
ライオット伯父上はもっとその先を考えておいででしょうし、エルディランドの大王陛下は、お立場があるのでどうなさるか解りませんが、姫君を思う心は随一です。
先代大王陛下を説得するくらいのことはやっているのではないでしょうか?
七国の精霊神の加護を持つ者全てが同じ船に乗り、援護すれば少なくともコスモプランダーに一矢くらいは与えてやれるのではないかと。
本当は、私もリオンのように『神の戦士』の適正があったら良かったのですが……」
「冗談は止めろ。お前が人を辞め、私を置いていくことなど、考えたくもない」
勿論国王は、息子が今の一言を冗談で言ったのではない事を知っている。
リオンとマリカ以外に適性がないことを外ならぬ『神』に告げられるまでは、自分もリオンのように身体を作り替えることを本気で検討していただろう事も。
「同行者がお前一人であったとしたら?」
「そうであっても、マリカ様とリオンが同行するのです。
心配はしていません。
あのお二人は、自分の事については驚く程無頓着ですが、自分以外の存在については献身的ですから。二人だけでしたら、その身を犠牲にしてということも有り得ますが、我々が同行すれば、家族の元に返さねばならないと思って下さる筈です」
「確かに、その通りだが……。良いのか? フィリアトゥリス?
子らの父が、星の海に消えることになったとしても」
我が子の説得が難しいと察した父王は、助けを求める様に嫁を見やった。
だが頼りの嫁ははっきりと首を横に振り、夫の背を押す。
「心配いりません。星の海に消えたりしません。
私は夫と、親友夫妻を信じておりますから。
必ず星の脅威を倒し、子らが幸せに生きる世界を取り戻してくれるでしょう」
小柄で小さな少女に見えても、二人の子を産んだ火の国の女。
その頑固で揺るぎない瞳は、姑と小姑、そして大姑に似たのだろう。
説得は難しそうだと簡単に『解る』
「ならば、グランダルフィ。お前に王位を譲る故、私が……」
「お断りします」
あまりにも早く、一瞬の躊躇もなく帰ってきた返答に目が丸くなる。
「父上にはプラーミァに残り、隕石雨や魔性の襲来への対応、避難民の指揮などを執って頂かねばなりません。
こういうのは年の功。経験がものを言います。
それに小煩い貴族共の面倒など御免ですから。
さらに言えばリオンやマリカ皇女との宇宙の旅など、おそらく、生涯二度とは叶わぬ経験。
誰にも譲れません。
ここは若い我らにお任せ下さい」
笑えて来た。
己の息子、我が王太子の成長を、自分は知っているつもりで全く知らなかったのだと。
いつも周囲の顔を伺い、波風を立てないようにと生きてきた息子はここまで強く、逞しく育っていたのだと。
「言うではないか。ヒヨッコが」
火の国の王は、息子の前に仁王立つ。
まだまだ、若い者には負けないと示すように。
「ならば行け!
星の護り手。精霊の化身。大陸のホイクシを。
そして、我が国民を守るのだ!」
「御意!」
会議が終わり、人が引けた宵。
「こうして子は親を超えて行くのだな」
男は静かに呟く。
王から父親に戻ったその呟きを聞いているのは傍らに寄り添う妻だけだ。
「ええ。魂を、思いを受け継いでいくのですわ」
「親らしいことなど、大してできていない自覚はあるのだが、受け継がれる思いはあるのだろうか?」
「子は見ていないようで、親を見ています。
王の、貴方の背を見てきたからこそ、今のあの子があるのだと思いますよ」
「そうだといいのだが」
妻の信頼と息子の成長が、父としてよりも王として、兄として、そして伯父として動くことが多かったと自覚する男には耳が痛い。
けれど、そんな苦痛に気を止めている暇はないことも解っている。
「親の足りぬところを支え、思いを繋いでくれたホイクシあってこその今だ」
「ええ。私達はあまりにもホイクシに頼り過ぎていた。我が子を育ててくれた感謝を持って今度は我らが彼女達を助ける番でしょう」
「確かに。プラーミァはまだ二つある借りの一つもあの子達に返してはいない。
貯まる負債のせめて利子くらいは清算せねばな」
「はい」
軽く目を閉じれば、浮かぶ元気で鮮やかな紫水晶の瞳をした少女。
この澄んだ光を失いたくはない。
「オルファリア。私とグランダルフィは明日からの会議と準備に忙しくなる。
国の事。貴族達のあしらい。そして……何よりフィリアトゥリスを頼む。気にかけてやってくれ」
「かしこまりました」
そうして彼は立ち上がる。王として。
星を救いに立つ子ども達を助ける為の準備を始める為に。
その夜。これと同じような会話が、七国の各国で行われた。
「老人は引っ込んでいて下さい」「黙れ若造が!」
舌戦と、ほぼ決闘と呼べる実力行使が繰り広げられたアーヴェントルク。
「それが一番の最適解なのです。文句があるというのであればもっと良い方法をご提示頂きたく」
「ぐぬぬ……口ばかり達者になりおって」
兄と弟が問答を繰り返したフリュッスカイト。
それに比べればヒンメルヴェルエクトはスムーズに許可が与えられたが、未だ跡継ぎのないエルディランド大王はすったもんだの大騒動の末、
「どうか、我が人生における最初で最後の我儘をお許し下さい」
引退した大王と妻に頭を垂れて旅立ちの許可を願ったという。
「最初で最後どころか、お前の人生は我儘だらけだったでしょう?」
「申し訳ありません」
「まあ、コスモプランダーを倒さねば、精霊国での隠居生活も始まりません。仕方ないと解っていますが」
大王が死地といえる星の海に赴く。
その為に一時的に王位を返上し、老上皇に国の指揮を委ねる。
無論、この事案に反対した者は多かった。なんだかんだで、若き大王は皆に慕われていたから。
最終的に第一王子がサポートをすることで話が決まったが、かつて恋した少女の為か、と妻が怒ることも覚悟していた彼の妻は、妃は。
静かに背を押し、支えてくれた。
「お帰りを、お待ちしています。腹の子と共に」
「必ず皇女達と共に生きて戻りなさい。それが絶対の条件です」
絶対にコスモプランダーを倒せ、ではなく生きて戻れ。友を連れて。
贈られた父の命令に、王子に戻った男は膝をついて誓ったという。
「必ずやこの星を、そして大切な者達を守ってみせます。
王として、精霊神の血を継ぐ者として。何より一人の男として」
決戦の為の準備が始まる前夜の七国。
星の命運を担う者達の長い夜は続く。
そして、それは――
「本当にライオットは行くつもりなのでしょうか? 父上」
北の国アルケディウスでも……




