魔王城 長い夜の始まり
神が、話を終えた後。会議場には暫くの間沈黙が流れた。
大陸を、星を滅ぼさんとする敵、コスモプランダー。
彼らを倒す為の唯一、最良の方法が、一人、いや二人の人間の自由と平和を捧げると知れたから。
「……マリカ皇女。リオン殿」
静寂を揺り動かし、絞るような声で問いかけてきたのは、アーヴェントルク皇帝陛下。
大陸の護り手。星の戦士を自称する夜の国の王は、
「はい。何でしょうか? 皇帝陛下」
「卑怯な問い方だと理解している。
だが、お伺いしたい。お二方は今の話をどう考えておられるのか?
この星と大地に生きる者達を守る為に、命と身を捧げて下さってもいいと思っておられるのか?」
「父上!」
「黙っておれ。ヴェートリッヒ。全てはそこからだ」
「それにしても聞き方というものが……」
「無礼は承知、罰なら如何様にも。
だが、今の『神』の提案がおっしゃるとおり『星と大地の傷を最小限にする方法』であったとしても。その要となるのはお二人だ。
お二人の意志と決定を確認してからでなければ、何も進められぬ」
親しさや血縁からなかなか切り出せない、各国の思いを言葉にしてくれた。
リオンを気遣う第一皇子は顔を顰めるけれど、でも誰かが確認しなければならないことだ。仕方ない。
「そうだな。二人が嫌だと拒否すれば、話はそこで終わりとなる。
どうなのだ? マリカ、リオン」
「……お応え致します」
続く皇王陛下に問いかけられたのは私とリオン。
身分上、私が先に応えないといけないので、立ち上がる。
振り返り、騎士として私の後ろに無言で佇むリオンを見やって、深呼吸。
「今回の件に対して、絶対の鍵を握るのはリオンで在り、選択権は彼に有ることをご了解ください。自分の、命と未来に関することです。
例え星を、大地を、人々を天秤にかけることであったとしても、皇帝陛下がおっしゃったとおり、私にもリオンにも選択する意志と、拒否する権利がありますから」
私の言葉に各国王からの否定や反論は返らない。
今の所は、かもしれないけれど。
星の命運を左右する事。一個人に。
ましてや『星』によって生み出された『精霊』に拒否権なんてないとは解っている。
でも、それでも選んでもいいと。
その為の意志と考える力を与えられたのなら、自分で決めなければならない。
言われるままではなく、自分で考え、行動に責任を取る。
それがきっと、大人になるということだ。
「その上で、私。
アルケディウス皇女にして大神官マリカは、彼――リオン・アルフィリーガに寄り添い、助けると決めております。
正式な式はまだですが、彼は私の、生涯を共に歩むと決めた夫ですから」
お母様や、お父様が哀しそうな目で、私を見たことは解っている。
でも、これは譲れない。譲らない。
私の絶対の思いだ。
リオンを一人にはしない。彼が魔王になろうと共に有り続け支えると決めている。
「その選択の先、共に宙に散る事になろうとも?」
「はい。散るなら共に。勿論、簡単に散るつもりはございませんが」
正直な話、コスモプランダーに対して勝てるか、なんてことは今はまだ、考えていない。
考えてもあんまり意味のない事だしね。
だから、今、考え、尊重すべきはリオンの気持ちと選択。
リオンは、どんな時も側に、と言ってくれた。
なら、私も彼に寄り添う。共に戦う。
「リオン殿」
皇帝陛下の呼びかけに、リオンは一歩、進み出る。
私は彼の選択を聞いていない。
昨夜、私は一人で神殿に戻ったから。
話の後、リオンは、一晩時間をくれと私に告げたのだ。
「俺の返答は明日、皆の前で話す。
そうすれば、もう翻すことも覆すこともできないからな」
フェイは一人で転移術で先に戻った。
リオンを説得するかと思ったのだけれど、青ざめた表情のまま、逃げる様に。
もしかしたら、ソレルティア様の元に相談しに行ったのかもしれない。
それに比べると、アルの表情には迷いが無かった。
彼は彼なりに、どうするか、もう決断しているのだろう。
まったく表情が読めなかったのはお父様だ。
冷たく、固まった。氷そのものの顔つきのまま、リオンをずっと睨んでいた。
朝、ここに来た時も昨夜と同じ表情で、挨拶さえして下さらなかった。
私達が帰った後、もしかしたらリオンと話をしたのだろうか。していないのかもしれない。
ただ、会議が始まる前、私の後ろに立った時。
リオンはもう決断していると、それだけは解った。
「俺は『神』の提案を受け入れるつもりでいます」
リオンの返答を受け、麦畑を風が吹き抜けるような静かなざわめきが議場に広がっていく。
集まった全ての人間の視線が、リオンに集まっていた。
「よろしいのか? 再び、民の為にその身と命を捧げられると?」
微かな震えを帯びた皇帝陛下の問いかけに、リオンは肯定も否定もせず小さく笑む。
再び、というのは勇者アルフィリーガがかつて、その身を投げ出し人の世に不老不死を与えたという伝説を言っているのだろう。
その件については捏造であり、かつての勇者はその身を民の為に捧げた訳ではないから、否定も肯定もできない。けれど
「命も身も捧げはしません。
これは、俺自身の選択であり願いです」
彼は勇者の転生ではなく、今世を生きる一人の人間として応える。
「勇者の転生であるから、神の依り代として選ばれたから、ではなく。
俺に星を救い、守る力があり、手段があるのならそうする。そうしたい。
元々、俺はコスモプランダーとの戦いに従事しております。国と星を守る戦士です。
『神』の提案を受け、この身が変わるとしても、やることは変わりません」
「……人としての容を失うことになっても?」
「自分がやるべきことを為さず。
躊躇い、逃げ出した結果、滅んだ星の上でただ一人、人間として在っても、何の意味があるでしょう。
俺は、この星に生まれた一人の人間として、友人、兄弟、家族、部下。
そして何より親友と、愛する者がいる世界を守りたいのです」
愛する者。
その言葉に心臓が軋むような音を立てる。
自惚れていいのなら、愛する者、というのは私だろうか?
親友、と。リオンが口にする前に向けた視線の先には二人の人物がいた。
フェイと、お父様。
二人の表情も対照的だ。
フェイは、逃げる様に顔を背け。
お父様はまったく揺るがぬ表情で、言葉と眼差しを受け止める。
「俺は、皆様の反対があっても無くても、『神』と共に宙に赴きコスモプランダーと対峙するつもりでおります。
例え、単独であったとしても。
それが、この世界を守る事である以上、逃げるつもりはありません。
ですので、皆様にはそれを軸として、今後、どうするかを御決断頂きたい」
いつの間にか、『神』の姿は消えていた。
ターンが移った。ということなのだろう。きっと。
リオンは改造処置を受け、宙に赴きコスモプランダーと対する。
国王会議の議場で『神』と七国の王族の御前で宣言した言葉は、リオンが言った通り、もう覆すことも翻すこともできない決定事項となった。
だから、ここからは本当に『人間』がどうするか、決断するターンだ。
私はリオンが宙に行くなら、共に行くと決めている。
ただし、私が星から離れるという事は、星の防御壁が消え去ることであるから、私達が宙に行ったと同時、コスモプランダーがアースガイアを人質にとるような攻撃をしかけてくる可能性もあるだろう。
脅しに乗って攻撃の手を緩めたら、こちらから先手を打つ意味がない。
リオンがコスモプランダーを倒しきるまでの間、アースガイアに残る人達にはコスモプランダーの攻撃を耐え抜いて貰わなければならない。
星を守ることのみを重視するのであれば、私を宇宙船に乗せず、地上に監禁しリオンと『神』を単独でコスモプランダー対策に宙に打ち上げる、という手も無くはない。
ただその場合、勝率は格段に下がる。間違いなく。
リオンがどんなに強くても、コスモプランダー全てをたった一人で倒しきるなど無理ゲーだ。
コスモプランダーが宇宙で単独生存できず、宇宙船を壊せば生命活動を停止する、というのだって希望的観測だし。
敵が対宇宙戦闘用の備えをして待ち構えていたら逆にこちらが返り討ちになる可能性だってある。
コスモプランダーを完全に無視して、防御壁を張り続けるというのも選択肢の一つではあるだろう。けれど防御壁がいつまでも持つという保証はなく、また地上に残るコスモプランダーのウイルスが変異してアースガイア人の免疫に抵抗してくる可能性もゼロではない。
超絶大きな隕石をぶつけて来て、物理的に防御壁を破壊して来るとかもありうる。
何せ、相手は、宙の上にいるのだ。
やろうと思えば色々と悪さができる。
失敗しても向こうには被害が出ない。
しかもコスモプランダー対策がなんとかならない限りは、今なお眠る九万の地球移民を起こすことはできないから、肉体が限界を迎え、死に至る者も増えてくる筈だ。
宇宙からの侵略者。コスモプランダーとアースガイアの、星の命運を賭けた戦い。
リオン(と私)によるコスモプランダーとの宇宙戦闘という切り札はアースガイア人類に与えられた。
けれど、それで終わりではない。
むしろ、その切り札をどう活用するかによって勝敗は大きく左右される。
最悪の場合、切り札を活用しきれず敗北、アースガイア滅亡ということさえも有りうるだろう。
神々が、人類にこうしろ、と命じてしまえば早いのかもしれない。
けれど神々は、この局面にあってなお、その立ち位置を崩すことは決してしようとしない。
己の目的の為、人々から搾取をし続けた『神』でさえ。
この星の未来を定めるのは、アースガイアに生きる生命であるべきだと。
「……考える時間を頂戴できませぬか?
あまりにも急、あまりにも大きな話。
せめて一晩。
国に話を持ちかえり、相談する時間を」
そう願い出たアルケディウス皇王陛下の言葉とそれを了承した参加者により会議は一時閉じられる。再開は明日の風の刻と決まった。
会議が終わると直ぐ、各国王家の方々は、皆、魔方陣を使って戻られたようだ。
一カ国たりとも大聖都に残る方はいらっしゃらなかった。
さっきの皇王陛下のお言葉通り、国で他の王族、貴族と相談をされるのだろう。
フェイもアルと一緒に大神殿に戻っていった。
私とリオンは魔王城に残る。
逃亡なんてしないけれど、私達は、コスモプランダー対策の最後の切り札。
その所在は明らかにしておいて欲しいと言われたから。
ふと、上げた視線の向こう。
ずっと部屋の隅で、沈黙を守り続けていたお母様と目が合う。
火の刻、終わりの鐘が鳴り響く。
アースガイアの運命を左右する、一番長い夜が、始まろうとしていた。




